神様のボート (新潮文庫)

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著者 : 江國香織
  • ¥ 529
  • 新潮社 (2002年6月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339191

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江國 香織
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神様のボート (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 江國香織を久しぶりに読んだ。
    友達が好きで、時々貸してくれたけど、私はあまり好きではなかった。ぽやぽやした印象の本だな、と思っていた。
    けれども、結構、今回で印象が変わった。
    どうやら作者本人も認める狂った小説(あとがき)だったらしい。
    真ん中くらいまではタイトルに誘われて買ってしまったから仕方なく読んでたけど、途中からは読まずにいられなくなるようなお話だった。
    子どもの成長について、記憶と重なる部分と同時に、育むことへの示唆に富んでいる、と、思う。

  • 先日西加奈子の”漁港の肉子ちゃん”を読んだのでついつい比べてしまう所だった。
    母と子の物語。そして放浪する設定。

    しかし、全然違う。こんなに違うものかなーというくらい違う。
    もし”漁港の肉子ちゃん”を江國香織が書いたら、、、それはそれはもっとセンシティブな物語になったことでしょう。

    簡単に言えば(多少無理やりですが)江國香織は東京。西加奈子は関西。のノリ。

    その江國香織のこの物語はまたしても静謐なイメージが強い。沢山のピアノ曲も出て来るけど聞こえてこない。光や風や空気感はすごく感じるのにである。

    この内に内に入っていく様な物語の書き方が狂気と言われる原因なのではないかと思います。
    ただ消えてしまった愛する人を思うあまりに狂気に至ると考えるより、きっと迎えに来るよという言葉に未練(未練という言葉が江國ワールドには無いな~)がある為に現実逃避してしまった結果ととらえ方をするとまた全然違う話になります。

    危ないな~と思えるのはこの物語があまりにも綺麗だから。綺麗な物には誰しも惹かれていきます。
    言葉の綺麗さ、出て来る嗜好品の綺麗さ、(今となってはタバコはあまり好まれませんが)不健康と健康のアンバランス、言葉遊び、これらに引き込まれて行きます。

    映画を観た後に主人公に憑依してしまう様に、この本を読んだら葉子に憑依してしまいそうな。
    そんな危うさがたっぷり込められた物語でした。

  • 読んでいて胸が痛くなる物語がある。
    「神様のボート」はそんな物語だ。
    まともとは言えないほど純粋で一途な葉子の想い。
    母を愛し、母をいたわり、母を守り、母に従う娘・草子の思い。
    人を愛するということは、こんなにも辛いことなのだろうか。
    葉子自身は辛さを感じてはいない。
    何の保証もない約束を、ただ信じて生きている。
    その約束のためだけに生きている。
    だが、一歩離れたところから葉子を見ている読み手である私が感じるのは辛さだ。
    切なさだ。哀しみだ。

    成長するにしたがい、草子もまた同じように辛さを感じるようになる。
    「ママの世界にずっと住んでいられなくて」
    草子は母・葉子が住む夢のような、ある種狂気に彩られた蜃気楼のような世界に住むことをある日拒む。
    葉子の世界は葉子だけのもので、そこには草子の居場所はないと知っていたから。
    気がつくと草子寄りの視点で読んでいることに気づく。
    葉子の何気ない台詞や振る舞いにちょっとした苛立ちを感じたり、身勝手さに腹が立ったりもした。
    絹のようなさらりと渇いた手触りの物語は、痛みとともに妙な幸福感が読み終えた後に残る。
    何年か先、再びこの物語を読んでみたい。
    きっとまた違った思いで読むことができそうな気がする。

    余談だけれど、「世界一難しい恋」というドラマがある。
    脚本を書いている人はきっと江國さんのファンなんだろうなと。
    ヒロイン役がお薦めの本として「神様のボート」を差し出したり、お風呂あがりの牛乳をやたらと好きだったりするからだ。
    葉子自身は牛乳が嫌いなくせに、お風呂あがりには草子に牛乳を飲ませるのがきまりごとのようになっていた。
    ドラマでも牛乳嫌いな主人公と牛乳が大好きなヒロインとの間で、感情の変化を表現する大切なアイテムのひとつになっていた。
    小説のエピソードが、かたちを変えてドラマに登場するのは面白い。

  • 私が江國香織作品にハマるきっかけになった本。
    ユーミンの真夏の夜の夢を聴きながら読みたい。

  • 女子には読んでほしい作品。
    近くにいるからこそ離れたいと思ってしまう相手。でも離れたら寂しくて心配で…。
    そんな相手が自分にもいることに気づいている人でありたいし、その人を大切にしたい。

  • 昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子"。

    必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの"“神様のボートにのってしまったから"――

    恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遥かな旅の物語。

    神が合わせわれたものを人が離してはいけない・・・ホントに引き合わせたのが神様ならね。
    人は勝手にそう思い込んだりするものだけど。

    神様のボートに乗っちゃったら・・・それはもう、仕方ないよねぇw

    ママを思う草子の心が切ない。
    でも、こんな母を持ってしまったら、娘は自立するしかないしね。


    終わりの方、桃井先生の家を訪ねたところ。
    衝撃的過ぎて、めまいがした。

    旅がらすのような生き方に憧れはあるけど、私には絶対無理・・・だな。

    それでも、本当に愛し合った人との記憶があれば、ひとりになっても生きていけるような、気はする、かな?w

  • 親の反対を押しきってまで結婚したのに、不道徳な恋をした結果子供を身ごもり、夫と別れ、あげく男にも去られ、子供を連れて放浪の旅を続けるイカれた女と可哀想な娘の話。

    女とその娘それぞれの目線から語られるのは、かつて愛した、いや今でも愛している男のことしか考えられない独りよがりな母と、その母に精神的にがんじがらめにされながら自我を確立していく娘の物語。
    江國香織らしい叙情的な語り口も、イカれた母の目線で語られると途端に胡散臭い。
    たった300ページ足らずの本なのに、何度も投げ出したくなってなかなか読み終わらなかった。
    年末から、子供たちが輝いている作品を立て続けに読んできたからか、母親の母になりきれない(なるつもりもない)「女としての感情」に、私自身が全く寄り添えないからか、今この本を手にした不幸を嘆くしかない。
    かつて恋をした頃にこの本を手にしていたら、もっと切ない気持ちで神様のボートに乗れたのだろうか…考えたところで、それも詮ないこと。

  • だだ何と無く読んでしまいました。馬鹿な女?
    自分に真っ直ぐで、決して真似出来ない生き方。
    あってみたら、16年も離れていても、変わらず愛せるのか?

  • 母と娘が旅をする話。
    再会の約束をして去ってしまった男を探して、様々な町を移り住む。
    タイトルの「神様のボート」という言葉や、描写がシンプルだけど簡潔でうつくしく感じた。


    読んでいて思い出したのが、桜庭一樹の「ファミリーポートレート」だ。こちらの作品も母と娘が旅をする話だが、こちらは逆に逃げる話なのだ。「神様のボート」の親子は、仲が良くて、母が娘に依存気味なのだけど、「ファミリーポートレート」は娘が母に依存していて、結末まで真逆だ。片方を読んで片方を読むと少し面白いかもしれない。

  • 愛する人を待ちながら引っ越しを繰り返す旅がらすの葉子とその娘草子の物語。洋子と草子、二人の視点で交互に語られる。大きな事件があるわけでもなく、淡々と日常が語られる。成長して一つの場所に「なじみたい」草子と「なじみたくない」洋子。草子の成長が二人に変化をもたらす。最後はハッピーエンド。本の帯に宮沢りえと藤木直人の写真があったので、私の脳内で葉子はずっと宮沢りえだった。

  • この親子の旅がらすという生き方、あこがれた。女性の中の少女、少女の中の女性をすごく感じたのを覚えてる。母親でありひとりの女性であり、ひとりの男(夫)への愛に翻弄されながら生きるその姿はとても気高い。江國さんの描く女性が好き。

  • 3
    母葉子と娘草子の話。必ず戻るといったパパを待って一つの場所に留まってなじまないように引越しを繰り返す。パパを追い続けると葉子とそれに振り回され転校を繰り返し現実を生きたい草子。草子の感覚は分かるが葉子の感覚は難しい。パパや草子に依存して生きがいにしてしまっているところがあまり好きになれない。最後、死相観も漂う葉子だが、妄想でなく本当にパパに会えたのだろうか。
    淡々としている一方で読みやすくマッタリな感じがよい。休みにダラダラしながら読んだり海外リゾートで昼間から飲みながら読むイメージ。

  • どんないいことも、たのしいことも、すぎてしまえばかえってこない。
    ーーでもそれはかなしいことじゃないわ。
    ーーすぎたことは絶対かわらないもの。いつもそこにあるのよ。すぎたことだけが、確実に私たちのものなんだと思うわ。
    ーーすぎたことはみんな箱に入ってしまうから絶対になくす心配がないの。すてきでしょう?

    煙草とコーヒーとチョコレートがママの栄養源で、仕事がママの安定剤、パパがママの支えで生きる理由で、あたしがママの喜びで宝物なのだ、と。

    これはあのひとのいない世界ではない。だから大丈夫。なにもかも大丈夫。
    歩きながら、私は考える。
    あの人と出会ったあとの世界だ。だから大丈夫。なにもかも大丈夫。
    まるでBCとADみたいだけれど、そう考えるとあの人はやっぱり私の神様なのだろう。

  • 昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子”。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの”“神様のボートにのってしまったから”-恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遙かな旅の物語。,"
    ピアノとあの人と娘の草子を宝物とする葉子は娘とともに引越しを繰り返す。





    ・あの人のいない場所に馴染むわけにはいかないの。

    「神様のボート」に乗ってしまったから





    恋愛の狂気に囚われた母葉子とその横で静かに成長していく草子。



    二人の視点で語られる



    みずみずしい物語。









    何て言うんでしょうあの柔らかな物語。

    きれいですよねー。





    私としては草子の成長が悲しくて悲しくて。

    葉子さんに心惹かれていたので・・・。

    冷静に見ればひどいと思うんですよ冷や汗

    友達がたくさんいるだろうに何度も何度も引越しを繰り返して。

    けど、私は葉子さんがっどんっどんっ





    いろいろ人によって見るところは違うのでしょうがほっとした顔



    これよく考えたら怖い話ですよね。




    父親がいなくなり、母は父のことが忘れられずに引越しを繰り返す。




    理由が父親がいない場所になじむわけにはいかないからですよ?




    しかも、神様のボートって・・・・・。




    恋愛の狂気ってことばはぴったりだと思います。




    けど、これ娘も大変だよナァ。







    多感な小学生時代も




    思春期まっさかりな中学時代も







    母親から父の話を聞きながら流されるように引越しを繰り返す。







    辛いでしょうね。




    私なら耐えられないかもしれないよー。







    まぁ、そのくせ娘の草子が母離れしようとするときはかなりイライラしましたね!!







    なぜ、母さんのそばにいてあげないんだ!!って。







    私、何様やねん!!

  • 親と子供がそれぞれの目線で描かれていて、子供の成長によって生活環境やお互いの思いが変化していく様が良かった。

  • 江國香織の「正しい」という単語の使い方が好きだ。『神様のボート』の場合、別れた夫のお酒の飲み方について「正しい」という単語を使っている。それは、誰かにとってあるべきものがあるべきようにあるべきときにそこにある正しさ、という感じだ。イデオロギーとか何かの主張とか、一般的基準はそこになくて、「私」「私たち」にとって必要なものについて、正しい、というのが興味深かった。その正しいは、『神様のボート』で安心でもあり狂気にもなっていくのだろう。
    1997年と2001年で、週間予定を確認するのが、母から娘に代わる。印象に残る象徴的なシーンだと思うけれど、今はまだ言葉にならない。


    **たまたまこの時期に雑誌「考える人」の谷川俊太郎特集のインタビューから、佐野洋子のエッセイを読んだ。そこの解説(河合隼雄)で、体感的な正しさを基準に書かれているので小気味良い、と書かれていてなんだかシンクロした。

    **シンクロと言えば葉子は『ベティ・ブルー 37.2』のベティに少し似ているかも。ベティが動(激しい)の執着なら葉子は静の執着?
    私はあまり人に対してこういう執着をしないように(する可能性があるので)かなり意識しているが、物語として読む分には面白かった。

  • 恋愛小説が読みたくて、談話室でお勧めされていたので手に取ったのだが、はて、恋愛小説か?

  • 大好きになったドラマの中で出てきたので、久しぶりに読み返してみました。
    「東京から出て行ってほしい」
    「髪の短い人を見たら君かと、小さい子を見たら草子かと思うのは耐えられない」
    おぉまさにこの台詞のオマージュ。
    「社長のほうがずっと器が小さいですが」
    確かに。桃井先生はむしろ器が大きすぎるくらいだし…。
    銭湯通い、牛乳好きもここからヒントを得たのかな。
    なんとなく、草子と美咲さんってイメージが似てるかも。
    意思がはっきりしたしっかりしたところが。

    江國さんの作品は、高校時代に同級生が好きで何作か読んだけど、あまり理解ができなかった。
    大人になって読めばもう少しわかるかと思ったけど、やっぱりよく分からない…。
    静かな狂気とあるように、ただひたすら相手を信じるなんて私にはとても出来ない。
    たくさん恋愛経験を経たらもっと分かるのかしら?
    そしたらこの生涯で理解出来る日は来そうにないなぁ。

    話の感想に戻って…
    最後会えちゃうのは出来すぎな気がした。
    でも今思うと、あれはママの妄想?

    あと桃井先生があっさり再婚してるのは、拍子抜けというか人間って弱いようで案外強いんだよなと思えたり。
    結局未練なんて思い込みで、それを断ち切れるのはその人の心次第なのかな。
    桃井先生は確かバツ2だったし乗り越える力が強いのかも。

  • 骨ごと溶けるような恋。琥珀色のカクテル。狂気の恋の物語。
    純粋で狂気な恋の物語だなと思った。
    そして、また。私は江國香織の書く女性が好きだなぁ。

  • 十数年ぶりに読んだら面白かった

  • 細やかでゆっくりとしている反面、危険で死を微かに感じた。江國さんの言葉選びが穏やかで優雅で好き。

  • 誰もいない 真っ白な霧の中を ボートに乗って 静かに 漂流するような
    あるいは サティの「ジムノペディ」が流れる 薄明るい森の中を あてもなく彷徨うような、
    たまらない不安につつまれる小説でした。

    “必ず迎えに来る”と言った彼氏を待ち続ける葉子と、その娘 草子が交互に一人称で語る形で小説は進みます。
    一箇所に定住しない葉子と共に 草子が何度も転校を繰り返しながら小学生から高校生になるまでが描かれます。

    映画「37℃2インテグラル」にベティという女の子がいました。
    “透明な感性を持つ奇妙な花のよう”な19歳のベティは、
    恋人の成功を助けることや、恋人との子を身籠ることで
    この世に自分が生きていることの証を求めようとしましたが、全て叶わず散ってしまいました。
    葉子は恋人との子 草子を産み、共に暮らしましたが 草子が自立し、生きる気力を失います。

    ベティにも葉子にも 心許せる友人・仲間 の存在が見当たりません。
    そもそもこの世には“心許せる”相手なんていないのかもしれません。
    つまり、彼女達は自分を誤魔化せない 真っすぐな生き方しかできない人達なのだと思います。
    誰にも甘えない 甘え方を知らない。どうしていいか判らないんです。
    そんな人生を歩んできた彼女達の前に現れた、全てを委ねさせてくれる彼氏。
    この世界で生きていることを実感させてくれる 生きる“よすが”です。

    「彼のいない処に 私の定住の地はない」と言いながら 娘と引っ越しを繰り返す葉子は、
    必ず迎えに来ると言った恋人との思い出 という甘美で儚い幻想の世界に定住していたのだと思います。
    そして彼との娘 草子は この幻想の世界と現実の世界を繋ぐ 唯一無二の存在だったのです。
    だから 草子が自立して去ったとき 葉子は現実に戻れなくなった気がします。
    足元に絡みついてくれた愛しい子供との時間は、子供の成長と共にやがて過ぎ去ります。
    子供の成長は心から願いますが それとは別の気持ちとして せつないものです。

    ラストシーン。葉子の前に ついに彼氏が現れます。
    彼氏との思い出は かなり美化されているので、葉子の一人称で語られるこのエピソードもどこまで現実か判りません。
    しかし自分を見失うほどに漂い続けた私は 葉子と一緒に ここに着地することを切に願いました。

  • 予定日2週間前に読む。
    宮古からよくこの本を持ってきたな私。
    母と娘と、母と愛する人の物語。
    草子は葉子の娘で、生きる目的で、愛する人との間にできた宝物で、愛する人の存在の証拠で。
    ここまでお父さんに恋をしつづけるお母さんてなかなかいない。離れていたから恋し続けられるのかもしれないけど。でもあの人がいるところが私の居場所、いないのなら私の居場所はどこにもないって感覚、私は分かる。人が帰る場所は人なんだ。家でも場所でもない。その居場所を見つけることは、人生の中の1つの大きな目的なのかも。目的というか、人が求めるもの。娘はいずれ離れていく。もうすぐ産まれる娘が私に甘える愛しい時間は、限られたものなんだな。そんなことを考えながら、草子が離れていってからの葉子の気持ちを読んでいたら、涙が出てきた。お母さんも私が宮古島にいくとき、東京で子供みたいな顔して泣いた時、そんな淋しさを感じていたのか。

  • ゆるい世界観の中で

    「箱の中」ばかりを見ている母と
    その側で成長していく娘と、

    ありそうでない親子のストーリー。

    双方の視点を交互に描写することで
    親子の微妙な感覚の変化をリアルに感じることができて
    流石、江國さん!と感じて読める一冊でした。
    表現の仕方や、言葉の操り方で
    イレギュラーな世界に引き込まれていきます。

  • 題材は全然知らなかったし、単なる偶然なんだけど、引越しを目前に控えているこの時期、まさにタイムリーな物語でした。個人的には住処を点々とすることには肯定派で、一生涯、賃貸マンションもありだと思っているので、この母子のような生き方にも魅力を感じます。その動機がイマイチ理解できなくて、最終的には娘が選んだ道の方に、より肩入れしてしまう気持ちでしたが。転校と転勤って、その重みがだいぶ違うと思うから、そのせいで大人と子どもでは意見が食い違うんでしょうね。そのあたりの人情の機微も含めて、よく描かれているなと思いました。江國作品は久しぶりでしたが、なかなかに楽しむことが出来て満足です。

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神様のボート (新潮文庫)の作品紹介

昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。"私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子"。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。"私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの""神様のボートにのってしまったから"-恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遙かな旅の物語。

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