白痴(上) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (731ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010037

感想・レビュー・書評

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  • ドストエフスキーに取り掛かるには、それなりの覚悟がいる
    が、そんなこと言ってるとなかなか読み始められないのでエイヤー的な勢いも必要だ
    そして本書はなんとなーくドストエフスキーっぽくないような変な予感もして、それを確かめたかっだのだ(なんかいちいち言い訳したくなるのです)

    主人公は身寄りのない公爵
    幼い頃の重度の病気(てんかん)によりスイスで療養、成人しロシアへ戻る
    知り合いらしい人間もいないが、彼の人柄で初日の汽車の中から、人脈があれよあれよと広がる
    正直で純粋、誰からも好かれる文句なしの善人の理想の人物として描いたようだ
    そしてこのタイトルから、少々勘違いしてしまっていた
    決して何もかも肯定的でおだやかで心優しい紳士…
    というわけではない
    もちろん白痴であったかもしれないが今はどちらかというと思慮深さが品よく目立っている
    自分という軸をしっかり持ち、自分の頭で考え行動する
    嫌な部分だってあるし、言いたいことを言うときもある
    後悔するような発言や行動だってする
    そう考えると思った以上に普通の人に近い
    (というか今回の白痴の登場人物たちはなかなかのクセモノが多く(いつもか…)、公爵の人の善さは際立つ結果にはなっている)

    今更ながらにドストのこの世界というのは
    当時のロシアで有り得た状況なのだろうか…
    もちろん小説として読んでいるが
    これほど他人と話し合い、息がかかるほど近づき、思ったことを素直にぶつける
    罵倒や悪態もすさまじい
    この人々の圧に読んでいるだけ息がしづらくなる場面が何度もある
    他人にこんなことされたら…
    他人にこれほど憎しみを持ったり蔑んだり、それを面と向かってぶつけられたら…
    そんなことが日常茶飯事にあり過ぎる!
    小説だからだよねぇ?
    それとも当時のロシアはあり得たのかしら?

    いちいち各家庭に問題があるし、いちいち各キャラクターに問題があり過ぎるし、皆、胸に一物を抱えている(ふぅ)
    一応恋愛モノにあたるとは思うが、上巻はそんなものより公爵を通じて人と人との全力の激しいぶつかり合いが多く、もうドロドロで激しくて時には嫌悪感から目をそむけたくなるようなことが結構起こる
    歪んだ人間も多く、自己否定とプライドが相まって破滅的なキャラクターが多い
    そしてお互いがその触れられたくない部分のジワリジワリとあぶりだし合って、そこまで追い詰めあわなくても…
    とかなりの緊迫感が絶え間なく続く
    人間の深層心理に迫り過ぎて息苦しくなるほど重いは重いんだけど、ドストにしてはテンポがよくて非常に読みやすい(ちょっとビックリした)
    おまけにところどころミステリーっぽく展開させるため読み手を飽きさせない(今までこんなサービス精神みたことない気がする…)
    ドッと疲れるのだが、圧倒的にやはり面白い
    相変わらずのユーモアでその暗さを打ち消す効果も光る

    ちなみに私は激昂家のハチャメチャな人格を持つリザヴェータ夫人が結構好きだ(近くに居たら嫌だけど…)
    やさしさと意地悪さが相反し過ぎて、自分でも持て余し出すとすぐキレる
    世間知らずで傲慢で誇り高く、地方の(笑)女王様のような性格である
    何から何まで首を突っ込みたがり、夫や娘や公爵らをひっかきまわしていく
    なんだけど、なんかかんかこの人は人を結ぶ役目をしており、夫人を通して多くの人が絡み合う
    面白いキャラクターであり、ご本人は気づいておられないが重要な役割を担っている
    こういうキャラクターを生み出すところがドストエフスキーの凄いところである
    他にも読みどころは満載
    トーツキイとナスターシャ・フィリポヴナの歪んだ関係も非常に面白いし、公爵が見た死刑の話しも実に深く哲学的だ
    そしてスイスでの子どもたちとの悲しくも幸せな関係
    こういうのって他の小説では読めない世界だなぁ

    さて下巻はどんな激しい展開が待ち受けるのだろうか

    • ハイジさん
      アテナイエさん こんにちは(^ ^)
      コメントありがとうございます

      毎日暑いですね
      自分の体も心配ですが、それより地球が心配になるほどです...
      アテナイエさん こんにちは(^ ^)
      コメントありがとうございます

      毎日暑いですね
      自分の体も心配ですが、それより地球が心配になるほどですね…

      こちらは勢いとスピード感がなかなか激しく、読み易いですね!
      それにしてもたくさんの登場人物がこれほど屈折してる…って
      どんな世界よ
      ちょっと引きそうになりつつも、やっぱりなんか面白い(笑)
      これこそ怖いもの見たさですね!

      ところでアテナイエさんは、悪霊は読まれてますでしょうか…
      恐ろしく難解と噂を聞いておりますが、気にはなっておりまして…
      2023/08/12
    • アテナイエさん
      ハイジさん、暑いですね~(笑)

      仰るように、地球は暑すぎて病んでいます。台風や森林火災や熱波の災厄がブーメランのように人間に降りかかっ...
      ハイジさん、暑いですね~(笑)

      仰るように、地球は暑すぎて病んでいます。台風や森林火災や熱波の災厄がブーメランのように人間に降りかかっていますね……。

      言われるように、ドスト作品、晩年あたりの漱石作品のようにめっちゃねっとり、息絶え絶え、屈折しまくり、でも漱石と違うのは、その圧倒的なスピード感。ところどころサスペンス的でおもしろいです。怖いもの見たさ、ドストの描く、引き裂かれた魂や二面性はすごいです。

      『悪霊』ですか、ふふふ……ふぅ~読みましたが、あまりわかってないです。かなりボリュームのある作品で、その筆力に押しひしがれそうになりますが、怖いもの見たさでぜひどうですか!
       
      社会背景や、これまでの体制、貴族の没落など、とてもプルースト作に雰囲気が似ていますが、なにより圧倒的に暗い。実際にあった事件をもとにした小説なので、ベースになる当時の社会性のようなものをくみ取るのに少し苦労しました。
      が、いつものように農奴解放令(1861年)による旧価値の崩壊がベースです。無政府主義、無神論に走る若者たちを、聖書のくだりになぞらえています。イエスによって悪霊は豚の群れにとりつき、これがいっせいに湖に飛び込んで死んでいく。それを無神論的革命思想=悪霊にとりつかれ、破滅していく若者達の様子がスリリングで怖い。じつは後半の『白痴』のムイシュキンとこちらの主人公ニコライにも相通じるものがあります。またニコライはジキルとハイドみたいで怖いよ~泣

      といったハチャメチャな記憶ですみません。
      ちなみにドスト5代小説の順番は、『罪と罰』→『白痴』→『悪霊』→『未成年』→『カラマーゾフの兄弟』です。

      わたしの印象では、『悪霊』のニコライは、『罪と罰』のラスコーリニコフ、あるいは『カラマーゾフ』のイワンなどとも相通じる、ドストのオルターエゴ的キャラのようです。
      ちょっと暗い作品ですので、ハイジさん言われるようにすこしだけ「覚悟」が必要です(笑)。
      2023/08/12
    • ハイジさん
      アテナイエさん
      再びありがとうございます!

      やはり読まれてますね(笑)
      そして内容は…
      なんとなく予想しておりました通りですね
      時代背景や...
      アテナイエさん
      再びありがとうございます!

      やはり読まれてますね(笑)
      そして内容は…
      なんとなく予想しておりました通りですね
      時代背景や社会性、いつもの農奴解放、キリスト教…
      手強いですね
      暗いのは結構大丈夫なのですが(笑)
      難しそうでさすがに手が出しづらい…

      細かく教えてくださってありがとうございます!
      しばらくは無理かもですが、大方のドストを制覇できたら他に取れるかもしれません…

      いやー
      しかしよく読めましたね
      さすがです
      勇気あります!
      尊敬!
      2023/08/12
  • 英検の勉強も一段落したので、ドストエフスキーチャレンジを再開しました。
    ドストエフスキー5大長編(『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』)を順番に読んでいくというこのチャレンジ、『罪と罰』を読了したので、次は本書『白痴』に取り組みます。ちょっと調べたら『罪と罰』を読了したのが8月中旬だったので、約3か月ぶりのドストエフスキー。
    ページびっしりと細かい字で描かれるドスト節。やはり、とっかかりは時間がかかりますね。

    前回の『罪と罰』は注釈が充実し、亀山郁夫先生の新訳で読みやすい「光文社古典新訳文庫」で読んだのですが、今回は「光文社古典新訳文庫」の『白痴1~4』ではなく、木村浩先生訳の新潮社文庫の『白痴 上・下』を選んでみました。(あ、けっして4冊のレビューを書くのがめんどくさいから上下2冊で済むこの新潮文庫を選んだ訳ではないです←(汗))。
    新潮文庫の『白痴』は平成16年に改版されて、活字も大きくなっているので、老眼になりかかっている僕でも読みやすいのです(笑)。

    新潮文庫の『白痴』は上下2巻で済むという利点はあるのですが、上下巻それぞれ約700ページ、そして注釈がほとんどついていないという玄人仕様ですので、ドストエフスキー初心者が読むにはかなりハードルが高いです。
    特にロシア人の名前の表記の仕方が、原作に忠実に訳されているからでしょうか、つまり、ロシア人の名前の仕組みを理解していないと誰が誰だが分からなくなるので、そこは注意が必要です。
    例えば、主人公のレフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン公爵のことを表記するのに『ムイシュキン公爵』と表記したり、『レフ・ニコラエヴィチ公爵』と記したりするので読み慣れていないと「は?公爵って二人いるの?」と混乱します。
    主人公の『ムイシュキン公爵』はまだ分かりやすい方で、主人公の友人のガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギンなどは「ガーニャ」、「ガネーチカ」、「ガヴィリーラ・アルダリオノヴィチ」と表記され、ガヴリーラの妹は 「ワルワーラ」、「ワーリャ」、「ワルワーラ・アルダリオノヴナ」と記載されるのです。
    この表記の仕方がその都度、ばらばらに使用されるので、ロシア文学に慣れない初心者には登場人物の数が膨大にふくれあがっていくように感じてしまい、ストーリーを追えなくなって挫折するというのが「ロシア文学初心者あるある」の一つです。

    ここでちょっと、ロシア文学初心者への助言として簡単な豆知識を書くと、ロシア人の名前は父称と女性形の意味が分かると格段に読みやすくなります。
    例えばロシア人のミドルネームやファミリーネームには「〇〇ヴィチ」や「〇〇ヴナ」という名前をよく使いますが、簡単にいうとこの「〇〇ヴィチ」は「〇〇の息子」、「〇〇ヴナ」は「〇〇の娘(女性形)」という意味があります。
    主人公のレフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン公爵の「ニコラエヴィチ」であれば「ニコライの息子」という意味になり、ガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギンであれば「アルダリオン」の息子、ワルワーラ・アルダリオノヴナ・イヴォルギナであれば、「アルダリオン・イヴォルギン」の娘という意味になるのです。
    という訳ですので、同じ兄妹でもファミリーネームが変わるということを知らないと「ガブリーラとワルワーラは兄妹なのになんで名字が『アルダリオノヴィチ・イヴォルギン』と『アルダリオノヴナ・イヴォルギナ』と違うんだ!!!」と頭を抱えて悩んでいた人には、この仕組みが分かるだけで、ロシア文学は格段に読みやすくなると思います。

    だいぶ脱線したので話を戻すと、この『白痴』は主人公レフ・ニコラエヴィチ・ムイシュキン公爵26歳を中心とした恋愛小説となります。
    主人公のムイシュキン公爵は、善良な人物の典型として描かれており、ヒロインはロシア随一の美貌を持つと言われているナスターシャ・フィリポヴィナ・バラシコーワとエパンチン将軍家の美しき3姉妹の末娘アグラーヤ・イワーノヴナ・エパンチナ20歳の二人です。この3人を中心に2人の美女を巡ってムイシュキン公爵のライバルとして現れるパルフョーン・セミョーノヴィチ・ロゴージンやガヴリーラ・アルダリオノヴィチ・イヴォルギンらなど超個性的な男性陣が脇を固めます。

    本書は、主人公ラスコーリニコフの独白の場面の多かった『罪と罰』とは違って、多くの場面がムイシュキン公爵を中心とした会話劇となります。このあたりは、陰々滅々とした場面の多かった『罪と罰』に比べると、かなりイメージが変わり、ちょっとした「ドタバタ喜劇」が続くような感じとなりますね。

    まだ、上巻を読み終わったばかりで恋愛の核心部分には入っていませんが、ムイシュキン公爵は誰と結ばれるのか?ハラハラドキドキの続く本書、下巻へと続きます。

    • ハイジさん
      はじめまして
      いつも楽しくレビュー読ませていただいております(^ ^)
      ドストエフスキー面白いですね♪
      またま「罪と罰」しか読んでいない初心...
      はじめまして
      いつも楽しくレビュー読ませていただいております(^ ^)
      ドストエフスキー面白いですね♪
      またま「罪と罰」しか読んでいない初心者ですが、すっかり独特の世界観にハマりました。
      kazzu008さんの仰るとおり、読み出すまで、腰を上げるまで時間かかりますよね…
      カラマーゾフ購入しましたが、未だ開始できておりません^^;
      こちらの白痴も気になります!
      続き楽しみにお待ちしております!
      他にもkazzu008さんのレビュー読んで気になる本があり、読むのがとても楽しみです。
      2019/12/02
    • kazzu008さん
      ハイジさん、おはようございます!

      いいね!&コメントありがとうございます!
      こちらこそハイジさんのレビューいつもすごく参考にしていま...
      ハイジさん、おはようございます!

      いいね!&コメントありがとうございます!
      こちらこそハイジさんのレビューいつもすごく参考にしています。

      いえいえ、初心者だなんてとんでもない、もう『罪と罰』を読破されたら完全にドスト仲間です。僕もドストエフスキー仲間が増えて嬉しいです(笑)。

      確かにドストエフスキーのあの雰囲気は好き嫌いが分かれますよね。でもあの世界観は独特の中毒性があります。「もう止めようかな」と思っても少し立つと読みたくなってしまいます(笑)。
      この『白痴』も上巻は結構読むのに時間がかかりましたが、下巻になるとスルスルと読めてしまいます。やはり慣れなんでしょうね。
      『カラマーゾフの兄弟』、僕は以前に何度も挫折していて、ドストエフスキーチャレンジのラスボスとしてとってあります(笑)。ハイジさんのレビュー楽しみにしていますね。

      僕のレビューで「読みたい本ができました」と言われるのが、最高に嬉しいです。
      ブクログレビューアー冥利に尽きます。こちらこそありがとうございます!!!
      ハイジさん、今後ともよろしくお願いします!
      2019/12/03
    • ハイジさん
      コメントありがとうございます。
      確かに好き嫌いが分かれますよね。
      でも…
      想像と違うギャップ有、笑ってしまうような面白さ有、なぜかクセ...
      コメントありがとうございます。
      確かに好き嫌いが分かれますよね。
      でも…
      想像と違うギャップ有、笑ってしまうような面白さ有、なぜかクセになる不思議な世界ですね!
      ドスト仲間にしていただきありがとうございます。
      ではドスト先輩の今後のレビュー楽しみにしておりますね♪
      2019/12/03
  • ドストエフスキー(ロシア1821~1881)の『罪と罰』に続く2作目の長編。

    『罪と罰』の傍若無人な主人公スコーリニコフとはうって変わって、スイスの精神療養所で成人したムイシュキン公爵は、優しく穏やかな紳士だ。完治したのち着のみ着のままでロシアへ帰国するも、あまりにも天真爛漫で人を疑うことを知らないために、しだいに人々の憎悪やエゴに食い荒らされていく。まさにロシアのカンディード、苦難に満ちあふれてハラハラ目が放せない。

    子どものような純粋さやキリストのような愛をイメージさせるムイシュキン、作者ドストエフスキーは「完全に美しい人間」という人物を設定して、彼をなんども「白痴」と呼ばせる。そのたびに私のどこか奥のほうではチクチクと疼くのだけれど、読了後、訳者の解説をながめると、「白痴」というロシア語は病名のほかにも「ばか」や「まぬけ」という日常用語で、ごく普通に使われているらしい。へぇ~ロシア語のことは門外漢なので興味深く感じながら、この作品が描かれた1800年代のロシアの時代背景も踏まえて、あまり構えず、余計な先入観ももたず、再度、主だったところをなぞった。

    さすがに小説の内容は素晴らしい。ムイシュキンは素敵なキャラクターに仕上がっている。彼はドストエフスキーの心の中に住み続けている幼な子のような純粋さと憧憬と苦悩のアバターなのかもしれないな♪

    全体としては、長編なので当然ながら長い。少し冗長なところはあるものの、人間関係が錯綜することはさほどない。神の視点のような三人称だったり、ときにはごく短い断章や論考のようなものが挟み込まれていて、緩急あっておもしろい。
    思えばドストエフスキーは狭い人間関係のなかで、とことん人間観察を繰り返しながらキャラクターを煮詰めていく。しかも、おざなりではなく、ほどほどでもなく、それはそれは執拗にドロドロになるまで煮詰めていくので、ねっとりした濃い小説に仕上がる。この作品もたしかにそうなのだが、ちょっと驚いたのは、純粋ラブストーリーでもあるから、スィートな味わいも楽しめること。虚栄とカネと汚辱にまみれた時代背景に、心もほんわり温かくなってくる。

    ……とはいえ、とはいえ、ムイシュキンは……まるで「荘子」が描いた『混沌(こんとん)』のように切ない存在だ――かつて帝王の混沌は偉大で幸せだった。そののっぺらぼうの顔に、目や口といった7つの穴を親切心から穿たれていくにつれ、苦悩と混乱が増していくまでは。
    本作の結末は驚きと憐みが横溢して、なんだか「混沌」とムイシュキンの不思議な繋がりを感じる。ほろ苦い恋の結末も見逃せない。(2021.11.30)

  • この長大な小説を読んでいて、誰の会話か解らなくなることがあり、四苦八苦した。その中で、肺病を患った薄幸な少女マリイと子供達の交流を書いた挿話が好きだ。
    また、ムイシュキン公爵とロゴージンの間で語られるナスターシャ・フィリポヴナに対する評価の違いは刮目に値する。

  • 2016.2.18
    スイスの精神療養所で成人したムイシュキン公爵は、ロシアの現実について何の知識も持たずに故郷に帰ってくる。純心で無垢な心を持った公爵は、すべての人から愛され、彼らの魂をゆさぶるが、ロシア的因習のなかにある人々は、そのためたかえって混乱し騒動の渦をまき起す。この騒動は、汚辱のなかにあっても誇りを失わない美貌の女性ナスターシャをめぐってさらに深まっていく。(裏表紙より)

    ドストエフスキーの作品を読むのは、カラマーゾフの兄弟、罪と罰に続き、三作目なのだが、やっぱ濃いね。人間が濃い。これは彼の作風なんだろうな。三作も読むと、作品うんぬんというより、ドストエフスキーという人の書き方みたいなものが見えてくる。登場人物の性格とか、全体的な雰囲気とかも割と共通性があるというか、本作主人公のムイシュキンの善良さはカラマーゾフにおけるアリョーシャを彷彿とさせるし(しかしアリョーシャはすべてを知った上での善な気がするが、ムイシュキンはまだ馬鹿故の善を感じる)、ロゴージンはカラマーゾフのドミートリイ、罪と罰のラスコーリニコフはその知性と未熟さから気が触れた点でカラマーゾフのイワンに似ている。こう考えるとカラマーゾフの兄弟は、それまでの作品で描かれた人間らの集大成なのかもしれない。もうひとつ、何故こんなにも彼の作品が濃いのか、思うにそれは、難しくない言葉で、複雑な心理描写をしている点にある気がする。単語が難しい訳ではないのだが、例えば本著では第2編でのムイシュキンとロゴージンの対面、その後のムイシュキンの内的葛藤から癲癇に至るまでが、非常に複雑にうねっていてわかりにくく、ただならぬことだけがとにかく伝わってきた。これは人間の心の機微、欲望と欲望が葛藤し、葛藤と葛藤が葛藤しているかのようなその内面世界の渦を、強調し、そして正確に記述しているからのように思われる。だから彼の作品の登場人物は、本作は「白痴」だが、正直みんな白痴で気狂いに見えるほど個性が臭う。人間はそもそもよくわからない複雑な内面世界を各々が構成している。それを説明すればするほど、解釈すればするほど、その内面そのものは削ぎ落とされ、簡素化され、単純化されてしまう。しかしそのようなわかりやすさはある意味虚偽である。人間の内面世界を、つまり欲望の数々、感情の数々を強調して描くことで、半ば狂人の集まりのような印象も受けつつ、しかし確かに人間のその内側のうねりを強く表現しきっているというわかりやすさと同時に、その複雑さを複雑さのままに表現しているという点に、わかりにくさもある。人間のわかりにくさを、わかりにくさのまま、わかりやすく描いている、それが彼の小説の濃さを生み出している気がした。私は自らの内心をすぐ分析する癖があるが、それはそれなりの説得力ある筋を備えた虚偽にすぎず、人間の複雑さを複雑さのまま捉える人間理解のチャンスを損なっているとも考えられるわけである。私の心の複雑さを、複雑さのままに捉える内省も必要だと学ばされた。この小説は、ムイシュキンという白痴が当時のロシア世界に放り込まれたらどうなるかを描いたものらしい。白痴とは、知能が劣っているという意味と、世間知らずという意味とがあるらしい。しかし私には少なくともムイシュキンが、知能が劣っているようには見えなかった。世間知らずというより、他の人物のようなせせこましい虚栄心、ずる賢さというか、そういうものを持たない人間、子どものような純粋な人間という気がした。故にロシアの大人から見たら、一方にこいつは白痴だと思いながら、しかし一方にはとんでもない賢者と時折思われる。それだけ他者を信用できず騙し合い優位を示し合うのがこの世界の人々である。ムイシュキンが持っていないのは、この世界の汚さに適応するための能力であり、またムイシュキンが持っているのは、他の人々が生きていく中でなくしたもの、しかし捨てたくて捨てたわけではない、懐かしく尊い何かである。しかし後半になると、その白痴的な信頼と同時に、どす黒い猜疑心を主人公は持ち出す。ナスターシャとの恋愛騒動、ロゴージンとの関係、遺産を巡る騒動など、人間と人間が関わることにおける避けられない問題を通して、世界を学び、世界に適応し、その純白さに黒い染みが徐々に、インクを垂らしたように広がっていくように見られる。しかしそれでもそのような猜疑心を恥じる心がある分彼は救いのある人のように思われる。賢者は自らが賢くないことを知っているからである。寧ろ自己の好奇心や虚栄心から他者を顧みず己も顧みずそれでも彼を白痴と罵る、小説内の人々こそが、白痴ではないか。白痴つまり世間知らずで、故に善良で純真無垢なムイシュキンを描くことで、世間に生きる人々の馬鹿さを浮き彫りにする、白痴なのは彼ではなく、世界だと言わんかのような印象を受けた。この点、ルソーの自然主義的思想にかなり近いものがありそうである。果たして彼はこの世界をどう生きるのか、下巻も楽しみである。

  • 登場人物がみんな半端なく激しくて、読むのは疲れるけど、ドストエフスキーの他の作品と比べると、分かりやすく面白い。ドストエフスキーの思いもそこかしこにしつこく散りばめられている。

  • 精神療養所のあるスイスからロシアへと戻ってきたムイシュキン公爵。
    彼は「白痴(ばか)」と呼ばれるほど純粋で無垢な人物であり、知己になった人物はみな彼に好感を持つ。しかし、純粋な心を信じられないロシア的因習にある人びとは彼の登場によってかえって混乱し、騒動を起こしてしまう。
    その騒動は美貌の女性ナスターシャや、公爵が得た莫大な遺産をめぐってさらに深まっていくこととなる―。

    ドストエフスキーの、現代において「無条件に美しい人間」は存在できるかという実験である、と思います。
    この実験はどう帰結していくのでしょうか。私には公爵が既に無条件で善良な人間ではなくなったと感じられます。一編では公爵自らの自問自答はなかったように見えますが、二編では公爵は自らに罪があると悩み、あなたはとても疑い深く、人の心を読むことに長けていると言われる。「無条件で善良」にはもはやあてはまらないと感じます。
    いやこれは無条件で善良な人間が、人間社会という環境において、変化していく過程として当然のものであるかもしれません。この先公爵がどうなっていくのか、またその取り巻きは彼をどう扱っていくのでしょうか。

    644Pの、リザヴェーダ婦人の言葉が印象に残りました。
    「社会が誘惑に負けた娘をいじめると、人はその社会を野蛮で不人情なものに考えるのが普通でしょう。社会を不人情だと思ったら、こんな社会を生きていかねばならぬ娘は、さぞ苦しい辛いことだろうと考えてやるのが当然でしょう。ところが、あんたはそれをわざわざ新聞にかきたてて社会の前に引きだして、苦しいとか辛いとかいってはいけないとむちゃな要求をしているんです」

    「なにか確固たるモラルが崩壊しつつある社会」
    ドストエフスキーのいた当時のロシアはそんな社会だったんじゃないでしょうか。ふと思いました。

  • 意外と読みやすくて面白い。

  • 一人の繰り言は少なめに人間関係が前面に出ている。他者に対する対応や感情の機敏が事細かに描かれる。その中で時折寓話めいた事件や問題提起が挟まれ、周りから浮いているムイシュキン公爵の反応や対応に哲学が浮かび上がってくる。何箇所もラインを引き付箋を貼りたくなるような観念があった。興味深く共感し、感動もし、胸が痛くなる。

  • 面白いか面白くないかでいうとはっきり言ってよくわからなかったけど公爵が病気だけどいい人に見えるように書いてるのかなかと思った。

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著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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