せんせい。 (新潮文庫)

  • 1490人登録
  • 3.86評価
    • (102)
    • (209)
    • (134)
    • (15)
    • (1)
  • 179レビュー
著者 : 重松清
  • 新潮社 (2011年6月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101349275

せんせい。 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 大人になった今だからわかる、
    あのとき先生が教えてくれたこと、言ってくれた言葉。
    学校にいると先生は「先生」としてしか見れないけれど、
    先生も怒ったり傷ついたり、嫌ったり悩んだり後悔したりする普通の人たちなこと。

    この本の中に出てくる先生たちは、とても人間くさくて、重松さんらしくて。
    自分が今まで出会ってきた先生のことを思い出しながら読んだ。
    自分はたくさんの先生に育てられてきたんだなぁと思った。

    中でも「ドロップスは神さまの涙」がお気に入り。
    クラスからはずされて、頭とお腹が痛くなるたび、保健室に行く子。
    いつも怖くて厳しい保健室の先生は、何も言わずに寝かせてくれる。
    そしてときどきドロップをくれるのだ。

    私も小学生のころ保健室大好きで、用もないのに時々行ってた。
    保健室の先生には本音(わがまま)言ったり寝かせてもらったりして。
    でも追い出したりされなかったのは、先生が優しかったのもあるけど、
    私が内心悩んでたこととか、先生はわかっていたのかな(笑)
    あのときの保健室の先生、今どうしているのかなぁ。

    震災の後、自分の家も大変なのに、クラス全員の家を真っ先に訪ねてきてくれた先生。
    足の小さい怪我をすごく心配して、開いてる薬局探しに行くと言いだしたり。
    (いやいや、マキロンで足りるんで!と親が必死で止めてた。)
    私のためを思って叱ってくれた先生は、最初ハイハイと聞いていた私が、
    途中から本気で泣き出したのをめちゃめちゃ気にして、そのあと心配して
    家に電話してきたっけ(泣いたの親には秘密だったから困ったけど。笑)。
    高校のときの新米の教師は、真正面からどすこいとぶつかってきて、
    思春期まっさかりの私たちとは相いれず、すぐ怒ったり泣いたりして、
    あの先生子どもやんなぁなんて言っていた。
    でも、先生が一生懸命になりすぎてかちこちに固くなってたこと、
    若すぎて生徒との距離の取り方がわからなかったこと、
    たくさん悩んでいたんだろうなってこと。大人になった今ならわかる。
    先生、あのときは生意気ですいませんでした。
    久しぶりに母校を訪ねたとき、先生はすっかり丸くなって活き活きしていて、
    先生もだいぶ変わったんだなぁと思ったもんです。

    いろんな先生に、今なら素直に感謝を伝えられる。

    最後の「気をつけ、礼」
    少年は、重松さんの少年時代なんだろうか。

    卒業生の親からもお金を借りてドロンする、どうしょうもない先生。
    だけど、先生の「気をつけ、礼」は魔法の言葉。
    今もその言葉を胸に、少年は背筋を伸ばすのだ。

  • 先生と生徒のお話ばかりを集めた短編集。

    最後の作者あとがきに共感。

    「僕は教師という職業が大好きで、現実に教壇に立っていらっしゃるすべての皆さんに、ありったけの敬意と共感を示したいと、いつも思っている。けれど、僕は同時に、教師と上手くやっていけない生徒のことも大好きで、もしも彼らが落ち込んでいるのなら「先生なんて放っときゃいいんだよ」と肩を叩いてやりたいと、いつも思っている。」


    同じく、世の中で一番尊敬する職業は学校の「せんせい」だー。
    『泣くな赤鬼』がとっても好きでした

  • 先生だって人間なんだ。先生だって失敗する。先生だって後悔する。
    先生と生徒の短篇集。生徒から見てた先生は、大人になってやっと理解できる面がある。どの話も、誰もが経験してそうな気がする。全部いいんだが、その中でも「にんじん」「泣くな、赤鬼」は、裏側の気持ちを描いてて、グッとくる。なんか、自分の担任のことを思い出す。そして、思い出すのは苦い思い出のある先生ばかりだったり(笑)

    やっぱり重松清の物語に出てくる人物が好きだ。

  • 僕たちは誰もが、一番身近なおとなを「せんせい」と呼ぶ日々を過ごしてきた。
    あとがきに書かれていた一節。教師という職業に対して、教師よりも熱い想いを抱いていることが分かる作品。本人も言っているが、教師と反りが合わないあぶれ者も好きだという。肩をポンポンと叩いて、大丈夫だよ、せんせいなんか気にするな、と言ってあげたくなるという。まさにそんな作品。教師にも生徒にも寄り添い、温かく書かれている。どちらも程よく救いようがなくて、人間くさくて、さっぱりしているのに心に残る。実際の教師生徒間の関係にそっくりではないか。

  • 尊敬する親族が学校の先生だった私、そして私も先生になることを夢みてた時期がありました。‧✩͓̊(´๑•ω•๑)ɞ₎₎✩
    そして今は、私の大切な弟が先生になることを夢みて頑張っています。
    私は この本を、弟と母に今すぐにでも読んでもらいたい‼︎(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡
    未来・過去、どんなことを弟と母は感じて読んでくれるんだろう..*・☪·̩͙
    来年の弟の誕生日プレゼントに、この本を贈ろうと思います。
    この本は弟の人生に、将来の夢に、きっと明るい光を照らしてくれると信じています。◡̈♥︎

  • 誰にでも忘れられない先生がいるもんだ。
    中1の時、授業中ふざけててビンタするよて怒られた恐いせんせい。
    高2の時、今まで赤点で嫌いだった化学の面白さを教えてもらい化学系の学部に進むキッカケを築いてくれたせんせい。
    今でも忘れません。

  • せんせい。
    思えばいろんな先生にお世話になってきた。
    在学中は先生を慕っているような学生ではなかったし、
    先生に大きな影響を与えてもらっているとも感じていなかった。

    卒業したいまは違う。
    いろんな先生とのささいなやりとりがふいに思い出され、
    いまの自分に良い影響を与えてもらったな、と感じる。

    そんなことを思い出し、久しぶりに先生に会いにいきたいな、と思われる作品でした。
    いまの先生とも、ちゃんとした関係を築きたいな、とも思いました。

  • タイトルのとおり、学校の「教師」にまつわるハナシが収められています。
    私は中学校を卒業して社会人になったこともアリ、いわゆるフツーのヒトよりは接した教師の人数が少ないうえに、尊敬に値する教師というモノにはひとりとしてお目にかかったことがないので、このテの「先生モノ」には否定的なトコロがあるのですが、この本は、「このテの」とは一線を画する「先生モノ」でした。
    描かれている先生や生徒が、弱さや汚さといった暗部をちゃんと持ったニンゲンとして描かれているトコロに好感をおぼえました。

    聖職と呼ばれる教師という職業。
    なかにはろくでもないやつだって当然いるワケですが、っていうか相当数いるワケですが、でもフツーの職業とはちがって、何万人もの人生とともにある職業というのは、それはやっぱり「聖職」と呼ぶに相応しいモノだなー。とか考えながら読みましたよ。

    私が敬愛する「藤子・F・不二雄」というヒトの作品を読むと、作者の優しい人柄が、その絵やストーリーから伝わってきます。
    今回、重松清というヒトの作品をはじめて読んだのですが、奇をてらわないオーソドックスな文章の端々や行間に、なんかF先生と同様の優しさを感じました。

    この著者のヒトのちがう作品を読んでみたいデス。


    http://blueskyblog.blog3.fc2.com/blog-entry-1722.html

  • 久々に電車の中で本を読んでて、涙が出る寸前で上を向く、ということをした。「ドロップスは神さまの涙」「にんじん」「泣くな赤鬼」が好きです。特に「にんじん」と「泣くな赤鬼」はやばかった。もう少しで電車の中で涙を流すところだった。重松さんの書く、先生と生徒のお話が大好きです。やさしい。あったかい。なにかを思い出す。自分にとっても、学校の先生ってこんな感じだあったなあとか、こんな距離感だったなあとか、こういうこと思ってたなあとか。なつかしい気持ちにもなった。人間はゆるすことができる。そうだよなあとしみじみ思う。

  • 今年も新潮文庫夏の100冊が始まったようだ。
    さて今年は何を読もうと思って、好きな重松さんのものを手に取る。去年も出たばかりの「青い鳥」が入っていたなと振り返る。それにしても新潮文庫に入っているものは全部読んでいるのだが、いつのまにか17冊にもなっていたのだなあとしみじみ。

    「白髪のニール」と「泣くな赤鬼」で泣く。「白髪のニール」いいなあ。30代前半の自分には響くものがある。
    どれもいいのだが、その中でひっかかったのは「マティスのビンタ」という一編。何となくこれだけ読んでいてしっくりこなかったので、逆に何度か読んでしまった。
    先生と生徒という関係は、影響を与える、与えられる、という物語になりやすくて、その中で、逆に生徒から先生が何かを与えられる、というパターンの話もあるのだが、「マティスのビンタ」だけ、そのどちらでもないような感じがしたのである。
    「マティスのビンタ」には印象的なくだりがあって、認知症の人でも、学校の先生をしていた人は「先生」という呼びかけに応じる、というところである。この一編はひょっとして作家が実際に見聞きしたことの中で印象的なものが膨らんでいったようなものなのかなと、だから明瞭な構造を持たない(もしくは持つように書けなかった)のかなと勝手な想像を巡らせたりしてみた。

全179件中 1 - 10件を表示

重松清の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
東野 圭吾
伊坂 幸太郎
有効な右矢印 無効な右矢印

せんせい。 (新潮文庫)に関連するまとめ

せんせい。 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

せんせい。 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

せんせい。 (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

せんせい。 (新潮文庫)のKindle版

ツイートする