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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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どちらもが、人間には必要だし、私たちは、たぶんいつも両方を求めている。
― 224ページ -
そして詩人は痛みとともにそれを知っていた。ふたつの世界に生きようとするものは、たえず居心地のわるい思いにさいなまれる運命を逃れられないことを。
― 27ページ -
しがみつくようにして私がナタリアの本を読んでいるのを見て、夫は笑った。わかってたよ。彼はいった。書店にこの本が配達されたとき、ぱらぱらとページをめくってすぐに、これはきみの本だって思った。
こうして、『ある家族の会話』は、いつかは自分も書けるようになる日への指標として、遠いところにかがやきつづけることになった。イタリア語で書くか、日本語で書くかは、たぶん、そのときになればわかるはずだった。(ふるえる手)
みんなの感想・レビュー・書評
体の深いところに凝縮された思い出が、静謐な名文で綴られていく.これを読むと,文章にこめられている悲しみを受け取ると同時に,よい文章を読む喜びを感じる.解説に収められた湯川豊氏の「ノート」も示唆に富んでいる.湯川氏も指摘しているように「雨のなかを走る男たち」はとりわけ名作だと思う.
作者が実際に暮らし、様々なものを見てきたイタリアへの、追想的な作品。表題作は例外的に、トリエステという見知らぬ土地での話だが、基軸は彼女が嫁いだ、ミラノの鉄道官舎周辺の人々にある。作者の記憶の中に居る人達の思いに、そっと寄り添っていくような記述はとても巧みで、完成度も非常に高い。それ故に、章が進むにつれて現実の人々が去っていくのを見て、ぐっと胸が締め付けられるような寂しさを感じた。
わずか7年の結婚生活で急逝したイタリア人の夫ペッピーノや、彼の家族との思い出が静謐な文章で綴られています。夫は苦学して大学を出ていますが、彼の家族はいわゆる労働者階級で、決して裕福とはいえず、若死にの多い家系でもありました。菜園を大切にしていた義母、何をやってもうまくいかない義弟、義弟の年の離れた妻、鉄道員だった義父のことなどが、深い愛情を持って描かれています(義父は結婚前に亡くなっていたので、実際に会ったことはなかったのですが)。
雨の中、傘をささずに走るペッピーの姿の力強さ。まるでネオリアリズモの映画をみるようなイタリアの一庶民の家族の肖像が、強い印象を残します。題名となっているトリエステは、夫といつか訪れようと約束して果たせなかった場所。ふたりが愛した詩人、サバの奇跡をひとりたどる旅は、せつなくも満ち足りたものでした。
Present is a Gift : トリエステの坂道 [2011-09-06]
http://present510.exblog.jp/14506167/
御存知のない方に須賀敦子とは何者か、と問われれば、 「随筆家として究極の存在の一人です」と答えるでしょう。 そしてその作品世界は、随筆を超えた須賀敦子だけが書きえる世界を作り出す、とも付け加えます。 品格のある文章で語られる哀愁と詩情は、いわゆるエッセイ、随筆という範疇をはるかに超えて、自らの周囲の家族を語りながら私小説とも思えず、達するのは完全に独自の境地としかいえません。 それも全... 続きを読む »
9/24 読了。
解説にも「寄せてはかえす波のような」とあるように、須賀さんの文章はしんと静かでありながら遠い音に耳をこらすような張りつめたところがあって、筋やキャラクターではなく紛れもなくこの文章自体によって引っ張られるように読み進んでいくところに、須賀さんでなくては満たされないものがある。
須賀さんが愛したペッピーノ。ペッピーノが愛したサバ。サバが愛したトリエステ。この人たちを確かに知っていると思えるのは、須賀さんの描くエピソードのひとつひとつが鮮明だがらに他ならない。サバ詩集とともに会社の引き出しにあるこの本は、疲れたときにとりあえず読んだりする。
須賀敦子が、夫ペッピーノとともに愛読した詩人ウンベルト・サバの故郷トリエステを、夫亡きあと訪ねた際に綴った表題作に始まり、ミラノ在住時代の思い出が綴られた回想録。
独特の色彩感覚が感じられる卓越した情景描写とともに、貧困層・外国人・ユダヤ系住民など、イタリア社会の片隅で生きる人々の暮らしが、須賀さんならではの視点で描かれています。
この人の本がどうしようもなく好きだ。いつか全著作をそろえようと思う。
裕福な環境に育ちながら、貧しさのもたらす甘美にもいた悲哀知っている人。
決して多くは語りすぎず、そして陳腐にもならず、様々な人間の生き方をつづっている。
人生ってなんなんだろうなぁ。
電車の中で読んでいると、
知らず知らずのうちに引き込まれている。
どちらかというとイタリアの情景や、雰囲気にというのではなくて、
その人々の会話のうちに私も入っていて、
静かに話を聴いているような感覚。
ことばのすべてが彼女の感性によって選び抜かれていて
その選ばれた言葉が心の琴線に触れると、
どうしようもなくなって、
じっとその場に立ち尽くしてしまう。
悲しい話が書いてあるわけではないのに、
1つ1つの言葉の意外性や
あるいはあまりにもぴたりとあった表現に感動して
目頭が熱くなる。
今のこの状態の私に、
ものすごくぴったりと来る一冊だった。
大好きな須賀敦子さんの本。
須賀さんの目を通して、語られる彼女の周りの人々、できごと。
やわらかい文章のなかに、しっかりとした須賀さんの哲学のようなものが感じられます。
10代の頃に読んで「この人はすごく綺麗な文章を書く人だな」と思った。こういう日本語を使っていたいものです。そう思って今もたまにページをパラパラめくって流し読みします。
私にとって最初の須賀敦子。表紙の青(この画像よりもっときれい)がとてもいい。須賀敦子の色。そして私はこの作家の姿を思い浮かべるときはいつも坂道を歩いている。
タイトルにもなっている冒頭のエッセイ「トリエステの坂道」が特に良い。
トリエステの凛として少し寂しい空気が伝わってくるよう。

ウンベルト・サバ、ダンテの神曲、ナタリア・ギンズブルクを読んでみたくなった。





