生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

  • 1698人登録
  • 3.77評価
    • (162)
    • (235)
    • (207)
    • (34)
    • (12)
  • 260レビュー
著者 : 本谷有希子
  • 新潮社 (2009年3月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (145ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101371719

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島 由紀夫
村上 春樹
伊坂 幸太郎
有効な右矢印 無効な右矢印

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 北斎の絵はピンクにしても素敵。
    鬱で過眠症で無職の寧子は津奈木と同棲三年目。
    津奈木の言動に絶えずイライラし、目下引きこもり中。そんな寧子の前に津奈木との復縁を狙う元カノ安堂が現れ、猛攻撃を仕掛けてきて・・・

    安堂も大概だが寧子もひどい。メンヘラ祭りだわっしょいわっしょい。安堂により強制的に働かされることになった寧子だが、バイト先のヤンキーたちの懐の深さに救われ・・・ほっこりハートウォーミングな展開になるかと思ったら、ウォシュレット問題で心の鎖国開始・暴走という見事なメンヘラっぷりを見せつけてくれる小説。

  • 読書にはいろんな読後感がありますが、最近読んだ中でここまで「共感」してしまったものはありませんでした。単に小説としてならものすごく優れた作品とまでは言えませんが、その点において、ワシにとっては傑作です。

    しかも、自分自身でも驚いたことに、共感した相手は「メンヘラ25歳女性」という主人公。そう、自分と被っているところなんか無さそうなキャラクターです。

    ところが、この彼女の思考回路というか、妄想力には、身に覚えがある。自分の心の動きやら妄想やらを、ビシッと指摘されたかのようなこそばゆさがあります。

    そしてその恋人の男の態度にも覚えがある。ワシという人間を細分化して、その中でも比較的大きなものを二つ抜き出して作られたようなキャラクターが2名、この作品では恋人役として丁々発止しているのです。これは共感せざるを得ない。

    その点で、ワシは著者の思考に、もしかしたら近しいのかもしれません。

    とまぁここまで自分語り的に感想を並べ立ててしまいましたが、それを除いて評しますと、読みやすく、テンポ良く、それなりにドラマチックに、メンヘラ女性と無関心ふう男性の色恋模様が展開されます。

    著者についての知識による先入観も込みですが、いかにも芝居を見ているような心地よさでお話が進みます。言葉が届きやすく、分かりやすい。さすが戯作家。

    ただ、物語そのものは平板ですので、この、特に主人公二人の思考についていけるかどうかが、この作品が面白いと感じるか否かの分水嶺かもしれません。

    実際、もう一編の作品「あの明け方の」は、残念なことに余り心に響きませんでした。物語の平板さは残しつつ、登場人物に共感出来なかったからかもしれません。

    もうひとつ、忘れちゃいけないこと。ワシが読んだ新潮文庫版の仲俣暁生氏の解説が素晴らしかった。この解説を深掘りした本で一冊読んでみたい、そう思わせてくれました。

  • 「わたし」は「わたし」と別れられない。
    解説が秀逸だ。自己完結しつつも他者を強く求め、ぶつかり、傷つくその様を卵の白身と卵黄の例えを用いて見事に表現した。

    こんなヒステリックな女は嫌いだ。そして、この本を勧めてくるような女もわりと引く。それでも、僕にこの本を勧めた彼女がときどき、本当にときどき(それこそ、五千分の一秒で過ぎ去る程度だけどな!)、とても可愛らしく思えることがある。
    よい読み物だった。

  • 「自分で自分に振り回されてぐったりする」
    寧子の起伏の激しさには、周りだけでなく彼女自身も訳が分からず翻弄されてしまう。メンタルヘルスという言葉はあてがわれているけれど、「内側」の発露の度合いが違うだけで決して特別なものなんかではなく、それはきっと多くの人の内奥に流れているものだ。
    彼女は自分の内面にあるエゴに気付いているからこそ、ネット上で同じような境遇の人たちの発露を目の当たりにして嘔吐し、パルコのカードが作れなかった時に自分の何かが見抜かれていると敏感に感じ取ってしまった。そういうものを前にして感情を顕わにすることができるのは、周りから見れば格好良いものではないのかもしれないけれど、どこか羨ましくもある。

  •  仕事が一山越えて、積ん読になってた中から引っ張り出した。
     あらすじはスーパーシンプルで、鬱持ちでずっと寝てばかりいるエキセントリックな美女が、彼氏の元カノに自立と別れを迫られて云々という話。
     リズミカルな筆致で、さくさく読み進めていたら、最後でざっくり刺された。「いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなあ」ああそうですよね…と立ち尽くしてしまった。
     大変勝手な話だが、恋人と別れるときに、「悲しい」「つらい」以外に、やたらと腹が立つことがある。「こんなに私が辛いのに何でこんな思うように物事進まねえんだよ!!」とか、「もう好きじゃないし別れたいし話したくもないのに何で別れ話しないと別れられないんだよ!!」という至極理不尽で自己中心的なものである。しょーもない。けどこれって要は、この自分の中の制御できない量のエネルギーをどこにもぶつけられなくて、今までは何らかの形で受け入れてくれてた恋人の存在も失って、やり場がないイライラが自分の中で爆発してそれが誘爆しまくってヒステリックになってる状態なのだな。私はこの先もこの“私の感情”に振り回されて疲弊して生きていかなきゃいけないのに、彼はこの時の数時間の会話と決定で私とも私の感情とも別れられるということへの、半ば八つ当たりだ。
     寧子の意思が向かう先は社会でも恋人でもなくて、自意識が牢獄のような自意識から抜け出るところにあるんだろうか。でもそんな矛盾するものは存在しない。だから他のものを探すしかない。それが恋人でないのなら、仕事か? ソーシャルな人との繋がりか? 趣味か? あっさりと見つけられる人もいるし、そうでない人もいるんだろう。見つけられない、見つけづらい性質の人間にとっては、それはまさに富嶽三十六景の一枚の絵が刻む5000分の1秒くらいわずかで、稀有で、心が発火して燃え尽きる一瞬なんだろう。それが一生のうちにぽつぽつと何回かあるのか、加齢とともにそれが日常になるのか、私もそろそろ先が見たい。

  • これすげえ。
    ゲロみたいな吐瀉文学。て言ったらぴったり。失礼か。

    鬱だったときの、自分はいつか元通りになれるんだろうかとか、また「元気」になれる日が来るんだろうかとか、ぐるぐる考えても救われなくて、結局ひきこもるしかなくて、家を出ることはおろかベッドに寝転がってほんの少し見える空を見るしかなかった日々の気持ちを思い出した。

    わかってほしいんだよなあ。そうじゃねえんだって。かわいそうでしょ?こんな自分。優しい言葉で満足できなくて、確かな未来がほしいとかじゃなくて、苛苛するし、体動かせばすぐ疲れるし、こんな状況に行き詰っちまって先の見えない自分に、自分と同じくらい苦しんで、理解しようとしてほしいんだって!!

    どうしてこんなに息苦しいんだろう。
    五千分の一秒で、自分は満足できるかなあ。

    とにかくすごかった。真夜中に1時間ぐらいでぶああっと読むとすごい。

  • だいぶ前に読んだ本谷さんの小説の印象は、極端過ぎたりダメ過ぎたりするけど何だか愛おしくなるような主人公が出てくる、ということで、久々に読んだ本作も同じく、だった。

    「生きてるだけで何でこんなに疲れるんだろう」。そう感じながら怠惰に暮らす25歳の寧子は、津奈木の家に転がり込むかたちで同棲を始めてから3年になる。
    美人だけど過去の経験から性格が破綻していて、同性の妬みも相まって何をしても続かない寧子。
    鬱からくる過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人だった。

    本当はただまっすぐに生きたいだけ。本当は普通の暮らしがしたいだけ。だけどその“普通”が上手く出来なくて、自分からは程遠い。
    ダメなのは自覚しているけれど、そんな自分のことを誰かに解ってもらいたい。そして受け止めて欲しい。
    そういう寧子の叫びが全開に溢れている。短い小説なのだけど、濃くて、とても痛々しい。そしてやはり、愛おしい。
    生きるのが下手くそな寧子という人物の中に“自分”を投影してしまう人もいるかもしれない。そういう意味では、太宰の人間失格的な趣もあるのかも。

    スルーされてるのかと思いきや本当は想われていたり(そうじゃなきゃ職なしの女を長く家に置くわけないし)きつく当たられることもある意味では愛情表現だったり。
    本当は周りにけっこう構われていることを自覚できたら、もっと幸せなのかも。育ちによる傷があるから難しいのだろうけど。

    表紙の絵にも深い意味あり。
    ほんの一瞬の偶然を見つけてかたちに出来る、その奇跡。

  • 受賞記念再読2016/01/20

    一緒に疲れてほしいという主人公の恋愛欲求
    付き合うとは、互いの願いをぶつけ、ぶつけずにいること?

  • なんでもないことで躓いて、その度に爆発。破壊。こんな激情型の自分を抱えて生きていくのは、確かにしんどい。いい出会いがあってよかった。最後の場面を読んで、とても真っ直ぐな恋愛だと思った。

  • あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ。25歳の寧子は、津奈木と同棲して三年になる。鬱から来る過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人。その女は寧子を追い出すため、執拗に自立を迫るが…。誰かに分かってほしい、そんな願いが届きにくい時代の、新しい“愛”の姿。芥川賞候補の表題作の他、その前日譚である短編「あの明け方の」を収録。

    冒頭で一気に引き込まれた。「お前らの安い恋のトライアングルに勝手に巻き込むじゃねぇよ」に笑ってしまった。津奈木のなんでもごめんと言う感じとかよく見受ける感じだなぁと男目線ではあるが共感してしまう。
    それに苛立って怒ってしまう。だけど怒ってそんな言葉を言いたいわけでは無いのにっていうジレンマにも共感してしまう。
    必ずしも自分の人生でリンクしているっていう物語ではないけれど、描写に共感してしまう所や、馴染んでしまう所が素晴らしい。本谷ワールドハマってしまうかもしれません。

  • 共感はする。だから確かな核が存在する。それはメンタルがどうのとか強烈な奇行だとかいう言葉だけで片付ければ何も面白くはないもので、自意識過剰と中でのプロセスや、求めている得体の知れない願いとその行き場のなさと迷いの類。
    しかしその存在には、説得力がない。

    主人公と津奈木の関係は、沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』の十和子と陣治を思い出させ、その構造や収束は、似てるものがあるのかもしれない。

  • 過眠症・鬱病に悩まされ、突き抜けすぎていて笑ってしまうほどに情緒不安定な主人公の女。ひょんなきっかけから知り合った流れで主人公と同棲を始め、温かいのか温かくないのか・善意から続く同棲か無関心から続く同棲かよくわからないスタンスの男。そして男の元カノであり、四十路を前に結婚していない焦りから男を取り戻すために犯罪まがいのヒステリーに走る哀れなおばさん。
    誰一人として感情移入できるような主要人物は登場しなかった。けれど感情移入できるかできないかで小説の良し悪しが決まる訳ではないことも改めて実感した。

    スラスラとテンポ良く読める文体でありながら、随所に出てくる著者独特の毒気たっぷりのユーモアのある言い回しも楽しめたし、あるいはそこに力強さのようなものも感じた。

    相田みつお的な生暖かいバイト先での人間関係のおかげでどうにかやっていけそうですこれから。ちゃんちゃん。じゃないだろうなまさかとはほんの一瞬だけ思ったし、もしそうだったら迷わず床に本を叩きつけたこと必至だったけど、そこはしっかり些細なきっかけからぶち壊してくれて安心した。
    著者の他の作品も読んでみようと思う。

  • とても苦しい。私は「あたし」が羨ましい。生きることが辛い、と大声で叫んで発散できる「あたし」がとても羨ましい。

  • よく人はなんでもかんでも理由を探す。
    「どうして生まれてきたんだろう」「なんのために生きているのか」「どこからきてどこへ行くのか」「あの人の○○なところ嫌い」「生理的にダメ」etc…
    物事に理由なんてあるわけないじゃない。すべては運命、宇宙の流れ・・・・・・まあ、そこまでは言わないけれど、生きているだけで、それ自身には理由も猫の毛もないんだね。時は流れ人は死ぬ。それには理由がないように、人のあれこれには理由なんて不必要さ。

  • 自己完結した人間がここまで増えてしまった時代における、恋愛の不可能を描いた小説である。

    自己完結した人間は、恋愛というシチュエーション抜きで世界に対して「閉じる」ことができる。だからわざわざ「二者完結」などという、メンドクサイ状態を他人との間に構築すら必要がない。

    つまり、自己完結できる人間は恋愛をしないのである。

    と、
    あとがきのこの文章に、
    軽く眩暈を覚えた、、、

    板垣寧子のような
    メンヘラではない
    過眠症でもない
    感情の起伏も激しくはない

    でも、

    時々ふと世の中の自分との間に
    なんとも言えない大きな溝を感じ
    急にこわくなり
    今までのすべての自信が
    なくなったように感じたり

    突然なにもかもが嫌になり
    コタツやあったかい布団や
    なんの主張もないただやさしくて
    ぬるいオトコのカラダに
    埋れていたいと感じたり

    硬くて冷たくて
    なんの反応もない壁や床を
    素手で叩き割りたくなったり

    そんな、
    わたしが自己完結してしまった今、

    もう誰かと普通の恋愛は
    出来ないのだろうか

    もう私には恋愛は
    必要ではないのだろうか

  • 装丁に一目惚れ。
    この一見センスが悪いと思われる、
    ハートで飾られたピンクの北斎が
    自分にはなんだか可愛いものに見えてしまったのだ。

    物語はありきたりだけれども
    ポイントはきっちり抑えてあって、
    とかく文章が面白い。
    読みながら何度も笑ってしまった。

    解説は意味がさっぱりわからなかったけれど、
    難しいことは考えずに読めると思う。
    ひとりで読んで内容を噛みしめるよりは
    みんなで読みあって感想を言い合いたい
    映画のような作品に近いかな。

    でもこういう寧子みたいな
    自分が、自分が、って人間、
    結構いるよね。

    自分もいい加減自分のことだけでなく、
    人を思いやれる人間になりたい。

    あとは本の感想からはずれるけど、
    個人的には個性を安易に躁鬱病で片付けてしまう昨今の風潮が苦しい。
    みんな生きるために懸命に努力してる。
    社会や環境の問題をさておいて、
    当人だけを治療すれば解決だなんて……
    ちょっと抵抗があるかも。

  • 葛飾北斎の富嶽三十六景をトレースした表紙。ただし基調がピンクという代物。インパクトが大きすぎて正直ずるいなと(笑)

    寧子が心の中で思っていることに対して、鬱故にちぐはぐに出力される不安定な行動。同棲して3年になる津奈木は寧子に振り回され、衝突することはなく無気力に見える生活を送っている。

    津奈木の元カノが現れ、執拗に別れさせようとする所から物語は動き始め、ラストシーンのカタストロフィーへと登り詰める展開は圧巻ものだと思う。

    という物語の展開はあるものの、一番印象に残っているのは作中のこんな話。富嶽三十六景の富士山を背景に波がザッパーンとなってる絵が、五千分の一秒のシャッター速度で撮影した物と一致するとのこと。その五千分の一の世界を葛飾北斎は想像できていたのかなぁ。という寧子の台詞が堪らない。ロマンがそこにある!

  • 本のコミュでおすすめされていた本。

    同棲中の彼の元彼女が現れて、
    別れるように迫られることから
    物語は加速していきます。

    富嶽三十六景の表紙が可愛すぎます。
    そして、物語の始まりから、なんだかぶっ飛んでます。
    カミソリで毛を剃りたくなる衝動。

    躁鬱で過眠症の25歳の寧子。

    違うんだって。
    そうじゃないんだって。
    どうしてわかってくれないの?
    どうしてぶつかってきてくれないの?
    私はこんなに疲れてるのに。
    苦しいのに。

    体の内側にこもっている熱やら何やらが、
    ぶわーっと噴出する手前の
    泣きたくなるような衝動。

    手応えがほしくて、
    触っても
    触っても
    届かなくて。

    読んでいて最初にイライラしたのは、
    きっと自分と重なる部分があったから。
    ふがいない自分と重なる部分がありすぎたから。

    「いいなぁ。あたしと別れられて。
     あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。」

    この一言。

    ふざけてても、
    実は本気で、
    頭から血を流したって、嘔吐しまくったって、
    自分とは別れられない。

    これ、
    ものすごく暗く感じるけど
    でも、
    それだけぢゃない。

    なんか、変な感じ。
    泣きたいのか笑いたいのか、
    とにかくめちゃくちゃな表情の似合う一冊。

    好きすぎる。

  • 「メンヘル」とか「メンヘラ」という言葉をつい最近知った。意味を追ううちに「今」のある種の雰囲気をよく伝える言葉だと思った。

    初めて本谷さんを読む。「今」の雰囲気を捉えるのに長けた人が、絶妙のタイミングでとらえたスナップ、この小説はそんな印象だ。そのためこの小説の良質ないくつかの部分は、実は案外賞味期限が早く過ぎてしまうものかもしれない、と感じる。逆に言うと、質のいいところは「今」の雰囲気を伝えようとする文章群の中においてはかなり際立っているようにも思う。「今」と何度も言っているけれど、私が主にイメージしているのはネット上の言葉。ネット上の言葉をずっと見ているとそこに、ある文法のようなものが透けて見えるような気分にとらわれるが、その目には見えない文法もこの物語を魅力的なものにするのに一役買っている気がする。物語の内容面においても、リズムにおいても。

    ただ、たとえ新鮮さが失われる部分があっても、核になる部分は残るだろう。それはタイトルにもある「愛」なんだろうか。この小説は「愛」という言葉がとても似合う。また、はちゃめちゃのように見えて、とても端正な貌をしているようにも思う。話の内容はヘビーだが、小説全体としては破綻していない。寧子も津奈木も安定した枠組みの中でその愛らしさを発揮しているし、思わず笑ってしまうところもある。分量の割に、伝わるものは多い印象的な作品。

    本谷さんが大事にしているものや、比重をどこらへんに置いているのかは、他の本を読み比べて確かめることにしたい。

    余談ながら松岡修造を文章の中に見つけるとなぜかテンションが上がる。修造好きである。なんでかはよくわからない。

    これまた余談ながら「もとや」さんなんですね… 「ほんたに」の「ほ」でずっと本屋(そこそこ大きめ)の棚を探していて見つからず「よもやの絶版か?」と思ってしまったよ…

  • 最近多い「弱者のメンタルを赤裸々に描き、希望を与えるわけではないけれどやさしいまなざしをむける作品」の一つのようで、表現の目のつけどころでワンランク上をいってると思う。
    読み終わって、表紙の北斎の絵をじっと眺めてしまった。
    5000分の1秒でいいから、「この瞬間」を心に焼き付けてもらいたい・・・・奇跡的な数字を要求しているのに、「それだけでいいから」と言ってしまえる主人公の甘えと切実さが、すがすがしい。

    ・・といったけど、この物語の主人公の生活にすがすがしさなんか一片もない。25歳、メンヘル、無職パラサイト、過眠症。
    同じ年頃として、女として・・・・いやーこんなん友達としては絶対愛想付かす自信あるけど(そもそも友達にしてもらえない気がする)、自分の中にもこの主人公のちっさな分身おるな。自覚的に内側にくくって出てこないようにしてるだけで。
    「自分だって病んでひたすら寝てたいわ」という屈折した願望から、彼女のような人を甘えてる人間、と判断して自分の甘えを外部化(遠隔化?)してちょっと落ち着く・・・という、自分のすごく嫌な部分も発見したし、
    こういう人でも誰かに「5000分の1の瞬間」を与える側になりうるんだよな、という新たな目線が生まれた。
    薄い本なんだけど、個人的には印象深い一冊。

    メンヘルっていうカテゴリーが未だによくわからないけれど(自己申告制なのか?)、「外に出てなんかしてくること」とか「自分を含め人一般とかかわること」、ひっくるめて言えばは社会的な行動をとることに、人より緊張するんかな。
    素朴な疑問なんだけど、こういう人たちは、ほんとに食っていけなくなったら(親兄弟友人知人恋人、全てなくなった場合)どうすんだろ。メンヘルという言葉が市民権を得ている今、こんな疑問は愚問なのか。

    真剣に悩んでいる人たちにとっては「高みの見物しやがって」と言われそうな感想だけど、これはある意味女子にとってはおとぎ話のような、相当ロマンチックな話だと思った。どんだけ突き放しても痛めつけても自分の一等酷い有様を見せても、ありのままの自分をうけいれてくれる…たとえ全体の5000分の1しか理解されてないとしても。
    そんな至極女子的な甘えがぷんぷんするものの、嫌みは少なくい。状況の割に後味は軽いけど、インパクトは大。今後「運命の出会い」ときいたら電流びびっじゃなくて波ざっぱーんを連想するだろうと思う。北斎のね。

  • 純愛すぎる!!
    あたしのことかとおもった!!
    狂ってないな。

  • 他人と自分と上手く関係を築けないながらも必死で生きようともがき苦しむ不器用な主人公が僕は好きです。笑えます、泣けます、考えさせられます、では収まらない魂の痛切な叫びを、あなたの記憶に刻み残してみませんか?これぞ本谷ワールドの炸裂!恋愛小説、本谷作品の中でのイチ押し!

  • 読後にちょっぴり救われた気持ちがした。

  • 主人公の圧倒的な「言葉の暴力」におののきつつ、好きなひとにはこれくらいの熱量でぶつかろう、と決心させてくれる本。わたしにとって、バイブル的。
    (その決心は正解なのか、間違いなのかはまだわかりませんが。。たぶん、相手を選ぶ、とだけは言えそうです。)
    なぜなら、主人公の付き合っている男の子は最後にスーパー素敵なことになっているから。「”愛”ってこんなんか」と初めて思った。

    表題作とは別の短編も、なんといっても、付き合っている男の子が最後の最後で素敵すぎる。

全260件中 1 - 25件を表示

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)に関連する談話室の質問

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)を本棚に登録しているひと

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)はこんな本です

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)の単行本

ツイートする