- Amazon.co.jp ・本 (633ページ)
- / ISBN・EAN: 9784102010167
感想・レビュー・書評
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下巻は上巻と比べてスピード感があり読みやすい。
でも、疾走感という表現はしっくりこない。
ドタバタ感というのか、展開の振幅も大きく、
ストーリーから振り落とされそうな気分になる。
それにしてもドストエフスキーの作品には、
相変わらず「まとも」な人が出てこない気がするなぁ。 -
ドストエフスキーの本は一度読んだだけでは理解が完全ではないと言われてますが、この本は苦戦しました。
まず、登場人物が多い!
これから読む方は書き出しながら読むのをお勧めします。
内容としては、とにかくごちゃごちゃしています。
というのもヴェルシーロフが何人もの女性を抱えるのは今で言う「ゲス不倫じゃないか!」とも言えますが、調べてみるとこの頃のロシアは離婚という法律がなく、一度結婚したらずっと離婚をせず、ヴェルシーロフのようにカテリーナに結婚を申し込むような二重三重結婚はよくあることだそうで、日本人の感覚で言うとちょっと信じられないから余計に混乱してしまう理由の一つでもあると思います。
一番好きなシーンは戸籍上の父親マカール公爵とアルカージイとの会話。
マカール公爵は彼にとって有益な言葉を沢山残して、またその語口が凄く好きだなと思いました。
まだ、よくしっかり内容を掴む為に、時間を置いて再読したいと思います。 -
登場人物たちのこの生々しさはなんだろうと考えたら、「気分の変わりやすさ」だと気づいた。そして、常に内面の美醜が同居しているところ。また、思想と行動との乖離。
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ドストエフスキーの中で、頭一つ抜けて面白い。紙とインキでこんなことができるともっと早く知っていたら、物理をやってはいなかったに違いない。
繋がりがあるようでばらばらな話(逆のパターンは世に溢れている)が、未成年の思想を糊付けする、そんな、ばらばら感の点で最もドストエフスキーらしい。
物語の中に、罪、罰、白痴、悪霊、といった言葉も登場するが、これらは…ちょっと気を利かせ過ぎかも知れない?? -
瞬間的に社会に強く訴えかけるような迫力は感じつつも、語られる思想と、行き当たりばったりの物語がちぐはぐな関係にある作品に見えた。でも思想の部分で理解が追いつかないのは半分はぼくの問題でもあるなぁ・・・。
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養父マカールが亡くなってからの終盤の実父ヴェルシーロフの独白に近い対話が迫真。写真について、神について、恋愛における慰みでなく愛について。
白眉はヴェルシーロフが聖像を叩き壊す場面。その後も分裂する人間像が余すところなく描かれる。
タチヤナ・パーヴロヴナの人の良さも少ない叙述ながら、光っていた。
完全な理想的人物はありえず、どこか破綻しているが、憎めないのがドストエフスキーのメインキャストか。
最後の先達のコメントがこの小説の歴史的な意義を示しているのも嫌味がなく、構成的にさすがという他ない。 -
片手で人物相関図を作りながら読んだのがかなり助けになった……。
『白痴』や『悪霊』なんかに比べると"日常"との距離が近いような印象を受けた。生きている人間の体臭さえ感じさせるリアルさがあった。一人の未成年者が巻き込まれた怒涛の出来事の連鎖と彼の成長。1300ページ?ぐらいあるうちの半分はほぼ一気読みだった -
解説に「難解」とありましたね。確かに、結論というものはなくて、考えさせられます。
主人公のアルカージイが最初は軽蔑していた父の考えること、思想を尊敬し、好きになり、母を幸せにしてくれると思っていたのに、父は彼の言うところの分身のせいでもう一度不倫の道に進む。どんなに高潔なことを考える人間でも、そういう耐えがたい、抗いがたい欲求がある、そこをコントロールしきれない人間の性(さが)を描いているのかな、と私は思いました。主人公もまま高潔な思想を掲げながらその場の興奮だけで変な言動を繰り返していましたし(似た者親子なのかしら)。
登場人物が主役から脇役まで魅力的。利発で早熟な妹のリーザ、巡礼をしていた農奴、主人公の戸籍上の父であるマカール・イワーノヴィチ、冷笑的な叔母のタチヤナ・パーヴロヴナ、その手伝いのつむじ曲がりのフィンランド老女、のっぽの相方で好青年のトリシャートフ、ラムベルトの女であるアルフォンシーヌ・・・・みんな個性的で活き活きと描かれています。この書き分けは流石のひと言。
難しいけれど、例の手紙がどうなるのかずっと気になって苦なく読み続けられました。面白かったです。 -
ドストエフスキーの小説のストーリーはいつもよめないですね。だからこそ飽きずに読んでいられる。