贈られた手―家族狩り〈第3部〉 (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784101457147

感想・レビュー・書評

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  • やっと折り返し…
    一家心中も、何だか他殺の線もありそうで、動物殺しと無関係なのか、どれがどの事件と関わりがあるのかまだまだわからない…。

    淑子達、児童相談所は、電話相談をしている山賀に、行政や社会という解決策のない問題の根源かのように捌け口にされ、さらに玲子の親の駒田も現れ、無力感にうちひしがれる。
    さらに70を越えた祖父が部屋で女性とセックスしているから注意してくれと大家に頼まれたり、すっかり変わった優しいジージのイメージが崩れる。少なくとも自分の親や祖父母には性的な事から卒業していてほしい、しているはずだと思い込むことで、問題を先送りにしているのではないか…と理性はわかっていても、感情的にわだかまる。

    巣藤の勤める教え子が亡くなった事でマスコミ等がやってくる。芳沢亜衣は摂食障害行動や自傷行為をするようになり、テレビの取材で問題発言をし、引きこもるようになる。自分の衝動をコントロールできないが、親は子供の行動が理解できない。
    巣藤自身は芳沢の行動と自身の言動から謹慎に。
    昔のヤンキー風教え子と話して、自分がピエロと呼ばれていることを知る。やっと自身の問題に目を向けられるようになってきたが、自分が考えているあいだ、周囲は動きを止めてるとでも思ってんの?ひどいこと言われて、味方にもなってくれない、そんな人と一緒に上手くやっていける?と彼女に最後通告を、つきつけられる。

    馬見原のところは動物の死骸の問題がさらにエスカレートするし、油井がとうとう綾女親子の元へ現れる。
    俺は病気だった、やり直すには家族がいるという。自分の子供の頭かち割っておいて、息子にも俺を許させるチャンスが必要と語る油井も信じられないが、自分の妻子の問題から目を背けて、綾女達に期待を持たせたままの馬見原が反論しても全く説得力がない。

    世界の問題には目を向けても、家族の問題にはどうしても感情が先に立って向き合うのが辛くなる。
    古代ギリシャから存在する難しいテーマだ。

  • またひとつむごたらしい事件が起きて、馬見原の刑事としての暴走もいっそう…。ずっと無関心をつらぬいていたように見えた巣藤が変化していくこの巻だが、亜衣はどうなっていくのかなぁ。

    油井の言葉に危うくほだされそうになった私はやっぱり甘ちゃんなのかな。だって、馬見原はせっかく真弓と仲直りさせようっていう佐和子の気遣いも、気付いてるくせに受け入れようとしないじゃない。綾女たちが気になるのはわかるけど、自分の家庭とも向き合おうよ…。

    電話相談員の人が怖い。。

  • おやじ狩りにあった美術教師の男性と元不良の青年とのやりとりに、心が温かくなる思いがしました。

    そして、今回は【愛】という言葉が私には気になりました。
    言葉にすると、何となく白々しい思いがしてしまう。
    それを一生懸命に説く人にも、何か違うものを感じてしまう私ですが、言葉や行動に表さないと、また伝わらないものだとも思います。矛盾してますよね、私。【愛】という響きが自分のなかにストンと落ちた時、それは本当のものなのかもしれないと思いました。

  • またひとつ無理心中に見える一家惨殺事件が起こる。そしてその周りには 浚介がおり 馬見原がおり 亜衣もいる。
    あることから逃げ出さずに立ち向かおうとすると もう一方のあることが壊れそうになる。今、たった今この時に 本当に考えなければならないことは何なのか? 手を伸ばせば届く身の回りのことなのか、それとも雲を掴むような遠い所のことなのか。両方を一度に胸に抱くことは不可能なことなのか。

    浚介は、教師になりたての頃 たった半年教えたことのある元生徒と出会うことで 闇の中にひとすじの光を見た心地なのではないだろうか。僅かでも明日につながる何かを感じられることが これほどほっとさせるものだと 改めて感慨深い。
    救いのない沼の底にいながら 第一部・第二部とは ほんの少しだけ光の色が違っている第三部だと思う。第四部では もっと明るく温かい色味を感じられることを願う。

  • ずっと重い内容ばっかりだったのが、後半、暴走族で少年院出の若き父親登場で、明るい兆しが見えてきた。

  • 3冊目。游子も、寝たきりの父の介護に疲れて、登場人物それぞれに悩みを抱えていて、なんだか重い話だなあと思いつつも読み進んでしまう。

  •  自分が安心できる場所、そこは果たしてどこなのか。
     この本に登場する人物たちは、何かしらの形で家に問題を抱えている。むしろ問題のない家庭などないのかもしれない。人の弱さ、脆さが前面に出た内容となっている。
     人間、身近な問題からは目を背けてしまう。特にそれが家族に関わることなら、直に向き合うのが怖く、逃げてしまいがちである。ただ、どこまでどう関わっていけばいいのか、それもはっきりしない。家族というのは、安らぎを得られる反面、崩壊したら止めどなく、身を滅ぼしかねない。ある意味、諸刃の剣と言えるかもしれない。

  • 記録

  • 當初以為只是一般的懸疑或推理,不想看卷末介紹破梗就直接借來看。名稱也大概可以猜出一二,但沒想到作者想寫的東西如此地深層。這是一種很特殊的閱讀體驗,書中的家庭每個都有自己的難題與解不開的結,甚至可能是悲劇,但是又如何包含在幸福家庭的外觀與糖衣裡,似乎什麼都沒有發生,我們是很正常的,然而敗絮其內已經到無法拯救的地步。而外面的世界每天都有這麼多人死去我們能做點能做什麼?連自己家裡都搞不定了,又可以怎麼辦?書中實際上在第一線幫忙輔導的氷﨑游子又是多麼無力,小朋友玲子反而對她表現仇恨的情緒,酒精中毒的家長揚言她壞家庭要報復,游子越處理家庭越感到無力,而24小時無料商談的山賀阿桑說的也未必沒有道理,官方能給予的協助畢竟很少,而這些事情難道整個社會跟環境都沒有問題嗎?為什麼偏偏矛頭就指向家庭的人本身呢?
    美術老師巣藤逃避自己女友懷孕的事實,然而藉由學生亞衣的暴走讓他開始思考教育現場的事實又感到無能為力,自己曾經輔導過的實森家發生滅門悲劇,之前鄰人麻生家也是極其殘酷的悲劇,讓他的心深深受傷。警察對於兩家血案只是以該家庭少年暴力結案,然而被左遷的警部補馬見原依然認為是外人所為,非常執拗地繼續偷偷追。然而他追案也是為了要逃避自己當初太嚴格,兒子為了逃避他而車禍死亡造成全家都崩壞,女兒也從此和他反目未曾和解。他自己在外有了愛人冬島綾女,縱容小孩研司叫他爸爸,然而妻子佐和子精神疾病初癒想放棄這段感情,又因為綾女前夫的出現導致又重回舊情,自己也無法處理好自己的家庭,卻想把答案轉求到兩樁滅門血案之中。亞衣是個崩壞的女高中生,在本卷的崩壞更加升級,父親認為他是在做推動世界的工作怎可被家庭這種小事拌住也只會遷怒妻子,感覺狀況會更加惡化。
    這本書在殺人案件中,卻很深地自問審視,世界各地都隨時有人在戰死有人在挨餓,但是發生日本在這些平凡家裡的事難道就比較不重要嗎?如果我們不知道別人的疾苦,難道也有責任嗎?可是我們究竟又可做什麼?作者編織一些平凡無奇的家庭,然而卻各自背負一些來自家庭的傷痕,大人們也有著大人的迷惘,然而青少年又以極快的速度崩壞,理由究竟是什麼,可以怎麼解決這個盤根錯節的問題?殺人案手法殘酷無比,裡面登場的也不無一些可疑人士(裡如電話商談的阿桑跟大野,還有鈴木溪德,太善良太親切反而可疑?講出來的話又很有洞察力或說服力?),製造了不少懸疑感,讓人讀起來有些緊張,然而卻又很誠實地把這些沉重的議題編織進去故事中,又讓讀者不斷反覆思考這個難解的巨大難題,所以我們應該如何自處?面對整個超大格局的社會問題,然而我們又深深陷入一些每個家庭的大大小小問題,就像游子還要照顧包尿布的父親,處理病人和照護者(母親)的負面情緒,馬見原逃避和家人直接衝撞刻意閃躲也不願抱孫子,卻不停拼命介入他轄的命案調查和冬島家的事情。每個人都有自己的脆弱,但是也有自己的堅強。這部作品的步調太快(或者說作者寫得太吸引人),讀一二卷時對於其議題沉吟不已,甚至無法下筆寫感想。要說黑暗,確實很黑暗,但很出色的筆法與吸引人的故事性依然讓人被這本作品拉著走(雖也不無誇大的感覺),一路被作者的步調拖拉到第三卷,雖有太多議題但故事性又不容許你停下腳步太久,然而第三卷出現一些似乎是光明而讓人感到對人性產生信心的小片段,才又覺得可以擱卷寫個紀錄。第三卷中例如游子和祖父、祖父女友的見面這段心理描寫與對話令人莞爾而出色,最後女友正色也令人脊背一挺,社會上越來越少適切該罵小孩就罵的大人嗎。此外佐和子在散步時被青年所救,也是因為曾連續發生大家互助的事情,也是一段佳話,讓她想起死去的兒子曾經在平交道救人,造成的良善回饋效應讓數年後自己因此受惠。可惜馬見原依然繼續逃避與她對話,已經知道馬見原愛人的秘密,不知道是否心理會重新崩壞呢。
    冬島的前夫油井出獄,逼著母子再續前緣,然而他對馬見原所說的話後座力是很大的。他直言自己小時也是家庭虐待所以才會攻擊自己的小孩,但是在監獄生活中受到輔導知道自己原來是精神上的疾病,要正視原諒這段過去才會恢復,他也承諾要好好對母子,他反而質疑馬見原難道你願意離婚跟母子在一起嗎?你這樣讓小孩叫你爸爸你又來來去去豈不是更加凌遲小孩?研司要走出被虐待的過去只有選擇面對和原諒的話,那只有和我油井才作得到,不會是那個毫無血緣關係的你,你的來來去去只會讓小孩更走不出來,而你自己的家庭呢?你不是應該先好好處理嗎?這些話每句真的都打中要害,因此馬見原也完全無法回答,反而綾女又決意不放手馬見原,他可能又重陷入這段婚外情中。很難相信油井所說,但句句都是實言。是否能夠拯救家庭中的受害者的人,真的就只有同著同樣血液的加害者,只有加害者才能跟他們達成真正的和解,無關的他人在旁邊只有做到流汗被嫌到流涎,或者只是幫倒忙,或者只是讓它們暫時忘記這些悲痛(但無法徹底被治癒)?然而有多少的加害人徹底悔悟,可以期待和相信多少,應該強行處理還是袖手旁觀?這是一個相當困難的疑問,混雜著血緣這種無法以理性說明的變項,沒有一件事會是單純的。此外,書中說到無償的愛的部分相當贊同。在這一部灰暗無力、可說小但是也很大的家庭難念經百百種的作品中,雖然目前為止愛不是主要著力描寫的主題,夫婦間也比較像佐和子那種在忙碌與雜物中堆起的每個片段推著走的感覺,然而確實也有很多人都是被這樣無償的愛所撐起來,而得以正直,得以愛人,得以助人的,再怎麼樣的黑暗中,總是有光明存在。

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著者プロフィール

天童 荒太(てんどう・あらた):1960(昭和35)年、愛媛県生まれ。1986年「白の家族」で野性時代新人文学賞受賞。1996年『家族狩り』で山本周五郎賞受賞。2000年『永遠の仔』で日本推理作家協会賞受賞。2009年『悼む人』で直木賞を受賞。2013年『歓喜の仔』で毎日出版文化賞を受賞する。他に『あふれた愛』『包帯クラブ』『包帯クラブ ルック・アット・ミー!』『静人日記』『ムーンナイト・ダイバー』『ペインレス』『巡礼の家』などがある。

「2022年 『君たちが生き延びるために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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