神様のボート (新潮文庫)

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著者 : 江國香織
  • 新潮社 (2002年6月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101339191

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神様のボート (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 狂気といえるほどに愛を信じ続ける母親、葉子。そしてそんな母親に対する嫌悪感と愛情の間で悩み、やがてはそんな母のもとから脱皮して現実を生きだした娘、草子。
    いずれにおいてもこの親子は似ていて、 痛々しいほど自分をごまかせない人たちだと思った。
    母と娘のきっても切れない関係性がひしひしと伝わる読み応えある作品。

  • 読んでいて胸が痛くなる物語がある。
    「神様のボート」はそんな物語だ。
    まともとは言えないほど純粋で一途な葉子の想い。
    母を愛し、母をいたわり、母を守り、母に従う娘・草子の思い。
    人を愛するということは、こんなにも辛いことなのだろうか。
    葉子自身は辛さを感じてはいない。
    何の保証もない約束を、ただ信じて生きている。
    その約束のためだけに生きている。
    だが、一歩離れたところから葉子を見ている読み手である私が感じるのは辛さだ。
    切なさだ。哀しみだ。

    成長するにしたがい、草子もまた同じように辛さを感じるようになる。
    「ママの世界にずっと住んでいられなくて」
    草子は母・葉子が住む夢のような、ある種狂気に彩られた蜃気楼のような世界に住むことをある日拒む。
    葉子の世界は葉子だけのもので、そこには草子の居場所はないと知っていたから。
    気がつくと草子寄りの視点で読んでいることに気づく。
    葉子の何気ない台詞や振る舞いにちょっとした苛立ちを感じたり、身勝手さに腹が立ったりもした。
    絹のようなさらりと渇いた手触りの物語は、痛みとともに妙な幸福感が読み終えた後に残る。
    何年か先、再びこの物語を読んでみたい。
    きっとまた違った思いで読むことができそうな気がする。

    余談だけれど、「世界一難しい恋」というドラマがある。
    脚本を書いている人はきっと江國さんのファンなんだろうなと。
    ヒロイン役がお薦めの本として「神様のボート」を差し出したり、お風呂あがりの牛乳をやたらと好きだったりするからだ。
    葉子自身は牛乳が嫌いなくせに、お風呂あがりには草子に牛乳を飲ませるのがきまりごとのようになっていた。
    ドラマでも牛乳嫌いな主人公と牛乳が大好きなヒロインとの間で、感情の変化を表現する大切なアイテムのひとつになっていた。
    小説のエピソードが、かたちを変えてドラマに登場するのは面白い。

  • 予定日2週間前に読む。
    宮古からよくこの本を持ってきたな私。
    母と娘と、母と愛する人の物語。
    草子は葉子の娘で、生きる目的で、愛する人との間にできた宝物で、愛する人の存在の証拠で。
    ここまでお父さんに恋をしつづけるお母さんてなかなかいない。離れていたから恋し続けられるのかもしれないけど。でもあの人がいるところが私の居場所、いないのなら私の居場所はどこにもないって感覚、私は分かる。人が帰る場所は人なんだ。家でも場所でもない。その居場所を見つけることは、人生の中の1つの大きな目的なのかも。目的というか、人が求めるもの。娘はいずれ離れていく。もうすぐ産まれる娘が私に甘える愛しい時間は、限られたものなんだな。そんなことを考えながら、草子が離れていってからの葉子の気持ちを読んでいたら、涙が出てきた。お母さんも私が宮古島にいくとき、東京で子供みたいな顔して泣いた時、そんな淋しさを感じていたのか。

  • 成長と共に変わっていってしまう子・草子と、ずっと変わることができない母・葉子の物語。
    読んでいてずっと、なんだか悲しかった。変わってしまうことも、変われないことも、どちらも悲しいんだと思った。

  • 江國香織作品のなかできらきらひかると一二を争うくらい好き。
    江國香織得意のふたつの視点から

  • これほど素敵な始まりかたをする小説を私は知らない。
    これほど華麗に幸福の斧を振りかざしたような終わり方は読んだことがない。

    夢見がちの神様のボートに乗った母と現実を見る娘。
    交互に語られることで進んでいく物語。
    どちらかになりきって読んでしまうと思います。
    最後は絶対に誰にも予想できません。

    シシリアンキスはこの本の文章そのまま、琥珀色の甘ったるいカクテルでした。

  • 恋をすると、海に漂う舟みたいだ。自由でも不自由でもなく…
    子供のように純粋で、でも潔くて…読み終わって、涙が出そうになった。

  • 江國香織を久しぶりに読んだ。
    友達が好きで、時々貸してくれたけど、私はあまり好きではなかった。ぽやぽやした印象の本だな、と思っていた。
    けれども、結構、今回で印象が変わった。
    どうやら作者本人も認める狂った小説(あとがき)だったらしい。
    真ん中くらいまではタイトルに誘われて買ってしまったから仕方なく読んでたけど、途中からは読まずにいられなくなるようなお話だった。
    子どもの成長について、記憶と重なる部分と同時に、育むことへの示唆に富んでいる、と、思う。

  • 先日西加奈子の”漁港の肉子ちゃん”を読んだのでついつい比べてしまう所だった。
    母と子の物語。そして放浪する設定。

    しかし、全然違う。こんなに違うものかなーというくらい違う。
    もし”漁港の肉子ちゃん”を江國香織が書いたら、、、それはそれはもっとセンシティブな物語になったことでしょう。

    簡単に言えば(多少無理やりですが)江國香織は東京。西加奈子は関西。のノリ。

    その江國香織のこの物語はまたしても静謐なイメージが強い。沢山のピアノ曲も出て来るけど聞こえてこない。光や風や空気感はすごく感じるのにである。

    この内に内に入っていく様な物語の書き方が狂気と言われる原因なのではないかと思います。
    ただ消えてしまった愛する人を思うあまりに狂気に至ると考えるより、きっと迎えに来るよという言葉に未練(未練という言葉が江國ワールドには無いな~)がある為に現実逃避してしまった結果ととらえ方をするとまた全然違う話になります。

    危ないな~と思えるのはこの物語があまりにも綺麗だから。綺麗な物には誰しも惹かれていきます。
    言葉の綺麗さ、出て来る嗜好品の綺麗さ、(今となってはタバコはあまり好まれませんが)不健康と健康のアンバランス、言葉遊び、これらに引き込まれて行きます。

    映画を観た後に主人公に憑依してしまう様に、この本を読んだら葉子に憑依してしまいそうな。
    そんな危うさがたっぷり込められた物語でした。

  • 3
    母葉子と娘草子の話。必ず戻るといったパパを待って一つの場所に留まってなじまないように引越しを繰り返す。パパを追い続けると葉子とそれに振り回され転校を繰り返し現実を生きたい草子。草子の感覚は分かるが葉子の感覚は難しい。パパや草子に依存して生きがいにしてしまっているところがあまり好きになれない。最後、死相観も漂う葉子だが、妄想でなく本当にパパに会えたのだろうか。
    淡々としている一方で読みやすくマッタリな感じがよい。休みにダラダラしながら読んだり海外リゾートで昼間から飲みながら読むイメージ。

  • 江國香織の「正しい」という単語の使い方が好きだ。『神様のボート』の場合、別れた夫のお酒の飲み方について「正しい」という単語を使っている。それは、誰かにとってあるべきものがあるべきようにあるべきときにそこにある正しさ、という感じだ。イデオロギーとか何かの主張とか、一般的基準はそこになくて、「私」「私たち」にとって必要なものについて、正しい、というのが興味深かった。その正しいは、『神様のボート』で安心でもあり狂気にもなっていくのだろう。
    1997年と2001年で、週間予定を確認するのが、母から娘に代わる。印象に残る象徴的なシーンだと思うけれど、今はまだ言葉にならない。


    **たまたまこの時期に雑誌「考える人」の谷川俊太郎特集のインタビューから、佐野洋子のエッセイを読んだ。そこの解説(河合隼雄)で、体感的な正しさを基準に書かれているので小気味良い、と書かれていてなんだかシンクロした。

    **シンクロと言えば葉子は『ベティ・ブルー 37.2』のベティに少し似ているかも。ベティが動(激しい)の執着なら葉子は静の執着?
    私はあまり人に対してこういう執着をしないように(する可能性があるので)かなり意識しているが、物語として読む分には面白かった。

  • 大好きになったドラマの中で出てきたので、久しぶりに読み返してみました。
    「東京から出て行ってほしい」
    「髪の短い人を見たら君かと、小さい子を見たら草子かと思うのは耐えられない」
    おぉまさにこの台詞のオマージュ。
    「社長のほうがずっと器が小さいですが」
    確かに。桃井先生はむしろ器が大きすぎるくらいだし…。
    銭湯通い、牛乳好きもここからヒントを得たのかな。
    なんとなく、草子と美咲さんってイメージが似てるかも。
    意思がはっきりしたしっかりしたところが。

    江國さんの作品は、高校時代に同級生が好きで何作か読んだけど、あまり理解ができなかった。
    大人になって読めばもう少しわかるかと思ったけど、やっぱりよく分からない…。
    静かな狂気とあるように、ただひたすら相手を信じるなんて私にはとても出来ない。
    たくさん恋愛経験を経たらもっと分かるのかしら?
    そしたらこの生涯で理解出来る日は来そうにないなぁ。

    話の感想に戻って…
    最後会えちゃうのは出来すぎな気がした。
    でも今思うと、あれはママの妄想?

    あと桃井先生があっさり再婚してるのは、拍子抜けというか人間って弱いようで案外強いんだよなと思えたり。
    結局未練なんて思い込みで、それを断ち切れるのはその人の心次第なのかな。
    桃井先生は確かバツ2だったし乗り越える力が強いのかも。

  • 骨ごと溶けるような恋。琥珀色のカクテル。狂気の恋の物語。
    純粋で狂気な恋の物語だなと思った。
    そして、また。私は江國香織の書く女性が好きだなぁ。

  • 誰もいない 真っ白な霧の中を ボートに乗って 静かに 漂流するような
    あるいは サティの「ジムノペディ」が流れる 薄明るい森の中を あてもなく彷徨うような、
    たまらない不安につつまれる小説でした。

    “必ず迎えに来る”と言った彼氏を待ち続ける葉子と、その娘 草子が交互に一人称で語る形で小説は進みます。
    一箇所に定住しない葉子と共に 草子が何度も転校を繰り返しながら小学生から高校生になるまでが描かれます。

    映画「37℃2インテグラル」にベティという女の子がいました。
    “透明な感性を持つ奇妙な花のよう”な19歳のベティは、
    恋人の成功を助けることや、恋人との子を身籠ることで
    この世に自分が生きていることの証を求めようとしましたが、全て叶わず散ってしまいました。
    葉子は恋人との子 草子を産み、共に暮らしましたが 草子が自立し、生きる気力を失います。

    ベティにも葉子にも 心許せる友人・仲間 の存在が見当たりません。
    そもそもこの世には“心許せる”相手なんていないのかもしれません。
    つまり、彼女達は自分を誤魔化せない 真っすぐな生き方しかできない人達なのだと思います。
    誰にも甘えない 甘え方を知らない。どうしていいか判らないんです。
    そんな人生を歩んできた彼女達の前に現れた、全てを委ねさせてくれる彼氏。
    この世界で生きていることを実感させてくれる 生きる“よすが”です。

    「彼のいない処に 私の定住の地はない」と言いながら 娘と引っ越しを繰り返す葉子は、
    必ず迎えに来ると言った恋人との思い出 という甘美で儚い幻想の世界に定住していたのだと思います。
    そして彼との娘 草子は この幻想の世界と現実の世界を繋ぐ 唯一無二の存在だったのです。
    だから 草子が自立して去ったとき 葉子は現実に戻れなくなった気がします。
    足元に絡みついてくれた愛しい子供との時間は、子供の成長と共にやがて過ぎ去ります。
    子供の成長は心から願いますが それとは別の気持ちとして せつないものです。

    ラストシーン。葉子の前に ついに彼氏が現れます。
    彼氏との思い出は かなり美化されているので、葉子の一人称で語られるこのエピソードもどこまで現実か判りません。
    しかし自分を見失うほどに漂い続けた私は 葉子と一緒に ここに着地することを切に願いました。

  • 初めて読む江國香織の本。
    一直線で、特に激しい起伏がないお話は予想を裏切らず、ただ本当にゆっくりとボートに乗っているように気持ちよく揺すられた。
    「あの人」の話をするときの葉子の表現が魅力的で、でも少し狂気も含んでいて、静かに引き込まれた気がする。

  • 母子の名前から性格が見え隠れしている。
    葉子(母)風に吹かれれば飛んでいってしまいそう。危うく儚げな感じ。引っ越しを繰り返す。
    草子(娘)地に足をつけて生きていこうとする。その場で馴染んでいきたい。
    パパはどんな人だったのか。
    葉子とパパはお互いに不倫していた。しかも、葉子は桃井先生と結婚していて、パパには借金があった。
    パパは言った「たしかに俺達はインモラル(不道徳)だよ。破壊的にね。ばかだなあ、気が付かなかったの? 恋愛はインモラルな人間の特権なのに」と。
    それを聞いた桃井先生は「あの男は君をわかっていないんだな」と皮肉る。
    昼間でも葉子と二人で酒を飲んだりと、パパはあまりしっかりした人では無さそうだ。
    葉子はパパを美化し過ぎているのではないか。
    娘の草子も母を「しょっちゅうでたらめを言う」「あたしは知ってる。パパとママは旅に出た事なんてなかった」というのがそれを物語っている。
    ラストの葉子は死んでしまったのではないか。
    草子の夢に前の地で出会った黒猫が出てきた時、母葉子はもう死んでるんじゃないかと答えた。その後で葉子はパパの夢を見る。
    神様のボートというタイトルにも、死を暗示させる。

  • 母親の葉子、娘の草子は旅を続けている。
    母が桃井先生と結婚していたのにも関わらず、好きになった相手(草子の父親)を。

    子供のころの草子は、慣れることが必要なのに、ひとつのところに留まっていられないことをどこか諦めて達観していたけど

    中学生になって、母の葉子よりも現実主義者になる。

    母のラブストーリーに付き合いきれなくなる。

    葉子は恋愛至上主義ではあるけれど、ちゃんと働いて草子を育てているからまだいいけど

    それでも自分が草子の立場なら
    いい加減、現実を受け入れてほしいと思ってしまうだろうな。


    草子に厳しいことを言われた葉子は
    徐々に現実に向き合おうと努力するけれど
    やはり夢の世界でふわふわと儚げに生きていた葉子に現実は少ししんどいらしく
    生きる意味を見失う。


    草子では、つなぎとめられないほど
    衰弱していく。



    ラストシーン、念願の再会。

    あれが私としては怖かった。


    本当に現実なのか。


    それまでの流れから死後の世界とも
    受け取れるし。

    はっきりとは書かれていないけれど
    いろいろな解釈ができるなと思った。


    江國さんの作品は切なくて儚げで綺麗。

    涼しい秋に妙に読みたくなります。

  • 恋愛の静かな狂気に囚われた母・葉子。
    現実的な娘・草子。

    母・葉子が骨ごと溶ける様な恋をした、あの人との約束のために旅がらすになる。
    その傍らで育った娘の草子が、現実を見ていない母の
    世界にはもういられないと、自分の道を歩んでいくこと
    で、母・葉子は「狂っている」事に気づかされる。

    静かな小説なのに、そこまで一人の男性との
    約束を守るためにこんな風に生きれたら
    とても幸せだと思う。
    たとえ、「狂っている」と言われても。

    最後は、あっさりしていて拍子抜けした。
    ハッピーエンドだといい

  • 江國香織作品のなかで、いちばんはじめに読んだ小説。
    去年ドラマ化したので観てみたらとてもよかったので、改めて読み返してみた。

    全体的におとぎ話のような雰囲気が漂っている。
    愛した夫を求め、いろんな街を転々とする母と、それに付き合わされる幼い娘。
    とても非現実的でふわふわとしている。
    そしてさみしい。
    やがて娘も大きくなり、その生活に疑問を抱き始め…

    この透明感こそが、江國ワールドだと思う。
    とてもさみしくて、幸福な物語。

  • 他に寄る辺ない孤独の闇の中で、ふいに光に見えるほどかけがえのない人を、環境や立場や様々なものの為に、死別以外で感情とは別に、無理矢理失った人には、少なくとも葉子の気持ちは一瞬でも分かってしまうかもしれない

    いつかまた会えるのなら、その日の為に生きてる

    それほど救われてしまう人に出会える奇跡は人生にはあるし、そうでも思わないと生きていけないほどの絶望も世界にはある

    ただ草子にとって、母である葉子からみた自分は、草子はあのひとの血を継ぐ娘だから愛しい、なのか、草子だから愛しい、なのか考えてしまうと、私自身、一人の娘としてとても辛くなってしまう

  • 小さな、しずかな物語ですが、これは狂気の物語です。そして、いままでに私の書いたもののうち、一番危険な小説だと思っています。

    と、江國さんが自ら語る小説。

    修羅場がなくて、情熱的な展開もなくて、ただ淡々と書いているように見える。

    だけど、草子の成長物語とも葉子の恋愛小説とも受け取れるこの作品は、この二者のギャップが物語の進行とともに広がって、何ともいえない緊迫感、焦燥感をもたらしているのだと思う。

    恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子、という表現は本当にぴったり。
    なんていうか、怖いくらい。
    恋愛も深みにはまるとこうなるのかなあ。
    よく分からん。

    草子の成長が見ていてとても爽快。

    「狂ってるわ」

    草子の言葉は正しい、と私は思う。

  • 江國作品で一番大好きな神様のボート。
    狂気の物語。本当に怖い話ではあるけれど。
    ただ傍目から見て狂気でもずっと揺籃の中にいるような誰の声も届かないほど幸せの中に浸っているそんなお話。
    でも、子どもはそうじゃない。
    恋の話であり母と子の話である。

    最後は捕まえに来てくれたのであろうか?
    最後も賛否分かれるんだろうな。

  • 静かに子供は成長していくけど

    大人はいつ大人になれるんだろうか?


    静かな物語です

  • 「すぎたことはみんな箱のなかに入ってしまうから、絶対になくす心配がないの。すてきでしょう?」
    と言う母、葉子と、その娘、草子の物語。

    馴染まないように、慣れないように、旅暮らしを続けるふたり。

    「一度出会ったら、人は人をうしなわない。」
    記憶の中のその人を信じて、生きていく葉子。

    それは一途さなのか、狂気なのか。

    「神様のボート」に乗ったふたりがたどり着く場所は、どこなのか。

    最後まで、心をぐっと引きつけて離さない、素敵な物語でした。

  • 純粋でもあるし、狂気でもある、読む人によって、いろんな読み方ができる本。素晴らしかった。

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神様のボート (新潮文庫)の作品紹介

昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。"私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子"。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。"私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの""神様のボートにのってしまったから"-恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遙かな旅の物語。

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