黄落 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (378ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101466071

作品紹介・あらすじ

還暦間近の夫婦に、92歳の父と87歳の母を介護する日がやってきた。母の介護は息子夫婦の苛立ちを募らせ、夫は妻に離婚を申し出るが、それは夫婦間の溝を深めるだけだった。やがて母は痴呆を発症し、父に対して殺意に近い攻撃性を見せつつも、絶食により自ら命を絶つ。そして、夫婦には父の介護が残された…。老親介護の実態を抉り出した、壮絶ながらも静謐な佐江文学の結実点。

感想・レビュー・書評

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  • 妻がかわいそう過ぎる…

    全然妻に寄り添っていない夫の勝手な言動が嫌になる

    介護を経験した人はみんな苦労があり、文章にすればそれぞれのストーリーが成立するだろう

  • 訃報を知り、過去(2007年12月17日)の読書メモ

    *****

    12月も終わりだというのに、ことしはやっと銀杏が黄葉して散っている。さすが陽に映えるさまは美しいけれど、落ち葉のかさこそ鳴るはもの悲しい。

    『黄落』の書き出しの「こんにちでは六十五歳以上を老人というから、わたしはまだ老人の部類ではないが、還暦を間近にしてちかごろ、駅の階段で時折つまずく。」という主人公が「老親老後」をおくるもの悲しさは身にしみる。

    私小説かとまごうフィクションは、高齢社会突入現代の普遍性が散りばめられている。主人公といっしょに「どうしたらいいんだろう」と途方に暮れる。

    30年くらい前有吉佐和子の『恍惚の人』がベストセラーになった時は、わたしも若いゆえ遠いことのように思っていられた。

    介護保険が充実していろいろなサービスを受けられるようになっても、この『黄落』で持ち上がるような当惑や苦労が減るわけではない。

  • 36438

  • 引用 新潮社のサイトから
     http://www.shinchosha.co.jp/book/146607/

    老老介護の凄まじいドラマ。あなたにも必ず訪れる、この瞬間に逃げ道はない。

    還暦間近の夫婦に、92歳の父と87歳の母を介護する日がやってきた。母の介護は息子夫婦の苛立ちを募らせ、夫は妻に離婚を申し出るが、それは夫婦間の溝を深めるだけだった。やがて母は痴呆を発症し、父に対して殺意に近い攻撃性を見せつつも、絶食により自ら命を絶つ。そして、夫婦には父の介護が残された……。老親介護の実態を抉り出した、壮絶ながらも静謐な佐江文学の結実点。第5回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞 
    発売日 1999/10/01
     

  • 主人公は還暦間際の夫婦。92歳の父、87歳の母の介護を巡る物語。生活上の様々な問題や人には言えないような心情が、非常に生々しく描かれています。年老いた両親への嫌悪感、介護疲れからうっすらと両親の死を願ってしまう様子など・・・。仮に人からそういった愚痴を聞けば、親に対してそれはひどいと思ってしまっていたかもしれません。でも、単純にそうは思えないリアルさがあります。

    自分は主人公の夫婦の子供に当たる年代です。将来自分の身近にも起こるかもしれない、あるいは既に起こり始めている問題として感じてしまい、怖くなりました。

  • 還暦間近の夫婦に、92歳の父と87歳の母を介護する日がやってきた…。老老介護の凄まじいドラマが現実感たっぷりに迫ってくる。介護する側の疲労や苛立ちなどが語られるのはもちろんだが、この小説でもっとも衝撃的なのは、母親の死の場面である。母親は痴呆を発症したものの、最後は自らの強い意志で死を選択する。さらにその母親は、何十年も連れ添った夫を厳しく拒否して「…わたしはね」「…結婚していないのよ」と言って死んでいくのである。そして、母親の心に潜んでいたそんな思いを最後の最後で知らされた息子には、まだ父親の介護が残されている…。
    ☆ドゥマゴ文学賞

  • 年老いた両親の介護。妻の疲弊を常に肌に感じ、両親にも妻にも気を遣いながらの生活。
    妻の視点から見たら全く別の物語が書けるんだろうけど、少し昔堅気の男性の考え方をのぞけたような気持ちになれる、丁寧な描写。

    妻に負担をかけていることをわかっていても、苛立ちがつのって厳しい態度で接してしまう。
    妻に負担をかけること自体がおっくうで、自分で抱え込む。
    自分一人が背負いこめばいいと思い、ついには離婚を切り出す。(妻のほうが現実をよく見ていて、離婚はなされなかったが)

    これからの高齢化社会で、避けては通れない問題だと思う。
    以前と比べると施設やサービスの利用に対する(若年層の)抵抗感は下がってきたように思うが、担い手の不足など問題は山積み。

    いずれ直面する現実をまざまざと見せつけられる、そういう意味で少し苦しい本でした。一日で読了!

  • 94歳の父と、87歳の母を抱えて暮らす主人公、トモアキと妻の蕗子。

    主人公が小説家であり、仕事場が家であるという点で、他の要介護者を抱える家庭とはすこし環境が違う。
    この主人公は、両親と「スープの冷めない距離」というには遠いがそれほど離れていない距離で暮らしている。そして、週に一度は顔を出していた。
    介護が本格的に必要になってからも、通院など自らがやり、「妻にすべて背負わせたくない」と考えているところもある。

    サラリーマンであれば、通院の付き添いも難しいだろう。
    こういう点においても、介護は女性の仕事とされるのが「当然」であるというのが伺える。
    主人公はそれを知っていて、自分は「そういう考え」を否定しながらも、心の奥でかすめてしまうその思いに抗えない。

    妻には心から感謝している、けれど自分は古いから口に出していえない、と思う。これは、だいたいの男性にもあてはまるんじゃないかな、と感じた。けれど、実際に介護を代わってやることができない。

    印象的なのは、主人公が離婚を切り出す場面。
    「俺の嫁だからやらなくちゃいけないんだ、そうだろう」
    離婚すれば、介護しなくてすむと言う主人公に
    「おばあちゃまのオムツあなたが取り替えなさいよ」
    と、一言だけ妻が言う。

    介護を「嫁」という立場だからやらなくちゃいけないんだ、と考える主人公。
    対して、現実的に「介護が要るひとを介護するのは当然だ」と思う蕗子。
    ここで蕗子が欲しかったのは「離婚」じゃなく、「感謝」だったのではないだろうか。そこが主人公にはわからなかった。

    いつもすまないな。
    ありがとう。

    そのすこしみせる気持ちだけで、いい。
    蕗子の身に置き換えて、実感してほしかっただけだ。
    離婚、が妻のためとするなんて、それこそ卑怯でてひどい、と感じたが、実際にそうする夫婦は少なくないんだろう。

    わたしの両親も50代にはいった。
    自分の身にかかることとして、この本はとても怖い。そして、わたしも立ち向かわなければならないんだ、とつよく思った。
    逃げられないこの「黄落」と。

  • 50代後半の老夫婦が、90歳を超えた両親の介護を行う、いわゆる老老介護の物語。
    20代のころは、5年後10年後の計画を立てるとき、自分ひとりだけの未来の姿を想像するだけでよかった。しかし30歳になった今は、5年後10年後の両親の年齢・健康状態も、不確定要素として自分の未来に組み込んで計画しなければならない。この本に書かれている、おそらく真実であろう老人介護の現実は、かなり確度の高い自分の近未来のお話なのだ。あー…暗くなる…。

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