半島へ、ふたたび (新潮文庫)

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著者 : 蓮池薫
  • 新潮社 (2011年12月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101362212

半島へ、ふたたび (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 拉致被害者の蓮池薫さんが初めて韓国へ行く話。韓国と北朝鮮の比較などが興味深い。

    市役所勤めや大学の講師、翻訳家としてのデビューなど日本に帰ってきてからの奮闘の話もちょいちょい出てきている。

  • 拉致被害者で現在は翻訳家、文筆家として活躍されている蓮池さんの本。前半はソウルの旅行記、後半は日本に帰ってから翻訳家として生活とそれまでの半生を綴る。
    読めば読むほど、ごく普通の人であることがわかる。日本に帰ってきてから韓国語を能力を活かし、様々なことにチャレンジしている姿は爽快である。
    失敗や不安なども綴られていて、親しみがもてる内容となっている。
    韓国訪問の直後に読んだが、韓国文化の案内にもなっている。

  • 100%の自信を生まれるまで待っていたら、チャレンジなんてできない。というより、100%の確立なら、それはすでにチャレンジではない。最初は50%でいい。まずは始めてみよう、あとはやりながら間案んでいけばいい。必要にかられた学習、実践の中での学習こそ、何倍も身に付く。失敗したら、失敗を通してしか学べないものを学びとればいい。僕にとって北朝鮮での24年間に失った最大のものは、自分の夢を実現するためのチャレンジの機会であって、そのあとにくる成功や業績などではなかった。

  • 北朝鮮といふ国は、金正恩なる御仁に代替りしてから、その無鉄砲さに拍車がかかつてゐるやうに見えます。
    彼の親父の時代は、無鉄砲ながら対立国との「駆け引き」に長けてゐた。我儘を言ひ、駄々を捏ねれば条件を引き出せたのであります。一応「外交」らしきものはありました。
    しかしながらこの肥満児ぼんぼんのやることといつたら、挑発の意図が那辺にあるのか、とんと分からない。たぶん本人も分かつてゐないのでは、とすら思はれるのであります。口汚く罵るだけでは、何の見返りもないでせう。こんな状態で拉致問題の進展はあるのかとヤキモキしてしまひます。

    蓮池薫さんの『半島へ、ふたたび』といふ書名を見て、「え、また北朝鮮へ行つたのか?」と思つた人はわたくしだけではありますまい。
    ところが「半島」には変りはないが、北朝鮮ではなく韓国訪問記なのでした。紛らはしい。意外にもこの旅が初めての韓国行きださうです。わづか八日間の旅行にしては、とにかく色色な場所へ出入し、多くの人に会ひ、ギュッと濃縮された密度の濃い旅となつたやうです。

    二部構成になつてゐて、第一部がその韓国旅行記「僕のいた大地へ」。もちろん違ふ国なのですが、どうしても陸続きになつてゐる(拉致された)北朝鮮を想起してしまふやうです。そもそも同じ民族なのだから当然といへば当然。
    兄の蓮池透さんの著書『奪還』では、帰国後しばらくは北朝鮮による薫さんの「洗脳」ぶりについて書かれてゐましたが、本書を読む限りでは一般的な日本人の視点から客観的に見つめてゐるやうに思ひます。
    しかし拉致問題が解決しない中、未だ語れぬこともあるのでせう。本当に書きたいことはまだあるのでは? と読みながら感じてしまふのです。

    第二部は「あの国の言葉を武器に、生きていく」。蓮池さんは、友人(翻訳家の佐藤耕士氏)の骨折りもあつて、新たに翻訳家として歩むことになりました。かういふのは、仮令チャンスがあつても、教養といふか知識といふか、さういふ素養がないと出来ない仕事であります。
    その奮闘ぶりは時に壮絶、時にユウモラスで、感心したり微笑ましかつたり。失はれた24年間といふ時間を埋めるかのやうに翻訳に熱中する姿には感動すら覚えるのでした。

    「まだ帰還しない拉致被害者が多くゐるのに、自分だけかくも順調で良いのだらうか?」といふ気持ちが根底にあるのでせう、手放しの喜びや満足はあへてその表現を避けてゐるやうに見えます。
    事件の完全解決により、心から笑へる日が、一日も早く来ることを願ふばかりであります。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-170.html

  •  拉致された当事者が何を感じているのか、何を思っているのか。「半島へ、ふたたび」の日韓の違いについて取り上げた部分を読むと、風呂と茶室のことが語られている。茶をまわして飲む時の韓国人の困惑振り。風呂の栓を抜くという、慣習の違い。歴史的背景を知らなければ、対話はありえないということが本著から教えられる。キムチを日本人は美味しく食べ、寿司を韓国人は美味しく食べている。それでいいのではないかと思うのだが、たちまち韓国から起源の主張がなされ、それに日本側が激昂する形となる。歴史をふまえ、それを情報発信していく労力が必要だが、しかし双方、主張はゆずらないだろう。結局、ものわかりのいい日韓の人間同士が仲良くしていくしかなく、ものわかりのない人間達はどうしようもないということなのだ。

     北朝鮮について、「アメリカの侵略的意図を破綻させたことが勝利に値するというわけだ」の本著における指摘だが、これはまるで、ヨーロッパによる世界中の植民地化を破綻させたことが勝利に値するし、植民地解放をしたのだと述べている保守派のようだった。
     韓国での戦争記念館にて、「立派な言葉が並べられているが、戦争記念館が発信するメッセージとしては、少し違和感を覚えずにはいられなかった。いろいろな要素を含みすぎていて、いったい何が言いたいのか明白に伝わってこないのだ。自国民に犠牲を強いる戦争に反対しながらも、安保意識の高揚を謳っているのは何故なのか。また平和統一は切望しているものの、軍事的手段の使用をはっきりと禁じてはいない」は慧眼だと思った。日本で言えば、靖国神社の遊就館で、大戦の大義と、米軍に敗れたこと、平和へのメッセージと鎮魂を展示していながら、その施設を支持する保守は日米同盟をとても重視している。アメリカに好き勝手やられたが、アメリカと一緒でなくてはならない。これも日韓の共通事項であろう。
     「名門延世大學の社会学科で哲学を専攻したパクさんが、拉致というものをどういうふうに捉えているか訊いてみたい気もしたが、相手を責めるようであり、やめておいた」という著者の一文が気になった。これはどうか。相手を責めるようで……とある。だからやめておく。これをどう理解したらいいのだろうか。ここで黙らなければならないのだろうか。いつから日韓は遠慮したりするような上下関係になったのだろうか。パクさんはすまなさそうな顔をして黙ったという。いったい何に黙ったのだろう。朝鮮民族として本当にすまない。これでまたアジアが融和の道を歩むのが遠のいてしまったと、彼は思っているのだろうか。むしろアジアが一つになるための障害として拉致の事実があり、だから、かつて拉致は存在しないとしなければならなかったし、議論や、議論のための議論をいつまでもしていれば知識人にとってはよかったのだが、実際に小泉首相が北朝鮮まで行ってしまった。そして被害者を連れて帰って、しかも返さなかった。官房長官だった安倍晋三は、交渉へ行く際、「タカ派と言われたが、国民の生命を守るのにタカ派と言われるなら、私はタカ派と言われてかまわない」と述べた。国民の生命を守るためには何をしてもいいのか、という反論はできるが、しかしそこには、「国民の生命を守るためには何をしてもいいのかと言って何もしなくていいのか」、「こうしている今も、被害者にとってつらい現実と時間は過ぎていく、チャンスは二度とないかもしれない」と言われたら知識人にとってはどうしようもない。パクさんは沈黙した。だが、そこで彼を責めたり、追求しない著者に怒ったりするのではなく、なぜ黙ったか。ここに日韓のもう一つの共通事項としての問題があるのではないかと思う。だが、それが何なのかはまだわからない。
     「弧将」の著者金薫氏について、彼は自ら親日派を名乗っていて、話を聞いてみると、「親日派の本来の... 続きを読む

  • 蓮池さんの文章力が素晴らしいです。
    もともと書くことが好きだったらしいけれど、そのための努力は半端ないです。特に翻訳家デビューするまでの努力は頭が下がりました。
    拉致問題のことだけでなく、韓国や北朝鮮の人々の暮らしについても知ることが出来てよかったです。読み終わったあと、心がとても温かくなっていて、人に優しくしたいな〜と思いました。

  • 突然拉致され、24年間北朝鮮で暮らすことを余儀なくされた著者。この本では、その回想は控えめであるが、それだけに、初めて訪れたソウルとの対比が際立つ。

  • 大学講師になられてからの手記を読んで、文章の上手さが気になって読んだ。

  • 拉致被害者 蓮池薫さんの韓国旅行記 拉致関係の書籍かなと思いつつ読み始めたら、意外に楽しい韓国旅行記だった。ただ、はしばしに北朝鮮での思いが挿入されていることを除けば。とても読みやすくまた興味深い本なので、韓国に旅行する機会があれば、一回読んでいったほうがよいかも。
    しかし、あとがきに記された未だ北朝鮮に残る拉致被害者への思い。
    その思いはしっかり受け止めて、拉致問題は完全解決まで、決して風化させてはいけないと、再度思った。

  • ジェンキンスさんとは違う視点ですが
    言えないことがたくさんあるんだろうな~と。

  • 拉致被害者の蓮池薫さんが日本帰国後に初めて韓国に渡ったときのルポである。後半は蓮池薫翻訳業に転進する時のあれこれを書いている。今年の正月、やっと文庫化されたので買って読んでみる。

    たった8日間のソウル旅行で一冊の本を書いているわけだが(私のこの前の韓国旅行と同じ日数)、内容は全く違う。正直たいへんおもしろかった。

    ソウルを旅しながら、長かった北での拉致生活を思い出す旅になっているということもある。それと、おそらく私とはまったく別の性格をしていて、きちんと調べなくては気の済まない人らしく、初めての韓国旅行の一日目(半日しかない)が一番記述が多い。その一つ一つに私は眼からうろこの部分があったり、私よりもホントよく見ているなあ、という部分があったりした。

    日本よりも携帯普及率が進んでいる韓国で、公衆電話が目に付くのは何故か。なぜ大型書店では立ち読みを奨励しているような椅子を並べたスペースがあるのか。アメリカ大使館の厳重警戒の理由。戦争記念館の発するメッセージ。朝鮮戦争に対する北と南との見解の相違。ダルトンネのなりたち。北での稲の密植の話。西大門刑務所に張られたメッセージについて。

    今度ソウルに行ったときに、確かめてみたいスポットがたくさんできた。有難いと思う。

  • 書店で衝動買いし、読みました。ソウル、韓国文学、韓国文化、北朝鮮そして拉致問題。これらへの入門書的に良書です。著者が翻訳した韓国人作家の本など、今後読んでみたいなと思いました。

  • 蓮池さんの前向きな考え方に元気をもらえました。「成功する機会を奪われたのでは無く、チャレンジする機会を奪われた」という言葉が印象に残りました。文庫化のあとがきのところを読むと、はっきりとは書いていないが、まだ向こうに生きている人がいるのがよくわかります。

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半島へ、ふたたび (新潮文庫)の作品紹介

その日、僕は韓国に初めて降り立った。ソウルの街を歩き、史跡を訪ね、過ぎ去りし植民地時代や朝鮮戦争を振り返る。しばしば、二十四年間囚われていた彼の国での光景がオーバーラップする。ここは、同じ民族が作った「北」と地続きの国なのだ。旅の最後に去来した想いとは-。第二部として、翻訳家という新たな人生を切り拓いた著者の奮闘記を収める。新潮ドキュメント賞受賞作。

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