カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)

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制作 : 原 卓也 
  • 新潮社 (1978年7月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (667ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010105

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カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 長編作品を読みはじめるとき、正直言って読み終えるのは、いつぐらいになるのかなぁーと、気になってしまうことがある。
    しかし、このカラマーゾフは話の先が楽しみで楽しみで期待感が膨らみ、まだ、中巻下巻と至福の時間がつくれるのだと思うと嬉しくなる。

    本書、上巻の見せ場は独断だが、第5編ー5「大審問官」なのではないだろうか。
    無神論者である次男イワンが、三男の修道僧アリョーシャに自作の物語「大審問官」を語って聞かせる。
    イワンが頭の中で創作した物語で、イエス様は始終、沈黙のまま登場する。
    やはり修道僧の弟は、あれこれと悲痛に叫んで意見するのだが…。

    この作品の主要な登場人物はカラマーゾフ家の人々だけれど、実質な主人公はアリョーシャなのかな??

    ところどころに、「俺はカラマーゾフだからさ!」と誇らしげのようでもあり、「カラマーゾフの力さ…カラマーゾフ的な低俗の力だよ」と、放蕩に身を沈めて、堕落の中で魂を圧殺して生きることの運命を認めている節もある。

    カラマーゾフ流に浸る晩秋はいいものだ。

  • めっちゃおもしろい。ドストエフスキーはやはり素晴らしい。カラマーゾフの兄弟はドストエフスキーの集大成的な作品と聞いていたので、楽しみにしてとっておいたのだけれど、裏切られないで非常に楽しめた。
    相変わらず名前覚えづらいし、ニックネームでも呼び出すし、登場人物多いしでわけわからなくなりそうだったけど、ネットに落ちてた人物相関図に非常に助けられた。まだ読んでいない人は、ネットにある人物相関図を参考にしたほうがいいよと勧めたい。
    それにしても父親と長男はキチガイすぎだし、次男のイワンは頭よすぎだし、三男のアリョーシャは修道僧なだけあっていいやつ過ぎるし、この家族ヤバい(笑)
    アリョーシャがどれだけすぐれた人格の持ち主でも、カラマーゾフの血が流れているんだと恐れているのは、おれ自身が父親の血が流れているからやはり父親みたくなるのかなと思うときとかぶった。アリョーシャがヒョードルみたくなったらヤバいけども。
    カラマーゾフの兄弟は、この一家以外の人物もぶっ飛んでるやつが多くて、登場人物のキャラの濃さとキリスト教についてのトークが結構インパクトにあっておもしろい。イタリア、フランス、ドイツ、イギリスとかではなく、すごいロシア的だなと思う。何かもう上巻だけでも超長かったのに、あと中巻下巻とあるから先をどんどん読み進めていきたいと思う。

  • 上巻の真ん中くらいで、今までずーっと「スルメジャコフ」だと思っていたのが、「スメルジャコフ」だと気がついた。

  • 「父殺し」を物語の主軸にしつつ、思想、宗教、恋愛、推理、法廷劇などが盛り込まれている。さまざまな要素を備えながら散漫にならず、むしろ緻密に練り上げられた作品。ドストエフスキーおそるべし…!
    まずは登場人物が主要人物から脇役まで個性的かつ魅力的。放埒で淫蕩な父フョードル、高潔だが直情的で暴力的な長男ドミートリイ、知的で皮肉屋の次男イワン、純粋で敬虔なアリョーシャ…。
    物語は、中盤(第6編「ロシアの修道僧」、第7編「アリョーシャ」)あたりでやや中だるみの感もあるが、それを超えると、物語が「父殺し」に向けて次第に加速していき、エピローグまでいっきに読ませる。
    特に素晴らしいのは、第5編「プロとコントラ」に含まれる「反逆」「大審問官」と、第12編「誤審」。
    前者はイワンの論説が熱い。それまで冷徹な印象であったイワンの心の叫びが展開される。
    後者は検事補イッポリートと弁護士フェチュコーウィチの対決が熱い。イッポリートの提示した事件の筋を、緻密な検討によりことごとく覆していくフェチュコーウィチが素晴らしい。
    心に刺さり、深く考えさせられる台詞が随所にちりばめられており、何度も読み返したくなる作品。
    圧倒的な傑作。

  • ふう。読み切るのに6ヶ月かかった。何度断念しようかと思ったものか…。激しい会話についていくのに精一杯。最後の「大審問官」は最重要箇所とも言われるだけあり、その衝撃は想像以上。が、語れるほどまでには理解できていない。フョードルが死んでからはあっという間と聞くがどうだろう。

  • 光文社のほうが若干読みやすいかな。大審問官のあたりから読むのに時間がかかった。光文社を読んだら、また読み直せるかも。

  • 前半を読むのにかなり時間がかかってしまったが、まとまった時間を利用して読み始める一気に読み終えてしまった。

    いざ読み進めると、ミハエル・バフチンが提唱したポリフォニーとはこういうことかと体感的に理解できる。癖のある登場人物が長口上を繰り返しつつ、重層的にそれらの語りが絡み合い進行する物語にはやはり感嘆させられる。

    残すは中下巻の2冊。

  • 2015.12.02
    物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いたさんにんの兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。(裏表紙より)

    以前、光文社文庫で読み、約半年ぶりに再読。こちらの訳の方が段違いにわかりやすくてびっくり。あらためてこの小説は実に多彩な顔を持っているなと思う。度々、カラマーゾフ的なと形容される何かを、カラマーゾフ家の皆様は持っていると語られるが、それはまさに、人間の情欲というか、欲望というか、人生への渇望というものだろう。フョードルは物欲や性欲もそうだが、何より自分のそのような本性にあまりに正直かつ不器用なため、それらを隠すというか、そのような獣的本性を抑えられないが一方で人間社会で生きるために、仮面を被り、道化になる道を選んだのではないか。一方でようやって装わなければ自らを受け入れてくれない世界に対する反感も持っているように思われる。ドミートリイはこの強い欲望の現れ方という点では父に最も似ているように感じる。直情的で、自分の情欲をコントロールできず、しかし教養はなくとも理性や良心、名誉心はあることが、まさに彼の存在の悲劇である。カテリーナとグルーシェニカを巡るドミートリイの苦悶はまさに、自らの欲情と、良心の呵責による引き裂かれである。イワンは第5編プロとコントラにあるように、世の中をよく見れる目とそれらから真実を紡ぎ出そうといる頭を持つが故の、思想家のもつ苦悩を持つ。神は信じれても、神の作ったこの世界を認めることはできない。彼のは非常に、人間的というか、人生かくあるべし、世界かくあるべしという理想と、現実は人間時に残虐極まり、罪なき子供は大人に引き千切られるという、この理想と現実のギャップに苦しんでいるのではないか。苦しむあたり、彼は理想を捨てられないんだろうな。現実を現実と受け止め、諦めることができないのだろう。アリョーシャは、より理想に近づいて生きているという印象を受ける。しかし彼はこの、苦しみの人々の真ん中に立つ主人公である。いろんな人々が彼のことを好きなのは、彼の中に人間存在の理想型を見出しているからではないだろうか。情欲に振り回されることもなく、神という理想に仕える。彼からはあまり、動物的な欲情は感じられない。しかし、強く人間の理想を希求してやまない、世界の幸福を願ってやまない、その強さに、カラマーゾフ的なものは宿っていると言えるのかもしれない。カラマーゾフ的なものとは、現れ方は異なるが、それは自らの生に対する、人並み外れた欲望ではないだろうか。ドミートリイは感情的に、イワンは知性的に、そしてアリョーシャは信仰的に、それらが現れている。またこれら兄弟以外の登場人物も魅力的で、カテリーナやスネギリョフの病的な興奮など、はっとさせられるものがある。人はプライドによってこんなにも自分を騙せるものだろうか。単純な理想と現実と対立による不幸というふうには、そんな公理には還元しがたい、人間の複雑さを垣間見るようである。様々な人間、様々な欲望と理想、そしてそれに対する様々な抵抗やもがきがある。対立が対立を呼びその呼ばれた対立によって生まれた対立が最初の対立を対立させるかよような複雑なわけのわからん欲望vs能力の物語である。なんでこんなにも複雑で、どこに解決があるのかも見えず、また解決があるにも関わらず内的な力(悪魔?)によってそれを選ぶことができない、そんな人間たちの生きる姿に、なぜこんなにも魅力を感じるのだろうか。抱えるものが複雑であればあるほど、救い難ければ難いほど... 続きを読む

  • よく話題にされる大審問官の章は難解であった。自分は聖書を読んだこともなく、当時のロシアの歴史的背景は高校の世界史程度の知識である。しかし登場人物の心理描写が細かく、性格や顔付き、体格と自分なりに想像しながら読むことができた。
    個人的には下巻の法廷記録の章が圧巻であった。もう2、3回読み返しても楽しめて、新たな発見があると思うが、もう少し時間をおいてから…

  • 市原隼人がでているドラマでカラマーゾフにハマり、本も読んでみよう!と思って読んでみた。

    ドラマの前知識があるおかげか、結構スラスラと読めた。
    上巻ではキリストがどうとか神がどうとかそのようなことが語られていて、私や日本人である人はあまりピンと来ないと思う。

    ちょっと哲学的な感じだった。

    上巻なのでまだストーリーは全然進んでいないが、今夜から中巻を読むので楽しみだ。

    内容はたぶん理解出来ていないがとりあえず、ストーリーを楽しもうと思う。

    光文社現代語訳の亀山さん訳のが読みやすいと評判だが、カラマーゾフの空気感が軽いといったレビューを見たため、新潮文庫の原さん訳で挑戦!

    やはり読みやすい=どうしても空気感が軽くなるんだと思う。
    読みにくくても、カラマーゾフの雰囲気を味わいたいのでこのまま読み進めていこうと思う。

  • カラマーゾフ三兄弟の話。

    世界屈指の傑作と言われている一冊。
    挫折本としても有名ですね。
    上巻を読み終えるのに三ヶ月かかった、
    東大の教授がすすめる
    など、読む前から読みにくそうなイメージ。
    何年もの間、遠ざけていた一冊です。

    上巻は特に読みにくいとの事だったので、心して読んだのですが
    登場人物の名前さえクリアしてしまえば、何てことはない気がします。
    登場人物、一人一人の個性が際立っているので
    むしろ読みやすいのではないかと。
    読みにくい!と大々的に言われているで、私みたいに長年敬遠している人が多いのではないでしょうか。。
    勿体無い。
    娯楽小説としても充分楽しめると思います!!

    神様は居るのか居ないのか。
    人間にとって永遠のテーマですね。
    中巻が楽しみです!

  • 2013.12.10読了。
    学生の頃はギブアップ、社会人になって世間が分かりはじめてから読めるようになった作品。その後だんだんとこの作品が好きになる。年を重ねてふとしたときに読みたくなり、読むごとに新たな発見がある作品。上巻はやはり大審問官のくだりが圧巻。

  • 知り合いに借りた本。
    ドエストフスキーだと思っていた高校時代が懐かしいです。

    好色と強欲の権化であるフョードル・カラマーゾフの三男、主人公アレクセイ・カラマーゾフ。
    彼の周囲では複雑な愛憎模様が次々と繰り広げられている。
    長男ドミートリイは婚約者のある身で父と愛人を取り合いながらカラマーゾフの財産の分割を声高に叫び、次男のイワンは冷徹な論理家で神の意義を問う一方長男の婚約者に想いを寄せていた。
    彼らを取り巻く様々な事件を追いながら人間と神の間に存する疑問を提起する不朽の名作。

    と、上記あらすじを述べておいてなんですが、かなり好き嫌いが分かれる書籍だと思います。
    主人公以外、非常に刹那的な生き方を選択する人ばかり出てくるといって過言ではありません。
    こんな奴らに囲まれて生きるくらいなら移住するわ!

    しかし、提起される問題点に関する分析は緻密です。
    宗教と信仰、愛と偽善、そして人の心の負の一面が的確に描かれています。
    特に神の存在や信仰の在り方、当時の教会の存在についてかなり突き詰めた議論が作中でなされます。

    昼ドラなんてまだマシに思えるような物語を追いながら、高尚な哲学の一端を感じられる良作です。

  • すごい笑える物語です 笑いが不幸からの逃避っていうのはこういうことかと納得していただけると幸いですね カラマゾフは原卓也さんの訳よりもKENSHUの世界文学全集に載っている中山省三郎さんの訳をおすすめ 特に作中作である次兄イワンの創った話が秀逸!笑いなくしては読めません!

  • ドストエフスキーの『罪と罰』に並ぶ名作。

    『罪と罰』を読んでロシア文学になれたからというのもあるが、読みやすかった。
    次は中巻へ。

  • 三島由紀夫『仮面の告白』の冒頭に本作が引用されていたので、いつかは読まねばと思っていた。
    予想してた以上に面白かったし、難しくなかった。

    ゾシマ長老の説法は、キリスト教徒ならずとも感動できるものがある。
    まさしく「絡み合う」といった様相を呈する複雑な人間関係にワクテカが止まらない。
    クールかと思われたイワンが結構アツイ奴で目が離せない。

    登場人物が多くて「こいつ誰だっけ?」ってなるので、相関図を書きながら読むことをおすすめする(人物名と初出ページを書き留めておくことが望ましい)。人物相関図はネットで検索すればいくらでもでてくるけど、ネタバレになってしまう可能性が高いのでおすすめできない(←これ俺の失敗談ね)。

  •  いままでに読んだ小説がいくつも脳裏をよぎる。この作品には、小説で書くべき「人間」という存在のすべてが書き尽くされているような気さえする。もしかして、『カラマーゾフの兄弟』さえ読んでいれば、他のどの小説もさして読む必要性はないのではあるまいか?
     それは小説好きな私にとって大きな期待でもあるし、同時に大きな不安でもある。

    原題:Братья Карамазовы

  • 今まで海外小説はどうも苦手であった。 特に、宗教色の強い小説に関しては理解出来ない部分があった。 読み終わって感じた事は、今まで一番苦手だった宗教的な物語であったが、奥の深さを感じ、日本の小説には無い鋭さと内臓を抉る理論がそこにあった。 上だけでこれだけ深いものをあと2巻も読めるだろうか?

  • 複雑な構成を持つ長大な作品で信仰や死、国家と教会、貧困、児童虐待、
    父子・兄弟、異性関係など様々なテーマを含む作品という触れ込み。
    確かにこれは生半可な気持ちではとても読み切れない作品である。
    ある程度ドストエフスキーの世界観に慣れてから挑まないと
    まず間違いなく挫折するであろう大長編。

    ドストエフスキーの最高傑作と呼び名が高いだけあって、
    いわばこれまでのドストエフスキー作品の集大成のようなものな気がする。

    物語はカラマーゾフ家の三男で修道僧のアリョーシャを中心に、
    堕落した生活から抜け出せない直情型の長男ドミートリイ、
    合理主義、無神論を掲げている次男のイワン、
    そして強欲で淫蕩の限りを尽くす父フョードル、
    フョードルの私生児と噂されるカラマーゾフ家の使用人スメルジャコフ、
    これらカラマーゾフ家とその周りの人間模様で描かれているのだが
    上巻はまず、この色とりどりの登場人物たちの紹介と
    後の悲劇へと繋がる事件の序章を知る手がかりとなる。

    この有神論と無神論のぶつかり合いというものは目を見張るものがある。
    当時のロシアの時代性を表しているのだろうが、現代にも通ずる理屈なのだ。
    特に上巻のラストで描かれるイワンが作った壮大な叙事詩、
    大審問官の章はドストエフスキー作品の中でも最難関なものではなかろうか。
    ここで、かなり挫けそうになってしまったのも正直なところである。

  • 達成感すごい。

  • 世界一の小説
    といっているのは、日本人くらいらしい。ロシアの人は意外と冷めているそうだ。
    それでもメチャクチャ面白い!上巻は名前が憶えられず苦労したが、上巻の「反逆」「大審問官」あたりからホントに面白い。
    読めば必ずミーチャ(長男、ダメ人間)が好きになります。
    「いったいこの世界に他人を赦す権利をもっている者などいるのだろうか」、など重いテーマが多いのにもかかわらず、宗教感覚がない日本人から高評価を受けるのは、日本人のキリスト教(西洋)への憧れといえるかもしれない。

  • 読むのは三回目だが、そこには相変わらず深遠な世界が広がっている。僕はこのレビューを書くに当たって、非常に戸惑っているのだ。と言うのも、あまりにこの小説が深遠で奥の深いテーマを数多く内包しているために、どれに重点を置いて解説すればいいやら、さっぱり見当が付かないからである。

    今現在は亀山郁夫氏が非常に分かりやすくかつ現在風に訳したと言う版が大人気らしいが、僕は敢えてこちらを読み返している。すでに二回も慣れ親しんだと言うこともあり、また、私情で申し訳ないが、新たに本を買う金銭的余裕もないからである。しかしながら、亀山氏の訳がどれほどのものか分からないにせよ、こちらの原卓也氏の訳もなかなかいい味を出している。

    金原ひとみはこの上巻を「非常につまらなかった」と一蹴しているが、この小説はそもそも面白いつまらないと言う言葉でくくることの出来ない、人間のおよそ考え付くありとあらゆる要素を詰め込んだ総合小説であるから、「つまらなかった」と言うのはナンセンスであると思う。

    それに、この上巻だって読み慣れさえすれば、(ナンセンスと書いたけれども)面白さは見出せるものだ。ゾシマ長老の会合、妖艶なグルーシェニカの登場シーン、イワンの語る深遠で難解な「大審問官」(この節は『自由』と言う言葉を念頭に置いておくと、理解がしやすくなる)、三島由紀夫の「仮面の告白」の冒頭にも挙げられたドミートリイの語る美についての考察等、挙げればきりがないくらいである。

    さて、この三兄弟およびフョードル、スメルジャコフ達がどうなるのか、期待しつつ(と言っても僕はもう結末を知っているのだけれども)中巻に移ろう。

  • とても密度の濃い小説だった。
    低俗にして下劣、俗悪にして好色。
    およそ尊敬に値せぬ俗物の父親フョードルの血を受け継ぐカラマーゾフの三兄弟の愛憎劇を軸に二千ページにもおよぶこの物語は展開する。

    作中もっとも感銘を受けたのは有名な「大審問官で」はなくその序説「反逆」だった。

    イワンは現実にロシアで起きた酸鼻な幼児虐待やトルコ人の暴虐を例に挙げ、
    「神の救済を前提にすべての罪が正当化されるとしても何故子供たちまでもが理不尽な責め苦に遭わねばならないのか自分にはどうしても納得できない」
    と力説する。

    迫害者と被迫害者が神の再臨にともなう永遠の調和の中で和解に至り歓喜の涙を流し抱擁する
    世界などとても認められないと語るイワンの弁説は、幼児虐待を代表とするあまりに人権と生命を軽んじた事件が頻発する現代日本でも十分通じるものだ。

    ピストルを掴もうとして笑いながら小さな手を伸ばした途端頭を撃ち砕かれた赤ん坊、
    母親の目の前で全裸に剥かれ猟犬によってたかって噛み裂かれた八歳の男の子、
    夜中にトイレを知らせなかったというただそれだけの理由で実の母親によって排泄物をむりやり食べさせられ顔に塗りたくられ寒波に襲われた便所に一晩中閉じ込められた五歳の女の子。

    「もし子供たちの苦しみが、真理を買うのに必要な苦痛の総額の足し前にされたのだとしたら、俺はあらかじめ断っておくけれど、どんな真理だってそんなべらぼうな値段はしないよ」

    理不尽に痛めつけられた子供の涙を世界全体の救済と引き換えにするイワンの思想は、疑義など差し挟む余地もなく賛美されるべきと信じられてきた「永続的に人類を許しはしても即時的に個人を救いはしない」偉大すぎる神への反逆であり、徹底的に卑小で非力であるが故に救済に値せぬ人間の矛盾に満ちた真実の側面であり、革命ののろしでもある。

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  • 10年以上前に読んであらすじは知っているが再読したいと思った。

    この巻は登場人物の紹介が主で、物語はあまり動かない。

    欲望に忠実な父フョードル、激情型のドミートリィ、知性的なイワン、愛情豊かなアリョーシャ。それぞれが会話の形で自らの心情を吐露していく。

    圧巻は「プロとコントラ」編でのイワンの独白。アリョーシャが「心と頭に地獄を抱えて」と語るイワンの苦悩は、文学史上屈指の名場面だと思う。

    あまりにも尊いキリストの愛の思想と、あまりにもかけ離れた地上の現実。信仰は「何一つ」解決することはできないが、それでも人は信仰を失っては生きていけない。

    ゾシマ長老の教えと、スメルジャコフの理屈が対照的な光を帯びてちりばめられていく。

    スメルジャコフの思想は日本のサヨクと同じ「自分が満たされない世の中なんか滅んでしまえ」で、胸糞の悪くなるこの手の手合いは昔からいたのだなと妙に納得する。

    純情なアリョーシャと幼いツンデレのリーゼの会話が愛らしい。

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カラマーゾフの兄弟〈上〉 (新潮文庫)の作品紹介

物欲の権化のような父フョードル・カラマーゾフの血を、それぞれ相異なりながらも色濃く引いた三人の兄弟。放蕩無頼な情熱漢ドミートリイ、冷徹な知性人イワン、敬虔な修道者で物語の主人公であるアリョーシャ。そして、フョードルの私生児と噂されるスメルジャコフ。これらの人物の交錯が作り出す愛憎の地獄図絵の中に、神と人間という根本問題を据え置いた世界文学屈指の名作。

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