ソロモンの偽証: 第Ⅲ部 法廷 下巻 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (608ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101369402

作品紹介・あらすじ

ソロモンの偽証は宮部みゆきさんが書かれた長編ミステリー小説です。
第Ⅰ部、第Ⅱ部、第Ⅲ部の三部構成の作品です。第III部 法廷 下巻は宮部みゆきさんが作家人生25年の集大成として書かれた現代ミステリーの最高峰の完結編です。20年後の偽証事件が描かれている書き下ろし中編の負の方程式が収録されている一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • ソロモンは、知恵を神に求めて与えられ、ソロモンの審判は大岡越前にも使われたエピソードですよね。
    三宅樹里の告白文の証言は裁判までも偽証でした。彼女が、最後まで偽証に至った原因を弁護人は、理解して裁判中にそれを排除します。そして、自ら証言に立ち、自分の過去、柏木との関係性、そしてその死への責任を伝えます。
    陪審員達は、柏木による柏木の殺人という、判決を下します。
    学校内裁判としての役割を果たして、子供達が納得できる判決となります。
    長編の最後を迎えて、中学生の積極的な活動、その活動に寛容な大人達の存在。そんな、構図は、鳥箱先生の宮沢賢治も望んでいたかもしれません。
    もう少し望めるのなら、自殺した少年の兄や弁護人が、感じていた彼の冷酷さのその背景や苦悩を具体的に読みたかったです。

    • 土瓶さん
      (ΦωΦ)ジロジロ
      (ΦωΦ)ジロジロ
      2023/02/18
    • おびのりさん
      文章は簡易なので、そんなに読むには大変ではないのだけれど。
      宮部ファンという程は、作品を読んでないのですが、そんなに深掘りした作風では、ない...
      文章は簡易なので、そんなに読むには大変ではないのだけれど。
      宮部ファンという程は、作品を読んでないのですが、そんなに深掘りした作風では、ないような気がする。そして、多分、優しいんだなぁ。どこか、ふんわりしてくる。
      土瓶さんて、読んだ本の内容よく覚えているよね。
      私は、最近の女流作家さんの、数人の小説が区別できないかもです。
      2023/02/18
    • 土瓶さん
      ぜんぜん。すぐ忘れるよ。特に印象に残らなかったのはすぐ消える(笑)
      覚えてられるのはブグログでレビューあげてるおかげかもなぁ。
      というか...
      ぜんぜん。すぐ忘れるよ。特に印象に残らなかったのはすぐ消える(笑)
      覚えてられるのはブグログでレビューあげてるおかげかもなぁ。
      というか、俺とおびのりさんじゃ読書量が違いすぎるわ。
      それだけのペースで読めば無理もない。

      宮部みゆきさん。といえば、レベル7とかどうだったかな?
      「レベル7までいったら帰ってこれない」っていう言葉しか思い出せない。
      読んだはずだよなぁ~(●>ω<●)?
      2023/02/18
  • 【感想】
    ついに最終巻読破!!!
    全6巻の超大作ながら、随所に伏線が沢山散りばめられており、本当に読んでいて気の抜けない作品でした!!
    読後の達成感。
    テーマがテーマだけに読み終わった後は重い気持ちになるかと思ってましたが、意外と一種の爽快感を感じました。

    最終巻を読み進めていく中で、ずっと疑問に思っていた事も全て解決していきました。

    ・神原和彦は、なぜ大出俊次の弁護人になったのか?
    ・1巻のはじめに、電器屋の前の公衆電話を使っていた少年は誰だったのか?そして、何をしていたのか?
    ・柏木卓也は何故不登校になってしまったのか?
    そして、事件の真相はどんなものなのか?

    これらの伏線が、ものの見事に回収されていく様は、流石は宮部みゆき!!
    1~5巻までもそうでしたが、特に本巻は読んでいて鳥肌が止まりませんでした!!ブルッブルです。


    「中学校の模擬裁判」というのが本書のテーマでしたが、ゆるやかながらもハッキリと事件の真相に近づいていく様は、本当に読者を惹きこむ小説だよな~と思いました。
    (同著者の「理由」という本も似たような雰囲気のある名作ですね)
    今の世の中、真相や真実なんて分からない事が多くてヤキモキするんですよね。
    上記にありますが、これだけ事件全体をトレースして、散りばめた伏線を見事に回収して、読後に爽快感を与える小説、長編ながら人を惹き込んで離さない小説は、中々ないのではないでしょうか?

    ソロモンの偽証。噂に違わぬ、名著でございました。
    お腹いっぱいです。
    ソロモンの偽証を消化しきったら、フォローさせて頂いているhanemitsuruさんにご推薦頂いた「杉村三郎シリーズ」に挑戦しようと思います(*^^*)


    【あらすじ】
    ひとつの嘘があった。
    柏木卓也の死の真相を知る者が、どうしても吐かなければならなかった嘘。
    最後の証人、その偽証が明らかになるとき、裁判の風景は根底から覆される―。

    藤野涼子が辿りついた真実。
    三宅樹理の叫び。
    法廷が告げる真犯人。

    作家生活25年の集大成にして、現代ミステリーの最高峰、堂々の完結。
    20年後の“偽証”事件を描く、書き下ろし中編「負の方程式」を収録。


    【メモ】
    p16
    「いったい誰を殺したいんだって聞いたんだ。先公か、親かって。
    誰のこと、そんなにムカついてんだって聞いたら、そういうのじゃないってあいつは言った。
    ただ、誰か近くにいる人間に死んでほしいんだって。
    誰か近くにいる人間が死ぬと、死ぬってことがどんなことか、よくわかるから。そうでかいとわからないからって柏木は言ってた」
    額の汗を拭い、証人はぶるんとひとつ身震いした。


    p156
    「でしたらこの先は、出来事の内容だけを質問しますので、はいかいいえで答えてください」
    事務的どころではない。弁護人の口調はほとんど冷酷だ。
    涼子の背筋が冷えた。大出俊次は本気で困惑している。この本人尋問はぶっつけ本番なのだ。
    弁護人の狙いは何だ。


    p160
    大出俊次は蒼白になっている。
    「被告人に質問しているんですよ、答えてください」
    「オレは…」
    「この学校内で誰かに向かって“殺してやる”と言ったことはありますか。あるとしたら何度ぐらいですか」
    弁護人はにこりともしない。だが興奮している様子でもない。感情がないかのようだ。
    こんなにも表情を欠いた神原和彦を見たことはない。


    p190
    和彦は俊次のアリバイ成立の可能性を示唆し、裁判の行方を決した。
    弁護人としてはそれだけでも充分な働きだったのに、彼はそこでやめなかった。
    大出俊次を、ただ濡れ衣を着せられただけの可哀想な犠牲者にはしなかった。
    彼がハメられた可能性を立証するために、彼がそんなことをされても仕方のないワルだったことを、彼自身に認めさせるという荒技をやってのけたのだ。


    p259
    「本日新たに申請した3人目の証人を、ここで喚びたいと思います。東都大学附属中学校三年生、神原和彦君です。よろしいですか」


    p306
    落とし穴に落ちたようなものだ。健一は思う。罠にはまったようなものだ。
    柏木卓也は、にっちもさっちもいかなくなっていた。
    自分で騒動を起こして、そこから抜け出すために差し出された手を拒否して、どんどん狭いところに入り込んで抜けられなくなった。
    そしてその狭い場所から、広いところで普通に暮らしている神原和彦を見やると、腹立たしかったのだ。
    自分から離れていこうと、自分を見捨てようとしている神原和彦が憎かったのだ。
    また、かまってほしかったのだ。


    p320
    「いざゲームを始めてみると、僕は自分のことで頭がいっぱいでした」
    「自分自身と、ご両親の、養父母のお父さんお母さんのことで」
    「そうです。滝沢先生のことも思い出しました。学校の友達のことも思い出したし、とにかくホントに、何か頭がいっぱいでした」
    「実行してみたら、このゲームは柏木君のためではなく、証人自身のゲームになっていたと」


    p332
    「柏木君は、僕が本心からあのゲームをやってみてよかったなんて思っているのなら、その方がもっとおかしい、もっと悪質だと言いました」
    検事も声を張り上げる。
    「柏木君は証人が、もっとヘコんでいるべきだと思っていた。もっと怯え、もっと悲しんでいるべきだと思っていた。前向きな気持ちになどなってはいけないと思っていた。でも現実はそうではなかった。だから証人を非難したんですね」


    p334
    「柏木君を宥めようと思って、色々喋ってるうちに、何か目から鱗が落ちたみたいにわかったんです。
    柏木君は、僕を苦しめようとしている。
    友達なんかじゃなかった。
    僕を見下している。
    共感とか理解なんてもんじゃない。
    柏木君は、僕をまともな人間だと思ってない。
    人殺しの子供で、だからまともになんかなりっこないと思ってる」

    まともになんか、なられて堪るかと思っていたのだ。
    まともで、優秀で、感性に優れていて、両親の愛に包まれ、庇護されて育ってきた自分が、今こんなに苦しんでいるのだ。
    学校と相容れない。友達もできない。ちょっと動けば誰かと衝突し、孤独に追いやられる。

    この自分がそうなのに、神原和彦ごときが、人殺しの子供が、なんで前向きに、充実して、まともな人生なんかおくれるのか。幸せそうな顔をしていられるのか。

    間違っている。だから自分がそれを正すのだ。
    神原和彦を、彼に相応しい境遇に落としてやるのだ。彼に相応しい苦悩と孤独を与えてやるのだ。
    そして彼の人生が、どんどん道を踏み外してゆくのを見物しよう。


    p338
    「僕が帰るなら、今すぐ飛び降りると言いました」
    検事は間を置いた。
    「柏木君は本気で飛び降りるつもりだと思った。それで、証人はどうしましたか?」
    「好きにしろ、と言いました。そんなに死にたきゃ勝手に死ねって言って、走って階段を降りました。そのまま学校の外まで駆け、走って家に帰ったんです」


    p451
    「この事件は、柏木卓也君による、柏木卓也君の殺害事件です。柏木卓也君は、未必の故意の殺意を以って、柏木卓也君を殺害したと、俺たちは判断しました」

  • 誰が真実に辿り着けたのだろうか。
    中学生たちが繰り広げる学校裁判の結末や如何に。
    彼らは同級生の死を、各々の中で清算する為に動き出す。

    文庫版全6巻。長かったような短かったような。

    以下、ネタバレ有り。(備忘録)

    柏木卓也の死の何が彼らを突き動かしたのだろうか。
    三宅樹里の陰謀や大出俊次の悪行に、傍観者や誰かの味方もいる。
    神原和彦は柏木少年を知る人物として、要となる証言をした。罪悪感を抱えていた彼は、どこまで真実を語ったていたのだろうか。
    柏木卓也の家族のその後は。

    裁判の是非は付けられない。
    巻末の後日談に主要人物が登場する。何かを一生懸命に成し遂げること、情熱を注いだ時間は掛替えのないものになるだろうことが伺える。

    死者の無念は晴れないままだが、勇姿に隠れた残酷さは決して忘れてはならない。

    いゃぁ、よく出来た中学生たちだわ。

    読了。

  • 生活に支障を来した。
    止まらない。とにかく。一気読み。

    初、宮部みゆき作品。
    普段読んでいるものが作者の癖が強いものが多いからか、透明だと感じた。
    作者がいない。
    ストーリーだけがある。

    最終巻に至り、少しずつ作者の体温が感じられるようになった。ほんの少しだけ。
    あえて、存在を消そうとしているのかもしれない。
    ストーリーを届けるために。
    とても読みやすい。
    引っかかることなく、するすると入っていく。

    読んでいる最中はストーリーに没入し、
    読み終えて思うことはストーリーよりもその手法。

    作品には、必ずそれを作った人がいる。
    それに気がついたのはいつだろう。
    気がついてしまい、少し残念な気持ちがする。

  • いやぁ~、ひさびさに宮部みゆきにハマったなぁ!
    先頃の川崎中1殺害事件の影響や本作の映画の評判がいいこともあって触手が動いたのだけど、
    「火車」や「理由」「模倣犯」の頃のほとばしる熱量を
    痛いほど感じさせてくれる噂に違わぬ良作だった
    (なんせ普段は一冊を一週間以上かけてじっくり読む僕が、一週間で六冊一気読みしたんやから笑)

    物語はバブル景気の名残が色濃く残る1990年12月25日。
    城東第三中学校敷地内に降り積もった雪の中から発見された2年A組の生徒、柏木卓也の死体。
    警察は事件性はなく、屋上から飛び降りたことによる自殺と判断。事態は終息したかに思えたが…
    やがて学校や生徒宛てに届く、犯人の名前が書かれた匿名による告発状と暴力事件。
    波風を立てることを怖れるあまり後手後手に回り、ただただ事態の収束だけを目指す学校側。
    執拗に学校関係者に張り付き、憶測で事態をかき乱すマスコミ。
    そして学校から犠牲者がまた一人…。
    柏木卓也の死は自殺なのか、他殺なのか、はたまた事故だったのか?
    大人たちを信用できない中学生たちは自分たちの力で本当の真実を
    探ることを目的とした
    前代未聞の「学校内裁判」を開くことを決意する…。

    とにかく真実が知りたいがために
    読者を読み続けるしかない状態に誘う「抗えない吸引力」と
    宮部さんお得意の、一人一人のキャラの行動や心理描写を詳細に詳細に描いていく群像劇の妙は、
    さすがベテランの一言。

    警視庁捜査一課に所属する父と司法書士の母を持つ主人公の出来過ぎ少女(笑)、藤野涼子や
    涼子に密かに思いを寄せる
    ひ弱でおとなしい少年、野田健一、クラスの不良グループのリーダー、大出俊次(おおいで・しゅんじ)、脳天気キャラの倉田まり子や
    涼子の友達で演劇部に所属するクールビューティー、古野章子(ふるの・あきこ)、自分の容姿に嫌悪感を抱く嫌われ者の三宅樹理と肥満体質で心優しい浅井松子、そして他校の生徒ながら大出俊次の弁護人に立候補した謎の少年、神原和彦(かんばら)などなど、真実に向かって突き進むスーパー中学生たちのひたむきで眩しいこと。
    スーパー中学生とあえて書いたように(笑)、あまりに大人びた思考や老成した口調に正直違和感は否めないけど、それでも彼、彼女らの純粋な思いや苦悩は充分過ぎるくらい伝わってきて、祈りにも似た気持ちで読み続けた。

    クラスメートが死んだのに泣けなかった自分と、心とは裏腹に相手に流されてしまう自分を自己嫌悪する涼子のシーンや
    愚かで身勝手な親に振り回され、
    自由になるために危ない計画を立てる野田健一の葛藤、胸を刺す三宅樹理の咆哮、
    そして神原弁護人による三宅樹理に聞かせるための大出俊次への厳しい尋問シーンには本当に心震えた。

    検事役の藤野涼子や弁護側の神原和彦の素晴らしさはもとより、
    首にあせもを作りながら判事役を全うした井上康夫のなりきりぶりには笑ったし、
    廷吏役の山崎晋吾の凛とした紳士っぷりもなんとも頼もしく安心感を与えてくれたし、
    個人的には是非ともこの二人に助演男優賞を!(笑)。

    この小説で描かれるのは、世の中の悪意といくつもの嘘と、はみ出し者たちの苦悩だ。
    世の中ではどんなことだって起こりえると身に応えて知ってしまった14歳の心情とは一体如何なるものだったんだろう。

    けれどもこの世界からはみ出し、逸脱していることに苦しむのにはちゃんと意味があるし(若いうちにはそれが解らなくても)、
    詩や表現のように逸脱しないと掴めないものや
    苦しんだ中からしか生まれないものがあると僕は信じている。
    勿論こんなスゴい中学生なんて実際にはいない。しょせん小説、たかが物語だ。だけどもたかが物語に僕たちの心は震え、どれだけ心が揺れ動いたかで人の心が作られるなら、これだけいろんなことを考えさせてくれる小説もそうそうないと思う。

    本来ミステリーというジャンルは人間を書くのに最も有効な手段だけど、この作品は本格的なリーガルサスペンスであり、優れた青春群像劇であり、良質なビルドゥクス・ロマン(主人公たちの成長を描いた小説)としても楽しめる読み応えのある作品に仕上がっているので、
    僕のようにいつの間にか宮部みゆきの作品から離れてしまった人にもオススメだし、
    登場人物たちと同じ年代の悩める学生にこそ、読んで何かを感じて欲しい。
    心震わす、「たかが物語」の力をじかに感じて欲しいと切に思う。

  • シリーズ6作目。第3部の下巻。
    あっという間に読んでしまった。とても濃い時間を過ごさせてもらえたし、大好きなシリーズになった。

    6回の柏木家の着信は、想像もしていなかった理由だった。途中から神原がニオイ始めていたけど、そういうことだったのかと。これを隠しているのは辛かっただろうな。
    この裁判をやり切った被告、判事、弁護人、検事、助手、陪審員、廷吏、証人すべての人物に称賛をおくりたい気持ち。ひとりひとり愛着が湧いてしまうくらい、終わりまで細かく細かく書き上げられていた。
    登場人物全員、根っこのところではあたたかいのがよく描写されていてそれもまた良かった。

    文庫化に伴い書き下ろされた中編「負の方程式」が後ろについている。そちらも、本編で出てきたある生徒の20年後が分かって良かった。こことここが結婚したんだ!とか。

  •  やはり最後が最高に面白い。これが書きたくて、ここまで引っ張る宮部みゆきもすごい

  • これまでの布石をどう回収するのかわくわくする。
    柏木卓也の内面を誰がどのように捉え、自殺か他殺かを解していく。なぜ他校生である神原和彦は弁護人としてやってきたのか?藤野涼子はどこまで気づいているのか?弁護人助手である野田健一は神原和彦に対してどんな役割なのか?

    証人として呼ばれた本物の弁護士が密室の故意について触れた時は、ドキリとした。
    殺意がどんな時に生まれてくるのか、その一端が宮部みゆきさんなりの解釈で描写されている点には共感できた。

    ミステリーとして、物語として、非常によく構成されていると感じた作品だった。話す内容や態度は中学生らしく無い面もあるが、それは問題ではないと思う。学校や中学生の保護者であること、中学生が直面している悩みにスポットを当てることに意味があったと思うのである。

    題名のソロモンの偽証とはなにかが明かされていく。それぞれの想いが、相手を思いやる気持ちが吐露される中で明確になる。偽証であることを認めることによって一歩踏み出すことができる。

    最後に彼らの将来が描かれている。少し意外に思ったが、それはそれで現実的なのかもしれない。

  • 2002年から2011年まで足掛け10年の連載を経て2012年に刊行、2014年に文庫化された、宮部みゆきの大長編です。

    中学生たちが、同級生の死の真相を学校内裁判という形を通じて究明しようとする法廷劇なのですが、裁判に参加する中学生一人ひとりを丹念に追い、その成長を描く群像劇だったり、中学生が主人公の探偵役を務めるジュブナイルだったり、もちろん丁々発止のやり取りが楽しめる緊迫のリーガルサスペンスだったり、そしてラストにどんでん返しが待っている上質なミステリだったりと、いろいろな味わいが1冊500ページを超える文庫が全部で6冊という膨大な頁数にたっぷり盛り込まれています。

    中学生の学校内裁判という突飛な設定を不自然に感じさせず、50人を超えて各巻の巻頭に相関図が掲げられるほどの登場人物を見事に描き分ける筆力は驚嘆に値するもので、爽やかな読後感と相俟って、この作品こそ宮部みゆきの代表作と言ってよいのではないかと思います。


    以下、ネタバレあります。
    気を付けるつもりですが、でもこの巻を語ろうとすると、ある程度のことは書かざるを得ません。どうかご容赦ください。


    学校内裁判が佳境に差し掛かりました。

    この巻は裁判3日目の橋田祐太郎の証言の続きから始まります。
    偶然柏木卓也と二人で話す機会があった橋田は、卓也の内心を見抜いていました。
    「誰かを殺してほしかった、身近にいる人が死ねば、死ぬってことがどんなことかわかるから」
    身近にいる人なら誰でもいいというその気持ちはもしかしたら兄柏木宏之に向かっていたかもしれません。不穏さを感じ取って卓也から遠ざかった宏之も、卓也の内心を恐れた橋田も、卓也の危うさをきちんと言葉にして周りに伝えることはできませんでしたが、それでも距離を置くことで自らの身を守ることができました。
    本能の発する警告を敢えて無視して犯人の毒牙にかかる被害者が宮部作品、例えば「模倣犯」などに度々出てきます。小賢しい小理屈などより、本能――「世間知」を持って地に足を付けて生きることを、そうやって生きている人を作者が好きなのは、ずっと変わっていないようです。

    4日目。
    重要な証人調べが二つ、この日に起こります。

    一つは、大出俊次のアリバイが証言されたこと。
    地上げの一環として大出家に放火をした犯人「花火師」は、12月24日の深夜24時過ぎに俊次の自宅で俊次本人を見たというのです。
    収監され、裁判を待っている「花火師」――派手に炎が上がるけれど、人には被害が及ばないように注意していることからついた呼び名だそうですが――の弁護士が、本人の意思を確認したうえ、本人の代理で証言したという、ある意味「あり得ない」展開ですが、「学校内裁判」という舞台設定同様、不自然であってもそれが気にならない作者の筆力はお見事です。

    もう一つ。
    とうとう大出俊次が証人として証言します。
    皆が固唾を呑む中、神原弁護人の質問は、大出俊次の行状をいちいち本人に突き付けて糾弾するという過激なものでした。

    それは、告発状は偽物で俊次はハメられただけ、という弁護側のストーリーに沿って「では、なぜ俊次はハメられたのか」を説明するためであると同時に、誰にでも告発状を書く動機と機会はあり、誰が書いたかは問題ではないという三宅樹里への赦しでもあり、それなのに法廷に引っ張り出してしまった詫びでもありました。
    自らの意思で出廷して質問に応じている俊次に、事実という刃を突き付け続けるこの一幕は、この裁判の一つのハイライトです。

    大出俊次にかけられた疑いを晴らすためには、彼を卓也を殺した容疑で告発しなければならなかったのと同様に、誰にハメられても不思議ではないような人間だったことも言葉にして残さなければなりません。自分のしてきたことを認めなければ先に進めない。
    それはまた、ハメた側も同様です。

    三宅樹里が傍聴席で倒れ、この日は閉廷となります。

    そして、この日、藤野涼子は事件の真相に気付きます。

    翌五日目は休廷となります。
    丸一日という時間を利用して、検事側と弁護側で翌日の筋書きが書かれたようです。
    彼らが何をしていたのかは文字にされてはいませんが、再読してゆっくり振り返ってみると、誰に何を頼み、彼らの中で何が語られたのか、手に取るようにわかりますね。


    そして最終日。

    真犯人を自認する人が最後(のはずだった)証人として証言台に立ちます。黙って知らん顔をしていることもできたのに
    ――それがどんどん苦しくなって。首に見えない輪っかをはめられたみたいだった。毎朝目を覚ます度に、柏木君のことを思い出す度に、その輪っかが絞まってゆく。一度にたくさん絞まるわけじゃない。一ミリとか、三ミリとか、五ミリとか。でも確実に絞まってゆくんだ、と長い長い自白をすることを決意したのでした。


    タイトルについて。
    読んでみる前にはピンとこなかった「ソロモンの偽証」というタイトルですが、読後にはじんわりとこの作品に馴染んだものだと思えるようになりました。

    作者は、インタビューでこう語っています。

    敢えて説明してしまうなら、そうですね、最も知恵あるものが嘘をついている。最も権力を持つものが嘘をついている。この場合は学校組織とか、社会がと言ってもいいかもしれません。あるいは、最も正しいことをしようとするものが嘘をついている、ということでしょう。
    (https://www.shinchosha.co.jp/solomon/interview.html)


    宮部みゆきの作品には、これと対になるようなタイトルの作品があります。「ペテロの葬列」です。
    逆十字架にかけられて殉教するような苦行を強いられるとしても、嘘の重荷に耐えられず「できれば正しく生きたい、善く生きたいと思う」誠実な人たちが、真実を語るさまを描きます。

    真犯人を自認する人の振る舞いがまさにこれです。

    一方で、最後まで偽証を続けた人がいます。
    三宅樹里です。

    彼女は最初の証言の後、気付きます。

    「あれは嘘つきの顔だ。嘘をついて他人を傷つけ、自分も傷つく人間の顔だ。そして何もかも取り返しがつかないと、絶望している人間の顔だ。
    ――それがあたしの判決だよ、藤野さん」

    誰もが告発状を書いて、学校から俊次を追放しようとする動機があった。俊次の行状はそうされて当然のものだった。だから、誰が告発状を書いたのかは問題ではない。そういう神原和彦の意図と赦しを完全に理解し、さらに嘘をつきとおすことのみじめさを自覚しているにもかかわらず、彼女は最後にもう一度偽証をします。

    それは、大出俊次を追放するためのものでも、自分の魂を守るためのものでもない、自分を理解してくれた人を守るためのものです。最も正しいことをしようとしている者の嘘です。

    若しくは、神原和彦が最後に語っています。
    「累積したいじめや暴力行為の帳尻を合わせるために、被告人を殺人者と指弾するのは正しいことでしょうか。それが正義でしょうか」
    「皆さんが被告人を有罪とすることは、大きな嘘を認めることです。それは、この六日間に法廷で繰り出されたどんな嘘よりも罪深い嘘です。真実に背を向ける偽証なのです。ほかの誰でもない、陪審員の皆さん一人一人が、皆さんそれぞれの心のなかにある法廷で偽証することに等しいのです」

    例えそれが「ソロモンの」であっても偽証は辛いことであって、例えそれが「ペテロの葬列」を招くことになっても真実を語るほうが楽だとの作者の思いであり、一方で、自分のためではなく、自分を理解してくれた他人のために偽証を貫くことを選んだ三宅樹里の決意を語るものだと思います。


    真犯人について。
    陪審員たちは判決の前提として、一つの事実認定をしています。
    柏木卓也は、卓也本人に殺されたのだというのです。

    死がどういうものか知りたくて身近な人を殺してみたかった卓也は、すんでのところで彼の毒牙から逃れた真犯人を自認する人や兄柏木宏之や橋田祐太郎と対比されて描かれています。卓也の悪意は、結局卓也本人に向かったのでした。
    幼稚で独りよがりな思いだけで行動し、日常の縁を踏み外して墜ちていく彼に差し伸べられた手はいくつかありましたが、なかでも滝沢先生の手がつまらない事情でもぎ放されたのが痛恨のできごとでした。

    けれど、常識や世間知や、それらをもった友人や、そんなものとほんの少しでよいから、どこかでつながっていれば。
    向坂幸夫や倉田まり子や、そして浅井松子。カッコいいわけではない、つまらないかもしれない人たち。「模倣犯」で言えば有馬義男のような人。
    一方で、真犯人を自認する人を救ったのはそういう人たちと送る平穏な日々であり、そういう人たちが必死の思いで踏み出した一歩である、野田健一の「正当防衛」であったり、陪審員たちの事実認定だったりしました。

    宮部みゆきの軍配はいつもそういう人たちに上がるようです。

    余談ですが、真犯人を自認する人の「未必の故意」について「決意」の真ん中あたりできちんと触れていることにも感心しました。


    成長と物語の構成について。
    中学生たちの群像劇だったこの作品で、登場人物たちはみな成長を見せます。
    自分のしてきたことと向き合わされながら、最後はそれを仕掛けた和彦と握手を交わした大出俊次。
    松子を喪ったことを心から悔やみ、おそらく初めて「他人のため」に偽証を貫いた三宅樹里。
    生きている理由なんていらない、日々を平和に送っているだけで十分と思えるようになった神原和彦。
    自ら考え、声を上げることができるようになった向坂幸夫、倉田まり子、蒲田教子、溝口弥生ら。
    そして野田健一には、彼が教師になって城東第三中学に赴任し、この話を語るというこの物語の構成が最後に明らかになることで、彼の頭抜けた成長ぶりが目に見えるとともに、舞台がバブル真っ盛りのころだった種明かしもされる心憎い仕組みになっています。

    さらに、成長の余地がないほど出来上がっていた藤野涼子には、特別な舞台が最後に用意されていました。

    「負の方程式」について。
    「ソロモンの偽証」文庫6巻刊行時に書き下ろしで追加された100ページほどの中編。

    中学生たちが、彼らの上に君臨し圧制を敷き抑圧することで彼らの魂を殺そうとする暴君、担任教師である日野岳志をハメる話。
    いろいろな点で「ソロモンの偽証」をなぞる構成となっています。

    日野岳志は楠山先生を思わせる「声の大きい」教師です。大出俊次を追放しようとした三宅樹里のように、日野先生をハメて追放しようと考えた中学生たちと、俊次のように自らの行状と向き合うことができなかった日野先生の行く末を描きます。

    ハメられようとしていることを自覚した日野先生が依頼した弁護士が藤野涼子(藤野姓のままなのは、夫が神崎姓を捨てたかったからかもしれませんね)、そしてハメようとしたメンバーの中にいた「嘘をつきとおすことができなかった」生徒の保護者に依頼されたのが、私立探偵杉村三郎でした。

    「ソロモンの偽証」の続編は望むべくもありませんが、杉村三郎のシリーズに藤野涼子が絡んできそうな気配があって嬉しくなってしまいました。

    かつてシリーズになるかと期待させては舞台とキャラクターを書き捨て続けてきた宮部みゆきでしたが、時代物のほうでは「きたきた捕物帳」で世界観の統一を目指しているようですし、現代ミステリのほうでもいろいろなキャラクターたちとほんのり再会できると嬉しいなあ…。

    最後に。
    自分にとって、近年にない読書体験となりました。今にも3回目を読み始めてしまいそうな気持を押さえています。
    文庫6冊というボリュームを恐れず、手に取ってみてください。ぜひ。絶対後悔しないはず。

    そして大物を読破して、ようやく宮部みゆきを「読破」する野望に手がかかったような気がします。積読あと6冊を崩すところから。

    • きのPさん
      6巻をさっき読み終えましたので、こちらのレビューも拝見させて頂きました!
      素晴らしいレビューいつも有難うございます!

      タイトルの意味が読ん...
      6巻をさっき読み終えましたので、こちらのレビューも拝見させて頂きました!
      素晴らしいレビューいつも有難うございます!

      タイトルの意味が読んでいるうちはよくわからなかったのですが、貴方のレビューでようやく理解できました(^^)
      最も知恵があり最も権力を持つ「ソロモン」が誰に該当するのか?
      これについてどう考察するのか、読後の課題を筆者が読者に投げかけているかに思えますね。

      杉村三郎!
      杉村シリーズは読んだことがないんですよね。。。「名もなき毒」っていうタイトルとかは知ってるのですが。
      なので、これが宮部みゆきの他作品の登場人物であることに本レビューを読むまで全く気づきませんでした!!笑
      杉本シリーズにも挑戦しなくては…

      宮部みゆきの全作品読破を目指し、精進したいと思う今日この頃です(^^)
      2021/05/10
    • hanemitsuruさん
      きのPさん
      コメントありがとうございます。きのPさんのレビューもよく拝見しています。

      「ソロモンの偽証」は読んだ人の数だけ解釈の数...
      きのPさん
      コメントありがとうございます。きのPさんのレビューもよく拝見しています。

      「ソロモンの偽証」は読んだ人の数だけ解釈の数があるんだろうと思います。

      杉村三郎シリーズはぜひご一読ください。レビューを拝見したいのでw。
      2021/05/10
  • 感想は最終巻へ、と先延ばしにしてきて、いざ、読了してみたら、なんだか胸がいっぱいになってしまって何を書いたら、今の僕のこの気持ちを表せるだろう、と思うばかりで言葉になりません。読み終わったその瞬間、鳥肌が立つほど感動しました。

    一つの興味として持っていたのは、最後のシーン、誰が締め括るのか?でした。それぞれに魅力的な登場人物ばかりでしたが、やっぱりこの人だったか、と納得しています。もちろん、そのほかの登場人物のその後もとても興味深いのですが、この人が最後を締めくくってくれて1番スッキリとしました。

    もちろん、宮部みゆきさんなら誰を最後に持ってきて締め括らせてもそれぞれに味わい深い終幕を見せてくれるのでしょうけれど。

    ありきたりな言葉ですが、清々しい青春物語でした。

    …と書いてから、「負の方程式」を読み終わったのですが、なんて素敵な連作なんだろう!とふたたび感動!そこにはお馴染みのあの探偵さんも登場していい仕事してますし!

    文庫本6冊に渡る長編小説でしたが、その長さを感じさせないスリリングでハートウォーミングな作品でした!

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。87年『我らが隣人の犯罪』で、「オール讀物推理小説新人賞」を受賞し、デビュー。92年『龍は眠る』で「日本推理作家協会賞」、『本所深川ふしぎ草紙』で「吉川英治文学新人賞」を受賞。93年『火車』で「山本周五郎賞」、99年『理由』で「直木賞」を受賞する。その他著書に、『おそろし』『あんじゅう』『泣き童子』『三鬼』『あやかし草紙』『黒武御神火御殿』「三島屋」シリーズ等がある。

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