ぼくは猟師になった (新潮文庫)

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著者 : 千松信也
  • 新潮社 (2012年11月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101368412

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ぼくは猟師になった (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 若い漁師の日々を綴った本。狩猟に興味を持ち、本書を読みました。はじめての猟の事から、シカやイノシシの解体、保存食レシピまで幅広く漁師のあれこれについて書かれています。猟も、獣だけではなく、鳥、魚、山菜など季節によって色々な猟をされているので、狩猟について知りたい人には、おすすめです。

    ーあとがきからー
    漁師をしている時、僕は自分が自然によって生かされていると素直に実感できます。
    また、日々の雑念からも解放され、非常にシンプルに生きていけている気がします。
    狩猟は、僕にとっては生涯続けていくのに充分すぎる魅力を持っています。

  • 上方落語「代書屋」に出てくるガタロが河太郎=河童に由来すると、思いもかけず知ることができたのは望外の幸運だった。閑話休題。罠猟、網猟という少数派の猟師として、狩猟免許を取って経験を積み、狩猟に適した借家を手に入れて猟に精を出す生活は羨ましい。著者のポリシーもあって仕事をする傍らで狩猟を趣味のレベルで行っているが、狩猟だけを生業にすることの難しさも感じる。自分の今の生活パターンを考えると、文字通り「真似できない!」。漫画『山賊ダイアリー』と併せて読むと、猟師生活がより理解できると思った。

  • これは面白い!!
    自分に出来るかどうかは置いておいて(まず出来ないとは思うが…)素直にいいなぁと思える。
    ハワイ島で実際に趣味で狩猟をしている人からその面白さを聞いて以来興味はあったものの、やはり銃を使うイメージが強かったのでワナ猟というのも新鮮だった。

    それにしてもさらりと京大を出ているのもすごいな…。頭の良い人なんだなというのはこの本を読めば伝わって来るものの、著書が先輩の猟師達に尊敬の念を常に抱いているのも同時に伝わってくる。
    世間の価値観に縛られず、やりたいことをやって暮らす手本(というと語弊があるなぁ)のよう。

  • 元京大生が猟師になって奮闘する日々の記録。
    プロの猟師ではなく、兼業の猟師で、しかも学生時代からそれを続けているということで、かなり奇特な人なのだろうと思う。
    一般的な猟師のイメージの散弾銃ではなく、罠中心なので自分にもできるかもとついつい思わされました。

  • 罠猟、いいですね。

    実家の周辺でイノシシが大増殖しており、畑を諦める人も居るんだとか。

    捌いて、流通させる道さえつけば、産業化できるかも。

    貴重な食資源として、活用できる方向に動かしたいですね。

    関心を持ち続けたいと思います。

  • 猟師になったというタイトルから猟だけで生計を立てているものと思い込んでいた。しかし、別に仕事もしながら猟や採集で食料を得るという生活をしている若者による記録であった。私も住んでいる京都で、こんなに自然の恵みを享受し感謝して生きることができることを知らなかったし、実践している著者が羨ましく、またその真摯な態度に尊敬の念を覚えた。人間として自分で生きることについて考えを巡らせてしまう本だった。

  • 「自分で食べる肉は自分で責任を持って調達する。」それ以上でもなくそれ以下でもない。
    ロハスやスローライフの実践ではない、という力の抜け具合が新鮮で、また、好みのわかれるところ。
    私は、充分アリだと、読み終えて感じた。
    うん、その、野菜や魚類と違って「哺乳類や鳥類を捕まえ処理して食べる」という営みは臭く重く生々しい。
    スーパーでパックに入っている状態の肉は物質として扱えるのに、生きている状態から殺し血を抜き皮を剥ぎ肉を切り取るとなると別世界。
    食べる時は美味しいと歓声をあげるのに、殺す時にはかわいそうと言う。
    他の命の上に私の命があるということを、テレビのドキュメンタリーほど偽善的でもなく、尾ひれのついた噂話ほど無責任でもなく、宗教や哲学ほど観念的でもなく、程よい手触り感覚さで示してくれる。

  • 図書館で。
    実は狩猟の方が農作よりは大地や自然を傷つけず共存できるって話は聞いたことはあります。とは言えこの人は読んでいてなんだか…うん、狩りとかサバイバルとかが好きなだけじゃないかな、なんて思いました。そう言う意味では啓蒙書とか自然と共存とかそう言う信念は無さそうなので軽く読める感じです。

    自分の食べるものは自分で調達する、というのは必要なことだと思います。そしてその為には技術が必要だし、時間もかかるし知識も必要である。だから今の現代人は食料を通貨で買っている訳ですが本来は命をいただいているという事を忘れてはイカンよなぁとは思うんです。

    ただ、趣味でやってる猟なら自分や家族の食べる分だけ捕ればいいんじゃない?なんて思いました。流通に乗せたらそれは自分の意図する所とは違う、というような事が書いてありましたが…実際、今の日本ではたくさんの人が猟ができる環境ではないし、そんな事をしたら植物も動物も(魚も!)全部狩りつくされてしまうのが目に見えているし。大体、一番大事なのは環境づくりではないかと思うんですよね。猟をする山や環境を守ろうとしない限り狩猟生活は不可能なんじゃなかろうか。なんだか…読んでいて独りよがりで頭でっかちじゃないかな~なんて思ってしまうのは私が大分年を食ってる所為なのか。

    命をいただくという事は非常に大切なことであり、大事なことである。という割には…やっぱり猟を楽しんでるだけじゃないの?とちょっと疑ってしまいました。特に鴨を何百匹取ったとか、連日鹿が罠にかかったとか。…それ、自分達で食べきれる量じゃないような?流通には流さないなら自分が食べる量を取ったら暫く罠をかけないとか、足るを知る、というような潔さというかフェアさがないな~なんて読んでいて思いました。猟をする人口が増えると良いな、というような事を書かれてますが実際、猟をする人が増えると獲物が減って、必然的に若い個体や密猟が増えたりして近頃の猟を始めたヤツは礼儀を知らないなんて言って怒りそう。人間みたいになんちゃって肉食獣は増えると一番手に負えなさそうだな、と思うのです。

    昔何かで読んだのですが狩猟民族で男性は狩猟に出かける、女性は主食のタロ芋だかヤム芋だかを採取する。狩は成功率が低く、男性陣が女性と同様、芋を採取したらもっと食事の満足度が上がるのに男性は狩猟に出かける。たまに狩の成果があると男性陣だけで狩の成功を祝って獲物を食べてしまう、というエピソードを知りナンダカナ、と思ったのを思いだしました。
    なんかその話に似たような匂いを感じてしまいましたよ…

  • 誠実な生き方で尊敬できる。自分の知らなかった世界に触れることができた。誰でも楽しめる本だと思います。

  • 猟師ということで先入観で鉄砲撃ちの話だと思っていたら、罠猟だった。狩猟免許の種類によって扱う道具が異なるのは知っていたが、書かれている内容は初耳が多かった。

    緊迫感はあまり感じられなかったが、ごく日常の出来事として猟が語られているのがかえって良かった。

    しかし、猟師の激減が予想される将来にどんな里山が待ち構えているのだろうか。

    今の日本の環境では人間もしっかりと生態系の一部ということか。

  • 自然に対する考え方に共感できた。私に狩猟はできないけど、新しい世界を知れてよかった。

  • 面白くて一気に読み進めた。
    気負っていなくて、あくまで自分の思うがまま、出会うがままという自然体な感じがよい。
    そしてそれなのに、林業や漁業、採集やカモ・スズメ猟、さらには薪割りや風呂づくりのことまで、まるごとの"半猟半X"がでてくるのがとてもよい。

    それにしてもなんというか、言葉に嘘がない感じが文体からも伝わってくる。
    その上で、自身の生き様を、ご自分こそが楽しんで眺めているかのようなハードボイルドなところもまた良い。
    先日のトークショーのような、飾らない人間性を、書の中にもまた再確認できて好感。

  • 罠猟師を目指して、実際に猟師として生活している若者(といっても僕と同じ年)の話しです。
    冬は鹿や猪を取って肉を得て、春は山菜、夏は魚を取り、また秋にには冬の猟を胸を躍らせて待つ。なんともわくわくする生活で、読んでいて自分もやってみたいなとふと思いました。でもこの千松さんは元からそういう生活をしたくて、ぶれずに楽しんで行っているので、僕がやっても直ぐに飽きてしまうだろうなと思います。そもそも魚釣りを一日やる事すら飽きてしまうのですから。
    リアルな動物との対峙や、生き物を殺して肉に加工するプロセスが詳しく書かれていて、こういう事を知らないで漫然と繁殖させた肉をむしゃむしゃ食べている僕。ちゃんと感謝して頂かないといけないなと思いました。
    ちなみにぼくは猪食べた事が無いのですが、とても美味しそうで唾が湧きました。食べてみたいなあ。

  • 猟師が獲ったいのししの鍋が食べたいよ~~~~~~

  • 千松信也氏の随筆。以前、同じ著者の別の本を読んだことがあるが、それとほとんど同じように感じた。

  • 著者の言う通りだと思う。

    ワナ狩猟でかかった獲物を撲殺し、腹を裂いて内臓を出し、捨てるところが無いくらい使い尽くすことと、過剰な栄養を与え、自然界の何倍ものスピードで大きく太らせ、売れ残ったモノ、形悪いモノは破棄されること。

    どっちが残酷だ!

    この本を読んでもマネは出来ないが、間違いなく意識は変わる!

  • 74年生・京大卒の著者の半世記。ワナ猟師の生活記録・猟の記録・獲物の料理方法の紹介を中心に、日本の森林行政についても記述。良エッセイ。捕獲したシカや猪の写真を送ってくる古い知人を訪ねたくなった。

  • 著者は京都大学卒で猟師となった、いわばちょっと変わり種である。
    第一章では、著者がどのようにして猟師になったのかが綴られている。「京大」と「猟師」というキーワードだけ拾うと、一見、少し飛躍があるようにも思えるのだが、猟師になるまでの道筋を聞くと、紆余曲折はあれ、一本筋の通った著者の「姿勢」が見えてくる。
    幼時には自然に囲まれた生活を送る。風呂は薪、昆虫や魚を捕り、周囲の大人は普通に「妖怪」を語っていた。動物に関わる仕事がしたいと思い、一度は獣医を志すが、実験動物と愛玩動物の扱いの差を含めて疑問を感じ、「向いていない」と方向転換。幼い頃、妖怪が身近に感じられたことから、民俗学を学ぼうと京大に進学。入った自治寮(明記はされていないが、当然、吉田寮だろう)の運営にいそしみ、個性的な入寮者に感化されるうち、講義で学ぶより、自分がやりたいことを見つけ、実行する行動力を持ちたいと思うようになる。休学制度をフルに利用して、海外を放浪、NGOの活動などにも携わる。紛争地域の独立運動などに関わるうち、生まれ育った土地に根ざし、そこで生活するべきと思い、帰国。
    卒業までの資金を得るためにアルバイトとして働く運送会社で、以前から興味のあった「ワナ狩猟」を実際に行っている人がいることを知り、その人を師匠として、著者の狩猟生活がスタートする。
    狩猟といえば猟銃によるもののイメージが強いが、著者が惹かれたのは「ワナ」猟だった。銃という文明の利器を使わずに、より動物とナマで対峙するものであるからだ。

    動物と、自然と、真摯に向き合う。
    第二章で語られる「猟期の日々」でも第三章で綴られる「休猟期の日々」でもその姿勢は一貫している。
    獲物として捕らえるからには、肉を無駄なくおいしく食べることが、動物への誠意でもある。ワナの仕掛けに加えて、解体・精肉処理、料理法の考案、廃棄部分の扱いに至るまで、試行錯誤と工夫が続く。
    ワナは市販のものもあるが、高価である。市販品を参考に、また先輩からの教えを取り入れ、著者は自作している。掛ける場所、位置、個々の部品、匂い消し。界隈にどんな獲物がいるのか、確実に通る場所はどこか、ワナを掛けたと感づかれないためにどうすればよいか。さまざま知恵を絞り、ワナを仕掛けていく。まさに動物との知恵比べだ。
    伝統猟法は、土地に伝わる文化だ。土地により、獲物もさまざま、条件もさまざまである。特色のある猟や解体の様式は、長年蓄積されてきたその土地の知恵の結晶だ。
    ワナ猟を教えてくれる先輩、網猟を長年行っている猟友会の人々。先輩猟師への敬意も印象深い。

    ワナに掛かった獲物を仕留める箇所や解体の解説は、やはり本書のハイライトだろう。
    写真も豊富でわかりやすい。イノシシとシカでは脂の付き方や肉質がかなり違い、解体法も若干異なる。シカは皮も剥ぎやすく、背骨を割る作業もないため、イノシシよりは短時間で精肉までが可能なようだ。
    この部分、機会があれば見学してみたいなぁ・・・。

    猟期は、11月半ばから2月半ばまで。それ以外は例外はあるが、基本的に猟はお休みとなる。
    休猟期には冬の薪の準備をしたり、道具の手入れをする。著者はそのほかにも野草を取ったり、海や川で魚などを捕ったりしている。そんな日々も興味深い。好奇心の強い人、発想が豊かな人なんだなぁと思わせる。

    著者は、市街地の端、裏は山、という立地に住む。京都ならではという印象を受ける。
    自然と向き合い、食料も出来る限り野山で調達するとはいえ、著者は、「日本の猟を背負って立つのだ!」とか、「近年問題になっているような獣害を猟師が解決するのだ!」とか、気負っているわけではない。
    猟で生計を立てているわけではなく、運送会社で働きつつの「兼業猟師」である。
    自分や友人・知人の食べる分を... 続きを読む

  • 狩猟といっても銃を使うのでなく罠を用いた罠猟。その罠猟の世界に入っていく著者の姿が書かれています。
    僕自身は狩猟にも自然や野外活動にも全く興味がないのですが、遠い世界と思っていたものが実は自分が生きている世界と繋がっていることに気付かされました。
    何故狩猟なのか? 自然に生きる動物を捕らえ解体し食べる、そのことの意味は?
    罠猟について写真や図解を交えて詳しく説明され、著者の経験を読むことで、新たに知ること感じることがたくさんあります。知的好奇心への刺激というだけでも大きなものですし、また新たな世界へ通じる扉が増えるのも、読書の醍醐味でしょう。

  • 猟生活や解体の仕方まで書かれていて一気に読めた

  • 猟の仕方が載っている。鹿よりイノシシの方が美味しい

  • 表紙のイノシシだけでけだなくシカやカモ、スズメの猟記なども。
    恥ずかしながらこの本を読むまでスズメが食用されていることを知らなかった。

  • 2014 4/30読了。三月書房で購入。
    ぶらぶら棚を見かけていたら目に入ったので買ってみた本。
    山賊ダイアリーとか諸々で猟師に対する興味が高まっていた中で目についたので買わざるを得なかったわな猟師の物語。
    わな猟師の日常とか、鳥の網猟の話とか、自分の知らない世界って感じでかなり面白い。っていうか鳥って網でもとっていいんだな・・・。

  • 漫画「銀の匙」で畜産・農業・食について考える機会が増えてきた今日この頃。

    野生動物に農作物や山の木々が荒らされている一方で猟師が減っていると聞いて、鉄砲の免許について調べたことがあったけど、まさかワナで動物を捕まえるなんて方法・免許があるとは思いもしなかった。

    4本足の動物だけでなく鳥もワナで捕まえるとは驚きます。

    ワナを仕掛ける色んな技術や経験値、動物を解体する技術には感心するばかりです。

    肉食が今ほど一般的ではなかった時代では、本書にあるようにワナで野生動物を捕まえるだけで需要を満たせたのだろうけど、さすがに現代の胃袋は猟では満たせない。

    やっぱりシステマチックな現代の畜産は有り難いと思います。

  • なぜか最近目にしたネット記事を思い出した。環境サミットでのウルグアイ大統領のスピーチ。このハイパー消費社会に全世界の人間がどっぷり浸かることが、果たして人類の幸福なのかと。危機に瀕しているのは環境ではなく、政治的な問題なんじゃないのと。ざっくりそんな内容だった気がする。

    日々食べているもの、身につけている衣類、生活に欠かせない製品。われわれはそれらがどうやって出来上がるのか、そんな背景などいちいち気に留めることなく、ショートカットして手に入れて消費し続けている。

    ここに書かれているのは、若き猟師のシンプルなライフスタイル。自分が食べるものを自分の責任において自力で獲得する。そこはショートカットできない苦労もある。
    シンプルとは、この本の文脈でいうと、人間も動物も植物も含め、あらゆる他者とダイレクトにつながって環を成すこと。
    ショートカットの網の目が張り巡らされた顔の見えない社会は楽だけど、実のところ複雑すぎて足が地についていない不安定なものではないだろうか。

    読み物としても当然おもしろいが、なんか考えさせられる一冊である。

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ぼくは猟師になった (新潮文庫)の作品紹介

木についた傷や足跡などからシカやイノシシの気配を探る。網をしかけ、カモやスズメをとる。手製のワナをつくる。かかった獲物にとどめをさし、自らさばき、余すところなく食べ尽くす-。33歳ワナ猟師の日常は、生命への驚きと生きることの発見に満ちている。猟の仕方、獲物のさばき方から、自然と向き合う中で考えたことまで。京都の山から見つめた若者猟師の等身大の記録。

ぼくは猟師になった (新潮文庫)はこんな本です

ぼくは猟師になった (新潮文庫)の単行本(ソフトカバー)

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