おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

  • 218人登録
  • 4.16評価
    • (26)
    • (22)
    • (14)
    • (1)
    • (0)
  • 30レビュー
著者 : 石井妙子
  • 新潮社 (2009年3月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101372518

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • [無垢なる夜の精]戦後間もない頃に「おそめ」という名のバーを京都と銀座に開き、文芸界に属する人々をはじめとした著名人を文字通り虜にした上羽秀。そんな彼女に期せずして魅せられてしまった著者が、浮き沈みのあった秀の人生と、一筋縄ではいかなかった往時の人間模様を記した作品です。著者は、約5年をかけて本作を執筆したという石井妙子。


    川端康成や大佛次郎、小津安二郎や白洲次郎と、「おそめ」に通った人物たちの名前をあげれば、いかに「おそめ」がとんでもないバーであったかが察せられると思うのですが、本作では何故に「おそめ」がこれらの人々を魅了したか、そしてその魅力ゆえに彼女自身はどのような苦労を経験しなければいけなかったかが丁寧に記されており、(まったくもって良い意味で)まるでよくできた脚本を読んでいるかのようでした。石井女史により書かれなければ、「おそめ」は誰しもの記憶からいつか消えてしまったであろうことを考えれば、単なる読み物以上の意味を有しているのではないでしょうか。


    「おそめ」を軸に戦後から高度成長期にかけての京都、そして銀座の変貌ぶりがわかるのも興味深い点。特に(?)一世代ぐらい前までの人々にとって「銀座」という響きが有していたであろう艶やかかつ「大人もの」の雰囲気の淵源が、「おそめ」を始めとした銀座のバー、そして雇い上げた(当時は女給と呼ばれていたようですが)ホステスではなく、自身の魅力で勝負を賭けたママたちにあったことがよくわかりました。

    〜うちはほんまに可愛がられました、せやけど、その分、憎まれました。〜

    自分もいつかは銀座が似合うオトナに......☆5つ

  • サブタイトルの通りの伝説の銀座マダム。男の小説家が書くヒロイン(化粧をしなくても美人、いるだけでそこが輝いている、芯が強いけど男を立てて万事に控えめ、自分からなにもしなくても男たちが寄ってたかっていろいろとやってくれる、etc…)って、女の私から見てどうもピンと来なくて、そんなキャラって男が都合よく作っているだけじゃないのか?って思っていましたが、「おそめ」を読んで、そういうキャラの人がほんとうにいたんだ、ということにまずびっくり。これでは錚々たる文士たちが放っておかないわけだ、と納得しました。おそめと対比されて登場するエスポワールのマダム川辺るみ子はおそめとは対照的に一所懸命にがんばっちゃうキャラで、晩年は辛いことが多かったようだけど、凡人の私としてはるみ子さんのがんばりに1票投じたい感じでした。

  • 「血の通った人間というより、何かの精のようだった」

    京都の花街にある店で、友人が祇園のバーで見掛けた
    という美しい老女。過去に「おそめさん」と呼ばれた老女は、
    川口松太郎の小説『夜の蝶』のモデルともなった、有名な
    バーのマダムだった。

    会ってみたいと、著者は思う。表舞台から「おそめさん」が姿を
    消して数十年が経つ。それでも、会ってみたい。話を聞きたい。

    著者が「おそめさん」との邂逅を果たす、この序章だけでがっし
    と心を鷲掴みにされた。

    京都と銀座にバー「おそめ」を開き、飛行機で二つの街のを
    行き来したことから「空飛ぶマダム」と言われた伝説のマダム。

    その生涯を追う作業は決して楽ではなった。著者が念願叶って
    会うことが出来た「おそめさん」こと、上羽秀は穏やかだが寡黙
    な人だった。

    秀さんご本人から話を引き出すことが難しかった為か、彼女を
    取り巻く人々やモデルとなった作品、週刊誌等の報道から
    ひとりの女性の反省を描き出している。

    文壇や政財界、映画界の多くの男たちを魅了し、同性からは
    嫉妬のまなざしに晒され、それでも天性のものなのか誰の
    悪口も言わず、流れに任せたように見えながら強靭な芯を
    持った女性だった。

    商売も損得ずくではない。お客さんに気持ち良く遊んで欲しい。
    そして、そんなお客さんたちの相手をして飲んでいるのが楽し
    くて仕方がない。

    天真爛漫とでもいうのだろうか。世間のことには疎く、金銭に
    もこだわならい。華美に着飾ることはしないが、気前はいい。

    本書にはいくつかの写真が掲載されている。確かに美しい
    人ではあるが、絶世の美女ではない。だが、本書を読み進み、
    上羽秀という女性を知るごとに、奇跡的な魅力を備えた人
    だったのだろうなと感じた。

    昭和30年代の銀座で、「そそめ」と覇を競った「エスポワール」
    のママ・川辺るみ子や、秀の母・よしゑ、妹・掬子、娘・高子等、
    秀を取り巻いた人々も興味深い。

    そして何よりも本書に惹きつけられるのは、著者の上羽秀と
    いう女性に向けられた深い愛情だろう。

    食事を終え、迎えの車を待つ秀と著者。その夜の情景を描いた
    ラストシーンは、読み終わってじわじわと胸に迫り、切なさと
    温かさの余韻に包まれた。

    本当なら一気に読んでしまいたかったのだが、読み終わるのが
    惜しくて少しずつ読んだ。こんな作品、久し振りだ。

  • 内容(「BOOK」データベースより)

    かつて銀座に川端康成、白洲次郎、小津安二郎らが集まる伝説のバーがあった。その名は「おそめ」。マダムは元祇園芸妓。小説のモデルとなり、並はずれた美貌と天真爛漫な人柄で、またたく間に頂点へと駆け上るが―。私生活ではひとりの男を愛し続けた一途な女。ライバルとの葛藤など、さまざまな困難に巻き込まれながらも美しく生きた半生を描く。隠れた昭和史としても読める一冊。

  • 銀座を華麗に彩った女性の半生をかなり詳細に書いてあります。その現実場馴れした生い立ち、生涯に思わず、フィクションかな?と思えるほど、数奇な人生を送った伝説のマダム。
    こういった華やかな時代が銀座に本当にあったのだなぁと全く世代が異なるわたしはただただ驚き、そしてこの時代に伝説とまで呼ばれる存在になった女性と関われた人々を羨ましく思いました。

  • 夜の蝶と呼ばれる女の世界が生々しく描かれた作品。文豪やタニマチも実名で登場。主人公おそめの生き様は清らか。身なりは地味に、男性を立て、義理堅く、稼いだお金は潔く使う。また、お客様に対するサービス精神も学ぶところがある。共感出来るところが多い一冊。

  • 夜、酒の入った時の話は皆したがらないだろうし、当時のお客さんも鬼籍に入られた方が多い中、取材には大変な苦労をされた事と思う。しかし、文壇の大先生、各界の著名人を集めたという秀の魅力、おそめの本当の魅力は言葉に表せない所に有るようにも感じた。夜の世界の何か上澄みだけを飲まされているような感覚が拭えない。
    年をとり、幻覚と現実の境目を失い始めた秀を見つめる著者の目線は暖かく、秀やその家族を守るためにあえて書かないことも多かったのではと推測した。そういう点では単なる暴露本ではない優しさをもったノンフィクションだったのかな。

  • 時代が変わり、男女の役割や定義も変わる
    ただ、変わらないものがあるから感動がある

  • かつて銀座に川端康成、白洲次郎、小津安二郎らが集まる伝説のバーがあった。その名は、おそめ。マダムは、元京都祇園の芸妓。小説のモデルにもなった方である。

  • この本を読む直接のきっかけは楠木健の戦略読書日記を読んだことから。そちらでは映画「夜の蝶」のモデルになったおそめの上羽秀とエスポワールの川辺るみ子がそれぞれ違うタイプのクラブのマダムとして銀座位置の人気店を争い、やがて新興の地方出身店がマダムではなく若いホステスを中心とした店を作り、女の子は他店から引き抜き、豪華な店構えの一方で金さえあれば敷居は低く、ボトルキープや指名制という今では当たり前のシステムを作り古いクラブは淘汰されるというビジネスモデルに注目されていた。また、夜の蝶では秀と川辺が白洲次郎をモデルとした男を取り合い最後は二人ともこの男のもとへ車を走らせぶつけて事故で死ぬという演出がされている。しかし、おそめこと秀の物語で面白いのは朝の連ドラにありがちな女の一代記のほうだろう。

    京都木屋町の石炭問屋として成り上がった祖父とその放蕩息子が見初めた西陣の織屋の娘よしえ、長女として生まれた秀は祖父にかわいがれ何不自由なく育つが、妹の掬子はほおっておかれしっかりした子に育つそう言う家庭だった。ある日夫の不在を狙って義父元三郎がよしえに夜ばいをかける、実家に逃げ帰ったよしえは連れ戻され、いじめを受け再び元三郎が夜ばいをかけ今度は夫の元善の知る所となるが元善はすでによしえに飽いており、情婦を家に連れ込みよしえは下女扱い、そして掬子までもがいじめられるようにりよしえは二人を連れて飛び出した。「呪うてやる」よしえの呪いが通じたわけでもなかろうが元三郎の急死と元善の放蕩で三年も持たず店は潰れた。

    よしえはカフェの女給として働くが二人を育てることはできず妹の掬子は義兄夫婦に預けた。母親に棄てられたとの思いを忘れられない掬子だが後に秀が開いたバーを何度も手助けしている。よしえは死ぬまで秀をかわいがり続け、秀の夫になった俊藤浩滋のことは死ぬまで信用せず、仕事をして溜めた金は秀のために残した。

    小学校卒業となり成績は良かった秀だが昔からの夢の通り舞妓になることを決めた。よしえはなぜか京都ではなく東京新橋の置屋に秀をあずけ3年後には寂しがる母に京都に連れもどされた。どこに行ってもかわいがられ少なくとも金の苦労はあまりしなかったことや、東京のきっぷの良さや地味で渋好みの着物、一方で客の前ではでしゃばらず控えめにいつまでも話を聴く秀のスタイルは東京、京都というそれぞれの土地で後に異彩を放つことになる。本人が意識していないが差別化された店ができたのだろう。

    舞妓になっても流派が違い踊りが得意なわけでもない、しかし酒は強く旦那集にはかわいがられる秀は周囲からは浮きいじめられるが意に介さない。後に舞妓をやめ俊藤と一緒になることを決めた時にわかるように外柔内剛で言い出したら聴かない心には強いものがある。そして秀は水揚げの時期を迎えるのだがその相手は松竹の白井信太郎、生家の向いにすみ息子は幼なじみだった。白井は秀に愛を注ぎ、何でも与えようとしたが秀は白井に囲われても愛情は持てなかった。そのころ出会った俊藤と一夜で恋に落ち子供を妊ると白井は何も言わず秀を住まわせた家を与え身を引く。本書では白井のことは仮名で書かれている。

    俊藤と暮らすようになった秀が始めたのがバーおそめ、カフェで女給として働くと秀似合いにくる客があまりに多く馴染みの客に相談し自分の店を持つことになった。改装費用は大野伴睦、洋酒は京都西川の社長らが引き受けた。木屋町仏光寺の白井の残した自宅を改装し伝説のバーが開店した。会員制というか一見さんお断りそうしないとすぐにいっぱいになる店で服部良一、朝日新聞の門田勲に連れてこられた大佛次郎、そして戦前文壇茶屋「大友」で遊んだ面々がおそめの常連になりその後東京進出に当たっても常連として秀を助けた。当時の秀を白州正子は「白拍子かお巫女のよう」と評... 続きを読む

  • 図書館でたまたま見つけて、読み始めたら止まらなかった。俊藤浩滋が富司純子のお父さんとは知ってはいたが
    秀さんと俊藤さんがの間にこんな複雑な人間関係が渦巻いていると知って衝撃だった。秀の母親がどんなに反対しても、俊藤との関係は死ぬ前ゆらぐことはなかった。
    戦後から銀座のクラブやホステスが今の形の営業にどう変わっていたか、非常に興味が深い。

  • やっぱり成功の秘訣は、それをいかに好きでいられるか、ということなのだな、と思った。

  • 読書でもなかなか出会えない人生観。日本の歴史の変遷や新陳代謝の重要性、自分に正直にいる意義など。沢山の業種業態の人に通ずる普遍性のある良書。

  • その人は薄い光の膜をまとっているようだったという。
    たくさんの女給たちに混じりその人だけが静かに輝いて見えたと。

    その人の名前は「おそめ」
    本名は上羽秀という。
    かつて銀座に君臨した伝説のバー「おそめ」のマダム、その人だった。

    この本はその「おそめ」さんや彼女にまつわる人々に密着取材したノンフィクション作品です。
    こんな女性がいたんだ・・・と興味をもち、彼女のあまりに波乱万丈な人生にどんどん引き込まれ、あっという間に読んでしまいました。

    銀座のマダムになる前は芸妓をされていたおそめさんですが、芸妓になってすぐ売れっ子になりました。
    他の人では手に負えない難しいお客さんも「おそめ」さんにだけは相好を崩す。
    おそめさんがただそこにいるだけで男性たちは良かった。
    それだけでなく、ただ見れるだけでもいいと「おそめ見る会」などという会もあったそうです。

    おそめさんの母親は娘のことを「観音様のようだ」と言った。
    妹さんも「なにかが違うのですわ。姉のことをいうのも変ですが、品格、いうのか雰囲気が独特です。それが人さんをひきつけるんや思いました。せやから姉はそのために生まれてきたような人ですわ。生まれながらに、そういった能力持ってはる。人さんに好かれる、いう」と姉を称した。

    だけど、男たちに愛されるということで、妬まれいじめられ続けた人だった。
    またそんなにモテモテな人なのにたった一人の男性を愛しぬいた人だった。
    こんな人にはなろうとしてもなれるもんじゃないと思いました。
    人から愛されるのは生まれもってのものなんだろうな・・・と。

    小説ではないので、読者の知りたい部分を想像で補うということがされてない分、少し物足りないところもあり、だからこそここに書かれていることが真実なんだと思えました。
    この本では、おそめさんの母親が棔家に嫁いだところからちゃんと描かれていて、おそめさん本人だけでなく、おそめさんに関わる人にも綿密な取材をしています。
    また参考文献だけでもすごい量で、作者のおそめさんへの熱い思いが伝わってくる一冊でした。

  • 昭和30年代に銀座にあった、バー「おそめ」のマダムの半生を描いた作品。
    と、まとめちゃうとそれまでですけど、さらに言えば昭和時代の銀座や京都の夜の世界を丹念に描いた歴史ノンフィクションです。

    戦後に始めた京都の小さなバーから、やがて昭和30年前半には銀座と京都の店を飛行機で往復する「空飛ぶマダム」と呼ばれるまでに登りつめ、その後の坂を下るような衰退とおそめ自身の老いた様子までも描かれて、よく取材をしたものだと思います。

    おそめが連れ添った俊藤の子ども「純子」が、女優の富司純子であることを読んでいる時にすぐ分からず、しばらく読み進んで気付きました。

  • もう一つの昭和史。

  • ずっと気になっていた本です。
    おもしろかったです。
    「夜の蝶」って言葉のイメージも変わりました。

  • 辛抱強くまっすぐな人。
    芯の強さを心から尊敬する。

  • ノンフィクションはあまり読まないのだが、腰巻の“白洲次郎が通った。川端康成が愛した。”という文句に惹かれて買った。
    京都に生まれ、芸妓となった“おそめ”こと上羽秀。瞬く間に多くの客の心を捉え、やがてバーのマダムとなったおそめは銀座へ進出、いとも簡単に成功を収める。
    その生い立ちも人間像もすべてがあまりにもドラマチックである。あっと言う間に引き込まれた。天真爛漫、素直すぎるがゆえに銀座のバーのマダムたちをはじめ周囲の女性たちには理解されずにきたおそめだが、取材者であり作者でもある石井氏が(おそめ本人が饒舌に語ったわけでもないのに)おそめの本質というかその時々のおそめの心情をよく理解し掘り下げているのが、読んでいてとても気持ちがよかった。

  • 一橋MBAの楠木建教授推薦の一冊。これまたおもしろい。
    京都出身、「おそめ」という昭和初期のバーを経営した上羽秀さんの半生を著している。
    この人は、旦那に尽くしつくした「秀」としての一面と、バーで客前に立つ「そめ」としての2つの顔を持ったように思える。
    詳しくはぜひ本書を手に取っていただきたい。大成功した「おそめ」であるが、どの経営者にも共通でいえることは、たいがい成功している経営者というのは仕事自体を楽しんでいるプレーヤーであるということだ。

  • 『夜の蝶』と言ったら、今じゃ派手派手しいイメージの言葉ですが
    元はあんなにも無垢な女性を指した言葉なのですね。

    水商売の女の人の印象を覆された感じ。

    とても不思議な夫婦だった様ですが、連れ添えて幸せでした、と思える程に一途に思われてたのですね。

  • 面白い。読み応えあり。

    白州次郎、寺島しのぶ、などについて、見る目が変わった。

    女の子の育て方、東西の文化の違い、金銭感覚、家族関係、老い、ビジネス、時代など多方面に考えさせられた。

  •  実在の人物について書かれたもので、これ程までに曇りのない目、寄り添うような温かな目線で書かれたものを、私は知らない。

     白州次郎が通い詰め、川端康成がこよなく愛したバー「おそめ」のおそめママ。川口松太郎が彼女をモデルに描いた『夜の蝶』は一世を風靡し「夜の蝶」は華やかで妖しい夜の女たちの代名詞ともなった。その「夜の蝶」でありおそめママであった上羽秀なる女性は、文壇バーの世界の頂点を極めるに相応しい美貌と知性の持ち主であったことは勿論だが、世に知られたイメージとは正反対といえる素顔を併せ持っていた。その素顔が、著者のこれ以上ない程の丁寧でゆっくりとした文章で浮き彫りにされていく。

     「夜の蝶」なる言葉にまつわる苦い思いが、私にはある。
     Aさんは、59歳のケアマネジャーで私の部下だった。プロレスラーだったご主人を若くして亡くした未亡人でもあり、三味線と小唄を嗜み、訪問先のお年寄りに請われると一曲披露して帰ってくる、そんな異色のケアマネだった。半年前、定年まで1年を余し「これからは趣味に生きたい」と退職する事になったAさんを、後任として入った若い社会福祉士に紹介した。ひと通りの紹介の台詞の後に、「“夜の蝶”になるんだよね、Aさんは」と言った私のひと言に彼女はキレた。退職後は趣味の腕を磨き、やがてはお座敷デビューをも目指していたAさんは、本気とも冗談ともつかぬ調子ながら、「“夜の蝶”になるのが夢なの、ワタシ」と自慢していた。目をキラキラせながらそう話していたのは、他ならぬ彼女自身だったのにだ。

     人からはそうは言われたくない。この言葉に込められた危険なニュアンスに私は無頓着すぎたのだった。
     今は京都に隠棲する主人公の、「夜の蝶」であった過去をある意味で暴いてしまうことは、一歩間違えば下衆な暴露話に成り下がってしまう危険を孕んでいる。事実、今更書くことに抵抗を示す主人公の関係者も居たという。
     毎日新聞の囲碁欄の記者という、これまた異色の経歴の著者は、写真を見る限り和服の似合う知的美人だ。彼女が、おそるおそる主人公を訪ね、「この箱は棺だ。中には、おそめ、と謳われた女の亡骸がいっぱい詰まっている」と書き著した、夥しい数の写真が詰められた小箱を見せられた場面から、この著者をしてはじめて描きえた真実の物語ははじまったと言っていい。

     大宅壮一文庫は、物書きや研究者には欠かせない記事検索目録と膨大な雑誌の蔵書を誇る特異な図書館だ。また、優れたノンフィクション作品に贈られるのが大宅壮一ノンフィクション賞なのだが、『おそめ』はその年の最終候補にまでなった。一読すれば、著者が『おそめ』を書き上げるために、やはりこの大宅文庫の記事検索を活用したであろうことは明らかだ。昭和30年代を中心とした時期の膨大な数の「おそめ」関連の記事が引用されている。
     しかし誠に皮肉なことに、引用されている数々の主に週刊誌の記事は、著者の目線とは正反対の色眼鏡に満ちている。あらかじめ、夜の蝶とはこんなものという偏見に溢れた決め付けと、結局は書く対象を揶揄するしかない、最早あわれとさえ思える雑誌記事の下劣性を露呈している。
     著者の石井妙子は、まるでレンズに張り付いた色セロファンを一枚一枚丁寧に剥がしていくように、世間に流布してしまった虚像の虚を剥ぎ取っていく。ゆっくり優しいその真相への迫り方、描き方は、物語の素晴らしさを超え、読むものに著者への敬意を抱かせずにはいない。

     先日、Aさんからお礼の電話があった。
     在職中にいただいたヒルティーの『幸福論』のお返しに、何か一冊プレゼントしようと長らく考えた末、『おそめ』を差し上げたことへのお礼の電話だった。

     「室長、いただいたご本読ませていただきました。素晴らしい一冊... 続きを読む

  • 祇園の元芸妓さんの半生記。
    清楚な見た目と違い、飛行機が珍しい時代に京都と銀座を飛行機で行き来したり、銀座でライバルとやりあったり…と行動は大胆である。
    その一方、異性についてはひとりの男を愛し続ける古風な一途さがある。
    そのバランス感覚に柳のようなしなやかな強さを感じさせる。

全30件中 1 - 25件を表示

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)に関連する談話室の質問

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)の作品紹介

かつて銀座に川端康成、白洲次郎、小津安二郎らが集まる伝説のバーがあった。その名は「おそめ」。マダムは元祇園芸妓。小説のモデルとなり、並はずれた美貌と天真爛漫な人柄で、またたく間に頂点へと駆け上るが-。私生活ではひとりの男を愛し続けた一途な女。ライバルとの葛藤など、さまざまな困難に巻き込まれながらも美しく生きた半生を描く。隠れた昭和史としても読める一冊。

ツイートする