散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)

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著者 : 梯久美子
  • 新潮社 (2008年7月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101352817

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散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 栗林中将という人は、知っていました。硫黄島の総指揮官で、家族に絵入りの手紙を送っていた、ということも。

    この本を読んで改めて詳しく栗林忠道という人を知り、なんという格好良くて魅力的な人か、こんな人を硫黄島で死なせるなんて、やっぱ大本営とかいうとこはバカばっかだったんだな、と思いました。

    すごく悲しくて悔しい読書でした。
    出来るなら家族の元に戻って、自分でお勝手の隙間風を防いでいただきたかった……。

    著者の梯さんが、栗林中将の手紙を見て取材したくなった気持ちはすごくわかる。
    あの時代に、こんなにも周りがよく見えていた人がいたんだ。

    こんな立派な人の話を、すごく読みやすい1冊にまとめてくれて、なんだか梯さんにお礼を言いたい気分です。

  • 壬生義士伝(下)を読むところを、理由あってこちらを読了。

    お恥ずかしい話、硫黄島のことは全然知りませんでした。映画のタイトルになったくらいは知っていましたが、映画も見ていませんし。

    読んでいて、ただただ悔しく哀しい思いに駆られます。現場を知らない大本営の偉い人が責任も取らず、勝手に命令し、勝手に見捨てていく。そんな中、生きて帰ることができない、絶海の孤島で2万人の部下たちの指揮を執る姿が切実に鮮やかに記されています。その胸中、想像できるものではないです。
    家族を思い、部下を思い。家族を思いやるからこそ、あの過酷な環境を耐え抜けることができたんだろうなぁ。家族への手紙はほんとうにごく普通の一人の良い父親であり夫であることがひしひしと伝わってきます。これはこの作者の書き方が事実を淡々と伝える書き方だからこそ、一層強く感じるのだろう。

    途中の銀行員、江川氏のエピソードも心締め付けられます。遺族がまだわからない少年の遺言の書。栗林忠道氏のように表に名前が出ない人がたくさんいる。そういうことも感じないといけない。東北大震災で亡くなられた方にも思いが及ぶ。

    死ぬとわかっていて、というより部下に死ぬことを命じるという、この感覚が読んでいても納得できなかった。それが『戦争はやってはいけない』という思いなのだろう。

    最後の最後、老爺のようなうなだれた姿に触れられている。感情をもったひとりの人間であること、完璧超人ではないということを感じた一節。それでも内地を思い、戦い抜いたことに栗林忠道氏の強さを感じる。

    軍人にならず、新聞記者になっていれば幸せに長生きできたのかも、なんて思うのは部外者の勝手な想いか。

    組織に必要なリーダーシップが示されていると思う。徹底的なリアリズムと家族,部下への慈愛をもって事に当れるよう心掛けたい。

    長男太郎、次女たか子から直接話が聞けたというのは、すばらしいタイミングだったと言えよう。というより、ほんとに何かの力で引き付けられ、語り継がれたことで、役目を果たせた、ということだろうか。

    散るぞ悲しき・・・さまざまな思いのこもった一言。

    来週、仕事のため、硫黄島に行ってきます。骨の上に立つということをしっかりと認識して。

  • 出血持久戦。目的は勝つ事ではなく、1日でも長く島を持ちこたえること。全将兵に対し潔く戦ってぱっと死ぬるのではなく、最も苦しい生を生きよと命じ続ける強靭な「精神力」。目的を明確にして各自の行動まで落とし込む「具体化」こそが重要だと再認識した。

  • 日本の敗戦前、硫黄島で何が起きたか。
    正直にいってなにも知らなかった。
    直接的には家族、大きく言えば日本の人々のため、生き残ることを望みえない戦地で戦った指揮官の物語。
    人の営みはいつも理不尽な流れに押し流されていくもの、と強く感じた。
    感謝しつつ、上機嫌に毎日を過ごしていきたい。

    ときに。
    「なぜ戦争をしてはいけないか」という理由に「戦争になると、勇敢な人、責任感の強い人は全員戦地で死んでしまうので、勝っても負けてもその後臆病者、卑怯者の天下になる」という話がある。
    声高に、戦争についての話をしてきた日本の識者たちはこの言葉をどう捉えるだろうか。そんなことも思った。

  • 硫黄島の玉砕自体は知っていてもその実情は知らなかった。
    同じ著者の書簡集のような本から、栗林中将のことを知って
    当時の軍人だった彼が、どんな人だったのか興味を持って
    読了。二日間で夢中で読んだ。

    戦争当時、良識と知性と優しさを兼ね備えた人々が
    多く戦死したことは、祖父母から聞いていても、あまり
    現実味はなかった。

    でも、これは私達が知っておくべき戦争の現実を告げている。
    万歳と叫んで、ただ猛進し死んでいったのかとばかり思って
    いたら。それはそれで悲しい死に様だが…。

    何もかも透徹した目で見通しながら、あえて後方の家族の
    安らかな生活のために、生きて死んでいった人たちがいる。

    猛進せざるを得なかった多くの人々もまた同様に
    戦場で現実を見据えていたはずだ。

    英明で、心優しく優秀な人たち。
    穏やかで、よく働き、愛情こまやかであった人たちが
    いったいどれだけ戦争で犠牲になられたか。

    軍人だった方だけではない。
    亡くなられた全ての方に
    かけがえのない人生があったのに。

    戦争関係の本は、むごいからいやだと
    敬遠しておられた方も全ての世代の方にお読み頂きたい。

    かく言う私もその一人だが。

    むごい現実の傍らに、こんなにもやわらかな、人間の心が
    寄り添っていたことを、読んで頂きたい。

    誰にも平等で、自ら部下と同じ地平で苦楽を共にし
    戦争の愚断の中で、ひとりでも多くの人のために
    あえて地獄を見てくれた方々。

    靖国参拝云々なんて、そんな、国と国のレトリックみたいな
    駆け引き以上に、この現実を知れば誰だって襟を正すだろう。

    亡くなられた方全てに、頭を垂れたい。
    自国の贔屓とかではないのだ。

    こんなことがあったと知らないでいるのは、
    私たち自身の未来にとって損失であるし
    あの戦争を耐えた全ての方々に申し訳ない。

    そして、今もって戦争の影が落ちていることを思い起こして
    NO!と言えるのは自分たちしかいない。
    言わなくてはと、思ってもらえれば。

    戦争を出来る体制にしてしまったら、
    やってみたくなるのかもしれない。

    ここまでしかしません、と言っていても、行使できる
    力を持てば、ずるずるとその範囲を広げたくなるのが
    人間の弱さだと思うから。

    酸鼻を極めた状況で、愛する人も自分も死んでゆく。
    そんな経験をしたことがないから、ごくあっさりと
    やろうといってしまうかもしれない。

    その恐ろしさに歯止めをかけられるのは
    私達しかいない。

    作り事のようにあっさりとは人間って死ねないから。
    忘れてはいけにことが、あるのだ。

  • 衝撃的な本であった。
    一人の人間がここまで強くなれるとは。

  •  映画化された硫黄島での戦い、だがそれは戦争の惨劇だけを伝えていて、この本を読んだことで、それがどれだけ表面的な事であったかがわかった。
     常に平等と計画性と合理性を心掛け、大本営に対しても、惨事を伝えた公的な面と、私的には家族への細やかな心遣いをしたよき夫でもあり父でもある顔。著者の取材力の賜物だと思う。
     繰り返し読まれていっても良い本だと思う。

  • 見捨てられた硫黄島での壮絶な戦いは何のためにあったのか。旧日本帝国軍軍人のイメージとは、かけ離れている指揮官栗林忠道。でも、誰からも愛されて、家族のために命をかけた人。戦争=悪という先入観を植え付けられて育ってきたけど、こういう人なしに今の平和な暮らしはなかったんだと、自覚しなければ…

  • 硫黄島の戦いで総指揮官であった栗林忠道は、わずか2万余の兵を率いてその数倍の戦力を擁する米軍相手に少しでも本土空襲を遅らせて日本国民を守るため硫黄島を死守し玉砕した指揮官として敵味方問わず評価の高い軍人である。

    彼は戦前に軍人としてアメリカ留学の経験もあったのでアメリカの国力がよくわかっておりアメリカとの戦争は避けるべきだと考えていた。そんな男がなぜ玉砕必至の戦いで自らを含め2万余の兵を死に追いやったのか?

    当時戦争の趨勢はすでに決しており、硫黄島が陥落すれば日本本土が本格的空襲にさらされるという、日本にとっては守るべき最後の砦であった。

    今の時代の感覚なら、2万余の人間が死ぬことが自明のそんな戦いは無意味だということになる。しかし、非戦論者ではあるが栗林忠道はその時代の軍人であり、2万余が玉砕してもそれによって米軍の本土空襲を遅らせ、その間に和平の交渉が進み終戦の契機になれば玉砕の戦いにも意義ありと考え自らの運命に従った。

    あの戦争では部下に死を命じながら最後は自分の安否のみに走った指揮官も少なくなかったが、硫黄島の兵たちは常に生死を兵とともにするたぐいまれな栗林忠道の人格とリーダーシップに献身的に応え、米軍硫黄島上陸後も一ヶ月余りも驚異的な抗戦をつづけた。米軍の死傷者も日本軍のそれを上回る3万人近くに達した。太平洋戦史に残る米軍にとっても最大、悲惨な戦いであった。

    硫黄島を死守することで本土空襲を遅らせ、米軍に大きな打撃を与え終戦交渉を促進できればという栗林忠道の意図ははかない夢と終わっただけでなく、まったく彼が想像しなかった終戦の結末となった。

    硫黄島での鬼気迫る抵抗にショックを受けたアメリカは、原子爆弾を広島、長崎に投下したのだ。もちろん、原爆投下のすべての原因が硫黄島での苦戦にあったとは思わないが、結果として原爆が投下されそれが終戦の契機となった。ただひたすら本土防衛、終戦のために玉砕した栗林忠道が、原爆投下の惨状を知ったらどんなに嘆き悲しんだろう。

    現代の感覚で今生きている私が言うのは筋違いかもしれないが、私が硫黄島の戦いから感じたのは、硫黄島に限らず力対力、気力対気力の戦いは勝者であれ敗者であれ結局悲劇を生むということである。あの戦争の大和魂、あるいはヤンキー魂の結果が原爆であった。いかに戦わないかが人間の英知である。

    太平洋戦争に関しても栗林忠道だけでなく山本五十六、米内光政、井上成美など、当時の状況を冷静に把握し非戦論を唱えたリーダーたちは何人もいた。それなのに、そういう人たちが中枢で指揮できずに、愚かなリーダーたちと愚かな官僚たちが実権を握って戦争を指揮した。それが最大の問題である。

    国というのは必ずしも冷静な判断力がある優れた人格者が実権を握り指揮しているわけではない。むしろ、そうでない場合のほうが多いのかもしれない。しかし少なくとも今の民主主義では、優れたリーダーを選ぶのは一般国民である。やはり、問題はそこに戻ってしまう。

    我々は今を生きることしか出来ないし今を生きるべきだと思うが、この今は過去からつながった結果としての今なのである。学校でもっと自国の歴史を教えるべきである。少なくとも明治以降の現代史は今の日本人にとって大事である。それがないと、今の自分の立ち位置がわからず、国も個人も生き方に軸が持てないのではないか?

    歴史には人間の信じられない愚かさとともに、信じられない崇高さも埋まっている。それを知らずして人がまともに生きることは難しい、そう思う。

    「国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

    栗林忠道が玉砕直前に軍本部へ打った決別電報の辞世である。
    軍が新聞発表した彼の辞世では「悲しき」が「口惜し」に変えてあった。
    「... 続きを読む

  •   国の為重きつとめを果し得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき
      勝つことを目的とせず、なるべく長い間負けないことが強く印象に残った。そのために全員が自分の生命を最後の一滴まで使いきること。
      目の前の現実を直視し、合理的に考えさえすれば当然行き着く結論。しかし、先例をくつがえすには信念と自信、そして実行力がいる。
      細かいところまで把握して、自分の判断に自信を持ち、断固として実行することができる。大局だけでなく現実を見る
     家にいるときは母や兄弟と愉快に話をし、時に冗談のひとつも飛ばして家の中を明るくすることが大切である。
      何もかも足りないのはどの戦場も同じであった。戦線を広げすぎると計画を立てるだけで実行に必要な人材・時間が足りない。

  • どうしてもこういうひとりの軍人を取り上げると、派手な英雄譚であったり、戦争を美化するような物語に陥りがちだが、本書はかなり客観的な立場から、しかし戦争への静かな怒りを根底にひそめて記述しているという点で、たいへんよかった。
    無論、あの戦争は肯定されるべきではない。
    だが、そのなかで懸命に闘った人々のことは忘れてはならないと思う。
    もちろん栗林は優れた指揮官であり、人情にもあふれた人物であったが、「死傷者は少なかった」とさらりと書かれたときの、そのわずかな死傷者、歴史に名が残ることはないようなひとりひとりの命も決して忘れてはならぬのだと強く感じる。

  • 題名は、栗林忠道が訣別電報の末尾に残した辞世の歌

    国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき

    の「散るぞ悲しき」が、戦時下の新聞報道では「散るぞ口惜し」に改変されたことから。

    読み終わって、この題名に全てが集約されているように感じ、また、ひとつひとつのエピソードをきっちり読み返したくなるような本。

    栗林忠道が、深い知性と細やかな情愛を持った方だったこと。
    青年期にアメリカに留学し、現地の人と親しみ、その国力を熟知していたこと。
    栗林忠道の経験や見識が、軍において、活用された形跡はないこと。
    栗林忠道が硫黄島に赴任する頃には、中部太平洋の制空権・制海権はアメリカの手に落ちており、補給路の確保等からみても、硫黄島が陥落するのは時間の問題であったこと。
    硫黄島が陥落すれば、アメリカは一般人を犠牲にする本土の大規模な空爆を容易に行えるようになることから、従来の戦法を捨て、死を前提に、命を最大に活用する出欠持久戦を選んだこと。
    栗林忠道は、実践的な思考や冷静な判断力とともに、自分の命も部下の命も駒として活用するかのような冷徹さを持っていたこと。
    硫黄島の抗戦をもって、終戦交渉を有利に運ぶことを願っていたこと。
    上層部が、セクショナリズムに囚われない本質を見抜いた意思決定を行うことを望んでいたこと。
    そして、その願いはかなわぬままとなったこと。
    上層部は、硫黄島を、そこで戦う兵士の命を、簡単に見限ったこと。

    読むべき本であり、また、何度も読み返したいと思っています。

  • 視点はあくまで中立でバランスのとれた良書。
    大本営に対する冷めた憤りが根底に流れているのも共感できる。
    硫黄島の戦いを知る入り口としてはおすすめ。

  • 2016年7月28日読了

  • 終戦間近の硫黄島での激闘を指揮した、栗林総指揮官の記録である。最終的にどうなったのかはよく知られているが、そこでの戦いの様子、日本軍の作戦、犠牲になった人のことは、国民が戦後世代に入れ替わりつつある今、詳しく知られていない。勝ったアメリカ軍にとっても長くトラウマになるほどの、地獄の戦いだったという。その戦いを指揮した栗林という指揮官は、どういう人だったのか。
    硫黄島に赴任命令が出るまでの栗林氏は、ごく普通の父であり、妻や子供たちを何よりも大切にした。一方、軍人としての彼は合理的で、徹底的に無駄を省いた作戦を立てたという。
    硫黄島は、昭和19年の冬にはすでに大本営が見捨てる判断をし、物的人的支援が途絶えた中で、本土への攻撃を遅らせるために持久戦にする必要があった。弾薬だけでなく、食糧、そして何よりも飲料水が絶対的に不足する中、兵士たちは地下深くに塹壕を掘り、戦いに備えた。硫黄島での戦いは、負けることが、つまり生きて帰る可能性がないことが誰にもわかっていた。兵士たちは軍人だったわけではなく、普通のサラリーマンや農民が駆り出された一般人だ。家族に未練もあるし、まだ16歳の若者もいた。
    2万もの兵を死なせなければならない、栗林氏の無念さはいかばかりだったろう。最期の出撃前に、のちに大本営に一部変更されてしまった辞世の句を3つ残しているが、素直な口惜しさや本部に対する批判がにじみ出ている。栗林氏の最期を見届けた生還者はいないという。彼の遺骨は今も硫黄島のどこかに静かに眠る。
    著者は綿密なリサーチをし、膨大な資料からとてもうまくまとめ上げている。司馬遼太郎ほど意図的にドラマティックに英雄化していないのもいい。今の平和がどういう犠牲の上に成り立っているのか、日本人として読んでおくべき本だと思う。

  • 太平洋戦争末期、本土防衛の最前線・硫黄島の総指揮官であった栗林忠道中将を描いたノンフィクション。2006年の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。
    硫黄島の戦いは、米軍上陸から36日の間に、日本軍側死傷者二万一千余人、米軍側死傷者二万八千余人を出し、太平洋戦争において米側が攻勢に転じた後、米軍の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦場であり、米海兵隊の兵士たちをして「史上最悪の戦闘」「地獄の中の地獄」と震え上がらせ、その総指揮官栗林中将は、「太平洋で相手とした敵指揮官中、最も勇敢であった」と評されたという。また、米軍は、捕虜になった日本兵のほとんどが、総指揮官の顔を見、肉声を聞いて、親近感を抱いていたこと、厳しい地下陣地の戦いであったにもかかわらず、日本軍に精神異常者が出なかったことに驚嘆したともいう。
    著者は、このような一見相反するような面を持った栗林中将がどのような人物であったのかを、家族に宛てた多数の手紙、関係者の証言、日米両側の数々の記録から描き切っている。
    題名の「散るぞ悲しき」は、栗林中将が大本営に送った辞世の一首として「国の為重きつとめを果たし得で、矢弾尽き果て散るぞ口惜し」と新聞に公表された歌が、原文では「・・・散るぞ悲しき」であったことから取られているが、この一首にも、国のために死んでいく兵士の心を、偽りなく率直に残そうとした栗林中将の人間性が現れている。
    そして、1994年に初めて硫黄島の土を踏んだ今上天皇は、「精根を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき」と詠ったというが、著者はそれを「決して偶然ではあるまい」と語る。
    太平洋戦争で最も凄惨といわれた戦場の、稀有な指揮官を描いた感動的な一冊。
    (2009年9月了)

  • 戦争遂行のため散るぞ悲しきを国が言葉を改めてしまう残酷さをあらためて感じた。戦争反対!

  • 栗林のような人がいたことを知っておきたい。国の誇りや戦争の是非は別として。

  • 内容(「BOOK」データベースより)

    水涸れ弾尽き、地獄と化した本土防衛の最前線・硫黄島。司令官栗林忠道は5日で落ちるという米軍の予想を大幅に覆し、36日間持ちこたえた。双方2万人以上の死傷者を出した凄惨な戦場だった。玉砕を禁じ、自らも名誉の自決を選ばず、部下達と敵陣に突撃して果てた彼の姿を、妻や子に宛てて書いた切々たる41通の手紙を通して描く感涙の記録。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

  • 戦記はあまり読まない方でありますが、本書は硫黄島の戦ひの経緯よりも、総指揮官であるところの栗林忠道の人物に焦点を当てたらしいといふことで手に取りました。

    さる事情から栗林忠道に興味を持つた著者は、かつて栗林に仕へてゐた軍属の一人に取材を試みます。そこで判明したことは、栗林が大本営に宛てた「決別電報」が、本人が書いたものと発表されたものが違つてゐた、といふことです。
    「徒手空拳」といふ、栗林の無念を伝へる言葉が削除されてゐたり、逆に原文には無い「壮烈なる総攻撃」などの、勇ましいフレイズが数か所に挿入されてゐたのであります。
    加之、辞世の歌の一つ「国の為重きつとめを果し得で矢弾尽き果て散るぞ悲しき」の最後の部分が、「散るぞ口惜し」と改変されてゐました。

    大本営としては、「悲しき」とは何と女々しいことよ、こんな士気に関はる言葉を公にする訳にはいかぬ、といふところでせう。しかし、「悲しき」としか表現し得なかつた栗林中将の心根はもつと複雑なものでした。
    著者の梯久美子氏は、かういふ栗林中将の人間性に興味を持ち、この一冊を世に問ふことになつたさうです。

    そもそも栗林中将が硫黄島へ赴いたのが1944(昭和19)年の6月のこと。既に戦況は厳しく、着任を命じた東條英機も、「アッツ島のようにやつてくれ」と栗林に告げたさうです。即ち、壮絶な玉砕を遂げよ、といふことですな。
    もはや米国との戦力差は誰の目にも明らかになり、硫黄島でも、敵に勝つことを期待してはゐませんでした。ただ一点、米軍の本土上陸を少しでも遅らせるために踏ん張つてもらひたい。即ち、最後の一人になつても退却せず戦死するまでそこに踏み止まれ、といふことであります。

    かういふ任務を帯びた指揮官の心中とは如何なるものでせうか。とにかく、部下には「犬死」だけはさせまい、負けると分つてゐるいくさでも、必ず意味のある戦闘をさせやうと考へてゐたフシがあるやうです。
    栗林中将は、ゲリラ戦に賭けます。戦略上の常套作戦となつてゐた「水際作戦」を廃し、地下に壕をめぐらし、奇襲攻撃で一人でも多くの敵兵を斃す。「特攻隊」精神の「バンザイ攻撃」はならぬと禁じます。水も食料も十分な兵器もない状態での戦闘。それはわたくしたちの想像を絶する凄惨さであつたに相違ありません。皆早く突撃して終りたかつたことでせう。
    しかし兵士たちは栗林の指揮に従ひ、忠実に作戦を実行します。それまでの日本軍とは大きく違ふ作戦に、米軍も手を焼いたことが記録に残つてゐます。
    結果、「あんな島は、三日で落とせる」と豪語した米軍の予想に大きく反し、36日間持ち堪へました。米兵も二万人以上の死傷者を出すなど、米軍としては予想以上の被害を出した訳です。
    尚、栗林中将の最期については諸説あり、詳らかではないさうです。

    さて、本書では栗林忠道が家族に宛てて書いた手紙が多数紹介されてゐます。これを見ますと、実に筆まめな人のやうですね。
    妻に宛てた手紙の多くは、生活臭溢れるものが多くて、微笑ましくなるものもあります。「お勝手の下から吹き上げる風を防ぐ措置をしてきたかったのが残念です」とか。
    「お勝手の風」については、かなり気掛かりだつたやうで、やり方を図示して「太郎(長男)にでも早速やらせるとよい」「それでもできない間は、悪い薄べりを二つ折りにして敷くか「ルービングペーパー」(防空壕に使った余りが物置に少しあるはず)を適当の大きさに切って敷くもよかろう。ただしルービングはあまり長持ちはすまいと思う」
    風呂を入れるについては、「二晩つづけて立てる場合は、最初の晩の上がり際に、湯の中に手腕をすっかり入れて一方向に勢いよくグルグル回し、湯をシッカリ、コマのように廻し、そこへ洗面器をほうり込むと、洗面器も湯の中で沈みますが、その時湯垢を... 続きを読む

  • 戦後70年を迎えた節目の年に戦争について考えてみたいと思った。
    持久戦に挑んだ兵士を率いるリーダーとはどういうものかを学べた。

  • 戦後はいつまで続くのか。

  • もともと全滅覚悟の硫黄島。本島に米軍が来るのを遅らせるために、できるだけ持ちこたえることが栗林の使命であった。栗林は、二万の部下たちに、死を選ぶのではなく最後の一人になっても戦うことを強いた。飲み水もなく、飢えと渇きに苦しみながら、凄惨な戦いを繰り広げた硫黄島の兵士たち。もう会うことのない家族の写真や手紙を胸に死んでいった彼らを思うと言葉がでてこない。「国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」「精根を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき」

  • 再読。
    何度読んでも、その高潔で家族思いの人格に頭が下がる思いだ。

  • 硫黄島での戦いがどのようなものであったのかがよくわかります。
    実際に行ってみる前に一読しておくとよい。

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散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)の作品紹介

水涸れ弾尽き、地獄と化した本土防衛の最前線・硫黄島。司令官栗林忠道は5日で落ちるという米軍の予想を大幅に覆し、36日間持ちこたえた。双方2万人以上の死傷者を出した凄惨な戦場だった。玉砕を禁じ、自らも名誉の自決を選ばず、部下達と敵陣に突撃して果てた彼の姿を、妻や子に宛てて書いた切々たる41通の手紙を通して描く感涙の記録。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

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