見張り塔からずっと (新潮文庫)

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著者 : 重松清
  • 新潮社 (1999年8月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101349121

見張り塔からずっと (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 『家族』をテーマに三篇からなるオムニバス作品で、表題作品は無い。
    とにかく、読むのが辛かった。
    一つ目の『カラス』も私の中ではホラーとはまた違った読むのには躊躇われる怖い小説に分類され、無理矢理読んだ感があった。
    しかし、特に二つ目の『扉を開けて』という作品を読むのは格段にペースが落ちた。
    最後のページには、ぞわりと、もう、思わず本を投げたくなってしまった。投げずにはいたが、本は閉じた。

    私が初めて重松清作品と出会ったのは『卒業』で、そのイメージがあった分、その『卒業』と『見張り塔からずっと』でのギャップがあり衝撃が大きかったのだ。
    なんとか一冊読み終えたものの、数日経った今も未だに思い出してしまう。
    この人は、すごいと。
    それしか思えない私はボキャブラリが少ないし、読むという能力もまだまだ未熟だ。
    けれど重松さんにはいい意味で泣かされる。
    辛いと思うのだけれど、またこの人の作品に触れたいと、不思議と思ってしまう。



    (20110909)

  • 雑誌記者として出版社に長年勤めてきた重松清さん、様々な社会現象を目の当たりに「目撃」してきた自分自身のことを、見張り塔にいる哨兵にたとえている。
    そして、われわれ読者もその断片を本書以後の彼の作品を通して「目撃」させられることになる。

    3つの短編で成り立つ本書は、以後の重松作品の方向付けをしていると思う。
    ニュータウンでひそかに行なわれる主婦間のいじめと、その流れ玉を浴びる夫たちの話、「カラス」。
    1歳で亡くした息子と同じ歳、同じ名前の子供が、夫婦を悩ませる「扉を開けて」。
    姑に見放され、マザコン夫には邪険に扱われる若妻は、18で結婚した。世間知らずとののしられ、その存在さえも消し去られる「陽だまりの猫」。

  • 質的には高い作品です。物語の中にどんどん引き込まれていきます。しかし、怖いですね。
    「カラス」はニュータウンのマンションで起こる現代版村八分、大人のいじめを加害者の立場から描いた作品です。陰湿な喜びを感じながら、一方でいつか自分が被害者になることを恐れる、そういった加害者心理を上手く描き出しています。
    「扉を開けて」は5年前に赤ん坊を亡くした夫婦と生きていればその位になっただろう子供の係わりを描いた作品です。子供の幻影を見る奥さんの侘ない精神状態と、それを援け、繋ぎとめようとする夫。精神の危うさが上手く描き出されます。
    「陽だまりの猫」はマザコンの夫と19で結婚した「何も出来ない」妻と姑の話です。これも一種の陰湿ないじめの物語です。妻は意思を持つ《あたし》と物語の登場人物である《みどりさん》を使い分け、夫や姑の仕打ちをかわそうとします。しかし、自分の存在自身を否定された時に、妻は復讐を企てます。
    重松さんの作品は初めてです。上手いと思います。直接表現ではなく、回りどんどん状況を作り上げて行き、きっちり一つの世界を作り上げていきます。そういえば、元々ノンフィクションライターでもあった様なので「架空の世界のノンフィクション」という感じもします。
    しかし、読後に暗くのしかかる物はあっても、爽やかさはありません。再び手にするかどうか。

  • 【あらすじ】
    発展の望みを絶たれ、憂鬱なムードの漂うニュータウンに暮らす一家がいる。1歳の息子を突然失い、空虚を抱える夫婦がいる。18歳で結婚したが、夫にも義母にもまともに扱ってもらえない若妻がいる…。3組の家族、ひとりひとりの理想が、現実に浸食される。だが、どんなにそれが重くとも、目をそらさずに生きる、僕たちの物語―。「カラス」「扉を開けて」「陽だまりの猫」。

    【感想】

  • 久々に読んだが、やはり暗い。暗さがいい。

  • 発展の望みを絶たれた郊外のニュータウン内のいじめ

    幼い子供を亡くした夫婦の元に現れた同じ名前の少年

    夫にも義母にもないがしろにされる若妻

    3組の追い詰められていく夫婦のお話し
    どれも救いがなく、怖いくらいにリアル

  • 人の弱さや脆さや狡さや嫌な部分が包み隠さず書かれている。
    それを他人事のように読んでいるこちら側にだってきっと嫌なところがあるはず。
    自分の中のそういった部分を仕方がないと思うか、そういう自分が嫌いだと思うかはそれぞれが勝手に思えばいい。
    つくづく人間は面倒くさいなと思う。

    [カラス]
    自分の不満を他人にぶつける事で晴らそうとし、それでいきいきしたところで後に残るのは何?
    ホンの些細なきっかけでぶつけられる側になるだけで儚さしか感じない。
    [扉を開けて]
    ラストの数ページは怖かった。まさか?と多いながら何度も読み返したがそのまさかなのだろう。
    妻や夫の追い込まれて行く気持ちはわかるけれど。
    [陽だまりの猫]
    みどりさんを作り出す事によって現実のあたしから逃げたかったんだろうな。
    夫の言葉「…三日早すぎたんだな」を聞いたらそう思っても。
    母親想いとマザコンは紙一重なのか同じ意味なのか?
    でも結局子離れ出来ない母親も、親離れ出来ない息子も、自分から逃げているみどりさんも誰も幸せになれてないじゃない?
    綾香ちゃんだけはちゃんと愛して幸せにしてあげて。

  • わたしにとってのトラウマ本 救いがなくて後味がとても悪いほどリアルで手触りの感じる作品

  •  哨兵は、かなしい。

    「文庫版のための(少し長い)あとがき」は、そんな詩的な表現ではじまる。この小説だけでなく著者のこれ以降の小説を知る上でとても大事な一文だ。失礼だが、収録されている3編の短編よりも、このあとがきのほうが読みごたえがあった。

    あとがきの要点は、タイトルにある「見張り塔」とは著者の小説を書くにあたっての「マニフェスト」であるということである。そして、著者も読者も「見張り塔」に立つ「哨兵」であり、物語という事実を「目撃」するだけの存在でありたい、もしくはそうあってほしいということ。

    だがほとんどの日は異常なんてないし、異常があったとしても現場に駆けつけることはできず、ただ「異常発見!」と叫ぶことしかできない。確かにそれは「かなしい」ことなのだが、次の一文でわかるように、著者はあえてその姿勢を貫いて小説を書くことを自分に課した。

     「作家」にならなくていい、フリーライターの姿勢のまま小説を書いてみよう、と決めた。

    また、こうも言っている。

     自己表出ではなく、むしろ自己隠蔽のための小説が書けないか。

    この著者のスタンスは、無責任なものに思えるかもしれない。だが、そういう書き方を徹底することで小説としてのリアリティは深まったように思える。そして著者のよけいな(と、おそらく著者が考える)主観がない分、小説は読者の心を直接刺激する。言い換えると、著者から見張り役を任された読者が自分自身の目で事件を「目撃」することによって喜びを感じるのだ。そもそも、日常生活の中ではめったに見られない異常を「目撃」するために、我々は小説を読むのだから。

    この小説は重松清の初期の作品だが、あとに続く作品はこれほど突き放したものではないらしい。見張り塔から「目撃」するだけではなく、手をさしのべる方向にシフトチェンジしたのだろうか。いろいろ読んでみたいと思える作家だと思った。読んでよかった。

  • 短編3作。中でも「カラス」が好き。共感とは言い難いけど、どこか心に突き刺さるものがある。重松さんが持つ繊細さや感受性、またその表現力といい他の作家とは一味違う読者の心揺するツボがある。
    この作品は重松さんがまだ小説家として駆け出しの頃に書かれたもの。現在の活躍からも分かるように、非常に将来性を感じられる作品。

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