日本語は天才である (新潮文庫)

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著者 : 柳瀬尚紀
  • 新潮社 (2009年9月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101480121

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日本語は天才である (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 日本人に限らず、母国語を愛している人は多いだろう。
    だが、日本人の日本語好きは一種異様なまでである。
    かくいう自分も日本語好きを公言して憚らない一人であるが、首を傾げたくなるのは「日本語好き」を通り越して、「日本語は他言語より難しい」「日本語は特別」という意識がある事だ。
    日本語贔屓の本の中で往々にして現れるその意識が、何と鼻につく事か。

    さてこの『日本語は天才である』にもその卦はあるが、それにも関わらずあまり反感を持たずに読めてしまった。
    勝因としては「日本語がいかに特別か」についてではなく、「日本語の面白さ」について書かれているからだろう。
    講壇で実際に語っているようなくだけた語り口も一役買っている。
    時に口語体の文が逆に気になる事もあったが、方向性として日本語の面白さを伝えるのには悪くはないのだろう。

    個人的に興味を惹かれたのが、いろは歌。
    平仮名全てを一文字ずつ用いて歌を作るというものである。
    制約が多いにも関わらず、実に多種多様なものに化ける。
    音声学としてみると、日本語はむしろ乏しい言語だと思うが、それが文章になった途端生き生きとしてくる。
    日本語は書き文字の文化だと思う所以である。

    ざっとであるが色々な視点から書いてあるので、なかなかに面白い読み物に仕上がっている。

  • 最近、逝去された名翻訳家による本。日本語の素晴らしさが分かります。

  • 2016.8.20市立図書館→購入
    夏の訃報を聞いて、久々の再読(文庫化したときに買って読んだ記憶はあるが本が行方不明ゆえけっきょく借りた)。
    中高生にもわかるような講演スタイルで、翻訳の作業を通して日々体感する日本語の天才ぶり(柔軟性、豊かさなど)を説くエッセイ。方言、漢字、ルビ、敬語、ことばあそび…隅から隅まで使いこなしていたからこそ書ける賛辞だと思う。猫と将棋を愛する日常も垣間見られて気楽に読める一冊。

    井上ひさしも、丸谷才一も、大野晋も、そして柳瀬尚紀も逝ってしまった今、こんなふうにゆたかな日本語を使いこなせてかつその素晴らしさを広められる使い手は残っているのだろうかとちょっと不安になる。

    読了後、書店にて増刷されて売られているのを発見、即入手。文庫初版から7年ぶりの二刷は訃報を受けてのものと拝察するがともかくもありがたい。

  •  高名な翻訳家による、日本語の柔軟性を称えた随筆集。ことばあそび大好き人間としては満足でした。将棋の話題もチラホラ。

     「ら抜き言葉」について著者はやや否定的。超鋭敏なアンテナに引っ掛かるのでしょう。しかし個人的に、そこだけは共感しません。(言語学を半端にかじった身ですが)全然ありだと思います。さすがに、意識的に「ら」を入れるというのは不自然です。

    【目次】
    第1章 お月さんはなぜ怒ったのか?
    第2章 天才と漢字の間柄
    第3章 平和なことば・日本語
    第4章 「お」の変幻自在
    第5章 かん字のよこにはひらがなを!
    第6章 あずましい根室の私
    第7章 シチ派VSナナ派 真昼の決闘
    第8章 四十八文字の奇跡

  • 表紙は漱石の『吾輩は猫である』風。

    ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』、この人の訳で読みかけて…しかし訳本でも挫折。
    それを訳すのがどれくらい大変だったかは、想像を絶する。

    堰(いせき)という言葉、この本でずいぶん久々に見た。
    たしか、農機具メーカーでこの名前のところがあったような気がする。表記は「井関」だったかもしれないけど。
    今やそのメーカーも、ブランド名としてはローマ字だったりして…。

    ほかに「デレッキ」なることば(炉の火を掻く棒)も初めて知った。

    日本語には罵倒言葉が少なく、平和的な民俗なのだ…という主張にはやや疑問もあるけれど、上代の言葉から漢語、カタカナ語、さまざまな言葉を駆使できるこの人のすごさがよくわかる。
    「自分がえらいんじゃない、日本語がえらいんだ」、という柳瀬さんの言い方が、謙遜も過ぎてかえって嫌味に響いてしまうほどに。

  •  昔、「グッドモーニング・ベトナム」という映画を見た。字幕監修が小堺一機さんと関根勤さんだったのだが、むこうのギャグをイマイチ訳し切れてなくて、もう少し笑えればいいのにと思ったのを、妙に覚えている。

     この本の著者は翻訳家である。しかも、相当な日本語の達人である。むこうの言葉のニュアンスを、日本語を巧みに駆使して、訳してしまおうという試みが実に面白い。そして、それができるから「日本語は天才」というわけだ。いや、天才なのは著者の方である。

     例えば、p.15
     You are a Full Moon.と声をかけられ、
     You are a fool, Moon.と聞き違えて月が起こる場面、これをどう訳すか。
     「きみは満月だ。」「きみはバカだ、お月さん。」と訳せば、英文解釈としては間違いありませんが、なぜ聞き間違えたのか、原文の面白さがまったく見えません。
     そこで著者は、
     「されば、かの満月か。」「去れ、バカの満月か。」と訳したそうです。どうですか? 素晴らしいではありませんか。

     日本語の奥深さが分かるお薦めの一冊です。

  • 人気翻訳家の日本語エッセイであります。
    柳瀬尚紀さんの名前を初めて知つたのは、「翻訳の世界」といふ雑誌でした。もう30年くらゐ前でせうか。
    当時はすでに新進気鋭の翻訳家として名を上げてゐたのであります。『翻訳困りっ話』なんて著書もありましたね。
    翻訳家の条件として、まづ「日本語の達人たれ」とよくいはれる事ですが、柳瀬氏の仕事振りを見て「おお、なるほど」と実感することしきりなのでした。理想の翻訳家を具現化すれば、そのまま柳瀬氏の姿になるのではと思ふほどです。

    表題は石川啄木の『雲は天才である』をもぢつたものださうです。
    日本語が天才であるお陰で、翻訳家である自分がその恩恵を享受してゐますよ、と柳瀬氏は語るのですが、その天才たる日本語を操る自分も天才ぢやないかしらん、と読者に訴へてゐる気がしないでもない。ま、いいか。

    http://ameblo.jp/genjigawa/entry-11279330589.html

  • 猫好きなことは知っていた翻訳家の軽妙なエッセイ。個人史と翻訳の仕事の大変さと楽しさと。将棋ネタはルールすら知らないので詳しくなったら再読したい。

  • 柳瀬さんの「日本語は天才だ!面白い!」と伝えたいことが、文章からひしひしと伝わってきます。読んでいて何だか元気が出ますね。

  • 日本語って、未だに使いこなせないんですよね……へぇ、そうなんだ、ということがたくさん載っていました。著者は有名な翻訳家さんらしいので、翻訳家やってる人とか目指している人とかは読んだことのある人が多そうな本。

  • ダールの翻訳の後書きで、猫舌流英語練習帖を知りました。
    その後、著者の本を図書館とか本屋でみかける度に読むようにしています。

    言葉に対する真摯な取り組みには頭が下がります。
    自分達の書いている規格やマニュアルの翻訳のReviewerになって欲しいと思うのは贅沢でしょうか。

  • 翻訳家の著者がエッセイ調で語る日本語のあれこれ。
    日本語の変幻自在な柔軟さ、何でもござれの面白さが、そこでお喋りしているように語られています。遊び心に溢れた言葉と文章なのでとっつきやすく、どの内容も気軽に楽しめました。

  • 2009年10月16日読了。面白かった。「喧々諤々」も「独壇場」も誤用からきてるなんてー!!驚きとともに、日本語の奥深さを知る本。

  • 本当に日本語ってすごいな~それを自由自在に扱う柳瀬さんの翻訳も天才だと想う。

  • 圧巻はいろは歌です。いろはにほへと・・・「行末に「とかなくてしす」。つまり「咎なくて死す」というメッセージが浮かび上がります。」全く持って戦慄ものです。

  • 日本語は天才である。
    柳瀬さんは粋である。
    我輩はにゃむである。

  • 日本語をもっと知りたい。そんな探究心をくすぐられる日本語の入門書でした。

  • 2010年4冊目。
    ところどころムリが見え隠れしていましたが、
    まぁ、「ほほ~う」と思うところも多数~。

  • 翻訳不可能と言われたジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」を翻訳した、柳瀬尚紀氏の日本語にまつわるエッセイ。
    柳瀬氏に「日本語は天才である」といわれると、まだまだ日本人って凄いんだぞ!と誇れるような気がしてきます。

  • 日本語に関する著者の雑学や思いついたことを、思いつきのままに書いたエッセイ、に読める。内容の方向性には面白味があるものの、内容的には薄めなのが残念。「調べてないからわからないけれど、多分こうだと思う」ってのはブログに書き散らした文章なら許せるけれど、本にまとめるならどうなんだろう?

  • 期待していた内容と違い、ただの日本語がテーマのエッセイだった。

    竹内整一著『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか (ちくま新書)』のような内容だと期待していたので、全然違っていた。

    エッセイの内容にも面白みはなかった。

  • いやぁ、参りました!『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳がどれほどの偉業であったか、ここまでしなくては(できなくては)いけないなんて、と、ほとんど茫然自失。だけど……!?「!?」と「?!」の区別なんて……?!気を取り直して、とにかくただただ面白がって読むことにしましょう。どの章のどのトピックも、まっことほんにそのとおり!それでいいのだ!!これでいいのだ!どこもかしこも「お薦め」なので、引用は避けようと思います。日本語も著者も凄い!物すごい、スゴーくいい!!あー、さて。一箇所だけ、「抑揚」について。抑揚は、「紙の上」に表せない、難しい。「ふるさとの訛り」というときの「訛り」のかなりの部分は、この抑揚だったりします。それについて著者は、「抑揚は、いまもってよくわからない」と書きます。そして、「トリノオリンピックという言葉を初めて耳にしたとき、鳥のオリンピックという珍しい催しが行われるのだと思いましたね。冗談じゃありません。」って、私もそうだったから可笑しくて(どーしてくれるのよ、電車の中で「あはっ!」って声を出しちゃったじゃん)。私もまた、何度聞いても「鳥のオリンピック」にしか聞こえなかった。でもそれは私にとってとても愉しいことで、毎日、いろんな鳥たちが何かを競っている場面を想像しては心が和んだものです。(「猛禽とその他の鳥とは競技で一緒にしてはいけないな」とか「ご褒美のメダルはメダルでいいのかな、お好みのものがいいのかな」とか、様々な心配もしたり)。すでにこの冬は次のオリンピック。ちょっと時差があるけれど、スーパーダウンヒルなどは中継で観たいなあ、今から夜更しの口実を作ろうか知ら。

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日本語は天才である (新潮文庫)の作品紹介

縦書きも横書きもOK。漢字とかなとカナ、アルファベットまで組み込んで文章が綴れる。難しい言葉に振り仮名をつけられるし、様々な敬語表現や味わい深い方言もある。言葉遊びは自由自在-日本語には全てがある、何でもできる。翻訳不可能と言われた『フィネガンズ・ウェイク』を見事に日本語にした当代随一の翻訳家が縦横無尽に日本語を言祝ぐ、目からうろこの日本語談義。

日本語は天才である (新潮文庫)の単行本

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