外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)

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著者 : 手嶋龍一
  • 新潮社 (2006年6月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (442ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101381145

外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • NHKの外交ジャーナリストである手嶋さんが湾岸戦争の日米外交の内幕を記した書。
    日本は多額の資金を拠出したにも関わらず、そのプロセスに問題があったことから(特に省庁間の権利争い)全くその貢献が世界に認められなかったこと、また日本の対米協力のスタンス、国際的な軍事活動への関与に対するスタンスがいかに曖昧で、かつ意思決定に時間がかかるか、ということなどが湾岸戦争の事例で判った。
    後者の部分は、20年ほど経った今でも全く事態は変わっておらず、未だに日本の外交、世界での立ち位置のようなものが非常に曖昧であると認識した。

    外務省、当時の大蔵省、政府の3者のやりとりの中で、関係者は第2次世界大戦の決定プロセスと湾岸戦争を重ねている。
    ある議論に対して意見を述べたものの、それに対して反論がある訳でもなく、でも最終的にその意見は無視されてしまったことに対して若手外務省の一人の発言。
    「全体のムードが国策を決めてしまうこの国にあっては、流れを食い止められなかった者、ちょうど私のような者こそ結果せきにんを問われるべきなのです」
    日本の国でどのように物事が決まっていくのか、その一端が理解でき、本書で最も印象に残っている一文。

  • 1991年の湾岸戦争における日米間の交渉の帰趨・顛末について、関係者からのリサーチをまとめた労作。いわゆる多国籍軍による国際紛争の武力解決に対する日本のスタンスや、どのような法改正・準備が必要であったかが事前に全く想定・議論されず、日本政府の危機管理のお粗末さをこれでもかと暴きたてている。さらに、旧大蔵省と外務省の二元外交による弊害を、戦前の軍と外務省の二元外交に見立て、失敗に学ばない(失敗を認めない)日本の官僚制度を痛烈に批判する。加えて、省に情報が集まるが、国に情報が集まらない実情を嘆く。
    このような全体の構図からみれば、「テヘラン発緊急電」「ダマスカスの小野寺電」「城田外交官による米国外交官保護」といったスマッシュヒットが、霞んでしまう実情に暗然とする。

  • 面白い!心が暗くなる!
    昭和初期など、どうしようもなく泥沼にはまり込んで行く歴史を読むのが大好きなんですが、90年前後も素晴らしい愚かな歴史であった。何がしたいという原則はなくアメリカに舐め腐られて大金巻き上げられる様子。外交一元化していなかったことが敗戦の一因だというのに同じことが繰り返されているという指摘はまさに。

  • いやぁ〜財政統帥権って恐ろしいね。
    大蔵省が予算を握ることでこうも
    コントロールができるのか?

  • 本書の提起する国体としての日本のあり方は、一つにセクショナリズムにより対外に対して弱体化している交渉力を取り戻すべく政治力を行使せよということだと思う。パクスアメリカーナは、既に昔のことになりつつあるが、先進国として世界に負っている義務、ノーブレスオブリジェは内容如何に関わらず存在する。湾岸戦争以前は、開発国に対して悪い言い方をすればカネをばら撒くことで、このノーブレスオブリジェはある面達成できていたが、この湾岸戦争は、明らかに軍備及び兵員の供与をノーブレスオブリジェの基準としてみるアメリカロビーを中心とした国際世論の形成があり、平和憲法により厳しく軍事行為を規制された我が国は、130億ドルの経済支出をしたにも関わらずこの貢献が見向きもされないという厳しい現実に直面した。今日、有事の際の国際貢献にある意味、法整備を飛び越え、汗や血による活動も行う背景にはこの屈辱感がある。

    筆者は、この過程を本書の中に再現して鋭くこの問題に迫る。

  • 著者は元NHKワシントン支局長。湾岸戦争時に130億ドルも戦費を負担しながら、人的貢献を行わなかった事で、当事者であるクウェートの感謝国リストにも載らなかったことを、日本外交の敗戦と位置付ける。綿密な取材と圧倒的な情報量。すごいです。

  • 最近、戦争関係の本やらたくさん読んでるので、とりあえず書いときますが。
    以前から多少は読んでたし、右翼関係の人でもそういう思想でもないです。そういう受け止められ方があるよっていうのを話していたので、そういうものか……と今さらながらに思って一応。まあ、この程度の感想文ではそう思われる方が難しいだろうけど。
    なんで読んでるかと言ったら、自分があまりにも世間知らずで、記憶力が低すぎて情けないからです。

    読み始めたころに、某氏に質問しました。
    「湾岸戦争って、アメリカが『イラクには大量破壊兵器がある』ってでっちあげて始めた戦争だっけ?」
    「それは911の報復のための理由の方」

    こんな感じの記憶力。大量破壊兵器云々の話は、『カーブボール-スパイと、嘘と、戦争を起こしたペテン師-』で2009年に読んでるってのにねえ。
    読む前に頭に叩き込んだのは
    ・イラクが港と石油の利権欲しさにクウェートに攻め込んだ
    ・クウェートはヘルプを求めた
    ・世界の警察アメリカが、多国籍軍を派遣

    知りたかったのは
    ・日本は増税までして、湾岸戦争の戦費を払ったのに、どうしてクウェートが新聞に掲載した各国名を挙げての感謝記事から、日本の国名が抜けているのか


    ペルシャの民はしたたかだ。
    そして民族の感情というのは、侵しがたい。
    アメリカがイスラエルと組んだら、イランは中立など守らず、イラクの側につく、と宣言するんだから。
    イランイラク戦争で戦った、あの仇敵どうしが!アラブのために!

    p271
    「夜は孕んでいるが、夜明けに何を産むかは誰が知ろう」

    これはペルシャの諺だそうな。
    イラン政府が、イラク軍の航空機が飛来するのを受け入れている。敵対もしくは中立関係にある筈なのに。

    「多国籍軍の盟主アメリカに対して、自らの軍事上のプレゼンスを主張する。サダム・フセインに対しては、虎の子のイラク新鋭機を温存させて恩を売る。そして、労せずして百機を超える戦闘機をまんまとせしめ、イラクの航空戦力を減殺する――。ペルシャの民は、ひとつの決断に複数の意図を潜ませて、情勢の変化に備えたのではないか。」

    この発想。
    恩を売る。アメリカに睨まれたら睨まれたで、それは自国の存在を主張する材料にするし、取引材料にする。しかも預かったのに返さない……自軍のペインティング施して、堂々使っているそうで。
    これに比べて、日本が拠出金を出したくだりは、情けなさに腹が立ってしょうがない。

    アメリカのブレイディに橋本が出ていって。
    いくらだろうと、向こうの言うなりに払うしかないと決めて……ここ、大蔵省と外務省と財務省のいがみあいで、まったくもって値切れないという日本の仕組み! 普通ならじゃあ国に持ち帰って、って値切るのが当たり前らしいよ。
    そして「九十億ドルを日本には負担してほしいです」「わかりました」
    これを、エライ人ふたりだけの会談で決めて、書記を同席させていない! だから公電としての証拠が残らなかった。
    この九十億ドルを、円建てで払うか、ドル建てで払うかを決めていなかった。そして、アメリカが全額受け取るのか、フランスやイギリスにも分配するのかも話し合われていなかった。

    おかげで何が起きたかというと、外為による差額。
    日本が円高なら、たとえば、1ドル90円
    90億ドル=8100億円=8兆ちょい
    日本が円安なら、たとえば、1ドル100円
    90億ドル=9000億円=9兆
    で、計算合ってるよね? 私の算数能力を信用しちゃいけないので、計算してください。
    この差額が生じるのですよ……

    いざ支払う段階になって揉めて、結局は日本が折れて、「でも全額は無理なんで、代わりに五億円の支援をアラブ諸国にするから、それで勘弁してく... 続きを読む

  • 新聞だけでは理解できない外交の行動様式や官僚組織形態の一端が少しみえてきました。
    行政官庁の公文書の扱いのあいまいさと公文書の重要性が、少しですがわかった気がしますね。
    情報の扱いや集めかたを考える機会になりまいした。

  • 湾岸戦争当時、憲法による制約のため軍事貢献できなかった日本は、一部増税までして130億ドルもの国家予算を投じて多国籍軍を支援した。
    しかし国際社会には「直接貢献をせず、支援も出し渋っている」と受け止められ、戦争終了後クウェートの感謝国リストから「JAPAN」は外され、世界からは嘲りと冷笑を持って迎えられた。
    この事態を迎えた外交の失敗はどこにあったのか。
    各省が情報を囲い込んだすえ、国が的確な舵取りを行えずひとり迷い躓いていったのだ。
    まさに「省益あって国益なし」。
    はたしてこの「敗戦」に対する真摯な反省はこの国にあるのだろうか。

  • 筆者の緻密な取材によって世に放たれた、戦後の敗戦記。
    湾岸戦争において日本は130億ドルの財政支出をしながら、クウェート政府が作成した感謝状リストに載ることもなかった。

    ここに至るまでのアメリカの事情、日本の事情、クウェート、イランの状況が克明に描かれている。

    国益、と考えた時に僕らはとても崇高なものを想像するが、結局は私情が大いに絡んだものなのだと思った。自分がその場にいたら、違ったように行動できるとは言いきれない。批判するのは簡単だし、明らかに外務省と大蔵省の対立なんてものは望ましくない。

    でも自分が外務省員だったら・・・大蔵省員だったら・・・そう考えると暗澹とした気持になる。システムでコントロールできない闇がある。

    ただ、130億ドル。国民ひとりあたり1万円の財政支出が何にもならなかったと考えると闇だけではすまされない。子供の喧嘩の話をしているのではない。

    そんなことをモヤモヤと考えてしまった本。

  • 1991年湾岸戦争が始められた。130億ドルもの献金を支出しながら、世界から蔑まれた日本。その原因がここにある。

    当時国民一人当たり1万円の臨時課金があった。それを形作った日米間で交わされた言葉の数々が再現される。日米間、いや日本政府内、アメリカ行政府内での意見の相違がそこにあり、金の取引が行われるさまはマフィアの裏取引を彷彿とさせる。

  • 面白い。外交ってこんなに複雑に色々なことが絡み合っているんだ、と気づかされる。さらに、見えない戦争であることを感じさせてくれる。それと、いかにインテリジェンス(諜報活動)が複雑で高度で知的で策略尽くしかを感じる。さらに、少し昔にこんなことが起こっていたなんて、という自身の平和ぼけを感じざるを得ない。よく‘事実は小説より奇なり’というがまさにそんな感じだ。アラビア語圏に行ったことがあるおかげで、アラブ独特の感じを直で感じた経験がイメージするのを助けてくれる。加えて、トマホーク一発1億何千万とか、ステルス戦闘機1機約40億とか記してある。湾岸戦争の時は、日本は自衛隊を派遣しない代わりに大部分の資金を負担したことを改めて知る。それと諜報部隊の仕事ぶりは現代の戦争につながるものを感じ、少し恐怖を覚える。

  • 湾岸戦争において130億ドルという巨額の財政支援を行いながらも、世界からその対応を非難された日本。

    「省益あって国益なし」。大蔵省、外務省、運輸省の間で繰り広げられた省庁間の争いに起因する政策意思決定の遅さと二元外交体制が、日本を窮地に追い詰めていく様が描かれている。
    橋本蔵相が90億ドルの支出を決める際の外貨か円貨か、米国のみか多国籍軍にも供与するのかをつめておかなかったのは明らかに失策だと思った。外国と契約つめるのは民間企業ではあたりまえなのだが、やはり役所間の連携が取れていないことに原因の一端はあるのだろう。

  • 「ニューヨーク・タイムス」だったか「ワシントン・ポスト」
    だったか。湾岸戦争の際のコラムで「日本は金だけ出して血を
    流さない」との反日コラムが掲載され、アメリカ国内に日本
    バッシングの風潮が高まった。

    このコラムに反論したのは政府でも官僚でもなく、日本の高校生
    だった。憲法第9条を独学で英訳し、日本が何故多国籍軍に参加
    出来ないかを縷々説いた手紙を新聞社に送った。本書を読みながら、
    そんな話を思い
    出した。

    アメリカからの派兵要請があった時点で、本来であれば政府なり
    事務方なりが徹底してこのような説明をすべきなのだろうが、
    そこをおざなりにしての財政貢献を急いだのではないだろうか。

    その日本から数度に渡って金を引き出したアメリカであるが、
    その言動はまるでいなおり強盗のようである。第1次・第2次の
    財政貢献は円建てであり、多国籍軍に参加した国に分配された。
    これが第3次の財政貢献となると、日本からの拠出金を独り占め
    しようとし、円建てでの目減り分を補填させようと画策する。

    自国の国庫も省みず1発約1億8千万円のトマホークを大量に使用し、
    その損失分を同盟国の国民の血税で満たそうとしたのだものなぁ。

    そして、そんなユスリ・タカリ国家アメリカの言いなりに金を出した
    日本は、大蔵省vs外務省の面子にこだわった内なる戦いで完全なる
    外交の敗北を喫している。

    個々の官僚・外交官はそれぞれに持てる力を発揮して危機に対応して
    いるのだが、組織となると縦割り行政の弊害が外交にも影を落とす。
    アメリカはそこに付け込み、自国内での反日感情キャンペーンを
    展開して日本政府に揺さぶりを掛けて行く。

    アメリカ・日本のどちらにも偏らず、客観的視点で書かれた良書で
    ある。私たち日本国民の多額の血税が使われたにも関わらず、
    アメリカと言う駄々っ子に振り回されて不本意な評価しか得られな
    かった。

    だが、アメリカ政府は思い出せ。クウェート侵攻が始まった時、
    自分も命の危機に直面しながらアメリカ大使を日本大使館に
    匿った外交官がいたことを。

  • 佐藤優との対談やウルトラダラーが面白かったので手にとる。湾岸戦争時の日本の経済協力の舞台裏を丹念に描く。後半は交渉のお互いに主導権を握ろうとする外務省と大蔵省の醜い暗闘と、それをコントロールできない官邸の能力不足を批判してゆく。今となってはネタが古すぎる感がぬぐえない。この手の暴露モノはどれだけ丹念に描いたとしても賞味期限があるのだろう。

  • 「ウルトラダラー」がとても面白くて、この小説のテーマもとても興味のある分野なんだけど、なぜか読み進まず最後まで読めない。不思議な本。

  •  湾岸戦争において、クウェートの感謝国リストにJAPANがなかったのは何故か。それは(結果として)国益よりも省益を優先してしまう悲しき実態によるものである、といったようなことが書かれています。
     ただ、それだけにとどまらず、湾岸戦争の舞台裏総まとめといった感があり、非常に興味深く読むことができました。特に、イラク軍機がイランに飛来した際の緊迫感と日本外交官の活躍は、読んでいて鳥肌ものでした。

  • インテリジェンスとはこの様な本を指すのかな。
    すごく面白かったが、
    司馬作品に読み慣れたせいもあり、読み辛らかった。


    2008/08/26

  • 湾岸戦争時、日本は4次にわたり130億ドルを拠出したにもかかわらず、クウェートの感謝を表す新聞広告に対象先として日本の名が漏れた、という非常に残念な出来事がありましたがその裏側で日米欧がどのように折衝と妥協を繰り返したか、が精密に描かれます。そしてこの事態を招いたのは大蔵(当時)と外務の二元外交…というがっかりするような真実。
     国にとって「インテリジェンス」とは何かを余すところなく描ききった労作です。

  • 非常に読み応えのある一冊。膨大な量の取材に基づいた作品であるために、なかなかページが進まないこともあった。氏の、公電を残さない外交官に対する批判の色は、ここでも色濃く出ている。読みきった後、成長していない日本の姿に落胆する事になるだろう。

  • 湾岸戦争後、クウェートが発表した感謝国リストに日本が掲載されなかったことをテーマに、戦略なき経済大国の「外交敗戦」を描いている。著者手嶋龍一 氏の最も得意とする分野だ。

  • ★悔しくなるほどの緻密な情報量★「1991年日本の敗北」の改題。湾岸戦争で計130億ドルもの拠出を求められた背景を描いたノンフィクション。米ホワイトハウス内部の動向やサウジアラビアのバンダル王子の思惑など海外の動きを前段に、巨額の負担を巡る日本の大蔵省と外務省の対立を細部まで再現する。著者の小説やエッセイは臭みが鼻につくが、ノンフィクションの迫力はしびれるほど重い。深く広い取材力と、二元外交への反対という思いの芯に圧倒される。

  • 国家としてのヴィジョンも戦略もない日本が、湾岸戦争で金だけ出して何の成果も上げられなかった屈辱を検証する。
    その時は秘密だらけにしなくてはならなくても後の世の検証に耐えるようにしておくのが外交の要諦だ、という筆者の主張の根拠でもあり検証の実践でもある

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外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)の作品紹介

それは、大蔵省、外務省の暗闘が招いた結果に他ならなかった-。湾岸戦争終結後、クウェート政府が発表した感謝国リストに"JAPAN"は存在しなかった。130億ドルもの国家予算を投じ多国籍軍を支援しながら、ニッポンを迎えたのは、世界の冷笑だった。戦略なき経済大国の「外交敗戦」を、『ウルトラ・ダラー』の著者が圧倒的な情報力で描ききる。

外交敗戦―130億ドルは砂に消えた (新潮文庫)はこんな本です

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