東京大学応援部物語 (新潮文庫)

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著者 : 最相葉月
  • 新潮社 (2007年10月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101482248

東京大学応援部物語 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 体育会の試合に必ずいて、声を涸らして腕を振りあげ、会場と選手をつなぐ不思議な存在、応援団。どうして彼らは他人のためにああまで本気になれるのか? 東京大学応援部の合宿にまで同行して取材したという紹介にひかれて読んでみました。以下、ここからは東大応援部に敬意を表し(?)、「応援団」の呼称はすべて「応援部」に統一いたします、押忍!(←とか最近でも言うのかなぁ?)

    この物語は、東大応援部の物語ですが、同時に、連戦連敗の東大野球部の物語でもあります。普通、応援の喜びは、勝利の喜びをともに分かちあうことにあるのではないのか、という想像は容易にできますが、じゃあ、その勝利になかなか立ち会えないときは?どうやって、その応援のモチベーションを保ち続けるのか? 試合中、今回もだめか・・・という気持ちをどう振り切るのか? 今時、上下関係の厳しい応援部で自分のことを「わたくし」だなんて、時代遅れではないのか? そもそも東大に入ってまで応援部?

    そんな疑問は、すぐに吹き飛ばしてもらうことができた。野球部がなかなか勝利を手にできていない「事実」なんて、応援部の彼らは百も承知している。でもそれは、野球部を勝たせるための応援ができなかったからだ、と自分たちの未熟さを責め「拳立て100回、やらせていただき」、さらに厳しい練習へと向かわせるのです。

    とはいえ、応援部の「使命」としてそのようなことは理解できても、一人の学生として、感情で整理できない部分も当然あります。この本では、そういった応援部員の心の中身までぐっと迫って引き出しているのがおもしろい。バンカラ東大生もやっぱり普通の学生。(あ、普通とは言っても賢いけど・・・・)
    応援部員である自分と自分の素の気持ちとの葛藤に悩んだり、逃げ出したり、割り切ったり・・・そんな人間らしさが垣間見ることができて、美談だけでない内容になんとなくほっとしつつ、どんどん東大応援部の世界に引き込まれていきました。

    特に印象的だったシーンは、夏合宿の最終日、試合を想定して仮想の通し試合の応援練習をするというところ。チアリーダーもブラスバンドももちろん一緒に。一球一球想定した試合運び、見えない対戦校と戦っている見えない野球部員の名前を叫び、得点したと言っては興奮のままに演奏し、叫び、手を振り、踊る・・・。
    応援がこの部の使命とはいえ、ここまで、なりきってできるものなのか。ちょっとぞくっとすると同時に、ここまでの準備をしてのぞむ東大応援部の晴れ姿を、神宮で観てみたいなあと思ったのでした。

    この取材がされてから、もう数年の時間が経っていて、単行本から文庫版になるときのあとがきにもあるように、応援部の姿もだいぶ変わったのだろうと思う。さらにそのあときからも時間が流れている。もう、以前のように、自己犠牲は美しい、とか、自分たちが未熟だから、応援が足りないから野球部がに勝ちを届けられないのだ、なんて真顔で言う人たちは、ひょっとしてもういないのかもしれない。
    それならなおさら、この本に出会えてよかったな、と思えるのです。

    でもどこかで、こんな人間くさくて、そして、硬派でお茶目な「応援部の常識」が、ひっそりと生き続けていたらいいな。

  • 夕方の講堂前。聞こえてくる学ラン姿の男たちの野太い声。ジャージ姿で練習に励むチアガール。

    東の雄が東大なら私の職場は西の雄なので、そういった光景は日常的に目にする。そのたびにしょっぱい感傷を覚えながらも、応援部なる人々の実態については実はよく知らなかった。

    華やかで可愛いチアガールには憧れたものの、男の子なら自分がプレイヤーになりたいものじゃないの?何故応援する側に?チアガールとお近づきになるため?と邪推していた。ごめんなさい。

    こんなにも体育会系でバンカラ気質で、過酷な練習にさらされる部活だったとは。殴られ、ビンタされ、拳立てでボロボロになる練習。応援するのはスポーツ強豪校とは違い、阪神並みに負け続きの東大野球部。勝てないチームを矛盾に満ちた葛藤を抱えながらも声を枯らして応援する。ただそれだけの為に、単位やプライベート、楽しげなキャンパスライフを投げ打って。

    私には到底真似できない。何故彼らがそこまでするのかも、きっと完全には理解出来ていない。けれど、ひたすら眩しく羨ましくなった。プレイヤーにならなくても、体育会系でこんなに熱くなれる場所があったのか。

    訳もわからず無我夢中で打ち込んできた人、矛盾や理不尽な出来事に何度も辞めようと思いながらも四年間やりきった人、退部と復部に揺れながらもやはり戻ってきた人。皆にエールと花束を。

  • 元々、応援団という集団が好きなので、面白かったです。東大という、はじめから勝てないだろうと思われる運動部を応援するところに所属する、というそもそもの動機ってなんだろ・・・という興味もあったのですが、あまりそこのところには触れられてなかった。実際、そこを考えては入部していないのかも、とも。でも、応援を重ねていくうちに、勝てない、また勝てない・・・と、応援部の存在意義、自分たちの活動の意味を哲学的な考察まで持っていくところに感動。また、滅多にない勝利のとき(立教戦だった)の彼らの喜びの大きさったら!「学生注目!」(なんだ!「勝ってるじゃないか!」(そうだ!)のやり取りには涙が出ましたよ、私。そして、応援部所属の吹奏楽部・チアー部には当然女子もいるわけで、彼女たちの思いや引退時のコールには、(この本ではあくまで脇役なんだけど)もう涙・涙・・。理不尽なことがすごく多かったり、また講義に出れなくて留年したり、と誰にでも応援部入るといいよ、とは言えないけど、(だいたい、東大に入らないといけないわけだしね)4年間、燃焼した部員に得られるものの大きさを教えてくれた一冊でした。そうそう、何年生であっても応援部に4年間在籍したら引退しなければいけない、という決まりも面白い、というか、これはリーズナブル、と思いました。

  • あまりに(熱|暑)すぎるノンフィクション。
    筆者が意図的に距離を置いて淡々と事実を伝えているのも、この本の熱気があってこそ活きてきます。

    東大理系出身としては、

    ・野球部が勝つなんて夢物語。応援しても報われない
    ・平日が潰れる部活なんてあり得ない

    という感じを持っていました。
    だとすると、応援部というのはもう完全に異世界。
    更に読了後、時代の波をシャットダウンするかのような、恐ろしいほどの伝統の濃さを感じました。
    時代の波に、少なくともこの物語が描かれた頃までは抵抗できていた。

    そんな異世界の中で4年間を過ごすとどうなるか、そしてそんな立場で応援している時のあまりにもレアすぎる勝利の味がどうかといった所を、愉しませて頂きました。

  • 応援部という特殊さに加え、「なぜ東大生が・・・」「勝てないのに応援する意義とは」の2つが加わり、メンバー自身をも苦しめていく。
     この応援部で起こる出来事は全て漫画やテレビドラマの世界のような、しかし全て真実である。リーダー達の一人前になっていく姿、それを見る残りのパートのメンバー。はっきり言う。応援部の人たちは考え方が他の人と違っていて、応援部を当たり前のようにこなしているのではない。それは違う。2回練習から逃亡し、退部届けまで書いた3年生ですらいる。それでも応援部のメンバーは自己を問い続ける。卒団した先輩までもが後輩の説得に当たる。「お前の気持ちは本当なのか。」
     そして、彼ら彼女らは一様に気付いていく。「応援部の中にしか自分の役割が果たせる場所はなく、その役割は充実していて、何事にも変えがたい。応援部を辞めたところで、これに勝る居場所など無いのだと。」
     
     筆者最相葉月の応援部との距離感が絶妙だ。あとがきでも書いているが、文章の端々に応援部という異様ではあるが、20前後の若者が自分の全てを投げ出して、真剣にぶつかる姿に理解を示し、無上の愛着を持っていることが伝わってくる。
     単なる趣味で読んだ本だが、ある意味哲学を示しているような気がする。見出しても見つからないかもしれない矛盾、理不尽、それに対する答え。こうした応援部の実情は今の日本の不透明さに似たものを持つ。4年間という期間限定ではあるもののこれに全力で臨む彼らの真摯な姿に心打たれた。

  • 思わず硬派ではないオレも、目頭にウルッときた・・。

    いたなあ・・こういうヤツラ。ガクランをこよなく愛する熱血の男たち。



    大学に入ってから、最初に授業の説明を受ける際に教室に妙な違和感があった。

    それはガクランを着ている連中が教師のサポートをおこない、やたら声のデカいこと。

    テキパキと働く彼らと、受験勉強をやっと潜り抜けて大学に入り、ボーッとしているオレたち。

    同じ大学生なのに、随分と違うものだ・・あいつら何なんだ?

    なんであいつらは、大学に入ってまでこんなことしているのだろう?そう思った。



    オレも東京六大学のはしくれであったため、神宮の大学野球は何度か行った。

    応援団の統率の取れた応援方法には、別の楽しみがあった。

    野球部のチャンスに水をかぶり、声をからし、ガクランの汗が塩となり白くにじむ。

    そして負けたら、大学まで走って帰るという・・。



    就職する際に、応援団やスポーツ部の連中は会社ウケするし、就職に有利だという話をよく聞いた。

    しかし、だからといって運動部に入ろうとは1回も思わなかった。

    大学に入っても、自由が無いし、理不尽なことで先輩に殴られるわ・・

    そんな4年間を過ごすなんてバカバカしい・・そう思っていた。



    ナンパな4年間の大学生を送ったオレ。

    しかしそんなオレも、心のどこかではそこまで一つのことに夢中になれる彼らをうららましく思っていたのか。

    この本の途中途中で、ちょっとグッとくるシーンが何度もあった。

    自己犠牲の姿は決していいものではないかもしれないが、感動を呼ぶ。



    でももう一度大学生活を送れることになったとしても・・やはり、応援団には入らないと思うけど(笑)

  • もともと応援団という組織に違和感があった。それを払拭する『何か』を期待して購入したが、何も見つからず。残念。

  • 納得できる部分もあり、そうではない部分もあった。体罰は納得できない部分であった。

  • 極めて勝ちに程遠い運動部を応援する,という行為のいずれに価値を見いだすか,そして自らの行為を正当化するのか,その思索懊悩に涙を催す.

  • 【本の内容】
    東京六大学野球。

    連戦連敗の東大。

    そんな彼らをひたすら応援している学ラン姿の応援部。

    体面などかなぐり捨てたその姿に惹かれて取材を始めた著者が見たものは-自己犠牲は美しいと語るリーダー長、先輩には絶対服従の新入生。

    彼らは応援に何を求めているのか?熱い時間を生きる彼らの姿が、胸を打つ。

    東大生をはみ出した男たちがくりひろげる、感涙必至の熱血青春ドラマ。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    人は人生にいくつのハードルを持ち、一体今は幾つめの障害を前にしているのだろう。

    東京大学合格。

    傍目には最難度の障害に思えるが、その次に彼らが選んだ応援部は、受験勉強以上に過酷な障害があるコースだった。

    体罰、先輩からの理不尽な命令、酷暑での星飛雄馬ばりの猛練習、必死の応援をあざ笑うかのように負け続ける野球部。

    努力に見合った成果が得られる勉強の積み重ねが得意な彼らに、それは「やってられない・空しさ」との対峙だったろう。

    もしかしたら初めての屈辱だったかもしれない。

    著者の最相は、1年に渡って同応援団に寄り添う。

    炎天下の合宿に、「辞めたい」「辞めるな」の瀬戸際に、恥ずかしそうに恋愛を打ち明ける夜に、1年が経過しても尚、迷い続ける部員の真面目さに。

    目が覚める本だ。

    こんなにも一生懸命になったことってあったかな。

    学年や学校を超えて、それでも「支えてやりたい」と思う人間がどれだけいるだろう。

    逃げていないか、困難に。

    OBの一人が「ぶよぶよした個性」というたとえを使って、自分が応援団に在籍した理由を語るシーンが心に残る。

    そこまでするから東大なんだ。

    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    ずっと疑問に思っていたことをぶつけた。(略)
    応援とはもっと試合を観ることでは無いのか、そもそも試合を応援したい客は応援部のいる学生席にはすわらないのでは無いか、と尋ねたのである
    すると、鶴崎は小さくため息をつくと、「ええ、矛盾なんです。」と言った。
    -----

    力の限り応援する。そもそも応援するって何?自己満足なんじゃ無いの?
    そういうことは、中にいる人たちが一番考えている。

    ふと振り返れば、私達が今していることも理解が無い人・興味が無い人にとっては、応援団と同じような目で見られている。でも、何かに向かってがんばっている。そこにある人と情熱は変わらない。そんな気がします。

  • 確かに、圧倒されるほど濃密な内容で涙もこぼれます。が、
    あっというまに終わってしまって、
    余韻にひたるにも短すぎて…ああもっとひたっていたかった。
    これでもかこれでもかというほどの長さがほしかった。

  • 六大学野球で負け続ける東大。その野球部を応援する応援部を奇異に感じる人は多いに違いない。その理由を本書が明らかにしてくれる。14.3.30

  • 応援や練習の意義を見つける難しさと葛藤の中から、一言ぽっと答えらしきものが発せられる。2013年、論文執筆中のツライ時期に彼らの姿を度々見て、自分自身を鼓舞した。心身共に鍛え上げられた彼らの姿に敬服する。

  • 最相 葉月 『東京大学応援部物語』
    (2007年11月・新潮文庫/2003年9月・集英社)

    東京六大学野球。連戦連敗の東大。そんな彼らをひたすら応援している学ラン姿の応援部。
    体面などかなぐり捨てたその姿に惹かれて取材を始めた著者が見たものは――
    自己犠牲は美しいと語るリーダー長、先輩には絶対服従の新入生。
    彼らは応援に何を求めているのか?熱い時間を生きる彼らの姿が、胸を打つ。
    東大生をはみ出した男たちがくりひろげる、感涙必至の熱血青春ドラマ! (新潮社HPより)

    最相葉月氏。『青いバラ』『絶対音感』の著者で、最近は『星新一 一〇〇一話をつくった人』のほうで高い評価を得ているよう。
    その人が応援部?!なんとなくイメージが違うように感じたが、どんな風に料理するのか興味津々で読み始めた。

    最初はなんてことのないノンフィクションであった。
    夏合宿中の応援部の面々の練習風景、横顔、コメントが非常に淡々と描かれていく。
    応援部という前時代的なシロモノを、どちらかというと少し距離をおいてとらえている。

    それが読み進むうちに180度違う世界が見えてくるから不思議である。
    細かな描写が積み重ねられ、部員たちひとりひとりが抱える葛藤に触れていくうちに、ふと気づくと、彼らに並び立って応援している自分がいた。

    文章が途中で変化するわけではないし、胸を打つ表現がそこに書かれているわけでもない。
    なのに読者を引き込むこの力強さはなんなのだろう。

    それはきっと、最相さんが取材当時の自らの気持ちを正直に伝えているから。
    だからこそ読んでいる我らは彼女の視点が理解しやすいのだ。

    応援部が好きだからこの本を読む、という人は少ないだろう。
    私のように、え?応援部?あの暑苦しい集団かぁ・・・、と後じさりしながら読み始める人のほうが多いかもしれない。
    そんな読者に最初から応援部の良さを力説しても伝わるものではない。

    最相さんは作中で何度も問いかける。
    応援とは何なのか?自己犠牲?自己満足?
    そしてその答えを、我らも知りたいと思うのだ。

    1年間彼らのそばにいて、見たこと、聞いたことを、そのまま伝えてくれているから、彼女が好きになった彼ら応援部のことを、ボクらも好きになることができる。

    東京大学応援部に感動させられ、最相葉月の力量に感服させられた作品であった。

    80点(100点満点)。

  • これってエッセイ?ノンフィクションってゆーの?出張先で同僚から貰いました。

  • やはり同じ運動会。思うところは僕らと何も変わらなかった。
    辞めたら今までやってきたことが無になる怖さ。人との繋がりを失う怖さ。
    1、2年は何も考えないし考える暇も無い。3年になって考え出して、4年で悩む。でもその頃にはもう引き返せなくなっていて、自己を肯定するしかないのだなぁ。

    解説は変に美化しようとしていて気持ち悪い。
    本書を読む限り、応援する側とされる側の交流はほとんど見られない。
    応援にどれだけ心がこもるかは、応援する相手をどれだけよく知り、深く関わってきたかに因ると思っている。その点は同じ部員が応援するのとは違う。
    試合や壮行会で会うだけの選手を、がむしゃらに応援する。そこに自己満足、自己陶酔がないはずはないと思うんだけど。

  • @yonda4
    平成14年(2002年)の東京大学応援部にスポットライトを当てたノンフィクション。

    -応援するということ-

    本文からの抜粋
    「応援する人間は、応援される人間よりも強くなければならない」元立教大学団長宇津祐介

    「『がんばって』と言うのはたやすい。しかしその言葉を口にできるのは、本当は、がんばっている選手と同じぐらい、いやそれ以上に、がんばってきたものだけなのだ」文庫版あとがき三浦しをん


    東京六大学野球の中で、東大はある意味別格だ。


    滅多に勝てないから。


    はっきり言って、応援のし甲斐なんてあるの?と疑問に思ってしまう。応援団の練習はきついし、上下関係は理不尽だし、勉強もできないし。役に立つことなんかないじゃないか、と。


    でも、そんな特別な環境をやり遂げた人にだけ得られる大切なものがある。

    平成14年秋、対立教戦で勝ち点を挙げた。
    「人のためにこれほどの想いで応援したからこそ、人のためにこれほどまでに喜ぶ資格がある。試合に勝ち負けはあっても、応援には勝ちも負けもない。だが、この日、東大応援部は確かに勝利を手にしたのだ。」(本文より)


    2010年5月25日の立教戦を落とし、東大野球部は31連敗で、10年春季を終えた。
    どんな状況でも東大応援部はエールを送り続けている。

  • 弱くて、問題をいっぱいかかえているチーム、それでも大好きで応援せずにはいられない愛すべきチームを持っている人(つまり私みたいな人)に読んでもらいたい本です。

    何年か前に読みましたが、また本棚から取り出してきて読みました。

  • 最相葉月は好きなのでよく読むけど、これはあまりいただけなかった。東大応援団という対象におもしろみが感じられない。世の中、もっと突拍子もないことにとりつかれてる人はいる。

  • 応援部を見る目が変わるかも。

  • 過酷な練習に耐え、ひたむきに応援する姿に感動。

  • 応援団出身ではないですが、学生のころを思い出しました。なぜ応援するのか?

  • はい学生注目!勝つ事の少ない東大運動部にあって、その応援をひたすらにする東大応援部。「何のために応援するのか?」どうしても自問自答してしまう彼らの1年を追ったノンフィクション。参りました。電車の中で読めない指定A級です。

  • ご存じのように、東大野球部はなかなか勝てません。
    その野球部員ではなく、野球部だけではなく、すべての部を応援する東大応援部のドキュメンタリーです。
    「勝てないのは自分たちの応援が悪いから」という応援部員の切ない活動の記録。
    クラブ活動の意味って、はっきりと分からずにいたけど、それが熱いほど伝わってきます。

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東京大学応援部物語 (新潮文庫)の作品紹介

東京六大学野球。連戦連敗の東大。そんな彼らをひたすら応援している学ラン姿の応援部。体面などかなぐり捨てたその姿に惹かれて取材を始めた著者が見たものは-自己犠牲は美しいと語るリーダー長、先輩には絶対服従の新入生。彼らは応援に何を求めているのか?熱い時間を生きる彼らの姿が、胸を打つ。東大生をはみ出した男たちがくりひろげる、感涙必至の熱血青春ドラマ。

東京大学応援部物語 (新潮文庫)はこんな本です

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