西行 (新潮文庫)

  • 316人登録
  • 3.76評価
    • (28)
    • (27)
    • (45)
    • (4)
    • (0)
  • 34レビュー
著者 : 白洲正子
  • 新潮社 (1996年5月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101379029

西行 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • facebookの友人が読まれており、私自身も「おくのほそ道」を通じて西行に興味があったことから本書を読んだ。残念ながら和歌の素養はないが、著者の解釈と解説が、沁み込むようにすんなり入ってきた。武士から出家した西行だが、自然宗教的で、奔放な生き方に憧れる。

  • 歌と紀行文で辿る西行の生涯といった本でしょうか。
    歌の解釈もなるほどと思わせる説得力がありますし、旅と数寄に生きた西行の魅力が余すところなく描かれていて、いい本だと思います。ですが、紀行の折に案内してくれた人には○○さんとか書いているのに、土地の人なら平気で男とかじいさんと書く……道を教えてもらっているにも関わらず、です。この本に限ってじゃないですが、この著者には上から目線を感じることがあって、正直不快な時もありますね。

  • お坊さんて、禁欲無欲なイメージだったけど、そうでもないな。というのが大雑把な感想。
    官僚社会なんて狭い世界で登りつめることばかり考えるのもばからしい。
    旅して芸術に触れて、ここじゃ出会えない人に会おう。
    そんなところに西行の原初的欲求があったのだとすれば、それは私自身とも大いに共通する部分がある。
    ロックなお坊さんかっこいい。

  • 「現代人は、とかく目的がないと生きて行けないといい、目的を持つことが美徳のように思われているが、目的を持たぬことこそ隠者の精神というものだ。視点が定まらないから、いつもふらふらしてとりとめがない。ふらふらしながら、柳の枝が風になびくように、心は少しも動じてはいない。業平も、西行も、そういう孤独な道を歩んだ」(p.107)

  • 旅と数寄に生きた西行の足跡をたどりながら綴られた、歌を鑑賞するための手引きです。

    著者は、西行ゆかりの風土の中でその歌を味わい、待賢門院璋子や崇徳院への西行の思いを追想することによって、その人間像に迫ろうとしています。また、西行の仏教への帰依についても触れられています。

    著者は、明恵の会見についての伝承を紹介し、一首詠むたびに一体の仏を作る思いをし、一句を案じては秘密の真言を唱える心地がしていると西行が述べていることに注目します。ここに、花鳥風月をはじめ西行の万物に対する興味が、広大無辺の虚空こそ如来の真の形体と呼ぶべきだという彼の仏道への帰依に直結していると、著者は解釈しています。

    西行と明恵の会見が、本書の最初の章と最後の章で取り上げられており、この二つの章のおかげで、主として西行の数寄と人間に迫るという、ややもすれば甘さに流れてしまいがちな本書全体の叙述を引き締めているように感じました。このバランスが、いかにも白州正子という書き手にふさわしく思えました。

  • 何年か前の大河ドラマ「平清盛」で、私に一番の印象を残した登場人物が、藤木直人演ずる西行でした。
    ドラマで描かれた以上に、自由でふわふわ生きる西行の足跡は非常にきれいだと思いました。

  • さらさらとした文章。「私はこう思う」と言い切るところが小気味よい。
    西行をもっと知りたい、そしてまた白洲正子という人も。

  • 西行について、半分は紀行文。いい本だったと思う。

  • 桜が散る前に読みたくて。〈桜狂い〉であった西行は〈空気のように自由で、無色透明な人物〉で〈とらえどころがないばかりか、多くの謎に満ちている〉西行の足跡を辿って全国を取材した伝記のような紀行文のようで著者と共に旅した気分になれる。奥州への旅路は芭蕉の「奥の細道」の幻想空間と重なる。芭蕉は西行に憧れて旅をし、西行は能因法師、在原業平の跡を辿る。詞書付きで引用された和歌の数々は花鳥風月を愛でながらもそこに込められた激しい想いが伝わってくる。73歳で没しているのでかなり長生きだ。激動の時代を生き抜いた人生。


    待賢門院璋子への激しい恋情をさくらの歌に歌った。身分違いの許されざる恋なれど片思いでなく契りを交わしただけにより忘れ難かったのかもしれない。激動の時代で親しくしていた人々の死もまたいかばかりの哀しみだったことか。保元の乱による同じ数寄の道の崇徳院の配流ときょうし狂死、悪左府頼長の死、源平の争乱と義経の死。
    〈桜への讃歌は、ついに散る花に最高の美を見出し、死ぬことに生の極限を見ようとする。〉女院の死を散る花にたとえて心中したいとまで歌う。ひとりの女をここまで愛せるとは。

    「春風の花を散らすと見る夢は
    さめても胸の騒ぐなりけり」
    「青葉さへ見れば心のとまるかな
    散りにし花の名残と思へば」
    「たぐひなき思ひいではの桜かな
    薄紅の花のにほひは」

    大河ドラマ「平清盛」を思い出す。あれは面白くていいドラマだった。

  • 「光の王国」(梓澤要)で西行と秀衡の関わりが描かれていたので、果たして実録だろうかと本書を読んだ。

    年たけて又こゆべしと思いきや命なりけりさやの中山

    風になびく富士のけむりの空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな

    をぐら山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな

    都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり

    ねがはくば花のもとにて春死なむその如月の望月のころ

    ねがひおきし花の下にて終わりけり蓮の上もたがはざるらん  俊成

  • 願わくば花の下にて春しなむ その望月の如月の頃 …
    静かで愛があって哀しくてほのあたたかい理想の死だな

  • 以前読んだ辻邦生の西行花伝は物語風に西行が描かれており、平安末期の激動を生きる西行の生き方に魅せられた。本書は、西行花伝より西行の歌がよりたくさん出てくる。西行が棲んだ各地の草庵、訪れた歌まくらや遺跡に筆者も自ら足を運ぶ。遺跡ごとに、西行の数奇に生きた歌が生まれる。紀行文として詳細、随筆として自由闊達、歌の解説として分かりやすい。西行の歌と生き方の魅力が十分に味わえて、歌の素人の私にも理解しやすい。好きになった歌は「風になびく 富士の煙の 空にきえて 行方も知らぬ 我が思ひかな 」。良い本だと思います。

  •  大河「平清盛」を観て、西行に興味をもち手にした本。
     「願わくは 花の下にて 春死なむ  その如月の 望月の頃」・・は、あまりにも有名だけれども、こんなに謎に満ちた人物だったとは。
     北面の武士として仕えていた23歳の時に出家し、平安末期を生きた西行。西行が詠んだ歌を、白州正子さんなりに解釈し、その足跡をたどりに現地へおもむき、たたずまい、風景の中に西行を探す。とても静かに、面白く読めました。
     それにしても、白州正子さんの文章は、潔くて、かっこいい。

  • (2012.11.01読了)(2006.07.02購入)
    【平清盛関連】
    「西行」に関する、「伝記とも紀行文ともつかぬもの」(304頁)です。
    西行が行ったと思われる場所、住んだと思われる場所には、できるだけ足を運んだようです。その際には、郷土史家などに案内を頼み、同行してもらったようですし、なかなか場所がわからない時には、その辺に住んでいる方々に聞いてみると、結構わかることが多いようです。寂れて、忘れられているのもさみしいけれど、よく整備されて、昔の面影をしのぶことのできない、と言うのも困りものという、ジレンマもあるようです。
    類書の「白道」瀬戸内寂聴著、を先に読んだのですが、「白道」は、西行と待賢門院璋子に重点があったので、内容的に重複している感じはありませんでした。
    写真や地図なども割と掲載されているので、この本を頼りに、西行の足跡をたどる時にも、役立ちそうです。198頁には、西行と平清盛との交流を裏付ける書状も掲載されています。

    【目次】
    空になる心
    重代の勇士
    あこぎの浦
    法金剛院にて
    嵯峨のあたり
    花の寺
    吉野山へ
    大峯修行
    熊野詣
    鴫立沢
    みちのくの旅
    江口の里
    町石道を往く
    高野往来
    讃岐の院
    讃岐の旅
    讃岐の庵室
    二見の浦にて
    富士の煙
    虚空の如くなる心
    後記
    西行関係略年表
    数奇、煩悩、即菩提  福田和也

    ●西行が殴られた時に作った歌(21頁)
     うつ人もうたるる我ももろともに
     ただひとときの夢のたはぶれ
    ●西行の出家の理由(38頁)
    彼は世をはかなんだのでも、世間から逃れようとしたのでもない。ひたすら荒い魂を鎮めるために出家したのであって、西行に一途な信仰心が認められないのはそのためである。荒馬を御すことはお手の物だったが、相手が自分自身では、そう簡単に操れる筈もない。それに比べると、天性の歌人の資質は、彼の心を和らげるとともに、大和言葉の美しさによって、「たてだてし」い野生は矯正され、次第に飼いならされてて行ったであろう。
    ●吉野の桜(99頁)
    西行以前に(吉野の)桜を詠んだ歌が少ないのは、平安時代までの吉野山は、山岳信仰の霊地として、めったに人を近づけなかったためで、行者道や杣道が細々と通っているだけの険阻な秘境であった。稀に桜を詠んだ歌はあっても、いずれ遠望するか、話に聞くだけの名所であって、西行のように花の懐深く推参し、花に埋もれて陶酔した人間はいないのである。
     なにとなく春になりぬと聞く日より
     こころにかかるみ吉野の山

     吉野山梢の花を見し日より
     心は身にもそはずなりにき
    ●奥州藤原氏(154頁)
    奥州の藤原氏と西行は同族で、秀衡とはほぼ同年輩であったから、平泉ではいろいろ便宜を計ってくれたに相違ない。
    ●高野聖(186頁)
    高野聖というのは、早く言えば伊勢の御師や熊野比丘尼と同じように、津々浦々を遍歴して、高野山の宣伝につとめる半俗半僧の下級僧侶である。彼らは民衆のなかに入って、寺の縁起や物語を説くことにより、勧進を行った特殊なグループで、芸能に優れていたので後世の日本の文化に大きな影響を与えた。
    ●保元の乱(202頁)
    忠通は、忠実の長男で、実直な父親とは違って、奸智にたけた政治家であった。一方、次男の頼長は、愚管抄に、「日本第一の大学生」と称賛されたほどの大学者であったから、父親に愛され、兄の忠通とはことごとに反目し合っていた。どちらかと言えば、一本木で、融通のきかない忠実・頼長父子と、天才的な策士である忠通との二派にわかれた摂関家の内紛が、皇室の内部にまで影響を及ぼし、保元の乱の要因となったことは疑えない。
    ●讃岐に流された崇徳院(214頁)
    保元物語その他が伝えるところによれば、最初の三... 続きを読む

  • 西行といえば桜。それくらいしか知識のない私でも楽しめた一冊。それはひとえに、白洲正子氏の筆の力だと思う。

    この本は西行が数々の歌を詠んだ、その時の時代背景と西行の気持ちを著者なりの読み解き方で綴っていく、「白洲正子の西行」。

    歌の意味がすべてわからなくても、彼女の文章とともに、歌を唇に乗せてみればなんとなく伝わるような気がするのは、彼女の文章の力のおかげだと思う。

    西行初心者にも楽しめる、情緒豊かな一冊。

  • 良書なのだろうけど難しかった。自分の力不足。こういう本もすらすら分かるようになりたい。

  • 桜を見る目が変わる。

  • お金持ちのお嬢様が自分の知識と価値観で書くとこういう本になるのかな。ノンフィクションが高度に発展した現代社会では取材・検証不足は否めないが、これで良かった昭和はある意味豊かな時代だったのかも。ただ、オレにはこの人の文体に馴染めない。

  • 白洲正子の美意識で追う西行の人物評。
    和歌を中心にした心情の推測は、彼女ならではの成せる技。

  • 「人間は孤独に徹した時、はじめて物が見えて来る、人を愛することができる」P109
    が、白州さんらしいと思った(いや、人となりをよくは知らないけれども)。


    今回の西行の歌の発見は、
      木のもとに住みける跡を見つるかな
      那智の高嶺の花を尋ねて
    でした。

  • なぜか西行には興味がなかったのだが、これを読んで山家集とか読んでみたいなと思った。
    三夕の歌などの存在もこれで知った。

  • 中々難しく、読むのに時間が掛かった。でもやっぱり西行好きだ。そして、白洲正子さんの文章がかっこいい。
    西行に益々興味が沸いた。

  • 再読

    何度読んでも白洲正子の美しい文章に魅かれる。

  • 高校のときに同級生に
    <如月くん>
    ていう名前の男子がいたので、古文の先生がしきりと感心して
    「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の望月の頃」
    の有名な句を引用して、講釈していたのが西行との出会いでした。

    15歳ごろの私にとって、西行=世捨て人、坊主、出家=おじいさん
    なイメージだったのですが、
    30歳過ぎてこの本を読むと、
    同年代で、自分の中の衝動に正直で出家せずにはいられなかった若々しい自由人の姿が浮かび上がります。
    (はー自分も歳をとったものだ)

    専門家ではないながらも、西行の歌や伝承を追いながら、西行の真の姿に迫ろうとする白洲正子の筆が非常に好感を持て、また古文や歴史に強くなくてもまあまあ読みやすい一冊です。(すごく読みやすいわけではない)

全34件中 1 - 25件を表示

西行 (新潮文庫)に関連する談話室の質問

西行 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

西行 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

西行 (新潮文庫)の単行本

ツイートする