ホリー・ガーデン (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339146

感想・レビュー・書評

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  • 「余分な時間ほど美しいものはないと思っています。そうして、これはたくさんの余分な時間を共有してきた二人の物語です。二人と二人をめぐる人々の、日々の余分の物語。」
    あとがきも良かった。。

    果歩が中野を所有したくないと思う気持ちが本当に本当に痛いほど分かる。失う可能性があるのなら、最初から所有したくない。
    静枝はそんな果歩に、過去に失恋した相手への復讐みたいにいろんな男と寝て、と言うが、私には復讐というより保険のように見えた。中野がもしいなくなっても、自分を求めてくれる人はいるのだ、という。

    最後は果歩が一歩前進したのが良かった。中野が果歩にとっての安全基地になったんだろう。

    静枝は、芹沢を猛烈に好きだけれど、いつか二人には終わりが来るんだろうな。そんな結末をきっと彼女も予感している。恋をしてはいけない相手だと分かっていても、心底好きになってしまう気持ちは分かるけど、自分が歳を重ねるごとに静枝のことは好きになれなくなるかもしれないなと思った。


    以下、好きなところ--------


    コンタクトレンズは小さくうす青く、こっぽりと湾曲していて、手のひらにのせると健気な固さがある。


    全部で十回、一緒に食事をした。夜が五回、昼が三回、朝が二回。もちろん、一番幸福なのは朝食だった。


    私、エプロンをつける女って大嫌い。裸で町を歩けっていわれたら喜んでやってみせるけど、エプロンをして歩けっていわれたら、恥ずかしくってきっと舌をかんじゃうわ。


    「私が何のためにいつもきれいにマニキュアをしているかわかる?
    そうしないと、自分が大人だってことを忘れちゃうからよ。」


    別れ際、果歩はいつも寝たふりをした。ちゃりちゃりとベルトを締める音がしてーあれは世にも哀しい音だったーと、果歩は今でも思っている


    「俺は自分が忘れっぽくないからよく分かるんだ。忘れっぽいっていうのはすこやかなことだよ。」


    水泳に限らず、体育はよくさぼった。体育など、脳味噌まで筋肉でできている連中のすることだ、と、果歩といつも言い合った。


    「もう母親のスカートじゃお姫様になれないわね。」

    エリザベートとラシーヌ。両手でスカートの裾を持ち上げながら歩き回り、ざあます言葉で会話した。
    カウンターの向う、窓の外には、都庁が目の前にみえている。


    まただ、と静枝は思った。自分がいま何かから逃げたような気がして、背中がすうすうする。その「何か」をつきとめようとすると、胸の中が不穏にざわめいた。


    「中野くんは保健室じゃないのよ。」


    男と果歩は、少くともこの写真で見る限り、いつもいつもいつもいつも、互いの視線に閉じ込められている。


    「ホープレスにあの人が好きなのよ。私の知らない土地に生まれて、私の知らない人たちと生きて、私の知らない人たちを愛している芹沢さんが好きなの。いまのあの人じゃないあの人なんて想像できないし、いまの私たちじゃない私たちなんて考えられない。恋愛っていうのは、なんていうか唯一無二の、天文学的偶然によってできているものだと思うのね。
    だから、何か一つでもずれてしまったらーもっと早く出会うとか、芹沢さんが独身だとかーすべてがちがっちゃうはずでしょ?」


    時速二百五十キロのスピードでうしろ髪を引かれるわ、と。


    言いすぎた、なんて最悪のあやまり方だと思った。言いすぎた、なんて、うっかりほんとうのことを言ってしまってごめんなさいねと言うようなものだ。


    津久井はなかなかシャッターをおさなくて、二人でよく不自然に長いこと、そうして向かい合っていた。しまいに果歩が根負けをしてーー見つめ合うことの幸福に息が詰まりそうになりーー、視線を外してくしゃくしゃと笑うと、それがつまり津久井のいう「シャッター・チャンス」なのだった。


    窓を、風に乗って雨が流れる。こまかい雨だが、ずいずん強く降っているらしい。闇の中に、粉々になった針金が無数に光っているようだった。


    小海老だけを残してきれいに空になったピラフの皿とスプーンが、油をうすくひからせて、まるで忘れ物のようにテーブルにのっている。


    芹沢を乗せたその大きな電車が視界からすっかり消えてしまうと、ガラスのつめたさだけが現実だったような気がした。静枝は、黒い皮のハーフコートに両手をつっこむ。すみれ色の空は、ごく下の方だけがうすく夕焼けている。


    果歩は中野を所有した覚えなどなかった。いったん所有したものは失う危険があるけれど(果歩はそれを、身をもって学んだ)、所有していないものを失うはずがないではないか。


    どうもしないわ、と静枝はこたえ、浅漬けの白菜をぱりんと噛んだ。


  • 雰囲気が好き。
    みんな色々な想いを抱きつつもなんか余裕があって羨ましい。

  • 江國さんの小説の中には必ず(と私は思っている)
    過去に囚われて、頑として変えない自分自身を持っている人が出てくる。
    自分では変えない、変わらなくていいと思っている。

    でも気づくと周りに影響されて変わっていた。

    そういう急展開。

    どんなに親しい、仲が良い相手でも
    清々しい楽しいやりとりだけではないことがリアルに描かれていて、自分もこれでいいのだと思えた。

    ただ一つ、回想の中にしか現れない人物への消化不良を残して読了。

  • ちょっとズルい恋人や、眼鏡店での仕事を飄々と受け入れて、マイペースに生きてるかほちゃんが好きでした。

  • 余分なものばかりでできている小説。豊かな細部。
    曇り空や秋のからっとした空気が似合う。

  • 独特だなぁ。
    たまに読むと、この独特さが面白いかもしれない。

  • 「ほんとうに記憶を共有できれば安心なのにね」

    いちばん美しいのは肉体関係を含んだ友情なのだ、と思う。

    寝ることを悪いとは思わなかったが、寝たことを忘れるのは不埒だと思った。

  • 2019.12.15
    恋とか愛とか友情とか。恋人とか友達とか。はっきりした名前のつかない関係や感情を、江國さんはあたたかく描き出す。
    そう、人間なんてバシッと言葉で説明できるようなことばかりでできてないのよ、とそういうことを思い出す。そういう感情を人はみな持ち合わせているんだと思う。
    あー江國さんワールド。

  • 眼鏡店に勤務している野島果歩と、高校の美術教師をしている甲田静枝という親友どうしの物語です。

    果歩は、津久井唯幸というかつて交際していた男性との記憶が清算できず、そんな彼女に想いを寄せる後輩の中野さとるの積極的なアプローチに対しても一線を引きつづけています。一方静枝は、芹沢という男と不倫関係にあり、「ホープレス」な状態に自足しています。

    果歩が過去との決別を果たすというのが、ストーリー上の大きな流れになっているのですが、静枝のほうにはそうしたドラマティックな展開は起こらず、ある意味で果歩に対する「当て馬」のような役割が割り振られているのが不憫に感じてしまいました。二人の女性が主人公の物語であり、それぞれの視点から話が進められていくのですが、最初から焦点は果歩のほうにあてられていて、そのぶんストーリーの単調さがめだってしまっているような気がします。

  • "ホープレスにあの人が好きなのよ。私の知らない土地に生まれて、私の知らない人たちと生きて、私の知らない人たちを愛している芹沢さんが好きなの。いまのあの人じゃないあの人なんて想像できないし、いまの私たちじゃない私たちなんて考えられない。"

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著者プロフィール

1964年、東京都生まれ。1987年「草之丞の話」で毎日新聞主催「小さな童話」大賞を受賞。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2010年「真昼なのに昏い部屋」で中央公論文芸賞、2012年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、2015年に「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」で谷崎潤一郎賞を受賞。

「2023年 『去年の雪』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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