ジーン・ワルツ (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101333113

感想・レビュー・書評

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  • 小説としての出来は星三つをつけますが、ある点について「フィクションだから」と見過ごせなかったので書かせて頂きます。ちなみにネタバレがあるので未読の方は気をつけてください。

    さて、その私が「フィクションだからと流せなかった点」とは、主人公の女医・曾根崎が大学病院からの圧力に対抗するためにかけておいた「保険」です。

    彼女は人工授精による不妊治療の対象であった荒木に、大学病院の准教授である清川の精子と自分の卵子を人工授精させた受精卵を「無断で」植え付け、清川の同意書を捏造する事でそれを「表沙汰になれば大学も巻き込まれるスキャンダル」に仕立て上げることで、大学病院からの圧力を牽制します。

    その事を知った清川と曾根崎の間では当然ながら論戦が勃発します。
    続編の「マドンナ・ヴェルデ」でも、同じくこの事実を知った曾根崎の母との間でも論戦が勃発します。

    そしてどちらの場合においても論戦に勝利し、相手をやり込めるのは曾根崎の方でした。

    「荒木夫妻は自分達の受精卵でこれまで何度も不妊治療に失敗してきた。今度も自分達の受精卵でだけ試していたら、今の子供を抱く喜びも無かったかもしれない」
    「荒木夫妻がそんな事を知りたいと思うのか。そんな事実を暴露しようとしたら、お前の方が荒木夫妻の敵になる」
    「血液型の組み合わせは同じだから通常の検査ではバレない」
    「人間は血が繋がっていない子供だって愛することができる。そうでなくては里親になる人間は出てこない」
    曾根崎は自らを非難する清川や母に対してこう言い放ち、荒木夫妻に対する行いを正当化します。

    要は、「このまま何も知らなければ彼らは幸せでしょ?私がそうしてやったんですよ」って事ですか。何ですかその前時代的パターナリズムは!

    確かに、人間は血の繋がっていない子供でも愛することはできるかもしれません。しかしながらそれは、他人が「血の繋がっていない子供でも愛することができる人はいるんですから、あなたもそうして当然ですよね?」といって勝手に押し付けて良いということにはなりません。

    そもそも、他人の子供でも全く構わない人であれば最初から生命に関わるリスクのある不妊治療や出産などを目指さずに里親になるでしょう。里親になる人は、最初から血の繋がった子供でないことを知った上で、納得してその子の親となります。騙して他人の子供を育てさせるのとは全く意味が違います。

    これを読んで思い出したのは、東野圭吾の「分身」です。この作品でも、人工授精によって産まれた娘が出てきますが、この娘は両親に全く似ていません。そしてある時、母親は偶然見つけた夫の片思いの相手の写真から、娘が夫の片思いの相手に瓜二つであることに気付きます。そしてその母親は、自分が騙されて夫の片思いの相手の娘を産まされたのだと気付き(実際には片思いの相手の娘でなく、クローンなのですが)、娘と無理心中を図るも結局娘を殺すことができずに自分だけ死ぬのです。

    「ジーン・ワルツ」の荒木夫妻は曾根崎・清川のどちらとも面識があるので、例え血液型の組み合わせは大丈夫でも、子供が成長するにつれて曾根崎や清川に似てくることに気付くかもしれません。今の時代、いったん疑いを抱けばDNA鑑定があります。卵子提供者である曾根崎に似てくれば、曾根崎に騙されたのだとすぐ分かるのでまだ良いとして、清川の方に似てしまうと、荒木夫人が不倫の疑いをかけられる可能性すらあります。

    清川との議論の中で、「自分の子供はちゃんと手に入れておいて、荒木夫妻には他人の子供を産ませるなんて許されない」と主張する清川に対し、曾根崎は「私は並行して行っていた自分の人工授精の時も、自分の夫の精子と自分の卵子でつくった受精卵の他に、清川の精子と自分の卵子の受精卵を混入した。私はフェアだ」と返します。海堂氏はよほど曾根崎を勝たせたいらしく(笑)、清川はこの反論に有効な反撃をできないのですが、私から言わせればこれのどこがフェアなのだふざけるな、といったところです。

    荒木夫妻の場合は赤の他人の子供になってしまうのに対し、曾根崎自身の場合は曾根崎・曾根崎の夫ペアの受精卵にしろ、曾根崎・清川ペアの受精卵にしろ、曾根崎にとっては自分の子供ですし、相手の男もどこの馬の骨とも知れない男ではなく、夫かかつての不倫相手です。しかしそれ以上に重要なのが曾根崎自身は全てを知って納得済みなのに対し、荒木夫妻は何も知らされずに勝手に他人の受精卵を植え付けられているという点です。

    海堂小説では、「正しい側」と「間違った側」が論戦し、「正しい側」が「間違った側」をやり込めるというシーンがこれまでも多く見られてきました。(たいていの場合は「正しい側」がAI導入賛成派、「間違った側」がAI導入反対派ですが)そしてこの「ジーン・ワルツ」及び続編「マドンナ・ヴェルデ」では、荒木夫妻に対する曾根崎の行為を非難する清川or曾根崎の母と曾根崎の論戦は、どちらも曾根崎が相手をやり込めて終わります。これでは「海堂氏は曾根崎の意見が正しいと考えている」とみなされても仕方ないのではないかと思われます。

    これが何も知らないバカが書いている本であればむしろ問題は少ないのですが、現役医師が書いているとなると、「医師の間には未だにこのようなパターナリズムが蔓延している」「人工授精では他人の受精卵を勝手に植え付けられるかもしれない。医師はそれについて、バレなければ問題無いと思っている」という印象を与えかねません。

    そうでなくとも、最近は「人工=悪、自然=善」という価値観の蔓延から、「自然なお産」なるものがやたらと美化され、そこからホメオパシーなどに走って子供が死んでしまう事例まで出ています。長くなりましたが、この作品は人工授精について良からぬイメージを与えてしまうのではないかとの危惧から、以上の感想を書かせて頂きました。

  • 母から勧められて読んだ
    少子化、不妊治療、地域医療、政治についての本
    海堂尊さんの本、読みやすくて、とても面白い

  • 「神の手」は手技の高さを評する言葉。一方で神の領域の侵犯について、神には遠く及ばないと謙遜するわりに、Gene (=遺伝子) を操ってしまう倫理観が解からない。

  • 産婦人科医理恵の巧みなしくみにより、代理出産で自分の子を母親に産ませる。法律で禁止はされているが、なぜそうしたのか、せざるを得なかったのか。大学講師を辞して、マリアクリニック遠開院するが、そこには医療現場の実態を変えなければならない使命と抵抗が見え隠れしている。

  • いつものごとくあだ名の付け方にセンスなし。

  • 久しぶりの海堂尊である。
    実は私は海堂尊の著書はあまり好きではないんだなぁ。
    しかし奥様はけっこう気に入っており、本棚に何冊も並んでいるので、積読書が無くなってる現在、相談して読んでみた。

    産婦人科医が主人公となり、不妊治療とか代理母出産等に絡めて厚生省のまずい施策や大学病院の圧力により思った治療ができないとか。
    そういった内容。
    面白いしテンポもいいんだけど、あぁ海堂尊だなぁと思ってしまう。
    というか結局ミステリー小説ってのが私にはあまり合ってないんだろうな。

    もう前になるんだけど映画にもなってたんですね。知らんかったけど。

  • これは「極北クレイマー」のその後。産婦人科領域は萎んでいく。地方医療は特に。加えて本書では、一人の女医が医学生に講義するように、人が子を産むということの現実を突きつける。この講義、面白かったです。クールウィッチなんて言われてたけど、妊婦さんの決断には結構感情揺さぶられてて、なんかよかった。彼女も一人の女なのだ。そんな彼女が操る「遺伝子の円舞曲」は、果たして心から称賛されるものなのか?彼女はどこまで行くのだろうか。

  • 面白い

  • いつもの海堂さんと違ってかなり怒ってますね?笑
    もう主人公さんが理屈をこねりまくってヤフーニュースのコメントで書き込み禁止を喰らうほどの怒涛の勢いでした。
    読めば怖いくらいに妊娠、そして出産が奇跡的な生命の誕生であるかが分かり、簡単に妊娠して簡単に出産して、簡単に虐待して殺しているバカップルにはぜひ読ませたいと思う。
    が、多くの小説を読んできた自分にはちょっと行き過ぎ感がおなかいっぱいで引くレベルかな。理屈的には正論で面白いとは思うけどあくまで便所の落書きです。物語とするのならもう少し冷静な結末であってほしかったです。

  • 小説として面白い。
    が、テーマがテーマだけに考えさせられることは多い。

    なんというか、恐れにも似たものを感じた。

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著者プロフィール

1961年千葉県生まれ。医師、作家。外科医・病理医としての経験を活かした医療現場のリアリティあふれる描写で現実社会に起こっている問題を衝くアクチュアルなフィクション作品を発表し続けている。作家としてのデビュー作『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)をはじめ同シリーズは累計1千万部を超え、映像化作品多数。Ai(オートプシー・イメージング=死亡時画像診断)の概念提唱者で関連著作に『死因不明社会2018』(講談社)がある。近刊著に『北里柴三郎 よみがえる天才7』(ちくまプリマー新書) 、『コロナ黙示録』『コロナ狂騒録』(宝島社)、『奏鳴曲 北里と鷗外』(文藝春秋) 。

「2022年 『よみがえる天才8 森鷗外』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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