うるさい日本の私 (新潮文庫)

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著者 : 中島義道
  • 新潮社 (1999年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101467214

うるさい日本の私 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 日本中で行われているスピーカーによるアナウンスに対する
    著者の抗議と戦いの記録です。

    とにかく過激!

    しかしながら、哲学者という職業柄か、
    実にその抗議は理論的。
    例えば・・・
    バスの中のアナウンスがうるさいと感じたら・・・

    バスの車内の放送はテープにとって文章に起こします。
    不要な部分に傍線を引いて、責任者に詳細な理由をつけた手紙を送りつけて削除せよと迫ります。

    まず拒否されます。

    すると再び反論の手紙を書いて、事情が改善されるまでつづけます。

    現場でいきなり責任者に放送中止を申し入れることもあります。一回で解決することはありません。
    時には、何度も出かけて行って直接、会談をすることもあります。
    こうした筆者が不必要と感じた様々な音に対する抗議と経過の記録それがこの本です。

    最初読んだのは大学のときですが、
    とにかくびっくりしたというのが感想でしょうか。
    「ここまでやる人がいるんだ・・・」という驚きです。

    というか、それまで駅の騒音、スピーカーの騒音に対して何も感じていませんでした。
    存在は分かっているものの、それがうるさいとも、役に立っているとも思ってなかった。

    あることが当たり前だと思っていた(あきらめていた?)。

    しかし、この本を読んで、何度も出てくる言葉
    「この音は本当に必要ですか?」というのを考えて外に出てみると、
    なるほど、必要じゃない、
    むしろうるさいなぁと感じるようになった。
    そんなきっかけの本です。

    この本を読まれた方の賛否はかなり分かれると思います。

    「そこまでやらなくてもいいではないか」と思う人が多数ではないでしょうか。

    でも、だからこそ、それが、騒音大国日本が滅びない原因なのではないか。

    この本は、そんな警告を与えているような気がします。
    ちなみに、
    この続編「うるさい日本の私2」もあるようです。

    こちらは私も読んでいませんので、いつか読んでみたいと思います。

  • 聴覚過敏のある人が身近にいるので、その苦しみと理解のされなさが学べる。なのにだんだん笑えてくるのが中島先生のすごさ。ちなみに、うるさいのは、「日本」と「私」の両方にかかるのだそうだ。

  • 8/2 2012 おもしろすぎる…………………
    マジメに語る著者に影響され、今後は街に出掛けるのも
    危ぶまれる自分が心配。

    ちょっと脱線して、「親切の押し売り」に対しても
    多いに共感!!!
    顔が笑えてくるので外で読めない


    引続く


    その後。
    さらに読み進めていくと、
    もはや笑えなくなってきた。
    真剣にこに著者の訴えている事が
    今の日本にとってとても重要な事ではないかと
    思える。

    「いじめ」に関して
    【引用】
    …他人の気持ちが「わかったつもりになる」ことをやめ、他人を徹底的に自分とは「異質な者」として見る態度をやしなうことが必要であろう。…相互に「異質」であるからこそ、そこにおたがいに安易には介入することのできない領域を承認しあい、尊重しあう態度が開けるのだ…

    同意!
    8/6 読了。

  • このタイトルをみてわからないのは、うるさいのは「日本」か「私」である筆者なのか。それは両者であることを、あとがきで述べている。
    日本のうるささは私も非常に困っていて、一番困っているのは電車。白い線から下がってください!下がってください!三列で並んでください!と、耳元でいきなり声を出されたことがある。
    私はしょうがないから、違う場所に移るにとどまるが、筆者のすごいところはこの問題を真正面からぶつかる点にある。「ウルサイ!」とまずは一括し、責任者をよびよせ、徹底的に議論する。
    その殆どは効果が少ししかでないのにもかかわらず、音の問題に立ち向かう筆者の執念を感じる。
    筆者があげる、問いを殺す姿勢が日本にはあるとおもう。東電のやりとりをみていても、先に答えがあるようなきがしてならない。本来はやりとりによって、自分が変わっていくことが大事なのだが、そうではなくて上からの指令を徹底して守ることが重要視されている。個人が立ち向かう虚しさと、少しだけわかってくれている人がいる事実がこの本にある。対話とは何か?と考えさせられた。

  •  著者が広く知れ渡ることになった本。正直、うるさいことよりも「待たされる」ことの方が多く、怒りを覚えることが多い自分にとってはそれほど共感できる部分は少なかったが、ただうるさいことも待たされることも、その背後には「なんにも考えない」大衆の存在があることは間違いないのである。

  • 私は、今まで「みんなの迷惑になるからやめなさい」という注意に疑問を持っていたものの、それを言語化できなかった。

    しかし、この本は、そのもやもやとした気持ちを解消してくれた。

  • 戦う大学教授である中島氏の著書。図書館で借りた。若干クレーマー的な表現もあるので読み苦しいところもあるが、かなり納得。

    電車やデパートなどのスピーカー音は騒音であり、騒音を苦にするマイノリティな人への理解が足りない世の中を嘆いている。
    聞いてもいない放送を、少数の人の為に流すのは本当に環境やお客様のことを考えているのか。責任逃れのためだけだと。
    優しさがいじめを算出し、察っすることを強制し語らせない教育が幼稚な人間を作り出し、言う内容より言い方を気にする姿勢がダメだという。今迄の価値観をひっくり返された。

  • 問題意識を持つ大切さはわかるが、ちょっと怖い。

  • 著者は、日本の街中にあふれる大量の放送が許せない。「本日は○○マートをご利用いただきましてありがとうございます。エスカレーターにお乗りの際は、手すりにつかまり黄色い線の内側にお立ちくださいますようお願いいたします。小さなお子様をお連れのお客様は・・・」。このような不必要で、万が一訴えられたときに「注意は促していた」と言い訳をするためだけに存在するアリバイ放送に対して、著者は徹底した抗議を挑む。

  • 著者が言いたかったのは、『黙ってないで、とにかく語ってみよう!』の一言に尽きる。
    分からないなら聞く、曖昧な日本人の美徳を捨て、態度表明をしましょうと。
    閉塞感に満ちた日本の原因の一端はここにあると思います。
    情報公開を訴えている姿に賛同します。結局自分の起こしたアクションを反省し、 または他人から指摘を受けてフィードバックしてその後の行動に役立てるしか成長はないと思います。
    曖昧にしてては成長の過程そのものが存在せず、 例えば恋人に料理を作ったとして、相手が曖昧な反応をしてては
    『もしかして口に合わなかったのかな?』と 暗闇の中を盲進するしかなくなってしまいます。
    相手が一言でも指針を与えてやれば(美味しかった!や不味かった等)、 それに沿った次の行動が出来るように(Plan-Do-Check-Action、PDCA理論ですね)。
    また、優しさの理論は面白いです。普段優しく接している人も、 『実は気付かないうちに誰かを傷付けているのではないか…』と憂えるのはよく分かります(笑)
    ただ、皆が皆自分の意見を主張するのも困った事になります。
    ホッブズのリヴァイアサンのように『万人の万人による闘争』は避けられません。 ただし、騒音の奮闘から情報公開を導いたアプローチは哲学者ならではというか、 特筆すべき点でしょう。
    『日本人よ、もうちょっと主張しようよ!』と。

    著者は大学教授で哲学を専攻しています。 彼の哲学書は魅力的なのですが、 この本を読むと『ここまでクレーマーだったのか!』と驚愕します(笑)…

  • 筆者の指摘に感服。
    日本人全員に読ませたい。

  • 公共の場で、ごく当たり前となっている館内放送や案内
    列を成して並ぶ場において、「最後尾はココです」と大声を張る従業員
    海で「砂浜は暑いので、お気をつけ下さい」と言ったアナウンス

    静かさを求める人からしてみれば、騒音以外の何者でもない実態

    「注意をすればアナウンスはいらない」と説く筆者と
    「注意をしないことでクレームが起きる事を避ける」現場の従業員etc
    様々な人に対して、筆者が熱く、時には過激な行動に出る


    本題に入ってからが読み応えがあると思う
    それまでは正直、読み飛ばしでも…

    アナウンスが無くとも、張り紙・案内表示で注意を促す社会
    しかし、それで問題が起こると「アナウンスが無かったからだ」と怒り出す人がいる

    「注意深くいれば、問題ない」仕組みでは事足りず
    「注意深くいなくても、問題ない」仕組みを求める多数派

    根幹にあるのは、問題が発生した時に『私は悪くない、○○が□□だから悪い』と言う多数派

    幼稚化する日本人の多数派に対する警鐘
    それを語りたかったのではないだろうか?
    そんな思いがある


    ある種、過激な著者の行動に対し、疑問を感じなくも無い
    同時に、今の世の中で、ここまで真剣に行動できる人も少ない気がする

    【人生の教訓】

    ○作業の標準化・他己責任転換は、日本人を幼稚化させてしまわないか?

    ○過剰なサービスを当たり前に受け入れている危険性

    ○公共の場において、当たり障りのない意見以外は、何事もなかった様に抹消される

  • 2000/1/15
    こうすりゃ、良いのだ!を きちんと やりきってはる人がこの世の中にいる! この本は「こんな日本じゃ…」とほんの少しでも思っている人には ぜひ おすすめしたいもの。これまで何十人の人に薦めたことか。
    言いたいことを言う!というのは大事です!

  • 騒音や信号機、電車のアナウンス...
    世の中は騒音にあふれている。
    また公告やネオンサイン、なぜ日本はこんなにうるさいのか
    著者の鋭い指摘が随所にあります。

  • がまんできないことがあるって、つらい。それを理解してもらえないものつらい。この本を読まなければ、「自分だけ」かと思ってたかも。そうでなくて良かった。

  • 駅もうるさい、駅前もうるさい、バスの中もうるさい!「善意に満ちあふれた注意アナウンス」があふれる日本社会に物申す哲学者の実践体験談。無茶苦茶面白い!意識すると、本当に静寂がない国です、日本は。

  • これは中島さんの本の中でもあまり毒がない一冊な気がします。いや、本人は大真面目なんだけど……。
    僕はその真面目さにやられて騒音を気にするようになりました。

  • 途中でやめた。
    スピーカー音がうるさい、と怒る理由はもっともなんだけど、しつこくて。

  • 中島義道のすごさを知った。

  •  世間で蔓延している「そんな事まで放送しなくていいよ」的な、過剰放送と戦う筆者の何故だか笑える戦歴の数々。この人のすごい所は、直接、手紙書いて、電話して、出向いて、偉い人や担当者を呼び出して、説得に懸けるところ。
     実際、実家への帰り道に通る「いつからこんなうるさくなっちゃったの!?」という駅で戦った話には、感動しました。だって、今は静かで落ちついた駅に戻りましたから。
     うっかりファンレター書きそうでしたよ、まじで。
    (^_^;)b

  • マジョリティに理解されない苦しみを持つマイノリティの戦い。「察する」から「語る」事への転換の必要性。

  • この人の音に対する感覚の鋭さって何だろう?すごい。普通の人なら「仕方がない」で済ませられる範囲のことを、自分の最大の環境に持っていこうと奮闘しています。小心者の私には決して出来ない戦いの数々、読んでいるうちに何だか応援したくなってくる(笑)

  • 07/01/12〜
    はじめてのデートで待ち合わせ場所についた途端「これはまさに僕が思うところだ」とか言われて貸された本。ぐちぐち言っててなかなか進まなかったけど、全部読んだ。

    要は、『静音権』を主張しているわけだけど、駅のエスカレータの放送だの、選挙カーだの、美術館の案内だの、どこでも構わず突撃していくのは、天晴れです。

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