アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)

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著者 : 村岡恵理
  • 新潮社 (2011年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (431ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101357218

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梨木 香歩
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アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 「赤毛のアン」の翻訳で有名な村岡花子。
    孫娘でライターの著者が書いた、その生涯です。
    NHK朝ドラの原作。

    戦時中に翻訳を始めていたいきさつから、始まります。
    そこから遡って、貧しい暮らしをしていた大勢の兄弟の中から、長女のはな(後の村岡花子)一人だけが東洋英和女学校の給費生として学ぶようになったこと。
    東洋英和が、カナダ人宣教師が開いた学校とは知りませんでした。
    奇しくも、モンゴメリと同世代のカナダ女性に教育を受けたのですね。

    柳原白蓮と友情があったという、意外なつながりも。
    若くして離婚した後の白蓮が女学校に入り直していた時期で、年上の美しい親友が出来たわけだったのですね。
    九州の炭坑王との急に決められた再婚に怒り、純情な花子は披露宴にも出席を断ったとか。もっともすぐに和解し、後の出奔と再婚にも理解を示したようです。

    花子自身は出会った男性・村岡と愛し合って結婚し、出版社を営む婚家にも認められて幸福でしたが、震災で工場が倒壊してしまいます。
    さらに長子を疫痢で失い、戦時中にも苦難があったそうです。
    夫の村岡は最初の妻を病気を理由に離婚していたので、花子は不幸に見舞われた後になって、他の人のそんな苦しみをおもんぱかることもなかったのがよくなかったと胸を痛めたそうです。

    ラジオの番組で有名だったことも、知りませんでした。
    70過ぎてのアメリカ旅行で、着物姿で通し、きれいな英語を喋ると驚かれたり。微笑ましいエピソードも色々。
    プリンス・エドワード島には、ついに行かなかったのですね…
    機会があったのに延ばしたという、気持ちはわかるような気もします。

    しかし、「赤毛のアン」て、ものすごくたくさんの版で出ていたんですね~ちょっと調べたら、感嘆しました。
    私は子供の頃からずっと村岡さんの訳で「赤毛のアン」ブックスを読んでいたんですよ。一時はお気に入りのところを暗記しているほどでした。
    他の翻訳にも何かしらよさはあると思いますが、いま一つピンと来ないんですよね。

    村岡花子は明治26年(1893年)生まれ。昭和43年、75歳で没。
    著者は1967年生まれ。
    1991年より姉の美枝とともに「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」として資料を保存。
    この本は、2008年6月発行。
    2008年は「赤毛のアン」誕生百周年だったのですね!

  • 朝ドラの原案本。赤毛のアンを読まずに育った僕が言うのもなんだが、今この時代に村岡花子の生涯がドラマ化されることに、とても大きな意味があるような気がした。

     まずは、翻訳というものの価値。グローバル化が進み国際交流が進むと、より大事になってくるのが翻訳だと思う。日常会話レベルのコミュニケーション能力をより早期から教育することを要請される時代こそ、もっといろんな国の文章が翻訳されて欲しいと思う。勤勉に学び、翻訳を通じて児童文学の発展に貢献をしたということにまずは敬意を表し、改めて自分も児童文学を学び直したいと思った。

     そして大正デモクラシー、関東大震災、第二次世界大戦という大きな物語を生き抜いた一人の女性の人生として読んでみても、凄い。まだ参政権すら与えられていなかった時代の農民の娘が、独学で英語を習得し、自分の信念に基づいて生き抜いたという「自立心」。

     庭にこども図書館を作ったという花子。子供たちに「良質な物語」を送り続けることは時代を超えて大きなテーマだと思う。アニメの世界には、今まさにそのような豊かさがあると思う。活字の世界はどうだろうか?「わくわくすること」をきちんと生み出していけるか、が問われる。「花子とアン」の世界観は、大人にそれを気付かせてくれるものだと思う。

  • 今のクール唯一見ているドラマ「花子とアン」の原作とされている本です。

    原作があるものをドラマ化・映画化する時に、多少の脚色があるのはしょうがないと思っています。
    でも、あまりはなはだしいのは好きじゃないです。
    原作から大きく逸脱するのなら、最初から物語を構築すればよかろう、と思ってしまうのです。

    実在の人物をモデルにした小説またはドラマや映画というのは、モデルはあってもあくまでフィクションというスタンスですから、事実と違う部分も含めて作品になります。
    しかし、この本は評伝です。
    それを原作にしたドラマが、あんなに事実を無視していていいのだろうか。
    そのことばかりが、この本を読んでいて思ったことでした。

    文章やグラフや表をコピペするたびに「コピッとな」と言ってしまうくらいには、この朝ドラ気に入っていたんですが、最近安いメロドラマになってきましたよね。
    早いところ原作に回帰していただきたい。

    家族の団らんを知らないで大人になった花子が、どれだけ自分の家族を大事にしたか。
    そして、戦争や貧困の中で常に弱者であった女性や子どもたちを救うために、どれほど尽力したか。
    白蓮さんだけではない友人。知人たち。
    平塚らいちょう、市川房江、佐々木信綱、林芙美子、吉屋信子、宇野千代、石井桃子、渡辺茂男(!)、大勢のカナダ人宣教師たち、横浜の財界人たち、ヘレン・ケラーたちとの交流。

    婦人参政権を獲得するため、または家族を守るため、意に沿わないことや時局に迎合することもありましたが、花子の心はずっと、ティーンエイジャーが心から楽しんで読める本を多く世の中に出すことでした。

    『赤毛のアン』シリーズは全部読みました。訳者が村岡花子だということは知っていました。
    でもそのほかにも、『少女パレアナ』『リンバロストの乙女』『フランダースの犬』もそうでした。
    うちの子どもたちが大好きだった絵本『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』も。
    訳してくれて、本当にありがとうと言いたい。

    そして、この本を読んで初めて知ったこと。
    村岡花子の初恋の相手が、エリザベス・サンダース・ホームの開設者、澤田美喜の配偶者だったこと。(もちろん独身の時に知り合ったのである)
    私が小学校3~4年の頃、エリザベス・サンダース・ホームやねむの木学園の本をまとめ読みして、将来こういう施設を開設したいなどと思っていたのです。
    そう、『赤毛のアン』とかを読むかたわらでね。
    世間って狭いな~と思いました。
    微塵も私関わっていませんけど。でも、なんか、そう思いました。
    私の知らないところで、私の好きな人たちが繋がっていたんだという思い。

  • 同僚に借りた本。
    赤毛のアンの映画は学生時代 録画して何度も観た洋画のひとつ。
    戦時中に文学誌においてこぞって軍国主義を主張していたのにはこんな背景があったとは驚き。 そして今 当たり前にある女性の地位や参政権など、 この時代の女性や海外の人々の協力と努力あってこそのことであると改めて理解し、感謝。 またその逞しさと頼もしさに憧れと尊敬。
     NHKの朝ドラも多少見ていたけれど伝えようとしていたこのの少しも理解できていなかったことに我ながら情けなく 反省。
     今ある いろいろな意味での自由は先人たちの努力と感謝しつつ 有意義に過ごさなくてはと改めて奮起。
     次回赤毛のアンの映画を観る時は カナダの島に思いを馳せる 花子たちの時代に生きた人たちのことも思いながら観ることになるだろう。 より一層楽しく観れるのではないだろうか。

  • 赤毛のアンの原書を戦時中守り抜いたという話はうっすらと知っていたけれど、翻訳も灯火管制下のうすぐらい中で進めて、戦後にはもう訳了していたという話には驚いた。絶望するような毎日のなかで、アンの生きる世界が、ひとつのよすがになっていたのだろう。
    カナダに行ったことはなくとも、恩師たちとのふれあいを通じ、また数多くの原書を通じて、「鬼畜米英」と言われた国の人々が、どれだけ血肉の通った人たちで、日本の友人たちのことを気にかけているか、肌で知っていた村岡花子。平和は、言葉のみで説いても意味はなく、人や文化を介して実際にふれあってこそ生きたものになるのだと、あらためて感じ入った。
    何度も目頭を熱くしながら読みました。

  • 私が子供時代から幸せな読書生活を送れたのも、村岡花子さんをはじめこの時代の方々ががんばったおかげだったんだなぁとしみじみ。感謝の念しかありませんわ。
    赤毛のアンを読んだのはほんと最近のことなのだけど。

    「あさが来た」の広岡浅子さんと親交があったんだなぁ。
    村岡花子さんも「花子とアン」で朝ドラになりましたしね…。

    http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20140927/E1411774487314.html
    完訳だと思ってたので、こちらの記事を読んでびっくり。

  • 朝ドラでやっていた「花子とアン」の原作を今更ながら読んでみた。『赤毛のアン』は好きだという友人もいたけれど、なぜか食指が動かなかったのよね。でもそれ以外でも幼いころに親しんだ童話や絵本の翻訳をしていることに気付かされた。翻訳者の草分けとしてすごいバイタリティーと思う。
    1つだけ気になったのは翻訳権の獲得とかはどうしていたんだろう、ということ。それについて1カ所ちらっと引用文内にあった以外はほとんど触れられていなかったということは、翻訳権の争奪なんてことは当時はまったくなかったんだろうな。また権利獲得にそれほどの料金もかからなかったんだろう。

  • とても興味深く読み進めた。
    今まで戦時中の話は怖さも手伝い読むことがなかったが、今回のこの本で初めてきちんと読むことができた。それは戦中に物質は貧しくとも心の豊かさを失わずに生活していた日本人の姿がはっきりと見えたからだ。
    また広岡浅子やヴォーリズ、澤田美喜など明治期に活躍した人々との接点が見えてきて嬉しくなったり、教科書の中の歴史上の人物だと思っていた市川房江や、生きて動いている姿をみたことがある宇野千代が同時代に活動しているのを知り、昭和初期という時代が本当に自分たちの今につながる実在の時代だったのだなあと感じた。今更だけど本当に感じた。

    今まで手にしてこなかった赤毛のアンを読んでみようと思う。いや読みたくてたまらない!!!

  • 読み始め…14.2.26
    読み終わり…14.4.3

    朝ドラ 「花子とアン」 の放送開始に先立って
    観る前に読んでおきたくて タイミングをはかり読みました。

    何をおいてもこの度は朝ドラを通して
    村岡花子さんという翻訳家の女性が戦前 戦中戦後を通して
    生きておられ、あの 「赤毛のアン」 の小説は村岡花子さんの
    手によって翻訳され日本に広まっていったということ、そして
    その翻訳家村岡花子さんの人生についてはご家族の中で
    温かく大切に守り告がれているのだということを知りました。

    テレビドラマの楽しくてわかりやすい映像と、真実をより深く物語る原作との両方を観て読むことで楽しみは倍増するのではないかと思います。

  • 「赤毛のアン」は、いかにしてうまれたか。
    時代へ必死で抗う女性の力、偉大なり。

    連ドラつながりですが、村岡花子さんも広岡浅子さんとの交流があったとのこと。あささん、本当にバイタリティに溢れた女性だったんだな。

  • 自分が小学6年生の時ひきつけを、起こして入院したさい、いとこのお兄ちゃんが見舞いに来て渡してくれた本が赤毛のアンでした。

    それまで本を読む楽しさがまだわからなかった私が 最後まで読み通した初めての文庫本でした。

    その時の楽しさを感じたことはその後も
    読書をするきっかけになりました。

    そしてそれから40年余りを経て
    いま、赤毛のアンを翻訳した村岡花子さんの生きていた時代、そのころの思いなどが胸に響きました。

    10代の女の子が共感し、希望を、持って生きていく力を貰っていたのだとあらためて思いました。
    もう一度、アンの世界を尋ねてみようかな。

  • たくさんの子どもたちへ、物語は続いていく。

    ようやく読んだ。村岡花子の生涯だけでなく、その時代の雰囲気や女性の姿もわかる一冊。女子高校生におすすめしたい。英語の力(そしてもちろん国語の力)や、我が子だけでなく日本の子どもみんな(もちろん世界の子どもたちにも)のためなど、時代が変わっても変わらない「働く」「生きる」ことの教えがある。

    『アン・オブ・グリン・ゲイブルス』が作者にとって、どれほど生きる力の源になったか。そのような本に出逢えることは幸せだと思う。

  • 翻訳家・村岡花子さんの評伝。NHK朝ドラにすっかりはまり手にした本書では村岡花子さんの生涯を孫にあたる恵理さんが順を追って丁寧に描く。

    ノンフィクションだからこそ知れる村岡花子さん像は、まっすぐ芯の通った落ち着きのある姿。混沌と大きな変遷を辿った時代に立ち上がる女性たちの一人として時代を担った彼女は、当時では一握りしかいなかった教育を受け、多くの出会いのなかでご主人の支えや多くの女性たちとの交流を通して活躍の場を広げていった。仕事と家庭を両立させ、たくましく時代を生きた村岡花子さんを前に背筋が伸びる。

    戦火のなかでも『赤毛のアン』を世に出すため命からがら翻訳に勤しんでいたという事実には脱帽。現代でも尚多くの人に愛されている名著となっていることを、ぜひご本人に知ってほしいと願うばかり。

  • 夢中になってみている「花子とアン」の原作。
    村岡花子という名前は知っていても、その人のことは知らずにいた。また、大好きな「赤毛のアン」が日本で紹介されるまでのエピソードも知らずにいた。
    今、彼女の生涯を知り、「赤毛のアン」が紹介されるまでの道のりを理解すると、また違った形で「赤毛のアン」を読むことができそうだ。村岡花子の生涯を追うことは日本の明治から戦後にかけての歴史や女性の歩みを知ることにもなった。たくさんの知的でバイタリティあふれる素敵な女性たちが、村岡花子に刺激を与え、今日の女性の活躍の場を作ったのだと思うと感慨深い。
    ただの夢見がちなお嬢様が作った本ではなく、夢を持った1人の自立した女性が赤毛のアンを日本に紹介したのだと思うと、その翻訳に多くの人が熱狂したことが頷ける。明日からの朝ドラがさらに楽しみになるとともに、とにかく目の前にあることを頑張ろうと思えた。

  • #花子とアン 
    関連モノには乗せられまい・・と普段は敬遠するのだが、急遽、ちょっと遠出をしなければならないときに、旅のお供に持参しようと思ったのがこの本だった。読まねばならないモノもあったけど、お供にはあまり(内容的に)重くないものがふさわしい。かといって、ぱっと思い浮かんだ話題の小説は湊かなえさんのもので、別の意味で重い。全てにおいて今回ちょうどいいように思ったのがこの一冊だったというわけだ。
    道中読んだきり、忙しさにかまけて読めていなかったのを、ドラマの方もそろそろ佳境に入ってきたということで、この日曜の午後、一気に読み進めることとなった。
    ツイッターでは最近やや批判も多いこのドラマ。この本の筆者の村岡恵理さんも、この本で描かれている花子の生涯とはますますかけ離れてきていて、戸惑っているらしい・・とのうわさも聞こえているのだけど、まあ・・そうだろうな・・・・・(~_~;)
    たまたま今再放送している「カーネーション」も実在の人物がモデルで、しかもかなりの脚色を加えているけど、あれは未だにかなり評判がいい。同じ時間帯に続けて放送されているのが却ってアダになってるかもしれないと思うほど・・。
    「赤毛のアン」のエピソードを盛り込んだり、特徴的な脇役を登場させたり、ドラマとしての見どころはそれなりに押さえているとは思うんだけど、元々の素材が持つ面白さを伝えてなくて、この本を読んだ人には特に物足りなさを感じさせているらしい。
    「赤毛のアン」では後に夫となる幼馴染ギルバートを髣髴とさせる朝市とは結ばれないのも、視聴者に混乱を来たしている一因かもしれない。もちろん、そんな人はこの本の中には登場しない。
    ドラマにも登場する英英辞書は、実際に夫となる人に贈られたものらしいが、いくら思いを絶つためとはいえ雨の中、窓から捨てようとするなんて・・というのも、視聴者のお怒りの種になっている。もちろん、そんなことは実際の花子はしない。
    子ども時代からはなが「花子」にこだわったのも、アンがAnnではなくAnneにこだわったことに由来するのだけど、昔の女性は子がついたりつかなかったり結構あいまいで、ドラマほどのこだわりは実際の花子にはなかったようだし・・。
    この本の中に感じる、女性にとってある意味不遇の時代に、それでも何かを目指そうとしてきた「気概」のようなものが、どうやらドラマでは今すっぽり抜けている印象があり、そこに物足りなさを感じるのかなあ・・というのが、この本を読んで感じたドラマの感想でもある。

    たまたま今日、自国カンボジアで地雷撤去の仕事をしている若い女性の話を聞く機会があったのだけど、かの国での女性の地位というのは、おそらく昔の日本がたどってきた道と同じもの。教育を受けることさえないがしろにされ、それが故にますます女性の権利が低いままというスパイラルに陥っているらしい。
    帰ってきてからこの「アンのゆりかご」の続きを読み進めたのだけど、あの女性はいわばかつての日本の市川房江であり、また村岡花子なのではないだろうか?
    彼女は「女に学問なんて。(嫁に行くべき)」と村人に陰口をたたかれながら、町の大学へ進学した。学費を支えたのは長兄だったという。子どもの頃、近所で立て続けに起きた対戦車地雷の事故で隣人が幾人も亡くなったことから、進学後、地雷除去にかかわる仕事に携わるようになる。現在、そこで得られた収入を実際に地元と実家に還元しながら、女性の地位向上と農村部の生活水準の向上のため、教育の大切さを訴え続けている。
    これからの夢や展望は・・と聞かれて答えた20代の彼女の口から、日本の同年代の女の子が語るような甘い個人的な夢が語られることはなかった。

    花子は声高に何かを訴え、人々の先頭に立ち先導するようなことはしないが、きっちりと自分に与え... 続きを読む

  • 村岡花子は少女期にカナダ人宣教師からカトリックの教育を受けてのびのび育っている。一方で、国内文学や明治期のいわゆる少女向けで教育的でない本(ジェーン・エアとか)は読めなかった。色々な窮屈さを自分の胸のうちだけに秘めている部分もあったり。
    そんな彼女が寄宿舎の友人や佐々木信綱といった歌人やプロレタリア文学女性作家の影響を受けつつも、自分の道を進んでいく様子が描かれる。読んでいて明るくなれる。孫娘の方が書いた評伝だが、必要以上に肉親に肩入れせず淡々と、センチメンタルにならずに時代背景をしっかり書いていて良かった。



    梨木香歩の解説より抜粋。
     何よりも花子自身が、軍事色一色の世界の中、心の深いところで、アンの物語を必要としていたのではないか。本書を読んでいると、そのことがひしひしと伝わってくる。狂奔する世界の中で、正気を保つよう彼女を守り続けたのは、ほかならぬ、疎開もせずに彼女が守り続けた蔵書や翻訳作業そのものだったのだ、ということが。「命に代えても」という言葉は、こういう関係性の中で生まれてくるものなのだろう。
     クリスチャンであることと、花子の生き方は切り離せないものだった。だが、花子は同じクリスチャンであるはずの母の死に際しては、仏式で送った。生存中は、熱心なクリスチャンであった夫に従い、自分の意見を言わずにいた母であったが、実は仏教に深く傾倒していたことを、花子は知っていたからだ。花子が旧弊な家制度に疑問を持ち続け、女性の社会的地位確立のために働いた原動力の一つには、そういう母の姿もあったのだろう。花子は、母の最期を、家や夫に従属しない個人の姿で送りたかったのだろう。





     実際に訳された『赤毛のアン』でいうと、私は松本侑子さん訳のほうが好きだ(シェイクスピア、聖書の引用や『~アン』が書かれた当時の社会背景が注釈されていてモンゴメリ自身の読書体験や境遇がアンに反映されているのがわかるので)。
    『アンのゆりかご』は一人の女性翻訳者、キリスト者の評伝として興味深い一冊だった。

    2.27~4.27

  • 「赤毛のアンシリーズ」や「リンバロストの乙女」の古臭い翻訳体は私の血肉となっていて、いまだに「しかつめらしい」とか「なくってよ」とか使いたくなるんだけど、ご本人の伝記まで読む気はなかった。けど読んでみてよかった。
    寮で同室だったのが白蓮夫人とか、初恋の人がエリザベス・サンダーズ・ホームの創始者とか、自宅で始めた児童図書館の手伝いを頼んだ近所の大学生が渡辺茂男とか、知ってる名前が次から次へと出てくる。そういう星の下に生まれたというのか昔の知識人って一握りでみんな知り合いだったのかと思う。

    村岡さんの人生の道筋に絡めて書かれる、明治後期から第二次大戦後までの日本への各種思想の伝播の経緯や、女性文学者たちと社会運動の関わり、戦争との関わりが日本の近代史として面白い。
    日本史の教科書の最後にある、三学期に駆け足で習うあたりの歴史が、明治の終わりに給費生として東洋英和女学校の寮で十年を過ごし、カナダ人宣教師たちから衣食住から語学、神学に至る薫陶を受け、後に翻訳家、文学者として名をなす女性の生涯と結びついている。

    川村湊の「異郷の昭和文学」あたりに詳しいが、日本の文学者たちは第二次大戦中に軍部からプロパガンダに協力させられている。この本はそのあたり文学者に同情的だが(私も思想弾圧に抵抗とかできないしする気ないから長いものに巻かれた方を非難する気はない)、彼らが感じたであろう葛藤を知らずに安易に平和を壊すようなことをしてはいけないなぁとも思う。
    第二次大戦中に密かに翻訳を続け、家族の次に大事にしていたという「赤毛のアン」の原稿の話は目頭が熱くなる。戦後、焼けずに済んだ大森の家を訪れる編集者たちが「本棚を食い入るように眺めた。多くの作者や研究者が、戦災で命の次に大切な蔵書を失った。」という一節は何度読んでも泣ける。本当に戦争って嫌なものだ。

    村岡さんが生涯を通して強く願った「姉も妹も父も母も一緒に集まって聲出して読んでも、困る所のないやうな家庭向きの読物」(文庫版145p.)を日本の若い人に、という気持ちはよく分かる。でもこれも行き過ぎるとナチスドイツみたいに「健全な家庭生活にそぐわない思想をテーマにした文学は発禁」てなことになっちゃうので、様々な思想が自由に語れることが一番大事だと思う。

    ……とまあ、村岡花子さん自身のことよりも時代の空気が感じられたことが面白かったのだけど、もう一つ本筋に関係なく「おお」と思ったのが『女子の名前には「子」がついているほうが、山の手風でモダンであった(文庫版88p.)』というところ。明治の終わりから大正、昭和の半ばまで半世紀くらいの間に「子」のついた名前の価値が下がっていったのね。

  • 2017年6月27日読了。

  • 連続テレビ小説「花子とアン」の原作。ドラマで出て来たエピソードもあって読みやすかった。

  • カナダ人小説家モンゴメリによる「赤毛のアン」の翻訳者、村岡花子の生涯を描いた本である。以前から読みたいと思っていた。
    時代は大正から戦後までである。花子はクリスチャンの父親の意向で、カナダ人女性宣教師たちが運営する東洋英和女学院に入学し、8年間の寄宿生活を送る。そこで学んだ英語とカナダの文化の知識を活かし、現地に行かなくてもみずみずしい和訳をすることができた。
    翻訳がメインの仕事ではあったが、彼女は福祉活動や教育にも力を入れていく。生涯翻訳をし続けながらも、華やかな友人たち(市川房江や宇野千代など)とともに、様々な分野で活躍し、大人も子どもも楽しめる本の出版に貢献し、働く女性たちの礎になった。
    孫による著作で、自分の身内を褒め称える内容なら白けてしまうが、きちんと第三者の視点で線引きして書かれている。正直なところ、この本が出るまで村岡花子という人のことを知らなかったが、村岡氏の活躍は素晴らしいと思った。家族を大切にし、関東大震災や戦争も潜り抜け、宣教師からもらった本を世に送り出すという意志を徹した。赤毛のアンをいつかもう一度読んでみようと思う。

  • 連続テレビ小説「花子とアン」

  • 翻訳家、作家としてだけでなく、出版、ラジオ放送などにも携わり、教育、政治、社会運動にも活躍された方とは初めて知りました。非常に純粋、情熱的な少女時代の理想を、人生の荒波に揉まれても手放そうとせず、貫いた人という印象。同時代の女流作家や女性活動家たちとの交流も興味深く、面白く読みました。

  • リアルは、ドラマよりもドラマティックである。ここまでキリスト教に影響を受けていると、さすがにドラマにはしにくかったか・・・。でもこれを描かなければ村岡花子の熱い思いは表現できなかったんじゃないかと思う。せっかくの朝ドラ、もったいないこと。

  • NHK連続テレビ小説にもなった「赤毛のアン」シリーズの訳者である村岡花子の生涯を孫が書いたもの。書きぶりとしては、よくもまあ見ていたかのように書けるなあと思いもするが、そこは身内だからあまり気にしなくていいのかな。また一方では、よくもまあ身内のことを讃えられるものだなあとも思ったりもするが、ヘンにお行儀よくならず、また生涯を順に書いているだけにもかかわらず、面白いしテンポよく読めるなかなかよくできた本。
    村岡花子というと、もの静かに翻訳だけやっていたかのような気がしていたけれど、実は社会運動家的な活動や女流文学者としての活動もしていたのだと知った。以前、『男女という制度』(斎藤美奈子編、岩波書店)という本のなかで、小倉千加子さんが『赤毛のアン』はお転婆で大学に行ったり教師を目指したりするのに、結局ギルバートと結婚して家庭に入ってしまうし、作者のモンゴメリも訳者の村岡花子も同じような人物だと書いていて、そのときはなるほどと思ったのだが、この本を読んでみると、少なくとも村岡花子は家庭に収まった人物というわけでもないように思った。家庭についたような印象があるかもしれないが、キリスト教の考え方が彼女のベースにあったり、また時代があまりに進歩的な女性の活躍を許さなかった面も影響しているのではないかと。

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戦争へと向かう不穏な時勢に、翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から友情の証として一冊の本を贈られる。後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を超えて愛されることになる名作と花子の運命的な出会いであった。多くの人に明日への希望がわく物語を届けたい-。その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に原書と原稿を包んで逃げた。情熱に満ちた生涯を孫娘が描く、心温まる評伝。

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