塩壷の匙 (新潮文庫)

  • 257人登録
  • 3.60評価
    • (17)
    • (22)
    • (48)
    • (1)
    • (1)
  • 24レビュー
著者 : 車谷長吉
  • 新潮社 (1995年10月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (310ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101385112

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島 由紀夫
三島 由紀夫
梶井 基次郎
ドストエフスキー
有効な右矢印 無効な右矢印

塩壷の匙 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 私小説短編集。掌編集になってる「愚か者」が、ちょっと幻想的な部分もあり好みだった。根底に関西弁のリズムがあるせいか文体がとても心地良いので書かれている内容にかかわりなく読むのが気持ち良かった。同じモチーフ(若くして自殺した叔父)が繰り返し出てくるあたり、中上健次あたりに近い印象も受けたけれど、中上よりもなんだろう、なにか描写が「丁寧」な気がする。

    恋愛もの(?)のせいか一番「小説」っぽい「萬蔵の場合」は瓔子という、とんだメンヘラ女性のキャラクターが秀逸。同じ女性から見ると大変イラッとさせられるタイプながら、こういう女性にずぶずぶはまってしまう男性は多いのだろうなあ。

    ※収録作品
    なんまんだあ絵/白桃/愚か者(死卵/抜髪/桃の木/トランジスターのお婆ァ/母の髪を吸うた松の木の物語)/萬蔵の場合/吃りの父が歌った軍歌/鹽壺の匙

  • 車谷長吉氏の初期作品を集めた短編集で有るが、読後感の重厚性は氏の作品群の中でも「赤目四十八滝心中未遂」と双璧をなしている。
    この重厚感の原因を見事に解析しているのは、巻末に有る吉本隆明氏の評論であり、作品と評論が一体となってこの書物を完成していると感じた。
    是非とも読んで下さい。久々の毒の有る私小説を読んで、爽快な気分が長く残りました。

  • 冒頭からの数編、とくに「萬蔵の場合」読み難し。私小説の性格がおおきく出てしまい、おのれに肯定的すぎる姿勢がいけない。好かない。
    おれはモテる
    おれは某大学を出た秀才だ
    おれが小説をひさぐ理由は…
    なんて、俗っぽいエゴを感じさせる書き方は、態とか態とでないかは、わからないが、「世捨て」へと走らせたのはこのエゴに他ならないんじゃないかと邪推させてしまう。
    「萬蔵の場合」では、おれが恋した女は特別でなきゃ、といった体で、櫻子の魅力がさまざまに語られるが、それが端からしたら、薄ら寒い。
    おのれについて殆ど語らない2編「吃りの父が-」「塩壷の匙」は、★4つ。

  • 短編集。中でも「鹽壺の匙」は圧巻。書くことでギリギリのところを生き延びている著者の呻きにも聞こえた。「夫 車谷長吉」を読んでからの再読。

  • 『愚か者』については小説ではなく、
    既に詩としての成り立ちを感じたのだがそれは、
    観念的に過ぎて思考が置き去りにされる感覚と、
    だからこそ見える不条理さの体現に、
    言葉を操るひとつの極みを見る。

    『鹽壺の匙』ですら25年前の作品であり、
    当時の作者が執拗なまでに求めているであろう、
    "悪作"の姿を借りた生への希求が、
    言葉が尖っているからこそ率直に、
    実直に感じられるようにも思う。

    おしなべて、
    主観に足をすくわれそうになるのは中途半端な自我肥大であって、
    実はどこまでも一貫する感情抑制と、
    どこまでも言語化しようとする飽くなき切望と、
    ある種の潔さの中からこそ、
    作者が語っている言語化についての、
    救済の装置
    一つの悪
    一つの狂気
    であることが可能になるのだろう。

  • 著者の肉親に関連する私小説が大半。
    一定以上の緊張感をもっているが、感嘆も共鳴もしづらい小説だった。

  • およそ旅に携えて持って行く本ではない。作者自身の狂おしい半生の私小説である。会社も馘になり、紹介状を書いてもらっても、反故にする。破滅すると分かっていてもズルズルとはまり込んで行く人生。
    そんな本をステキであるべき旅行中に読めるか。と思うのだがそれが読んでしまう。怖い本である。
    KLのチャイナタウン2ホテルの本箱に置いてきた。

  • 車谷長吉の短編集
    「なんまんだあ絵」
    「白桃」
    「愚か者」
    「萬蔵の場合」
    「吃りの父が歌った軍歌」
    「鹽壺の匙」
    非常に読み易い。文章のリズムがいい、車谷が持つ独自のリズムと文体をからだと思う。

    闇の高利貸しだった祖母、陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壷を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。
    「赤目四十八瀧心中未遂」も読みたい。

  • 独特な世界に浸っていくだけ。

    独特のことば選び、文の置き方。

    最初ごく短い短編が続き、リズムを取るのに難義するものの「萬蔵の場合」という作品ですっかり心とらわれました。

    映画を見ているように、瓔子の部屋が浮かびます。描写にはないけど、部屋の引き戸はこうで、照らされる照明はこの明るさで部屋の隅は暗くて、というようにそのアパートが見えてくるような力を感じました。

    そこからはこの独特な世界に浸っていくだけ。

    静かな、そして暗い影を常にたたえた、どこかあたたかみのあることばたちに伴われ、あてもなく東京を、そして田舎をさすらう。

    とてもゆたかな時間を過ごすことができました。

  • 生前の遺稿集を亡くなってから読みました。

  • 短編集。『赤目』ほどの激烈な印象はなく、どこか(良くも悪くも)時代遅れの、一つ一つの的確な描写が静かに狂っている雰囲気を伝える。それはそれで好みなのでいい。『赤目』のアヤちゃんを思わせる女性が出てくる「萬蔵の場合」が好きだった。この手の妖艶な不思議系女子(?)の話は引き込まれた。それとは別の、掌編集「愚か者」の中の「トランジスターのお婆ァ」がすごい。

  • 2013.10.30 読了

    久しぶりに私小説らしい私小説。
    文章が美しい。
    シーンシーンは重くて湿り気のある空気が充満しているんだけど、すっ、すっと入っていけるし読み進められる、その圧倒的な自然感。とてもよかった。

  • 古本で購入。

    作者自ら「生前の遺稿」と呼ぶ6編の作品を収録した短編集。

    「救済の装置であると同時に、一つの悪である」
    私小説を
    「書きながら、心にあるむごさを感じつづけて来」
    ながらも書かずにいられなかった、己を捨てられたものと思い続けたきた作者の心の淵を覗く気分。
    肉親に歪みやきたなさを見た幼子の失望、どうしようもなさ、そういうのが詰まってるようで痛い。

    「世に在ることはさみしいな」
    この言葉につい共感を覚えてしまった。

  • 自分にとって小説を書くことは救いであり、同時に一つの悪である──この人自身のあとがきが、この小説集を端的にまとめている。
    読めるのだから、確かに私も持っている語彙で語られているはずなのだ。同じ言葉を持っているのだから、世界のある部分を共有しているはずなのだ。それなのに何故こんなにも、普段物陰に隠れて見えなかった世界を、読まなければシールドの向こうの曖昧な輪郭しか知らなかった世界を、まざまざと見せつけられる気がするのだろう。たとえて言うなら、斜位の瞳、両眼視しているときは綺麗にずらされて焦点が合っている、そこから片眼を隠した時にずれる分ほどわずかな、空間、そこに熱い息を押し殺して這い蹲っているもの。その世界。
    訥々と語り続ける「私」はどこまでも「私」であり、「私」以外たり得ない。責任を負う、というのとは違う、打算や倫理とも別次元にある、そののっぴきならなさがそのまま生きることだ。そしてそれが良いとも、正しいとも、「私」には言えない。竜巻の中にある者に、天は見えない。
    地面にずるずると軀を引きずっていくような、自らに刻みつけるようなこんな文章を、よくも書き続けられるものだと思う。「生前の遺稿」とはむべなるかな。
    こんな世界がこの世にはあるのだということを、摩擦のない読書では知り得ない感覚を、教えてくれた。ラスト二篇の「吃りの父が歌った軍歌」と「盬壺の匙」がことに好き。

  • 物語らしさが強かった「なんまんだ絵」と「白桃」は良かった。だが、その他の「私」小説は登場人物に1人として清々しさは感じられず、強欲だったり、嫉妬心にとらわれていたり、気が狂っていたりと、いくら読み進めても、鬱々とする内容が続く。大抵の小説なら、何らかの救いが見えたり、あるいはさらに悪へと落ちていったりするが、それもなく、果てしなく重苦しいものが続いていくように感じる。
    これほどうっ屈とした幼少期を過ごす人がいるのか、と驚く反面、それでも、描かれている黒々としたものは、自分にもあるとしっかり自覚でき、なぜか静かな心持ちになって読み終えた。

  • いいなあ私小説。個人的で。しかも漢字の旧字。遺稿。

  • やっぱりこれが彼の作品の中では一番いいと思う

  • なんだか背筋をピンとさせられるような一冊。

    この作品集の中にある「萬蔵の場合」を映像化したいものだ。

  • かなり興味深い内容です。

  • 表題作は二十一歳で自殺した若い叔父の話を中心に、幼少の頃暮らした田舎の家やそこで暮らす肉親の来歴を綴ったもの。といっても叔父の死がメインテーマかというとそういう感じでもなく、叔父以外の人々についてもほとんど同じだけの執着心を持って書かれている。「私」の語り(「暴く」という言い方をされているが本当にそんな容赦のなさがある)からは、「私」や叔父を含む一族に関して、そもそも「語る」という事そのものに関して、業とか修羅とかいう言葉が連想された。
    金貸しの祖母や曽祖父の間で明らかに異質であった叔父に対して、「私」は皆と同じ様に異質な者として扱う事も何らかの似通う性質を持つ者としてシンパシーをこめる事もしない、奇妙な無関係さの中に自身を置いているのが語りから感じられた。「私」にここまで語らせる事が、それだけの違和感を「私」もまた感じている事を意味しているのかもしれないが。といってまったく無関心なわけでもなく、自身を業の深い者のうちに含める事を回避しているわけでもない。上手く言えないが。そこが面白く思えた。

  • 中上健次を彷彿とさせる、主に身内を題材にした小説。
    凄まじい。
    漢字の多用が多少読みにくいが、内容はそれを補って尚余りある濃密さ。

  • 家庭崩壊とな、昨今言われてるけれども昔の方がひどかったじゃない?

    ちう感じ。これすてきです。いいです。うつとりです。

    悪くモノを考える方やひきづられる方はお読みになるのをご注意ください。

全24件中 1 - 24件を表示

塩壷の匙 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

塩壷の匙 (新潮文庫)の作品紹介

吉祥天のような貌と、獰猛酷薄を併せ持つ祖母は、闇の高利貸しだった。陰気な癇癪持ちで、没落した家を背負わされた父は、発狂した。銀の匙を堅く銜えた塩壷を、執拗に打砕いていた叔父は、首を縊った。そして私は、所詮叛逆でしかないと知りつつ、私小説という名の悪事を生きようと思った。-反時代的毒虫が二十余年にわたり書き継いだ、生前の遺稿6篇。第6回三島由紀夫文学賞。芸術選奨文部大臣新人賞。

塩壷の匙 (新潮文庫)の単行本

ツイートする