人を殺すとはどういうことか―長期LB級刑務所・殺人犯の告白 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (334ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101358611

感想・レビュー・書評

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  • 二件の殺人で長期刑務所で服役する著者。
    無期懲役で獄から出ない事を覚悟して決めた事から、以下の言葉が1番印象的だった。

    人は失ってはじめて得ることもあると知りました。

  •  2件の殺人を犯して服役中の無期懲役囚(著者名は仮名)による、手記・獄中記である。「著者本人から編集部に直接送られてきた手記」を、「著者とのやりとりを経て刊行」したものだ、という但し書きがある。
     
     「LB級刑務所」とは、刑期8年以上で犯罪傾向が進んでいる者が服役する刑務所のことだそうだ。要は、殺人などの凶悪犯罪者ばかりが周囲にいるわけである。

     著者が自分を棚に上げて周囲の受刑者たちを観察して綴った4、5章(「殺人犯の肖像」というタイトルがつけられている)が、たいそう面白い。
     いや、本の性格上「面白い」という言い方は不謹慎とは思うが、微に入り細を穿って描写される殺人者たちの姿がものすごくリアルで(あたりまえだが)、読みごたえがあるのだ。

     たとえば、人を殺しておきながら一片の悔恨も持たず、むしろ被害者を逆恨みしつづける受刑者の姿が紹介される。しかも、そうした受刑者はけっして特異な少数派ではないのだという。

    《大半の殺人犯は、普段は大人しい人でしたが、倫理観については見事というほど欠落していました。(中略)初めは人前だから悪党ぶっているのだろうかと怪訝に感じましたが、そうではありませんでした。》

    《人としての尊厳、矜持、夢、目標を捨て去ることができる人には、ここでの暮らしはそんなに悪くもないのでしょう。
    「別に不自由はないですよ」
     こんな言葉を何度も聞きました。
     捨て去ると書きましたが、もともと持っていないのです。いや、生まれてから或る時までは持っていた筈ですが、生きる為に必要なくなったので捨てたのでしょう。》

     刑務所が矯正に役立っておらず、むしろ「犯罪行為についての雑多な情報が交換され、受刑者はいながらにして犯罪力の強化に努められる」場となっている実態に、慄然とさせられる。

     ただ、この4、5章以外は期待外れ。著者自身の生い立ちや事件までの経緯、刑務所に入ってからの心の変化が綴られているのだが、冗長で退屈だ。以前、哲学者の池田晶子と死刑囚との往復書簡をまとめた『死と生きる/獄中哲学対話』という本があったが、あの本のような深みはない。

  • いろんな受刑者がいて、すごく興味深かったです。
    犯罪心理学に興味があったので。
    犯罪指数の高さ低さはあると思いますが、実社会でも、紙一重の人がたくさんたくさんいると思います。自分も含めて。
    勉強になりました!

  • 【文章】
     読み易い
    【気付き】
     ★★・・・
    【ハマり】
     ★★★・・
    【共感度】
     ★★★・・

    ・受刑者に共通しているのは、成功体験や努力経験がないということ

    著者の事をネットで調べてみると、他にも多数の著作を世に出してはいるが、存在自体がフィクションではないかという話もあったりするので、その辺の真実を知りたいところではある。
    同じ刑務所に収監された受刑者の話を読んでいると、この本の内容自体もフィクションであって欲しいという思いを持ってしまう。

  • 無期懲役囚が語る殺人、そして殺人犯の話。
    とっても頭の良い人なんだと思ったし誰でも人を殺すことはありえるのかなと思った。
    自分の意見を曲げずに突き進むことは時として間違ったことを引き起こす可能性があるのは教訓になった。自分を客観的に見て考察することは辛いけど時として深く世の中を知る上で大切なのかもしれない。自分の性格について考えるきっかけにもなった。

  • 2.8 誰にもオススメしたくないグズ本だけど、読んで良かった、価値観が少し変化させられた。

    20歳ぐらいまで→死刑より無期懲役の方が良い。
    死刑=無になる、楽になる それなら、生きていて思考がある方が、苦しめられるはずだから。なぜ皆死刑を望むの?

    21歳~24歳ぐらい→まぁでも私でも家族が殺されたら死刑を望むのかなぁ。
    皆…死刑望むし。やっぱ死んで欲しい!ってなるんだろうな。

    24歳読了後→殺人者は八割死刑を求めます。
    悩める、喜べる、苦しむ、全て思考できる、ということがとにかく幸せなんだと。その思考できる状態を体験できることが、腹立たしくなった。
    この作者は、悩んで、喜んで、苦しんで。
    息子を殺された母を思うと、腹立たしい。
    思考するな。無くなれ…。
    強盗殺人とか、被害者に一つも非がないものは、問答無用で死刑になってください…。

    41頁「次に私は、自分がすることは誰かにされても文句が言えないという、倫理の対称性を信奉していた。つまり、人を殺すなら殺されても仕方ないという考えです。」


    46頁「父より先に死なない。死ぬことは少しも厭いませんが、父の存命中は命を貸しておいて貰うという感覚です。都合が良い考えですが、父のためなら矛盾だろうとなんどろうと気にしません。」ーーーは?…久々にここまで腹立たしく思った。倫理の対称性とかって言葉、一生使うな。本当に対称性を信奉するなら、父より先に死なないと行けないのに申し訳ないと思え。

    55頁「父の“死刑は廃止にしなきゃいけんな”というセリフに哀しくなった。意思や信念を曲げたことの無い父が、私のために曲げてしまったから。息子が仮に死刑になろうと、父には信念を曲げてほしくありませんでした。」ーーーなんて? え? なんで? は? どういう意味? 父のためなら矛盾も気にしないゆうてた自分のことは? どゆこと?

    86頁「自分は信念を曲げず、間違いは間違いだと指摘するので、すぐ喧嘩沙汰になり、三級→降級を繰り返す。
    ヤクザでも堅気でも他者への迷惑をかけない行動がきちっとできる人とは全く障害なく付き合えるのですが」ーーー貴方、問題起こして迷惑かけてる、って一行前ゆってるやん。

    たくさん思うところはあったが、この作者のキャラクターを想わせる一番のところはここ↓
    113頁「競馬については、当初でもこれを生業にしようと画策している不届き者(私は賭け事を嫌っていますのでこう表現します)」

    私も、賭け事を一切やりません。ただの時間とお金の無駄だと思うからです。それだけです。周りに賭け事で人生を無駄にした人間もいないので、嫌うほどもありません。
    ですが、不届き者と表記し、私はこう思うからこう表現する、と断言することにものすごく苛立った。 最低だ。なんて。クズ野郎なんだ。人それぞれって言葉を知らないのか。人権って言葉を知らないのか。何様なんだ。

    時々、「私は心が狭いので」などもかかれているため、わかってはいるのだろうが…

    メンタルの強さと自己中さを、沢山感じれた。

    本当に腹立つ本で。
    殺人者に、考える能力が与えられていることが、本当に憎いと感じた。

    「1000人に1人の勉強法」のみたっちゃんが好きな私は
    もっとこの作者を知りたいと。どんな人間なんだろうと。私が好きな人間であって欲しいと期待してしまった。
    殺人者は、殺人者だった。
    何を期待したのだろう。
    群を抜く自己中心的な人間に、苛立ち、そして、これは無理だ治らない。と悟った。

    家族が、事件に巻き込まれないでくださいお願いしますどうか。 自然に死をむかえさせてください。
    祈るしかないよ‥。

  • 殺人犯に取材したノンフィクションかと思つたら、殺人犯本人が書いた一冊でありました。美達大和(仮名らしい)といふ人で、二人を殺害した罪で無期懲役の刑を受けてゐます。
    サブタイトルにある「長期LB級刑務所」とは、刑期が10年以上残つてゐる者が服役する刑務所ださうです。Lはロングの頭文字で、罪の重い受刑者が収容される意の「B級」と組み合はされた言葉であります(比較的罪の軽い方は「A級」)。まあ所謂「凶悪犯」が服役してゐるイメエヂですかな。

    先述の通りこの人は二人を殺害してゐる訳ですが、その動機といふのが、かなり自分ルールを基にしてゐます。平たく言へば、嘘をいふ人、誠実でない人、裏切る人、逃げる人などは許せないやうです。逆に言へば、自分がさういふ約束事はきつちり守り、信用を得てゐたと申せませう。
    逮捕された時も、殺人といふ行為自体は悪いと思ふが、その動機については自分は間違つてゐないといふ認識でした。従つて弁護士に対しても、他の人のやうに反省したふりをしたり、卑屈になつたりはしないと言ひ放つたさうです。

    そんな著者が変つたのが、裁判で検察官が論告を供述してゐる時の事でした。検察官が述べる殺人の経過報告を聞きながら、当時の情景が思ひ浮かび、いざ被害者側の視点に立つてみると、自分は何と酷いことをしたのか、と雷に打たれたやうな衝撃を受けたさうです。つまり「人を殺すとはどういふことか」が分かつたと。
    それ以降、贖罪を考へ、死刑になる事を望むやうになります。しかし下された判決は「無期懲役」。無期懲役といふと、大人しく過ごしてゐればテキトーなところで仮釈放があり、意外と早く出所できるとわたくしなんぞは考へてゐましたが、実際には平均すると、たつぷり30年は務める事になるらしい。

    長期LB級刑務所で服役中の「極悪犯」の素顔はどんなものか。なぜそんな罪を犯したのか。仮名(A)から(L)までの12名に話を聞く過程で、贖罪とは何なのだらうとか、人の生命とは何だらうかを考察します。基本的に囚人たちは自己中心的で無反省であります。彼らの反省とは、指紋を残したのがいかんかつたとか、共犯選びを間違へたとか、頓珍漢なのです。

    それにしても、この著者の冷めた目は何でせうか。自らを語る時、自らの優秀性を語るのはいいとしても、まるで他人事のやうに述べるのが中中衝撃的であります。この文章を読みますと、実際に生まれつき優秀なのだと思ひます。少なくともわたくしなんぞは足元にも及ばぬ程の頭脳の持ち主でせう。しかし、とてもその人間性が浮かんできません。まるで、この人物は実在しないのではないか、とさへ感じます。その意味では、やはり長期LB級刑務所に服役する人たちといふのは、理解不能な部分があるのでした。

    殺人犯のくせにコイツ矢鱈エラソーだな、とか自慢話ばかりぢやんか、といふ意見もあるでせう。嫌悪感を持つ人もゐると存じます。さういふ人は著者も言ふやうに、別の本を読んだ方が良いでせう。
    今回はちと重たい本でした。

  • こんなに完璧に物事を考える人がいるんだと。
    でもかたくなな完璧主義者って難しい。
    もし人を殺していなかったら、どんな人生を送っていたのかが気になる。

  • 二件の殺人に至る経緯、その後の気づき。死刑囚たちの本音。贖罪。

    ヤクザと堅気に二分すると、悪いのはヤクザでしょと思いますが、殺人犯ではその逆だということを知りました。

  • 先日読んだ『反省させると犯罪者になります』に出てきたので読んでみました。
    著者自身が刑務所で服役中、ということをふまえて、読めないと思うならば読まない方がいいです。

    著者が長期刑務所で聞いたことをもとに書いている部分、え…?と思うことも沢山あるけれど、知りようのない内部の状況を知ることが出来るという点はとても貴重だ。

著者プロフィール

美達大和
1959年生まれ。無期懲役囚。現在、刑期10年以上かつ犯罪傾向の進んだ者のみが収容される「LB級刑務所」で仮釈放を放棄して服役中。罪状は2件の殺人。ノンフィクションの著書に『刑務所で死ぬということ』(小社刊)のほか、『人を殺すとはどういうことか』(新潮文庫)、『死刑絶対肯定論』(新潮新書)、『ドキュメント長期刑務所』(河出書房新社)、『私はなぜ刑務所を出ないのか』(扶桑社)、小説に『夢の国』(朝日新聞出版)、『塀の中の運動会』(バジリコ)がある。また「無期懲役囚、美達大和のブックレビュー」をブログにて連載中。http://blog.livedoor.jp/mitatsuyamato/

「2022年 『獄中の思索者 殺人犯が罪に向き合うとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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