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この作品からのみんなの引用
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わたしはあえて推論する、人間とは究極のところ、ひとりひとりが多種多様のたがいに調和しがたい個々独立の住民の集団のごときものに過ぎないものとして把握されるだろう、と。
― 85ページ -
それ以来、アタスンは、店の立ち並んだあの裏通りの、問題の戸口へ、しげしげと通い始めた。仕事前の朝のひととき、多忙な事務に逐われる真昼どきの寸暇をぬすんで、また夜は夜で霧ふかい大都の月かげを踏みつつ――なんの光の下であれ、人通りが途絶えようと雑沓の中であろうと時をえらばず、そのきまった場所に、かならず弁護士の姿が見られた。
― 21ページ -
ジーキルは父親以上の関心を持っていたが、ハイドは息子以上に無関心であった。
― 105ページ
みんなの感想・レビュー・書評
ジキルとハイド。こちらのほうが聞き覚えのある人もいるかもしれません。
二重人格をテーマにし、内なるものの恐怖というものを感じました。
人物描写の仕方がとても秀逸。形にはまらない。
アッタスンとエンフィールドが面白くなさそうに散歩してるところが好き。なんでやめないのか理由はなし。
和訳された文章って読みにくいイメージがあるけど、薄いしサクッと読めた。
ただ、後ろのあらすじを読んではいけない。
他の方のレビューを読んで、
たしかに裏表紙でネタバレしすぎだよなあ
と苦笑い。
この作品で「二重人格」をキーワードとして挙げられる事があるけど、
それよりももっと自然な事のような気がした。
この本を手にして、読んで、驚いたこと二つ。 その①、ずっと「ジキール博士」と思っていたら よくよく見たら「ジーキル博士」だった!!! その②、新潮文庫の裏表紙、読む前に読んだら 粗筋と言うか何と言うか全部が種明かしされていた!!! 新潮文庫の裏表紙は、大概がほんとうに書き過ぎている。 私は、最近で言えば「レベッカ」(大久保康雄さん訳)のときも、 「人間の絆」のときも、... 続きを読む »
素直に二重人格と捉えることはできない。ジーキル自信が自ら進んでハイドになってしまったのだから。最終的にはそれがあだとなって、取り返しのつかないことになってしまうわけだ。そういう意味では人間の弱さ脆さが表現されていると思う。 こういう作品は表が裏に支配されていったり、最初から支配されているものが多いけど、逆はないんだろうか?
元々内容は知ってたんでダメージはないけど裏表紙のあらすじで既にネタバレしてるってどうなんだ(笑)
薄いのでさくっと読める。
感覚的には推理小説なんだけどオチは早々から読める
それまで内側だったものに外側が浸食される、ジーキルの独白部分がお気に入り
いわずとしれたジキルとハイド。
有名だけど実際の話の内容は知らなかった。
自分の裏の顔に支配されてしまう表は善人の話。
いまの科学では「そんな薬は到底無理」とわかっているが、
100年以上前に書かれた故か、遠くない未来に実現するような、そんな雰囲気が漂っている。
いわゆる最近の「新訳」ではあまりみない、登場人物全員が神経質としか思えぬ、
不自然までの長い台詞・手紙や細かい描写も、悪くない、というより適度なここちよさがある。
これは古典として長く残るだろう。
善と悪
人間を人間たらしめるこの2つの何か
それは対極にあるものなのか
それとも混在し相互に共鳴しているのか
ひとつの体の中にこの2つが共存しているからこそ
人は葛藤し苦悩する
それを分離しようとしたがために
奈落の底に落ちてゆく男を描いたお話。
善と悪 これらから目を逸らさずに認識すること
自己肯定へと変えてゆくことが強いということなのだろうか。
2009/02/09
ミステリアスな小説が読みたくて手にした一冊です。
ジーギル博士の人に知られざる苦悩が自分自身を苦しめていく...
そして彼はついに禁断の薬に手を出してしまい、現実から逃れる道を見つけてしまう。もはや二重人格を越えたもう一人の自分。彼、いや、彼らは一体どうなっていくのか。短編なので読みやすいです。
初出は1886年スコットランドが舞台。
紳士と悪魔。SとMそんなイメージがあったこの話。
きちんと読んでみて、感情の裏表を可視化したら、
きっとこんな様子なんだろうなと思った。
自分の醜いと感じている人格を他人に着せて
欲望を満たしたい。思いのままに行動したい夢を
叶えてくれる薬の中毒になる…。
「薬」人それぞれに何かしら気分を操作するための
常備薬の持ち合わせがあるよねきっと。
我慢してあまり人生の中で登場させなかった
ハイドの人格の方が、薬で変身したとき
肉体的に若いという点が面白い。
高潔な紳士ジーキルの家に醜悪な容貌のハイド氏が出入りするが、
邪悪な性格のハイドはジーキル博士が薬で変身した姿だった。
相当有名な話です。
映画「リーグ・オブ・レジェンド」や、「ヴァン・ヘルシング」とかいろんな作品に出演してます。
たいていハイドは怪力無双の大男が多いですなw
善と悪ってのは何でしょうかね。
ジーキル博士は自分の忌むべき悪の人格を分類し過ぎた感じですね。
実際は一つの人格なのに。
でも博士自身もそれが分かっていても自制できないから二重人格なのかな。
いつの時代にも通じる深く考えさせられる作品です。
少し考え込みたい方にオススメの作品です。
文脈が取りづらく始めのうちは少し読みづらかったが、表現の仕方や内容は面白かった。
世間からは尊敬の眼差しで見られ、また自身でもそれを受け入れさらに高潔であろうとするジーギル博士。ハイドと出会った後の彼の心の動きがとても人間くさく、好きだった。
意外と読みにくい。
セリフが入り混じって誰のかわかんなくなったり。
詳しい説明すっとばして察していかなきゃいけない部分も多々。
でも、面白かった。ジキルとハイドって一人の人間の善悪が主題になってたのね。
この後、漱石さんの「こころ」読んだら通じるものがあった。
根からの悪人なんていなくて、普通の人間の中に悪が潜んでいることとか。
■非常に有名な作品であるが、解説にオチが入っているのはいただけない。基本的に描写がまどろっこしく読みにくい印象。しかし、テーマとしては秀逸。人間の内面的な苦悩と、この本が支持されていることで証明されている人間のおぞましい内面に対する興味関心の高さが感じられる1冊である。
薄い本なので、数時間もあれば読める量も良い。
二元論と二重人格を併せた非常に知名度の高い小説。二元論の悪の側面を一貫して"得体の知れないもの"と描写した所にスティーヴンソンの強いメッセージ性を感じる。自己確立のために得体の知れないモノを醜悪の対象とする。ジキル博士とハイド氏の境界線が失われた時、そこには果たしてアイデンティティは内在しているのだろうか。

ジーキル氏の弱さも、ハイド氏の残酷さも、人の本性?
最近の文学に慣れてしまっているからか、文は少し読みづらく感じた。けれど、発想・人物の造形に惹きこまれる。
人は誰もが複数の自分を抱えている。...





