第一阿房列車 (新潮文庫)

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著者 : 内田百けん
  • 新潮社 (2003年4月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101356334

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第一阿房列車 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 山口瞳先生を数冊読み返してる中に、百閒さんの話が幾度か出てきたもので、つい読み返してみたくなってしまいました。

    たぶん・・四半世紀前、十八九の頃に読んだものなので、実家に預けてあるのか、手元に見当たりませんので購入しました。

    カバー巻末に、「~名著を新字新かな遣いで復刊」とあるように、以前読んだ時よりかは、かなり読みやすくなっていたと思います。
    ―が、「旧字旧かな遣い」の或る種の風情のようなものが・・。

    四半世紀前のガキの頃にも愉しく読めた覚えがありますが、四十を越えたいま読むと、更に愉しく読めたような気がします。

    ヒマラヤ山系君(旅の相方)との会話が・・。
    「そこの、右の窓口に何とかいてある」
    「遺失物取扱所です」
    「何をする所だろう」
    「遺失物を取り扱うのです」
    「遺失物と云うのは、落としてなくなった物だろう。なくなった物が取り扱えるのかい」
    「拾って届けて来たのを預かっておくのでしょう」
    「拾ったら拾得物だ。それなら実体がある。拾得物取扱所の間違いかね」

    こんな人をくったようなことで、いつもヒマラヤ君を黙らせてしまっているかと思うと、その数頁前には 『何事によらず、明日にのばせる事は、明日にのばした方がいい』 などと、悟っとどこかのお坊さんの格言のようなことを言いますので油断がなりませぬ。

    第二阿房列車、第三阿房列車と読み進めたいのですが、なんとか手に入れた芥川受賞作がどうにも気になったりします。

    かといって百閒さんの直ぐ後に読むのも、なんだか田中慎也さんに意地悪のような気もします。

    ここは先日のNHKドラマの原作【トンビ/重松清・著】が、買ったままになっていますので、ワンクッション、柔らかいのを読んでみます。

  • なんの用事もないけれど、汽車に乗っていろんなところへ行く話。とにかくどの行動も意味はなく、用事もない。なんだかさらっと読み終えてしまって感想が特にない…。時々、怪異のようなものが書かれていて面白い。鉄道好きな人ならもっとこの作品を楽しめるのだろうか…

  • 本編は日付が変わる前に読了していたが、解説までしっかり読んで本日読了。どうしても読みたい本だった。著者のニヒリズムに似た行動と文体が気に入っている。自分の馴染みのなかった「阿房」という表現から、どのような展開になるかと不安だったが、列車に乗ることだけを目的とした、だからそれ以外は無目的に徹した鉄道旅が、歯切れ良い文章で綴られる妙味。カバー写真も、東京駅一日名誉駅長となって内心嬉しいのか面倒なのか判らない、厳めしい表情が何とも言えず面白い。次は第二阿房列車に乗車!

  • のらりくらりと無用な旅をする。目的のある旅というものが嫌いで、それというのは仕事だけではなく観光等というものも含まれる。ただ思い立って行ってみようというだけの旅、それが阿房列車である。名所史跡などは嫌いで、汽車の列車では一番良いのが一等車、二番目が三等車。二等車の乗客の顔付きは嫌いである、とまで言う偏屈爺。自由気儘に生きるための偏屈にはしかし機知と知見に満ちていて楽しいが、彼と一緒に旅をするのはなかなか厳しいものがありそうだ。そんな旅を共にしたヒマラヤ山系氏とのふわふわ間延びしたような会話の軽妙洒脱もまた、愉しい。

  • 何度も読んでいる大好きな本。
    目的地だけ決めて、ただ列車に乗る、阿呆列車。
    文体は時代もあって堅苦しく感じるが、書いていることは本当にくだらないことが多くて、くすっと笑ってしまう。
    なんにも考えず、脳みそを弛ませたい時におすすめ。

  • 2016.10 本棚整理のため第一阿房列車から第三阿房列車まで再読。評価変更☆4→☆5

    時代を越えて愛される列車紀行エッセイ。百閒先生の軽妙洒脱な文章からガタンゴトンと線路の楽しいリズムを感じるよう。どうしても続けて3巻読んでしまう形になるので慣れもあってか、第一☆4.5、第二☆3.5、第三☆3くらいの評価。10年に一度は読みたい名作。

  • 借金の返済の日付が。春永 いつかひまな時。
    阿房列車とは、いいえて妙なり。
    変人の列車に乗るだけの旅。こんな人に振り回される周りの人間もいい迷惑だ。何と無く何所かぬけている様な雰囲気を醸し出している、ヒマラヤ山系だから、付き合って行けるのだろう。
    偏屈親父の旅日記。

  • あまり好きなタイプの曲者じゃなかった。

  • 鉄道の形態もシステムも変わった現在、百閒式の鉄道旅行はできるのだろうか。そしてそれは『阿房列車』のような作品を生む旅になり得るのだろうか。少なくとも一等車はないし、食堂車も絶滅危惧種。宿も駅の紹介ではなく、ネット予約が主流だろう。時代の変化が悪いと言うのではない。ただ、現代なら百閒先生はどんな旅をするか、ということが気になる。その作品を読んでみたい。

  • ノラや を読んでファンになり、
    これが2冊目
    ふふふと笑ってしまう 曲者の百間先生
    やっぱり好きです
    次は御馳走貼

  • なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。

    資料ID:C0025028
    配架場所:2F文庫書架

  • 偏屈なおじさん。格調高く、用のない美しい文章を綴っていく。超然としているようで、子供のような駄々をこねる(本人にそのつもりはなさそう)。それにしてもヒマラヤ山系君はこんなおじさんと旅を重ねてすごいな。いつの間にか私も感じたことのないはずの夜の汽笛を聞きながら餡パンの香りを感じながら読み進めている。

  • 周りから尊敬されているけれども、旅費を借金し、早起きは苦手で、我儘で、ひねくれ者な先生と、会話の大半を「はあ」という曖昧な返事で占める、国鉄職員のヒマラヤ山系による列車の旅。語り手は先生で、本人も喋り過ぎると認めている通り、どうでもいい説明がやけに長い。でもそこがまた面白い。また、時雨や紅葉など天気・風景を表す描写が豊かなところもこの本を好きな理由の一つ。

  • 第4回ビブリオバトルinいこま テーマ「ときめき」 で紹介した本です。

    http://ikomabiblio.jimdo.com/記録/第4回2013年4月21日/

  • とても、可笑しい、喫茶店などでは吹いてしまうセリフあり笑
    しかし、なかなか難しい漢字や表現も多く、調べながら、メモ取りながら読むと大変苦戦した。
    山系さんという、相棒をいじるセリフが、まあとても面白い。仲が良いんだなと、とても微笑ましい。電車と酒と、風物詩、他者との会話が綴る、平穏な旅。

  • 目的を持たず列車に乗り観光するわけでもなく酒呑んで帰ってくる。無用であることに拘り屁理屈こね押し通す様が誠に可笑しい。百閒先生とヒマラヤ山系のちぐはぐ名コンビぶりもこれまた可笑し。飄々と阿房列車は何処へ行く。

  • 六ずかしい言葉を覚えるのにはいいが、自意識過剰で偏屈な親父のあてもない旅を読むのは辟易する。あわなかった。

  • 用事がなくても観光しなくても会話がはずまなくても旅をしていいし、本にしてもいい。何でもかんでも目標をつくったりみんなの真似を知らずにしてしまう現代ですがこれを読んで勇気がでる人は多いのではないだろか。

  • この人の本は、これまでにも読もう読もうと思いつつ先送りになって、これが初読。『百鬼園随筆』を先に読むべきだったかな。この『第一阿房列車』は、独特の間合いが絶妙といえば絶妙なのだが。ただ、百閒のファンにして初めて楽しめるといったような、ある種の敷居の高さを感じることも事実だ。一度、ハマったら百閒大好きとなるのだろうか。とりあえずは『百鬼園随筆』を読んでから再考してみようと思う。

  • 2013年4月21日に開催された、第4回ビブリオバトルinいこまで発表された本です。
    テーマは「ときめき」。

  • 片道1時間半の通勤電車の中、この時間を無駄にすまいといつも思う。
    通勤に関わらず、時間は常に有意義に使いたいと願っている。
    が、疲れや眠気、怠惰などでつい無駄にすごしてしまい、後悔することばかりだ。そして、これでは無為で駄目な人間になってしまう、と焦る。

    そんな中この本に出会った。
    この著者は、旅行中とことん「無駄」に徹する。
    電車到着時間までの3時間あまりをひたすらベンチでぼんやりすごす。
    旅先の名所観光も、「用事」になってしまうからと極力避ける。
    膨大な時間とお金をかけ、電車で行って一泊して翌朝帰るだけということが多い。
    で、この先生がそれだけ無為で駄目な人間かというと、いや確かに借金を踏み倒しまくったり人として駄目なところはあるのだが、結果としてこの阿房列車をはじめ多くの著書を残し、それらは未だ、私を含め多くの人間に愛され読み継がれている。

    だからといって、百閒のような旅が真の旅である、あるべき人間の姿である、とは勿論思えない。
    常に時間を有効に使い、無駄を排除する人間が素晴らしいのか。
    ぼーっとしてすごし、あたら時間を無駄にする人間は駄目なのか。
    そもそも人生において無駄とは、有意義とは何なのか。


    などと小難しいことは考えず、ひたすらとぼけた旅行と会話を繰り返す百閒先生とヒマラヤ山系君の珍道中を無心に楽しむのが一番だと思います。

  • 用事もないのに旅に出る
    忙しい現代人からしてみたら羨ましい限り
    先生とヒマラヤ山系の噛み合わない会話がツボでした

  •  私個人が感じていることだけれど今の世の中「面白いこと」「特別なこと」を記さない限り、情報としての価値はない……ような気がしている。
     たとえば簡単な会話にしろ何にしろ「オチが無ければならない」とか、「笑わせなければならない」とかね。Twitterなどのつぶやきを日常的に行える環境は出来たけれど、さりとて本当の日常の事柄のつぶやきは嫌がられる。
     価値のある情報を発信されることが望まれているんじゃなかろうか。

     んで、この本の「阿房列車」だが「あほうれっしゃ」と読む。
     目的もなく列車にのり、思うことをつらつらと書き連ねたのがこの本だ。
     ジャンルとしては随筆となるけれど、特に盛り上がりもオチもない。けれども著者が思うことをテンポの良い文章で書いていると、特別ではないけれど(いやこの時代の文士だから特別なんだけどね)、書いていいし、それが私にとって面白いんだなぁと思った。
     自分が思うことを過程を含めて丁寧に書けば、それは他人から見れば興味深い。
     Twitterなどでの日常は140文字という短さだから、説明不足で「どうしてそう思ったのか」を理解できないからつまらないのであろう。

     また、解説によるとこの本が書かれたのは1950年。今から60年ほど前の話だ。戦後である。
     しかしながら、著者から見た当たり前の社会というものは、現代とは全く異なるゆるやかなものである。
     今の一般常識や、あたりまえと言うものがいかに簡単に変わってしまう、頼りないものなのかを気づかされた。
     著者はその当時からしても、偏屈であると思われるが、自分なりに満足して楽しそうなのが読んでいて心地よかった。

  • 本日、本棚入りした作者の、2作目に読む。作者が還暦の頃の、旅行記
    やはり、我がままな旅。でも、この自己主張が、私にも欲しい。
    引退後(3・4)最初に読了した本として記憶に残す。
    このシーリーズは、第二、第三とあり、続けて読む予定。

  • 平山三郎さんでしょっ!ヒマラヤ山系っつう、あだ名と悪口で吹き

    旅は理由を付けないのに、金の工面には頭脳フル回転

    つうか、起きられないからで、始まる旅のプラン。

    もうね、行動も語りも文章も自由すぎるオッチャンが繰り広げる、乗り鉄エッセイ。

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第一阿房列車 (新潮文庫)の作品紹介

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」。借金までして一等車に乗った百〓@6BE1@先生、世間的な用事のない行程を「阿房列車」と名付け、弟子の「ヒマラヤ山系」を共づれとして旅に出た。珍道中のなかにも、戦後日本復興の動きと地方の良俗が描き出され、先生と「ヒマラヤ山系」の軽妙洒脱な会話が彩りを添える。読書界の話題をさらった名著を新字新かな遣いで復刊。

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