| ブログで紹介する» |
|
Check |
|
|
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
それぞれの切り口に意外性があってはっとする。
日常の中で、そのまま通り過ぎてしまうようなことに対して、立ち止まってフラグを立てていくようだった。
自分が文章を書く際のヒントのようなものもあった。
宮沢ライトエッセイ。相変わらずぼやき突っ込みなのだが、本書ではノリ突っ込み(突っ込んでから話が広げる)が冴え渡っており、すばらしい。相変わらず振り上げた拳が突拍子も無い所に落ちるのが醍醐味。
『牛への道』や『わからなくなってきました』と比較すると、それぞれの話に統一感があり、文章の分量もちょうどいいバランスになっています。相変わらず「言葉の綾」ならぬ「概念の綾」に蹴躓いて、その「概念の綾」に文句を言っている著者の姿が微笑ましく思えます。さあ、あなたも「概念の綾」と格闘してみませんか。
どうでもいいけど、
そう言われれば気になるかもしれん、
っていうことに言及したエッセイ。
ふっとふきだしてしまう、
くだらなさはすきですが、
途中からどうにも飽きてしまった。
今回はまず、
初っ端の「風呂上りには九州人になる」で、
根っからの九州人というか鹿児島県民としては、
代表的な方言に「おいどん」と「ごわす」を使われると、
ものっそい萎えてしまうのでダメでした。
いや、宮沢さんの言いたかったことには、
実際使うか使わないかは関係ないにしても、
安易なイコールにはちょっとイラッとしてしまう、
個人的な郷土愛の問題です
日常ってこんなに話題に富んでいたのか。いや、違う。しかし宮沢章夫にはこれだけの話題が日常にあって、それをすくい取ることが出来るのだ。だからこれだけ豊富でまとまりのない本が出来あがる。誰がよくわからないねじについてこんなに書けるだろうか。
またこれらの話題を読ませるだけの文章力がある。面白い。思わず笑ってしまうくらい面白い。ずるいなあと思ってしまう。
この人の文章が好きだ。
簡潔でいて、鋭くて、どうでもよくて。笑
こんな風な文章がいつか書けるようになりたい。
こんな風な適当なことが言えるようになりたい。
何度も何度も読み返している大好きな本。
日常生活の中で本の内容をふと思い出しては、そろそろ読むか、と。
読む度に笑える。
最強の「くだらなさ」がつまっている最高の本。
この人の立ち止まりっぷりは凄い
普段のなにげない生活の中でも
すぐに疑問を見つけてしまうのだ
哲学もここまでいくと笑いになるのか
「飽きました」は必読!
掘り下げてもしかたない内容(失礼)を徹底的に掘り下げる気持ちよさ。テーマ設定、掘り下げ方たまりません。はまりました。
宮沢 章夫の【よくわからないねじ】を読んだ。 僕のお気に入り、宮沢章夫のエッセイ集である。 裏表紙の言葉をそのまま紹介しよう。 『引き出しの中に転がっている正体不明のねじは、いつか役に立つことがあるのか。渡辺さんという人は なぜナベさんでワタさんと呼ばれないのか。太宰治と坂口安吾はどっちがダメ人間か。ドロボウに入られ たらなんと叫ぶのがベストか・・・??演劇界の鬼才が... 続きを読む »
飽きるの直前には夢中が存在する。 ひとはおふろに夢中になることはない。だって夢中になったら…そのあとには… というようなはなしがいっぱい。 正直どうでもいいようなことがかいてある。 だけど、なんだかどうでもいいような気がしない。 なんでだろうとおもいながら読み続け、 解説的なところをよんで、なぞはとけた。 「この人のエッセイは物事の本... 続きを読む »
彼のエッセイは、何編も続けて読んでいると食傷気味に感じられてしまうという弱点がありますね。「牛への道」のファーストインプレッションが鮮烈だったので、この本は宮沢エッセイの中では小粒という印象だったんだけど、久しぶりに読み返してみたらけっこうおもしろかったんですよ(笑)。彼の著作は忘れた頃思い出したように読むといいですね。
基本的に面白くて笑える文章を書く人なのだけど、ある事象を関係ない単語や状況に面白く言い換えるという繰り返しに、少々飽きてくる。「首都」という単語を知らなかった女の子の話は、大爆笑でした。






