日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

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著者 : 末木文美士
  • 新潮社 (1996年9月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (412ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101489117

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ◆宗派の分類

    ・顕教
    ∟小乗仏教(部派仏教)
    ∟大乗仏教
    ∟浄土宗
    ∟自力系(般若系経典)
    ∟他力系(無量寿教)
    ∟三論宗
    ∟法相宗
    ∟華厳宗
    ∟天台宗(法華経)
    ・密教

    ◆悟りとは
    世界の因果を知ること。
    世界の認識が変わることであって別の世界(天国)に行くことではない。
    原始仏教では、この世界とは別の実体(見えない真理=イデア)を想定はしない。

    ◆悟りの類型
    ①声聞:仏の声を聞いて悟る人
    ②縁覚:自力で悟る人
    ③菩薩:万人の悟りのために自らを捧げる人

    ◆大乗仏教
    部派仏教を声聞と縁覚のためだけの教え=少数の者だけの悟りを目指すもの(小乗)だと批判し、菩薩の道を説く。

    【飛鳥時代】

    ◆人物
    ・聖徳太子

    【奈良時代】

    ◆人物
    ・鑑真

    ◆南都六宗
    奈良時代に日本で勢力のあった学問仏教の諸宗。
    ①具舎(小乗系)
    ②成実(小乗系)
    ③律(小乗系)
    ④華厳(大乗系)
    一即多(一つのものが全宇宙と対応する)。奈良時代は東大寺の中心教義だったが、平安時代になると、新興の天台宗、真言宗に勢力を奪われ衰退。
    ⑤三論(大乗系)
    龍樹(ナーガルジュナ)によって体系化。「空」=一切の言語概念による把握の否定。
    ⑥法相(大乗系)
    弥勒(マイトレーヤ)、世親らによる唯識派の思想が、玄奘によって中国経由で伝わったもの。心の分析に特徴。
    どの類型で悟るかは各人に定められており、悟ることができない定めの者もいる(五性各別論)。

    ◆法華経
    小乗と大乗の対立を止揚しようとする。悟りの三類型は仏陀が各人に分かりやすく悟りを説明するための「方便」であり、本来は全ての人が悟れる(一乗)とする(三乗方便、一乗真実)。

    ◆密教
    従来の仏教(密教は小乗も大乗も含めて顕教と呼ぶ)の根本原理であった「空」=無我=一切のもの(仏も含む)には実体がないという原理を超える思想。
    密教の絶対者大日如来(ヴィルシャナ)は永遠の宇宙的実体であり、これと一体化することによる自我の絶対化を説く。
    インド哲学ウパニシャッドのブラフマン(宇宙原理)とアートマン(自我の原理)の合一思想の影響も伺える。
    顕教が空思想により現世否定的な傾向が強いのに対し、密教は現世肯定的な傾向が強い。
    密教の現世肯定性、具体的現実や物質を重視する傾向は、日本人の宗教観に合っていた。
    呪術を重んじる。

    【平安時代】

    ◆人物
    ・最澄:天台宗=法華教=円教
    ・空海:真言宗=密教

    ◆一乗・三乗論争
    最澄(天台宗=一乗)vs徳一(法相宗=三乗)

    ◆本覚思想
    凡夫のありのままの心理、草木を含めた世界ありのままの現象が、それ自体で仏である。
    修行して悟りを開く必要はない。

    ◆浄土信仰
    <平安時代:自力系>
    政情不安、僧の堕落などにより、末法思想・浄土信仰が盛んに。
    <鎌倉時代:他力系>
    法然、親鸞。

    【鎌倉時代】

    本覚思想の強い影響のを受けつつ、それによる堕落から一線を引こうと実践を強調する勢力が生まれる。
    鎌倉後期には、元寇と宋滅亡による中国仏教からの解放による国家主義(日蓮ら)、日本への土着化(一遍ら)、神道の理論化、神仏習合の傾向が強まる。

    ◆人物
    <浄土宗>
    法然(浄土宗)→親鸞(浄土真宗)→一遍(時宗)
    <法華宗>
    日蓮
    <禅宗>
    栄西(臨済宗)→道元(曹洞宗)

    ◆法然
    全ての仏教を二つに分類
    ①聖道門:修行して悟りを開く
    ②浄土門:浄土往生を目指す
    法然自身は②に高い位置を与える。
    仏教を悟りの宗教... 続きを読む

  • 「終章 日本仏教への一視角」、「橋本治の解説」は日本仏教に興味ある人にとって必読。入門書とあるか、これ1冊読めば日本仏教について一通りのことがわかる、という類のものではない。橋本治がかいせつで書いているように「日本にやって来た仏教と
    いうものが、”日本の仏教”という独特なものに変化してしまったのは何故か?」を考えるための本。考える前提となる知識を身につけられる。

  • 請求記号: 182.1/Min
    資料 I D : 50080678
    配架場所: 図書館1階西 学生選書コーナー

  • 日本仏教の特質。ある程度の連続性をもちながらも、インドとは異なり、漢字文化圏の中国、朝鮮とも微妙に異なる。

    様々な宗派があるように思えるが、それらを包括的にみていく視点があることも興味深い。開祖、出家者は主要なアクターだが、根付くには民衆の意識が大きな要因を占めていたのか。

    葬式仏教と揶揄されるが、そこには意義もある。
    神道など土着信仰との混交。

    最初から最後まで読んで、労作だと思わずにはいられなかった。自身の価値観が相対化されたからだ。

    ・日本仏教の問題:法や僧よりも仏の崇拝が中心。難しい理論ではなく、現世利益が重視。
    ・口称の念仏は容易であると同時に非常に呪術的発想と結びつきやすい。古代人の発想では、言葉を口に出すとその言葉によって、あらわされるものを支配できると考えられた。
    ・縁起観にたった草木成仏思想と本覚思想にたった草木成仏思想。
    ・江戸時代の檀家制度は、キリシタン弾圧は名目で、戸籍を作成し、民衆支配が目的。
    ・各宗の教学は江戸時代の研究を基礎に置いている。幕府が奨励したことも一因か。
    ・『宗教年鑑』の数字の疑問。
    ・釈尊は涅槃するにあたって、遺体は在家信者にまかせた。
    ・葬式仏教の思想的根拠は回向。
    ・八幡大菩薩にいたる経緯。神と仏の3つの関係。
    ・神道と仏教を比べてみると、内容の豊かさで神道は仏教にかなわないが、純粋性、始原性で優位に立とうとした。
    ・漢文の訓読の歴史と定着。

  • 「思想史としてのアプローチ」というサブタイトルが示すように、日本の仏教を単なる教理学的な立場から解釈するのではなく、歴史学や民俗学の知見を参照しながら分かりやすく解説している。

    本覚思想や神仏習合など、日本において独自の展開を示すことになった思想の実態を知るためには、本書のようなアプローチが欠かせないという著者の立場に共感を覚えた。

  • 面白かったー!何故日本の仏教が堕落しているように見えるのか疑問でしたが、律令制からバックグラウンドとして機能し、神道との癒着・分離を経て葬式仏教の座に収まるというのがなんとも物悲しい…。しかし仏教は好き。本覚思想と仏陀の教えに忠実であることはあらゆる場面で日本人の課題かも知れない。

  • 体系的に仏教を学びたいと思い手を出しました。
    当初の意図よりも、現代の仏教と仏教史の乖離を積極的に説明しようと試みているところがとても興味深かったです。
    我々の僧侶のイメージとしての仏教徒と現実に存在する俗物としての仏教徒の間を埋める説明が面白かったです。
    結論としては利他的な大乗仏教しか日本においては受容されないというのが筆者の結論だと思うが、確かにそれでないと納得出来ない部分と、それでは千日回峰のモチベーションを説明出来ないのではないかというのが後味です。
    宗派を考慮できるほど知識が足りてないのですが、疑問を持つことができたという点で面白かったです。

  • 「日本仏教史」と銘打ってはいるが、明治維新以降についてはほとんど言及していないので、事実上「前近代日本仏教思想史」である。この種の本としてはかなりわかりやすく、註や文献案内が充実しているので、日本の仏教受容過程・変容過程を学ぶ入門書として最適だろう。

  • 評価☆☆☆は本の問題ではなく私の理解度の問題だ。
    日本の仏教を思想史として概観した一冊です。
    個々の思想がなかなか理解できませんでしたが、とかく日本の仏教が、そもそもの仏教からかけ離れてきたことがわかったのが収穫かな。
    その変容を闇雲に批判するのでなく、何故そうなったか、何が問題かを考えていくことが大切、というのは仏教に限りませんね。
    これをきっかけにもうちょっと勉強してみたいです。

  • 橋本治が巻末の解説に書いているとおり

    「日本の仏教の歴史を書く本」ではなくて、「日本にやって来た仏教と
    いうものが、”日本の仏教”という独特なものに変化してしまったのは
    何故か? 何故日本人はそのことを不思議に思わないでいるのか?」
    と言うことの理由を探ろうとする本

    だと思う。それが仏教史という歴史書の体裁を取っているのは、考える
    ための材料を年代を追ってきちんと積み重ねて提示すれば、そうなら
    ざるを得ないということなのだろう。

    明治以降の記述がないのがとても残念である。

  • 仏教史について何も知らないことを発見。ちょっと楽しみ。

  • 「終章 日本仏教への一視角」、「橋本治の解説」は日本仏教に興味ある人にとって必読。日本仏教はホント不思議で理解し辛いけど、これを読むと諦めがつく。それ以外はちょっと難解というか、細かすぎるような気が…。

  • 身近なようで全然知らない仏教、特に日本仏教の思想史。進化宗教学の見地からも示唆に富んでいる。

  • 【教科書用】学部のセメスター用「日本仏教史」

  • 「空海の風景」を読んだ後に、仏教に興味が出て読んでみました。
    6ヶ月ぐらいかけてチマチマとでしたが。

    この本を読んで、
    「仏教といっても、宗派によって全然別の宗教なんだな。」
    ということと、日本に土着する上での変容ぶりが良く分かった気がしました。

    奥深いぜ。仏教。

    ちなみに、解説を読んでから本文を読んだ方が良いかも知れません。
    僕は、橋本治氏の解説で、やっとこの本のテーマと特異性が理解できました。
    もう一回読みたいと思わせる、良書でした。

  • 最近の僕の中の問題意識には二つあって、一つは専門的な知識を一般の人にどう橋渡しし、教養として愉しんでもらうかということで、もう一つは何かを考えるときにその一時期だけを切り取るのではなく、大きな流れの中で捉えて理解する、ということ。

    この二つが完璧に、そして意識的に行われた仕事が本書です。

    近代が「分析の時代」だったとすれば、現代、或いは未来は「統合の時代」でしょう。個別的に発達してきた学知領域が、縦割りではなく横のつながりによって総合的にリフレーミングされる、そうしたイメージを描く若手研究者が少しづつ増えてきています。

    そうしたことを可能にする上で必要なのは、一つのことを専門的に研究するということに加えて、自分の研究課題が他の研究課題と有機的にどのような関連の中に位置づけられるのかを意識した上でそれを為すことでしょう。その為にはまず、そのものがどういう背景の中で生まれたのかという視点が必要になります。

    個別的通史で捉えた後に、例えば仏教史として捉えた後に、宗教史という一つ広い流れにそれを位置づけ、さらに日本史、世界史、そこから現代へと位置づけていく……そうした作業が今後必要になってくるでしょう。

    末木先生は、当に上記のような問題意識を強く持ってらっしゃって、とても好感が持てました。

    語り口も平明かつ穏やかで、人文科学の最大のテーマである「人間とは何か」ということを、仏教史を通して読み取ろうとしています。だから、面白い。仏教史である以上に、「人間」がいかに生きてきたのか、なぜそれを必要としていたのか、という意識がベースにある訳です。
    日本人の思想は仏教の影響を強く受けて来た、というのは誰もが了解する事実でしょう。でも、日本で展開された仏教というのはインドで起こった原始仏教や中国で展開した大乗仏教とは異なる様相を示してきました。「そのような変化がなぜ起こったのか」ということが、そのまま「日本人はどういう性質を持つ生き物なのか」という問いへと繋がってくる。
    そしてそれは、現代を生きる我々の無意識的な感性や思考方法にも影響を与えている。

    私たちが歴史の頂点を生きていることは確かだけれど、しかしそれは突然出現した訳ではなく、そこには一つ前の有機的つながりがある。塵が少しづつ堆積して行くように、私たちは幾世代も前の影響を免れ得ないわけです。そうしたものが、どのように積み重ねられていったのかを考える上で、「仏教史」は有意義です。その意味で、宗教がどうの、仏教がどうのと言う以前に、教養として超絶お勧め。

    末木さんの『日本宗教史』(岩波新書)は本書を日本の宗教まで拡大した野心的仕事で併せてお勧めしたいのですが、やや全体的なバランスに欠ける所があるので、個人的にはこちらがお勧めです。

  • 巻末解説の橋本治氏の言を借りれば「仏教という思想のある日本の歴史」の本です。

  • 1、聖徳太子と南都の教学
    2、密教と円教
    3、末法と浄土
    4、鎌倉仏教の諸相
    5、近世仏教の思想
    6、神と仏

  • 一般向けに書かれた、日本仏教史。
    専門で学んでいる方でなくても、読みやすく書かれています。

  •  中国から日本へ仏教が輸入された頃から、江戸時代までを俯瞰した内容。平安時代・鎌倉時代に重点を置いている。

     <a href="http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080706/p1" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20080706/p1</a>

  • 日本における仏教の変遷について、単に時系列に追ったものではない。
    思想史としてのアプローチとあるように、もともとは世捨て的な性質を持つ仏教がどのように受容、変容されていったかに
    スポットを当てた貴重な書。
    このような労作が文庫で手に入るのは素晴らしいと思う。

  • 「太子、最澄、空海、親鸞、僧はみな自分の解釈で説く」

    発「塾の課題図書ボリュームたっぷり怖じ気づく、ゆっくりゆっくり読む」
    概「日本の歴史 仏教と共に歩む思想 太子から天理まで」
    得「漢文を訳さず訓読み日本人 経の解釈はなんとでも」
    結「知らなかった独自だった日本仏教 全て飲み込む日本人」

  • 現在末木氏が「考える人」に連載している「仏典を読もう」に衝撃を受けて購入しました。
    タイトルの通り、日本における仏教の変遷を明快に論じていきます。私が抱いていたような素朴な疑問、例えば、日本にはどうして宗派がたくさんあるのか、奈良仏教と鎌倉仏教は、あるいは日本の仏教と東南アジアのそれとはどうして印象が大きく違うのか、といった、なかなか簡潔な答えをしにくそうなことにも言及しています。そして「思想史」という面からの仏教へのアプローチも読み応え十分。日本仏教の中核思想を「本覚」に求め、アジアの仏教思想とも比較しながら思想体系として評価していく様は、まさに圧巻の一言。原典から離れることなく、けれどそこに独自の視点で論を加える姿勢には頭が下がります。
    中学や高校の日本史で教え込まれた仏教観が自身からぽろぽろと剥がれ落ちていくような、そんな心地よさを読みながら感じました。

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日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)の作品紹介

同じ仏教でもインドとも中国とも異なる日本の仏教は、どのような変化を遂げて成立したのだろうか。本書では6世紀中中葉に伝来して以来、聖徳太子、最澄、空海、明恵、親鸞、道元、日蓮など数々の俊英、名僧によって解釈・修正が加えられ、時々の政争や時代状況を乗り越えつつ変貌していった日本仏教の本質を精緻に検証。それは我々日本人の思想の核を探る知的興奮に満ちた旅でもある。

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)の単行本

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