殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)

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著者 : 清水潔
  • 新潮社 (2016年5月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (509ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101492223

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殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)の感想・レビュー・書評

  • 「桶川ストーカー殺人事件・遺言」の著者でもある清水潔さんが書いたノンフィクションである。
    清水さんは2007年より「足利事件」の追跡を開始し、確定していた無期懲役囚・菅谷さんは冤罪ではないかとの疑問を持ち、捜査の矛盾点や謎を継続報道。DNA再鑑定をすべきだと提起し続けた。
    2009年、日本初のDNA再鑑定により犯人のDNAとの不一致が判明。
    菅谷さんは釈放された。
    清水さんは文藝春秋において数ヶ月にわたりレポートを掲載。
    菅谷さんの釈放時にも迎えのワゴン車に同乗していた。
    何故こんな冤罪事件が起きたのか。
    清水さんはひとつひとつ丁寧に検証し、自身で取材をしながら真実へと迫っていく。
    「ルパン」と呼ばれる真犯人。
    実は清水さんによってすでに警察には情報が流されている。
    しかし、少しも事件解決に向けた捜査は進展していない。
    これは何を意味するのか?
    警察の威信とは何だろう?
    人間がすることだ。科学捜査における信憑性も時代とともに変化する。それは仕方のないことだろう。
    だが、間違いに気付いたときにどう対応するのか。
    そこにすべてがかかっている。
    腐った組織は隠蔽工作に走り、自浄力のある組織は反省すべき点を反省し二度と同じ過ちを繰り返さないよう努めるだろう。
    はたして警察はどちら側の組織なのだろうか?
    清水さんを突き動かしているのは「怒り」なのだと思う。
    突然奪われた未来、冷酷な犯人によって断ち切られた未来。
    残された家族の慟哭など犯人は理解できない。できないからこそ、こんなにも残酷なことができるのだ。
    「ルパン」もこの本を手に取って読むのだろうか?
    せめてほんの少しでも後悔の念があるのなら、逃げきろうなどということは考えないでほしい。
    罪を犯した者は相応の罰を受けるべきなのだから。

    清水さんの思いは「あとがき」に詰まっていた。
    大抵のことなら取り返しがつく。何とかなる。やり直せる。私はそう信じて生きている。
    だが「命」だけは違う。唯一無二。
    どれほど嘆こうが取り戻すことなどできない。
    一日も早く真犯人が逮捕され、真実が明らかになるよう願っている。
    けっして許してはならない悪もこの世にはあるのだから。

    【足利事件とは?】
    1990年5月12日、足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明となる。
    翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。
    犯人として菅谷利和さんが逮捕され、起訴され実刑が確定して服役していた。
    しかし、遺留物のDNA型が再鑑定により判明。
    再審で無罪が確定した。

    【北関東連続幼女誘拐殺人事件とは?】
    ・1979年8月
    足利市の八雲神社境内で遊んでいた近所の5歳女児が行方不明となる。
    6日後、渡良瀬川近くで全裸でリュックサック詰めにされた状態で遺体となって発見される。
    リュックサックは市内業者の特殊仕様によるもので数十個しか販売されていない。

    ・1984年11月
    足利市パチンコ店より5歳女児が行方不明となる。
    1986年3月8日、自宅から1.7km離れた場所で白骨死体として発見される。

    ・1987年9月
    群馬県新田郡尾島町で8歳女児が自宅近くの公園へ遊びに出かけたまま行方不明となる。
    1988年11月27日、利根川河川敷で白骨死体の一部が発見される。

    ・1990年5月(足利事件)
    詳細は上記にて記載

    ・ 1996年7月
    群馬県太田市のパチンコ店で4歳女児が行方不明となる。
    未だに何も発見されておらず失踪事件となっている。

  • Twitterでよく目にし、政治や社会問題に対しての発言が「とても信頼の出来そうな人だ」という印象を受けていたある記者が、「文庫X」の著者だと知り、しかもその内容があの足利事件に迫ったものだと知り、絶対読んでみようと思った。

    読んでみて、この国はこんな理不尽なことがまかり通っているのかと本当にがっかりしたし、自分の住む界隈の事件なのに何も知らずに生きてきたことへの焦りを感じたのと同時に、自分がどんな立場になろうと小さい声に寄り添うことを第一に真相へとせまっていく覚悟のあるこの記者に心底敬服した。Twitterで受けた印象は間違っていなかった。

    実際に「ルパン」は捕まっていないし、飯塚事件は死刑執行されてしまっている。だけど、この清水記者の血のにじむような調査報道は、こうやって日本中に広まっているわけで、何かしら影響を与えていくに違いないと信じたい。

    そして何よりこの本を読む一番のきっかけとなった「文庫X」の発案者の書店員さん、すごい。大成功ですね。

  • 殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)
    (文庫X)

    著者:清水潔


    上記の表紙ではピンとこない方が多いかもしれない。
    ここ数か月の間に本屋に行った事がある方はこちらの表紙は見た事があるのでないだろうか?


    ある書店員が本書をアピールするためにはどうしたらよいのか考えて行き着いた。
    皆に読んで欲しい。
    手に取って欲しい。
    知って欲しい。


    書かれているようにこれは小説ではない。
    元の表紙では読んでくれない読者が多いのではないか。


    私もその一人になっていたと思う。
    この表紙だったからこそ手に取って読む気になった。
    立ち読みもせずどんな内容かも知らずにそのまま購入して読んだ。


    500P以上もありノンフィクションでありながら一日で読みきった。
    それだけ引き込まれた。


    心が揺さぶられたとか衝撃的だとかそんな表現では生温い。
    愕然としたし憤りを感じたしもっと単純に著者の調査報道をする姿勢が凄いと思った。


    本来報道とはこうあるべきでこうであって欲しいと切に願う。


    本書は4名の幼女誘拐殺人事件と1名の幼女誘拐事件について記者が事件を取材し現時点で書ける範囲を書いている。
    書ける範囲と書いたのはまだ事件は終わっていないからである。


    警察のあまりに杜撰な捜査。
    警察、検察、裁判所。
    国家権力のあまりに杜撰な体制。
    組織の都合のみ優先とするあまりに傲慢な態度。
    人の命がこんなにも軽く扱われていることに唖然とした。


    これはドラマや映画ではない。
    本当にあった出来事でありそれは今も継続している。


    目を背けず向き合わなければいけない。
    何が出来るのか分からないし何が出来るわけでもないかもしれないが、まずは知る事から始まる。


    報道機関や記者の見方が変わった。
    本編及びあとがきを読めばその意味が分かると思う。


    私もこの書店員のように多くの人に読んでもらいたい。
    読んで事実を知るべきだと思う。


    幼い子の命が奪われた。


    何故それを解明しようとしないのか。
    そこにはもう戻ってこない被害者がいる。
    被害者遺族がいる。
    そして加害者、犯人がいる。
    しかも塀の外に。
    近くにいるかもしれない。
    それも平然と。


    逃れている殺人犯がいる。
    逃している殺人犯がいる。


    「殺人犯はそこにいる」

  • 読みながら憤り、驚き、やるせなくなり…様々な感情が渦巻いた一冊であった。
    群馬と栃木の県境で起こった、いたましい少女連続殺人事件。不可思議な未解決事件に疑問を持った、ジャーナリスト清水氏の執念の取材により明らかになっていく、衝撃の事実にただただぞっとした。
    いつ、どんなきっかけで、自分が犯人にされるかわからない。
    冤罪の構造。こんな杜撰な取り調べが、まさか現代でも行われているなんて。何が正しいのか、何を信じたらいいのかわからなくなる。自分の価値観が一瞬にして崩れ去るのを感じた。
    この一冊に詰め込まれた情報量は相当なものだが、それでも、ページを捲る手を止められなかった。あまりの理不尽さに怒りが収まらなくなりながらも。読了後、もう一度読み直したときは、抑えていた悲しみが一気に溢れ、涙が止まらなかった。こんなことが本当にあっていいのかと。そして、どうして清水氏がここまで全てを投げ打った取材をするのか、その理由を考えると、あまりに辛すぎた。
    こんな腐った世の中に絶望を一瞬感じたけれど、救いは、己の身を顧みずに真実を追求し続ける、清水氏のようなジャーナリストの存在だ。そして、とあるムーブメントにより本書を購入し、感銘を受けた読者が大勢いるということ。私もその一人だ。この本を読んで本当によかった。更に多くの人が本書を手に取って、世を変えるきっかけになってくれればいいと切に思う。

  • 警察や検察のメンツは人の命よりも重いのか…警察と検察に対する不信感が募り、冤罪事件に対する恐怖を感じた衝撃的なノンフィクションだった。

    本書は日本テレビが行った報道特番プロジェクト『ACTION 日本を動かすプロジェクト』の裏側を描いたノンフィクションである。テレビの放送も興味深く観たのだが、番組の裏には、これほどの綿密な取材調査とドラマがあったとは知らなかった。

    群馬県と栃木県の県境で起きた5人の幼女誘拐殺人事件。その中の一つの事件である足利事件は警察に検察による怠慢と隠蔽工作により冤罪事件となる。この事件が足枷となり、5つの事件は長らく線で結ばれることはなかった。この5つの事件の関連性に着眼し、丹念な取材調査で同一犯人によるものという結論を導きだしたのは日本テレビ記者だった…

    そして、辿り着いた結末は…

  • わたしは想像してみた。ある日、身に覚えのない事件のことで突如として逮捕されてしまうことを。取調室で何時間にも渡ってお前がやったのだろうと責め立てられ、認めるまで食事も、眠ることさえ許されない場面を。
    果たして自分はやっていないと貫けるだろうか。
    そして、自分や身近な大切な誰かがそのような局面に出くわすことは、本書を読む限りないとは言えないのだ。

    本書は足利事件を追い、それを連続幼女誘拐殺人事件だと断定し、そして真犯人を追うノンフィクションだ。
    当時の報道はテレビで観た記憶がある。
    犯人として服役していた菅家さんの無実が証明され、釈放された映像はよく覚えている。だがその裏側にこのようなことがあったとは。

    わたしはノンフィクションを読むときには文章に書かれたものをそのまま飲み込むことはなるべくしないようにしている。書き手がいる以上そこに書き手の想いが入ってしまうであろうし、物事を一方からしか見ないことは危険だと思っているからである。
    本書については特に、身内に警察関係者がいるので気をつけて読み進めた。
    それでも、読みながら怒りや焦りを抑えきれずにいた。
    こんなことが現実に現代の日本で起きているのか。

    著者である清水さんは何度も繰り返し訴えている。これは警察の捜査への批判ではない。冤罪の恐ろしさを訴えるための文章ではない。ただただ、幼い少女たちの命を奪い、遺族の悲しみを、冤罪で捕まった人の人生を踏みにじり、未だに野放しになっている真犯人を捕まえてほしいだけなのだと。
    清水さんは独自の取材でおそらく真犯人はこの人だと割り出し、捜査当局へ情報提供を行っている。
    にもかかわらず、未だ未解決事件であるということが恐ろしい。
    もちろん安易に逮捕はできないであろうと思うが、捜査が進展していないことが恐ろしいのだ。
    今ではDNA鑑定の精度も当時の比ではないほどに進歩しているであろうに、再調査すら恐らくはなされていない、もしくはされてはいるが放置されているのである。

    多くのマスコミ関係者、警察関係者、司法を扱う人々に、そして一般市民にも読まれるべき1冊だと心からそう思った。
    1日も早く、真犯人が捕まることを、そして遺族や冤罪で人生の多くの時間を刑に服してきた菅家さんが心休まる日が来ることを祈るばかりである。
    そしてこのような本をしたためることを決断した清水さんには賞賛と尊敬の念をおくりたいと思う。

  • ふつうに怖い。寝るのを惜しんで夢中でページを繰ったのは久しぶり。筆者の主観が前面に出すぎな感はあるがそんなことは気にならない密度。事前の知識がほとんどない状態で読んだので,本半ばのあの場面では声が出るほど驚いた。警察や裁判の実態がこれだ,とまでは言わないが,まあ現実はこんなところだというのがどんな話を聞くよりもよくわかる。

  • 桶川ストーカー事件よりも清水さんの胸中に何度も触れる描写が少し余計に感じましたが遺族の声にこんなに寄り添うことができるこの方はすごいと思います。それと共に細やかで我慢強い捜査を一番は警察にしてほしかったと感じます。気持ちが塞ぐ時期に読み始めたので感想が難しいですが、子供たちの写真を見る度に切なさでいっぱいになります。親御さんの気持ちを思うともっとつらい。この本が真犯人を追い詰めるきっかけになればいいと思うのは夢物語でしょうか。

  • 近年、情報社会を生き抜くための教育方針として、「情報を整理して比較検討する」とか、「主体的に対象を調査する姿勢を持つ」といったことが掲げられ、実際にそういう内容の教材が小・中学校では用いられている。が、実は、教える側の「大人」の方が、出来上がった価値観や社会システムにとらわれていて、しかもそのことに気がついていないことが多いのかもしれない。

    例えば、テレビCMに出てくる「家族」はいつでもお父さん、お母さん、息子、娘(そこに犬が加わることもある)。実際の「家族」の形はもっと多様だ。だが、そのCMを作る側の大人は、それが「スタンダード」で「理想」の形だと信じている。そして、それを見る側は、その形こそが「正しい形」なのだと無意識のうちに刷り込まれる。メディアの力は諸刃の剣だ。だからこそ、発信する側には「社会の基盤を支えている」というまっすぐな正義感と使命感がなければならない(と、思う)。

    しかし、メディアの側にいる人間もまさに「人間」であるがゆえに、力の強いもの、大きなものに「巻かれる」方が楽だという判断をくだす時がある。それが、社会にどのような影響を与えるかということは差し置いて。その場合は、「一般市民」には二重の罠が仕掛けられていることになる。「大きな権力」がついた嘘と、「メディア」の責任放棄だ。この二重のトラップを見抜くことは難しい。市民の側もまた、疑問を持ったり自ら調査・判断することより「受動的に信じる」ことの方が楽であるし、そもそも、そのような「大きな権力」についての真偽をどこでどうやって調べればよいのかなど皆目見当がつかない。

    しかし、我々の「平穏な生活」の背後には、そういう「闇」が確実に存在している。臭いものに蓋をして、普段は見ないようにしているだけだ。気がつかないようにしていることの幸福を知っているからだ。「死刑」の世界なんて知りたくない。自分とは関係のない世界であってほしい。「殺人犯」なんてニュースや映画の世界での話だ。「犯罪」なんて、日々をつつましく健全に生きている自分には関係がない…。

    そうではない、ということを、事例とともに、そして著者の熱い使命感とともに、ハッキリと読者に伝えてくれるのがこの本の最大の長所であり意義だと思う。「思考停止」に陥ってはいけない。楽な方に流されてはいけない。一方的に発信される情報を鵜呑みにしてはいけない。そういった、「これから」を生きる上で必要な根本的姿勢に気づかせてくれる。(小・中学生は学校で教えてくれる部分もあるけれど、既に出来上がってしまった「大人」は自分でそのことに気づくしかない。また、それに気づいていない大人が子どもを育てると、その子もまた思考停止に陥る。)

    文章は読みやすく、難解な語句も筆者が嚙み砕いて説明してくれているので、内容に置いて行かれるということはない。また、記者ならではというか、魅せ方がうまく、話の展開や説明の順序に良い意味での巧さを感じた。

    「世界の闇につながる一筋の割れ目」に、必ず気づくことは無理でも、少なくとも、今までよりは注意して見るようになるだろうし、そういう割れ目がある、ということそのものに考えが及ぶようになる、よいきっかけとなる一冊だった。

  • 普段はミステリしか読まないのです。
    本格が良くて、できれば探偵が居て、一番の好みは大学生や大人のミス研サークルとかで
    密室があったり、アリバイトリックがあったり、叙述だったり……

    そんなミステリが大好物で、ミステリしか読まないのですが……
    たまたま立ち寄った近所の本屋さん(小)でとても推してたのですよね

    この書店で300冊以上売れました!みたいなポップと、何やら文字コピーのあらすじカバーと。
    思わず手に取ると、横のレジのおにーさんの視線が。
    「面白いですよー是非どうぞ!TVでもこの前ここに取材が来てやってたんですよー」
    と、めちゃめちゃ売り込み
    ポップには内容と言うよりも、売り込みの文句
    コピーされたブックカバーで文庫の帯も、背表紙も、とにかくあらすじ的なものは何も分からなくて、取り敢えずタイトルと、作者と、誘拐事件の本だと言う事が分かっただけだったのでした。

    一瞬迷ったのですけど購入。
    きっとフィクションのドキュメントミステリ?と勝手に推測して、文庫にしては高いなーとか思いつつ読むことにしたのでした。

    記者のインタビューストーリーかな?と読むまでは予想していたのです。
    『白ゆき姫殺人事件』みたいな感じなら、読みやすそうなのですよね

    実際に本を開いてみて、押しも押されぬノンフィクションにビックリ。
    まるで密着24時的なドキュメントを見ているかのようだったのです
    と言うか、その手の番組がそのまま出てきたり。

    著者は所謂ジャーナリスト。
    記者・カメラマン・リポーター・マスコミ……その手の単語を思い浮かべて良いイメージは実はあまりないのです。
    週刊誌やワイドショーを見ても、閉口することはとても多いし
    インタビュー記事を読んでも「上手くカットされてて、本当はこういうことを話したんじゃない」みたいな事を聞いたり見たりすることってきっと皆あると思うのです

    本当に、本当にこんな風に一番小さい声を大事にして、事実の究明に貪欲で
    それを如何に正しく世に知らしめるか

    そう言うジャーナリストも居るのかどうか。
    しーなには分からないのですが「居ると良いな。フィクションとしても、居ると良いな……」と思わずにはいられなかったのです

    ノンフィクションのドキュメントミステリではなく、告発、或いは警告本だったとしーなは思うのです

    聞いたことのあるニュースや名前。事件。
    この事件、あったなー……と思い起こしたり、こういうことがあったんだ……と背筋が寒くなったり。

    被害者とその家族と犯人。そして捜査する機関、組織、国。
    と、随分話は大きくなっていくのですが
    流石記者。文章がとても読みやすく、それでいて読み応えが大。

    事実と、心情と、出来事、そして聳える現実が文面から生々しく伝わってきたのです
    これがノンフィクション?
    これがドキュメント?
    しーなはこの手の本を初めて読んだので分からないのですが
    社会現象になってもおかしくない位の実録本なのでは……?と
    もしかしてもの凄く重要な本を読んでいるのでは……?と
    読み始めてもうすぐに途中でやめられなくなり、一気に読んだのでした。

    ミステリには、警察も検事も弁護士も、犯人も被害者も出てくるのですけど
    実際はこうやって戦っているんだ……と、真実はこうやって導き出されているんだと
    切実に伝わってきたのでした。

    正義とか、真実とか、現実とか……何て書けばいいんだろう。
    普段の守られている生活や、守られるべき命とか……色んな事を心に刻む本だったのです。

  • 北関東連続幼女誘拐殺人事件。
    1979年以降、栃木県と群馬県で発生している誘拐および殺人事件。冤罪事件となった足利事件も含まれている。
    そして今現在、これら5事件全てが未解決事件となっており、犯人特定・犯人逮捕には至っていない。

    耳にし、目にすれば信じてしまう、マスコミ報道の恐ろしさ。
    警察やら検察やらの保身。司法の闇。
    冤罪事件をひた隠しにし、書類やデータの改竄、証拠の隠滅、証言の切り捨て。論理破綻も厭わない恥さらしに開いた口がふさがらない。

    その犯人は今ものうのうと暮らしている。
    こういう奴こそ公安でマークすればいいのに。

    野放しの殺人犯も怖いが、権力あるものが保身のため弱者を貶める様はさらに怖い。いつ被害者になるか分からない恐怖、いつ加害者の汚名を着せられるかもしれない恐怖。その二つを考えずにはいられない。

    平和に見える国、日本の闇はホントに恐ろしいと震撼させられた。
    身勝手にも、自分や自分の身内が、関わらずに運良く生き抜けることを願ってしまう。

    常識的で、己の良心に忠実に、執念の取材をくり返し、「一番小さな声」に耳を傾け続ける著者の真摯な姿勢に感銘を受ける。

  • 1979年、栃木県足利市で福島万弥ちゃんが誘拐された頃、私は群馬県で生まれました。
    1999年、清水さんが追及した「桶川ストーカー殺人事件」で殺された被害者と、私は同い年そして同じ大学に通っていました。同じ教室で近くの席に座っていたかもしれない。学食で同じ列に並んでいたかもしれない。
    他人事では、ありません。
    いつでも側に現在過去未来合わせて被害者と加害者がいるのです。
    そして被害者(家族)を傷つけるのは加害者だけではない。マスコミであり、世間であり、あってはいけないことなのにそこには警察や検察の存在が。
    この本を読んで「どうして・・・・」という言葉が何度浮かんだか。
    関わった警察・検察関係の人たちには全員読んでもらいたい。自分たちがどんなことをしてきたのか。そのまま生きていくのか。子供たちの親を苦しめたまま?

    ごめんなさいって言えなくてどうするの。

  • 北関東連続幼女誘拐殺人事件の報道などほとんど記憶になかったが「足利事件」の誤判による犯人とされた人の釈放についてはかすかに記憶があった。

    本を読んでいく中で心に出てきた言葉は「ありえない」だった。警察・検察の対応がありえない。日本の刑事司法は中世だと国連で言われたこともあるという。無実の人が殺人犯にしたてあげられてしまい、死刑も執行されてしまう可能性がある。警察や検察の裏の思惑のせいで狂わされる人生などあってはならない。

    そして大手の報道を鵜呑みにしてしまう私自身がありえなかったと思い知らされた。メディア・リテラシーを身につけていると思っていた私にとっては思い切りぶん殴られたほどの衝撃を受けた。

    「一番小さな声を聞け」

    清水潔さんの取材のルールだそうだ。真実を見つけ出す上で絶対に必要なことである。真実を知るには自分で情報を得、考える必要があるのだ。

    この本を多くの人に読んでもらいたい。この事件を多くの人に知っていただきたい。

    なにより一刻も早くこの事件が本当の解決をされる日を願っています。

    文庫Xと言う形で本屋に並んでいた所を購入。おそらくそうでなければこの本を手に取ることはなかっただろう。

  • 遅ればせながら3~4年前に話題となり、新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞を受賞した本書を読みました。
    読んでいる途中、何度も打ち震えました。
    本書は、読む者に「これを放っておいていいのか」と厳しく問うてきます。
    心ある読み手なら、誰だってこう思うに決まっています。
    「放っておいてはいけない」と。
    足利事件について、ご存知の方は多いと思います。
    幼女を誘拐して殺した罪で、菅家利和さんという方が17年間も牢獄に繋がれました。
    菅家さんは3件もの幼女誘拐殺人の嫌疑をかけられましたが、1件でのみ起訴されました。
    だが、何かおかしくはないか。
    著者は気づきます。
    これらの事件の前後17年の間に、上記3人を含め5人もの幼女が半径10km圏内で誘拐され、うち4人は殺害、1人は行方不明となっている事実を。
    著者は「北関東連続幼女誘拐殺人事件」と名付け、調査報道に当たります。
    まさに地を這うような取材で被害者遺族や捜査関係者らに当たり、菅家さんを事実上有罪へ導いたDNA型鑑定の真偽を調べ、菅家さんが犯人でないことを確信します。
    そして、著者の報道がきっかけで、菅家さんの冤罪が明らかとなり、無罪放免されるのです。
    では、真犯人はどこにいるのだ?
    これはフィクションではありません、ノンフィクションです。
    普通ならそうした自問を発したところで終わるところでしょう。
    ところが何と、著者は真犯人と見られる男「ルパン」を突き止め、取材を敢行するのです。
    そして、捜査当局にもこの男の情報を提供します。
    もちろん、幼女5人を殺害した憎き男を逮捕してもらうためです。
    しかし、捜査機関は動きません。
    真犯人が逮捕されると、DNA型鑑定のミスを認めることになり、過去に同じくDNA型鑑定が決定打となって死刑執行された人物の冤罪まで発覚しかねないからです。
    本書を読んでいて、体裁を守るために汲々とする捜査機関に怒りを禁じ得ませんでした。
    それから、官庁発表を垂れ流しにし、菅家さんが犯人であるかのようにミスリードしたマスコミの罪も重いです。
    著者は本書で「警察や検察との対立事案について、まさにその警察や検察の言い分ばかり報じるのは本当に解せない」と書いています。
    さて、真犯人は今もなお、のうのうと暮らしています。
    捜査機関は相変わらず捜査に動き出そうとしません。
    本書のラスト、著者の決意のような文章をここに書き写したいと思います。
    「何度も何度も報じたぞ。ルパンよ、お前に遺族のあの慟哭は届いたか。お前がどこのどいつか、残念だが今はまだ書けない。だが、お前の存在だけはここに書き残しておくから。いいか、逃げきれるなどと思うなよ。」
    文句なしの☆5つ!

  • 権力は公正のために行使されるべきであり、
    そのなかで絶対的な弱きを助けるに働く、という
    ことを期待しているのに
    権力をもって自らの面子を守る、それは自らのシナリオを
    力をもって、そうと知らぬ間に押し付け
    不都合にはふたをしているのではないか、
    そんな疑念を持たざるを得ない。
    冤罪云々ではなく、証拠と採用したものの取扱い
    本来の目的は自らの正しさを証明するのではなく
    正しい犯人を挙げることなのに。
    自分の都合に合わせるように、ひとつでもいじくったら
    そのあとはそれに合わせるために歪んで歪なものが
    出来上がるはずなのに、それを封じ込めるために
    権力が使われ、マスコミがそれに踊らされているとしたら
    ・・・受けとめてである、庶民の私たちは
    どう生きていけばいいのだろう。

  • 殺人犯はそこにいる 清水潔
    桶川ストーカー殺人事件を取材し、警察よりも先に犯人の居場所を特定した敏腕記者。逮捕権のない著者は警察へ情報を提供するも、警察はそれまでの捜査の杜撰さ・情報操作を明るみに出すことになるため、放置。
    著者は真実に則り逮捕も報道もあるべきだと考え、その後も誌面で訴え続け、最終的には警察は動くが、時すでに遅く、主犯は自殺後。

    そんな記者が新しく追ったのは北関東幼女連続誘拐殺人事件。県を跨いで栃木で3件、群馬で2件起きている。4件目の通称「足利事件」で犯人を逮捕したとするが、著者の調査で誤認逮捕の疑いが強まる。DNA型鑑定を再鑑定させ、真犯人のDNA型と、収監された犯人とされる男のDNA型は不一致となり、冤罪を証明し、彼は17年間の懲役生活を終えた。
    が、真犯人は捕まっていない。著者が訴え、他の記者が訴え、国民の間で話題となり、国会にも話が及んだ。多くの国会議員が遺族会をバックアップし、総理大臣も「再捜査し、真犯人をつきとめるべきだ」と発言しているが、警察は動かないのが現状。
    真犯人は今も普通に暮らしていて、いつ次の事件が起きるかわからない。そして著者はなんと調査からすぐに真犯人をつきとめており、真犯人とされたDNA型とも一致させている。しかし彼には逮捕権がない。警察を動かすために雑誌、テレビ、こういった著書を出すなどしている。

    正義とは何か、長いものに巻かれる大人が多い中で、自分の進退よりも人間としての道理を貫くことを守っている彼は凄いし、口先だけではなく行動している姿勢を見習いたい。この本は「調査報道のバイブル」と呼ばれているが、人の在り方のバイブルだと思う。
    そしてこの本の読者がこぞって「この本をみんなに読んでほしい」と思い、文庫Xという形での販売もされた。著者の真っ直ぐな正義は国民を動かし、国会を動かしている。正しい行動をする人間は、他人を動かしてムーブメントをつくれると感じた。

  • 粗い手書きの本の表紙に惹かれて手に取った。
    話題になってる本だ、と購入して、
    一気に読み進めた。




    マスコミとかジャーナリストという職業についての知識がある程度あったから、
    正直、表紙の文句に期待しすぎていた感じがあった。




    でも、小さき声に常に耳を傾ける
    著者の仕事の姿勢は見習いたい。




    DNA型については勉強になった。
    これからは型が一致、という報道を見ても
    勘繰ってしまうだろうなと思う

    真犯人をきっと警察も知っているだろうに
    それを捕まえられない
    そんなことがいまこの現実の世界で起こっていることに歯がゆさ、もどかしさを感じた。

    それとともに、ジャーナリズムについて少しの希望が持てた。

  •  北関東で起こった「連続」少女誘拐殺人事件。著者は徹底した調査から同一犯による「連続」事件、そして真犯人までたどり着き、それを様々なメディアで報道する。一方警察は、「連続」事件とは認めず、「足利事件」のみで一人の男を逮捕、無期懲役の確定判決。他の事件は未解決。著者の調査のなかで、証言や証拠のでっち上げ、不利な証言や証拠の無視や、意図的な曲解などが明らかになり、結局冤罪であることについては認めざるを得なくなり、再審無罪。しかし、それでも警察は著者が真犯人にたどり着いた過程を無視し、真犯人を逮捕することはなかった。
     その過程を追認することは、警察のこれまでの捜査を否定することであり、そうすることで過去の幾つもの事件が実は冤罪(その中にはすでに死刑が執行されたものも)であったことが明らかになってしまう。真実よりも警察を守ること、ひいては「体制」を守ることが優先される。
     権力の本質をここに見る。おそろしい。

  • 面白いというよりも、読んだ充足感が物凄い。
    タイトルを隠して販売した書店員の情熱がよく分かる。
    たしかに途中読むのが面倒になるような部分もあり、プロの小説家は凄いなと思える面もあるけれど、大事なものは熱量だということが文面からひしひしと感じた。

  • 足利事件を取材した日本テレビのディレクターのノンフィクション。こういったテレビの記者がこんなに取材し結果的に足利事件を冤罪まで持ち込んだ。すごい取材力だと思うしこういった方がもっと増えて欲しいと思った。

    しかし、ものを書く人でないためか説明があちらこちらに飛び必要のないカメラマンの詳細な説明などにはうんざりして流し読みになってしまった。

    小説家は改めてすごいと思った

  • Focusとかバンキシャ!とか、なんか全然自分的にはジャーナリズムの範疇に入れてなかった媒体でも(っていうか、たぶんだからこそ?)こんなに魂のこもった取材ができるんだなあ、と自分の視野の狭さを反省した。まあ魂こもりまくっているだけに、客観性とかの確保はその分難しくなる面はあるんだろうけど、それでも凄い。桶川の方も読んでみたい。

  • 筆者のものすごいエネルギーが伝わってくる。
    事件に関わる内容や人物や経緯や結果そして現実に。
    日本の司法や警察と報道の事の興味深い内容に引き込まれた。
    現実はきびしい。
    でも、著者のような記者が必要だと。

  • 犯人は何があっても悪だが、正義のはずである警察も悪になってしまうのかと読んでいてとてもやるせない気持ちになった。冤罪という絶対あってはならないことが起こってしまった時、(しかもそれが警察側の証拠隠蔽やずさんな調査のせいで)菅谷さんの気持ちを考えたらとても悲しくなった。またそういった冤罪のせいで捕まらなくてはいけない真犯人を野放しにする恐ろしさも痛感した。
    ニュースで毎日のように事件が報道されているなか、どこかやっぱり他人事のように思ってきたが、本書を読んで報道のあり方を知り、報道の見方が少し変わった気がした。殺人犯はそこにいて自分とまったく関係のない話なんて無いのだから。

  • スゴイ本でした。
    これがジャーナリズムであり、これこそがジャーナリストなんですね。
    しかし、政府や警察、検察、司法の対応の不味さや杜撰さ、組織の対面が優先する隠蔽体質の怖さをまじまじと感じました。彼らにすれば日々巻き起こる無数の事件の1つでしかないのかもしれませんが、事件の当事者になるかも知れない我ら一人一人からすれば人生を左右する一大事なんだから、国家権力側は国民の安全を守るために徹底的な捜査や調査を遂行し、正義を執行してくれるはず…と考えちゃいますよ。それが裏切られるなんて信じたくはありませんよね。それにいい加減な判断や偏向した対応が明らかになった上での見苦しい逃げ口上なんて聞きたくありませんよね〜

    しかし、執念を持ってこんな大変な調査をやり遂げてしまう熱意というか、思い込んだら一途に前進し続けられる不屈さってどこから湧き上がってくるんですかねぇ〜ほんと少しでもいいから見習いたいものです。
    今度は作者の「南京事件…」を読んでみようと思います。
    素晴らしい作品でした。

  • 「文庫X」として購入。
    「足利事件」を含む栃木県足利市、群馬県太田市の半径10㎞という狭いエリアで起きた5件の幼女誘拐殺人事件。
    3年から6年スパンで共通点の多く同一犯ではないのか。という疑念から「冤罪」の可能性・「真犯人」の存在を徹底的に調査した意欲的なルポルタージュ。
    特に「足利事件」の捜査から菅谷氏の無罪判決までの過程とDNA(型)鑑定の実態や欠陥について詳細に描かれており、警察組織や司法に不信感を抱くほどショッキングな内容。
    悪戦苦闘しながら真実を追い求める姿勢と遺族や関係者に寄り添いながらその声を聞く著者の人間味に深い感銘を受けた。
    読み進めている最中、我孫子市で女児殺害事件が起きた。
    いつまでも無くならない幼い子供を狙った犯罪には怒りを覚える、そして我が子を奪われた遺族の気持ちを考えると胸が痛くなる。

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殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)の作品紹介

5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか? だがそのうちの1件「足利事件」は“解決済み”だった。冤罪の背後に潜む司法の闇。執念の取材は“真犯人”の存在を炙り出すが……。知られざる大事件を明るみに出し、日本中に衝撃を与えた怒りの取材記録。「調査報道のバイブル」と絶賛された傑作、待望の文庫化。

殺人犯はそこにいる (新潮文庫 し 53-2)の単行本

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