アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)

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著者 : 村岡恵理
  • 新潮社 (2011年8月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (431ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101357218

アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 「赤毛のアン」の翻訳で有名な村岡花子。
    孫娘でライターの著者が書いた、その生涯です。
    NHK朝ドラの原作。

    戦時中に翻訳を始めていたいきさつから、始まります。
    そこから遡って、貧しい暮らしをしていた大勢の兄弟の中から、長女のはな(後の村岡花子)一人だけが東洋英和女学校の給費生として学ぶようになったこと。
    東洋英和が、カナダ人宣教師が開いた学校とは知りませんでした。
    奇しくも、モンゴメリと同世代のカナダ女性に教育を受けたのですね。

    柳原白蓮と友情があったという、意外なつながりも。
    若くして離婚した後の白蓮が女学校に入り直していた時期で、年上の美しい親友が出来たわけだったのですね。
    九州の炭坑王との急に決められた再婚に怒り、純情な花子は披露宴にも出席を断ったとか。もっともすぐに和解し、後の出奔と再婚にも理解を示したようです。

    花子自身は出会った男性・村岡と愛し合って結婚し、出版社を営む婚家にも認められて幸福でしたが、震災で工場が倒壊してしまいます。
    さらに長子を疫痢で失い、戦時中にも苦難があったそうです。
    夫の村岡は最初の妻を病気を理由に離婚していたので、花子は不幸に見舞われた後になって、他の人のそんな苦しみをおもんぱかることもなかったのがよくなかったと胸を痛めたそうです。

    ラジオの番組で有名だったことも、知りませんでした。
    70過ぎてのアメリカ旅行で、着物姿で通し、きれいな英語を喋ると驚かれたり。微笑ましいエピソードも色々。
    プリンス・エドワード島には、ついに行かなかったのですね…
    機会があったのに延ばしたという、気持ちはわかるような気もします。

    しかし、「赤毛のアン」て、ものすごくたくさんの版で出ていたんですね~ちょっと調べたら、感嘆しました。
    私は子供の頃からずっと村岡さんの訳で「赤毛のアン」ブックスを読んでいたんですよ。一時はお気に入りのところを暗記しているほどでした。
    他の翻訳にも何かしらよさはあると思いますが、いま一つピンと来ないんですよね。

    村岡花子は明治26年(1893年)生まれ。昭和43年、75歳で没。
    著者は1967年生まれ。
    1991年より姉の美枝とともに「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」として資料を保存。
    この本は、2008年6月発行。
    2008年は「赤毛のアン」誕生百周年だったのですね!

  • 朝ドラの原案本。赤毛のアンを読まずに育った僕が言うのもなんだが、今この時代に村岡花子の生涯がドラマ化されることに、とても大きな意味があるような気がした。

     まずは、翻訳というものの価値。グローバル化が進み国際交流が進むと、より大事になってくるのが翻訳だと思う。日常会話レベルのコミュニケーション能力をより早期から教育することを要請される時代こそ、もっといろんな国の文章が翻訳されて欲しいと思う。勤勉に学び、翻訳を通じて児童文学の発展に貢献をしたということにまずは敬意を表し、改めて自分も児童文学を学び直したいと思った。

     そして大正デモクラシー、関東大震災、第二次世界大戦という大きな物語を生き抜いた一人の女性の人生として読んでみても、凄い。まだ参政権すら与えられていなかった時代の農民の娘が、独学で英語を習得し、自分の信念に基づいて生き抜いたという「自立心」。

     庭にこども図書館を作ったという花子。子供たちに「良質な物語」を送り続けることは時代を超えて大きなテーマだと思う。アニメの世界には、今まさにそのような豊かさがあると思う。活字の世界はどうだろうか?「わくわくすること」をきちんと生み出していけるか、が問われる。「花子とアン」の世界観は、大人にそれを気付かせてくれるものだと思う。

  • 今のクール唯一見ているドラマ「花子とアン」の原作とされている本です。

    原作があるものをドラマ化・映画化する時に、多少の脚色があるのはしょうがないと思っています。
    でも、あまりはなはだしいのは好きじゃないです。
    原作から大きく逸脱するのなら、最初から物語を構築すればよかろう、と思ってしまうのです。

    実在の人物をモデルにした小説またはドラマや映画というのは、モデルはあってもあくまでフィクションというスタンスですから、事実と違う部分も含めて作品になります。
    しかし、この本は評伝です。
    それを原作にしたドラマが、あんなに事実を無視していていいのだろうか。
    そのことばかりが、この本を読んでいて思ったことでした。

    文章やグラフや表をコピペするたびに「コピッとな」と言ってしまうくらいには、この朝ドラ気に入っていたんですが、最近安いメロドラマになってきましたよね。
    早いところ原作に回帰していただきたい。

    家族の団らんを知らないで大人になった花子が、どれだけ自分の家族を大事にしたか。
    そして、戦争や貧困の中で常に弱者であった女性や子どもたちを救うために、どれほど尽力したか。
    白蓮さんだけではない友人。知人たち。
    平塚らいちょう、市川房江、佐々木信綱、林芙美子、吉屋信子、宇野千代、石井桃子、渡辺茂男(!)、大勢のカナダ人宣教師たち、横浜の財界人たち、ヘレン・ケラーたちとの交流。

    婦人参政権を獲得するため、または家族を守るため、意に沿わないことや時局に迎合することもありましたが、花子の心はずっと、ティーンエイジャーが心から楽しんで読める本を多く世の中に出すことでした。

    『赤毛のアン』シリーズは全部読みました。訳者が村岡花子だということは知っていました。
    でもそのほかにも、『少女パレアナ』『リンバロストの乙女』『フランダースの犬』もそうでした。
    うちの子どもたちが大好きだった絵本『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』も。
    訳してくれて、本当にありがとうと言いたい。

    そして、この本を読んで初めて知ったこと。
    村岡花子の初恋の相手が、エリザベス・サンダース・ホームの開設者、澤田美喜の配偶者だったこと。(もちろん独身の時に知り合ったのである)
    私が小学校3~4年の頃、エリザベス・サンダース・ホームやねむの木学園の本をまとめ読みして、将来こういう施設を開設したいなどと思っていたのです。
    そう、『赤毛のアン』とかを読むかたわらでね。
    世間って狭いな~と思いました。
    微塵も私関わっていませんけど。でも、なんか、そう思いました。
    私の知らないところで、私の好きな人たちが繋がっていたんだという思い。

  • 同僚に借りた本。
    赤毛のアンの映画は学生時代 録画して何度も観た洋画のひとつ。
    戦時中に文学誌においてこぞって軍国主義を主張していたのにはこんな背景があったとは驚き。 そして今 当たり前にある女性の地位や参政権など、 この時代の女性や海外の人々の協力と努力あってこそのことであると改めて理解し、感謝。 またその逞しさと頼もしさに憧れと尊敬。
     NHKの朝ドラも多少見ていたけれど伝えようとしていたこのの少しも理解できていなかったことに我ながら情けなく 反省。
     今ある いろいろな意味での自由は先人たちの努力と感謝しつつ 有意義に過ごさなくてはと改めて奮起。
     次回赤毛のアンの映画を観る時は カナダの島に思いを馳せる 花子たちの時代に生きた人たちのことも思いながら観ることになるだろう。 より一層楽しく観れるのではないだろうか。

  • 赤毛のアンの原書を戦時中守り抜いたという話はうっすらと知っていたけれど、翻訳も灯火管制下のうすぐらい中で進めて、戦後にはもう訳了していたという話には驚いた。絶望するような毎日のなかで、アンの生きる世界が、ひとつのよすがになっていたのだろう。
    カナダに行ったことはなくとも、恩師たちとのふれあいを通じ、また数多くの原書を通じて、「鬼畜米英」と言われた国の人々が、どれだけ血肉の通った人たちで、日本の友人たちのことを気にかけているか、肌で知っていた村岡花子。平和は、言葉のみで説いても意味はなく、人や文化を介して実際にふれあってこそ生きたものになるのだと、あらためて感じ入った。
    何度も目頭を熱くしながら読みました。

  • 私が子供時代から幸せな読書生活を送れたのも、村岡花子さんをはじめこの時代の方々ががんばったおかげだったんだなぁとしみじみ。感謝の念しかありませんわ。
    赤毛のアンを読んだのはほんと最近のことなのだけど。

    「あさが来た」の広岡浅子さんと親交があったんだなぁ。
    村岡花子さんも「花子とアン」で朝ドラになりましたしね…。

    http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20140927/E1411774487314.html
    完訳だと思ってたので、こちらの記事を読んでびっくり。

  • 朝ドラでやっていた「花子とアン」の原作を今更ながら読んでみた。『赤毛のアン』は好きだという友人もいたけれど、なぜか食指が動かなかったのよね。でもそれ以外でも幼いころに親しんだ童話や絵本の翻訳をしていることに気付かされた。翻訳者の草分けとしてすごいバイタリティーと思う。
    1つだけ気になったのは翻訳権の獲得とかはどうしていたんだろう、ということ。それについて1カ所ちらっと引用文内にあった以外はほとんど触れられていなかったということは、翻訳権の争奪なんてことは当時はまったくなかったんだろうな。また権利獲得にそれほどの料金もかからなかったんだろう。

  • とても興味深く読み進めた。
    今まで戦時中の話は怖さも手伝い読むことがなかったが、今回のこの本で初めてきちんと読むことができた。それは戦中に物質は貧しくとも心の豊かさを失わずに生活していた日本人の姿がはっきりと見えたからだ。
    また広岡浅子やヴォーリズ、澤田美喜など明治期に活躍した人々との接点が見えてきて嬉しくなったり、教科書の中の歴史上の人物だと思っていた市川房江や、生きて動いている姿をみたことがある宇野千代が同時代に活動しているのを知り、昭和初期という時代が本当に自分たちの今につながる実在の時代だったのだなあと感じた。今更だけど本当に感じた。

    今まで手にしてこなかった赤毛のアンを読んでみようと思う。いや読みたくてたまらない!!!

  • 読み始め…14.2.26
    読み終わり…14.4.3

    朝ドラ 「花子とアン」 の放送開始に先立って
    観る前に読んでおきたくて タイミングをはかり読みました。

    何をおいてもこの度は朝ドラを通して
    村岡花子さんという翻訳家の女性が戦前 戦中戦後を通して
    生きておられ、あの 「赤毛のアン」 の小説は村岡花子さんの
    手によって翻訳され日本に広まっていったということ、そして
    その翻訳家村岡花子さんの人生についてはご家族の中で
    温かく大切に守り告がれているのだということを知りました。

    テレビドラマの楽しくてわかりやすい映像と、真実をより深く物語る原作との両方を観て読むことで楽しみは倍増するのではないかと思います。

  • 「赤毛のアン」は、いかにしてうまれたか。
    時代へ必死で抗う女性の力、偉大なり。

    連ドラつながりですが、村岡花子さんも広岡浅子さんとの交流があったとのこと。あささん、本当にバイタリティに溢れた女性だったんだな。

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戦争へと向かう不穏な時勢に、翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から友情の証として一冊の本を贈られる。後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を超えて愛されることになる名作と花子の運命的な出会いであった。多くの人に明日への希望がわく物語を届けたい-。その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に原書と原稿を包んで逃げた。情熱に満ちた生涯を孫娘が描く、心温まる評伝。

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