白洲正子自伝 (新潮文庫)

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著者 : 白洲正子
  • 新潮社 (1999年9月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101379074

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白洲正子自伝 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 最近本屋の店頭で「白州次郎」「白州正子」関係の本が目立つ。はてこれはどういう現象なのだろう。最近のナショナリズムの動きと何か関係があるのか。プリンシプルを重んじた白州次郎を礼賛する日本国民は皮肉なことに相変わらずミーハーな気もするが。

    白州正子は樺山資紀の孫であるらしい。このことに少し興味を覚えこの本を手にしてみた。当時の日本をになってきた人物やその周辺の雰囲気が少し分かるのではないかと思ったので。

    この著書自体は随筆的なもので断片的な記述しか提供しないが、限られた階層の人々が確かにこの世に存在しているのだというある種の感慨を持つことはできた。

    人は多かれ少なかれ、与えられた環境で生きることを余儀なくさせる。いくら自由奔放に生きたと振り返ってみてもしょせんはお釈迦様の手のなかから出られないのだろう。人間の一生はこの随筆にも書かれているとおり3歳から8歳くらいまでの経験で方向づけられてしまうのではなかろうか。だとすればそれ以降の努力はあがきに近いのかもしれぬ。まあこれも極論だとも思うが。

  • 生活レベルがかけ離れているけど、久しぶりに自分の祖父母(世代)と、特に目的もなく、色んな話ができた感じがして良かった。

    (齋藤孝の文庫百選から選んだ2冊目)

  • 白洲正子が1991~1994年に『芸術新潮』に連載した自らの半生記を文庫化したものである。
    薩摩隼人の元海軍大将、樺山資紀の孫として生まれてから、東京永田町と別荘のあった富士の麓での幼少期の生活、14歳で留学した米国のハイスクールでの生活、4年後に帰国した翌年の白洲次郎との結婚、次郎の出張に同行したヨーロッパの旅、第二次大戦開戦後の鶴川村での生活、骨董の世界の天才青山二郎や小林秀雄との出会い、ペルシャ、スペイン、バルカン半島への旅などの半生が、多数のエピソードを交えて綴られている。
    中でも、GHQに「従順ならざる唯一の日本人」と言われた白洲次郎に一目惚れをしたエピソードは、飾ることなく記されており、とても微笑ましい。
    後に能や骨董への深い造詣を基に、日本の美についての数多くの優れた随筆を残す白洲正子が、如何にして白洲正子となったかがわかる作品である。
    (2007年11月了)

  • 華族の生活が覗ける本。

    昔のお金持ちって、今より身分差が自他ともにはっきりあったせいか、お金持ちとして求められてることをちゃんとやってる感じ。

  • 白洲正子がエッセイ風に綴る「自伝」です。自伝というべきものなのかどうか、自伝、自叙伝と称してあまり興味深くない書籍が多い中、これは面白い。

  • 自伝とはいえ、内容も時代もいったりきたりで気ままに書かれた感じ。
    写真や日記を残すことはおろか、過去を振り返ること自体を本当に好まない人だったんだなというのも、また著者にとってはそうした過去があくまでも"恥ずかしいもの"なのだということもわかり、お能から人生が始まったかのような著者が辿り着いたのがアニミズムに近い何かだったというのもなるほどと納得した。

    ただ、解説には著者の恵まれた境遇を言い立てる向きがあるがそれは大きなことではないという意味のことが書かれているが、個人的にはやはり環境は大きいのではと思った。
    恵まれた環境にいてもそれを活かせる人は確かに稀有だろうが、そもそもその環境を持たない者に比べれば圧倒的な優位であり、さらに自伝を読みながらもうひとつ、著者は誰をも失っていないという点に気付いた。
    身辺の誰も戦争に行っておらず、従って誰一人亡くしていないという。
    このことは同時代に生きた人々の中では確実に恵まれているのではないか。自伝には夫である白洲次郎が「年を取り過ぎていたため」召集されなかったという記述があるものの、別の書籍で「白洲は召集を拒否した」と読んだ気がする。
    となればそれは非常に力のある立場にあったからこそできたことに他ならない。
    そうした"恵まれた環境"の中の白洲正子という個性であったからこそ、他事に煩わされることなく能や骨董に没入し、日本文化の美を著すことを極めることができたのではないかと感じた。

  • 自伝とはいいつつも風なのは正子さんならではないかと思う。おじいさんの話や留学中の話など、いつも日本の話ばかり読んでいるので、こういう素地があるからまた、あのような内容を書くことができるのだろう。

  • 内容はタイトル通り白洲正子さんの自伝。戦前から海外に行く機会が多いなど、正直なところ恵まれた環境の方なのだなという印象を受けました。
    ただ、そういった経験について、独特の視点や興味をひく文章で記載しているところにこの本の魅力があって、境遇にばかり目が行くばかりではいけないなと思いました。
    活発で行動力のある女性だったことが伺える本。人生を楽しまねばとも思わせてくれます。

  • まず本当のセレブの生活感覚がわかる。小さいときから本物に囲まれていたら、その感覚は真似ようとしてもムリなのだなあと。あとは、著者の胆力と文章の心地よさ。言い切る言葉が多いのですっきり読める。

  • 白洲正子が白洲次郎の奥さんということしか知らなくて読んだのだが、戦前のお嬢様の生活感が感じられてとても面白かった。写真もたくさんあって興味深い。

  • 9784101379074 302p 2007・6・10 20刷

  • 人間の命なんて自分の力ではどうにもならない、そう思い定めてしまうと、案外この世は生きやすいものである。
    死はいつも私の隣にいる。いや、私の中に在る。
    217ページ

  • 白洲正子のような人が戦前の日本にいたことが、驚きでした。正子のようにしなやかに生きたいものです。

  • この間の柴田トヨさんにしろ
    白洲正子さんにしろ
    亡くなった方なのに
    本の中では、とても生き生きして
    自分に語りかけてくる

    彼女らの生きた時代は
    もう、わからないけど
    どこかで存在し続けているのかもしれない
    自分が生きて、
    いつか居なくなってしまう流れが
    だんだん理解できるような気がします

    白洲正子さんについて
    実は、お墓参りに行ったことがあるんです
    その時は、骨董の人?ぐらいの
    知識しかなかったです(^^ゞ
    今行ったら、なんて報告しようかな

    ヴォーリズ真喜子と同じ華族の出身なんですね
    比較して楽しめました
    正子さんは、男っぽく突き進む印象だな

  • 祖父は薩摩の郷士。これぞセレブ。単なる金持ちではなく相応の身分に応じた経験と見識を持っている。そして単なるお嬢様のフレームに収まらず,自分という存在の発露に成功した?芸術家のようだ。

  • 田天野人(でんぷやじん)

  • まず表紙の写真に目を奪われる。ちりばめられたエピソードも気持ちよく、育った環境の影響力を素直に認めたくなる。

  • 「読書力」おすすめリスト
    3.味のある人の話を聴く
    →きっぷがいいねえ。

  • 綺麗な文章だなあ。
    内容に関しては「所謂お嬢様の独り言、上流社会のハイソな暮らしぶり」といったもので、成程ねえ~といった感想しか出てこないけれど、事、文章に関しては流れるような感じで読んでいて非常に心地良かったです。上品というかおおらかというか、、、日本語って本来はこういったものなんだろうなあ。

  • 読みたいと思ったきっかけは、薩摩隼人の血を汲む、という点。父方の祖父が樺山資紀、母方の祖父が川村純義。
    白洲正子が勝気で負けず嫌いの性分であることが頷ける。

    自由奔放な生き様に嫌味ではなく爽快さを感じるところは、彼女の心底に明治気質が備わっていたからだろう。
    現代社会を明治気質のスクリーンで評するところに心に響くものがある。
    皇族、政治家など当時の大物に関するエピソードも興味深い。(例えば明治天皇)

    樺山資紀の関係で本書で触れられている津本陽著の「薩南示現流」も読みたくなった。

    【引用】
    現在は「国際的」という言葉が流行語のようになっているが、明治の人々はそんな言葉は知らなくても、それぞれが「国際人」たるべく非常な努力をしていたに違いない。・・・ 「お国のため」なんて言葉は今時ははやらないが、一人一人が「日本」を背負って立って本気で勉強していたことは、父が死の直前になって、意識がはっきりしなくなった時、喋る言葉が全部英語になったことでも想像がつく。

    (テヘランで)自然の恵みが皆無な地方では、全智全能の唯一神しか生命を守るものはいなかったに違いない。それは人間の究極の理想像である。
    →日本は古来、自然の恵みが豊かであるがゆえ、神の概念が緩やかであるのか。

    (ハンガリーで)点々と建っている農家では必ず鵞鳥(がちょう)を小さな檻に入れて飼っており、運動ができないために檻がいっぱいになるほど太っていた。しまいには太りすぎて、肝臓病になるが、これがフォアグラになるとは初耳であった。・・・・あのおいしいフォアグラは、元はといえば病気が作ったものなので、人間も食べ過ぎると肝臓が悪くなるのは当然の報いであろう。

  • きっぱりと潔い文章は筆者の性質そのままのよう。読み手が不快になるだろうからとネガティブな話題などはその先を書かないところなど、私好みでした。威勢のよさの影に見える繊細さが何度も垣間見えた気がします。澤田美喜や酒井美意子などと共通のノーブレスオブリージュを実感しました。他の本も読んでみたいです。

  • 白洲正子さん関連の評伝と合わせて読むと面白い。裕福な家庭に育ちながらも、目の前の環境に流されることなく、自分の芯を持ち続けた人なのだと思う。

  • (2011.07.15読了)(2006.07.22購入)

    ☆白洲正子の本(既読)
    「巡礼の旅-西国三十三ヵ所-」白洲正子著、淡交新社、1965.03.30
    「能の物語」白洲正子著、講談社文芸文庫、1995.07.10
    「遊鬼 わが師わが友」白洲正子著、新潮文庫、1998.07.01
    「いまなぜ青山二郎なのか」白洲正子著、新潮文庫、1999.03.01
    「十一面観音巡礼」白洲正子著、新潮社、2002.10.25

  • 最近なぜか気になる白洲次郎、正子。
    彼女のユニークなキャラクターと、知性と生い立ちが一冊で理解できる本。断片的なエピソードだけれど、ぐいぐい読ませる。こんな大人が周りにいたらなぁ。

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いったい、白洲正子という人は、いかにしてかの「白洲正子」になったのか-。初太刀の一撃に命を賭ける示現流・薩摩隼人の度胸を、魂深く受け継いだ人。危うきに遊んだ名人たちとの真剣勝負を通じて、生はもちろん死の豊饒をも存分に感得した人。ものの意匠に何らとらわれることなく、本来の裸形をしかと見すえ続けてきた人。その人が、その人自身の来し方に目をむける時…。

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