虐げられた人びと (新潮文庫)

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制作 : 小笠原 豊樹 
  • 新潮社 (2005年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (686ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102010204

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虐げられた人びと (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • ラスト30ページほどで、息を飲む謎が明かされる。幾重にも巡らされた入れ子構造。悪人、善人の描き方。金への執着。ネリーが登場してから、俄然物語は進み始めたが、やはり肝だったのだな。舞台装置もドラマチックだった。

  • 【印象】
    二重底、三角関係、四人目はいない。
    クズ父子やぐちゃぐちゃな愛憎、人間の両面的分裂を楽しめる人へお薦めします。

    【類別】
    小説。
    ロマンスの要素が多め。

    【脚本構成】
    主人公と同程度の鈍感を持つなら、物語展開の楽しみを味わいつくせるでしょう。
    本作は小説家である主人公によって執筆された手記の形を成すため、作中作の色も帯びています。

    【表現】
    文体は平易であり、地の文は一人称視点。
    頁221で「ぶたれたっていい!」を反復する表現に錯乱を感じます。

  • 日曜の午後、急にドストエフスキー読みたい!気分になって一気読み。今まで読んだ彼の作品のどれよりも読みやすかった。それに、主人公(語り手)を素直にかっこいい!と思ってしまった。今まで読んだ彼の作品は、どれも、「自分にもこういう弱い部分がある」と共感しつつ、親しみは持ちたくなかった。(持てない、ではない。笑)けど、ワーニャ。彼は本当に素敵だったので、驚いてしまった。ナターシャと父の関係性には、舌を巻くリアリティがあった。家族って近すぎて全体像が見えない分、すごく難しい。どの人物も重厚で複雑なドラマを持っていて、読み返したらまた違う人の気持ちにフォーカスするだろうな。けど…なんといったらいいか。これだけ濃いドラマが書けるドストたんやっぱり偉大

  • 面白かったです。特に最後にナターシャが父親に許される場面がとても好き。ネリーのあまりにも救いのない悲惨な物語と、妻の怒りと、それまでの父と娘の苦しみ…これらから生まれた、必然的で無理のない、人間心理に即した許しだったと思います。
    頑なさがなにを生むというのでしょう? 残酷さばかりが蔓延るこの世界で、どうしてわざわざ人間同士が傷付け合わなければならないのでしょうか? 我々人間は皆それぞれに必ず苦しんでいるというのに。泥と血に塗れ、胸に剣を刺され、折れて思う通りに動かない脚で、それでもどうにか立っているのは、言葉と心を持つ仲間同士が互いに支え合っているからではないのか…。娘を呪い、許しを与えぬまま死なせてしまい、狂人のように街をさ迷い野垂れ死んだネリーの祖父は、どんな理由があろうと間違っていたとしか思いようがありません。許すこと、なんといってもこれが大事なのだと思います。
    …なんだか大袈裟な書き方になってしまって、もしこの無意味に長いレビューを読んだ方がいたなら、馬鹿馬鹿しく思われそうですね。まあ、聞き流してください。いや、本当に、ドストエフスキーの作品は面白いですね。

  • 再読である。タイト通りの虐げられた人々が登場する。再読した理由は中身を忘れていたからだが、本書はドストエフスキーの小説に登場する特徴的な人間(すなわち、悪者、かわいそうな子ども、聡明な女性)がだいたい出てきており、この作品あってその後の「罪と罰」とかの高名な小説ができたのだろうなと納得したものである。

  • 人間に対しての希望みたいなところと、限界みたいなところを描いた小説という印象で、構成が所々スムーズじゃない感じはしたけども、そういう細かいところを吹き飛ばすような迫力を今回もドストエフスキーからは感じたなぁ・・・!

  • 一気に読みました。星50ぐらいつけたいです。特に中盤ぐらいまでは。終盤ちょっと失速?と思いましたが、最高です。こんなの読んでたら気が狂いそう…。

  • 公爵の息子アリョーシャ、適当すぎ。ナターシャもワーニャも人良すぎ。ネリーの存在が強いインパクトありました。

  • 文庫: 686ページ
    出版社: 新潮社; 改版 (2005/10)
    内容紹介(amazon)
    民主主義的理想を掲げたえず軽薄な言動をとっては弁明し、結果として残酷な事態を招来しながら、誰にも憎まれない青年アリョーシャと、傷つきやすい清純な娘ナターシャの悲恋を中心に、農奴解放を迎え本格的なブルジョア社会へ移行しようとしていたロシアの混乱の時代における虐げられた人びとの姿を描く。人道主義を基調とし、文豪の限りなく優しい心情を吐露した抒情溢れる傑作。

  • 初めて読んだドストエフスキー。主人公の名前がアレでちょっと置き換えてしまうのは秘密。

  • 10点つけたい。

    読んでる間も読み終わった後もずっと胸が痛い。
    ちょっとすごすぎてまだ感想が出てきません。
    エレーナ!!;;

  • ドストエフスキーってこういう小説も書くのかと、テンプレ感想ですが非常に驚きました。これはラブコメです。
    ストーリーはシリアスなのに、ツンデレ少女、ダメ男、道化師と、登場人物がコミカルで全体的に重くないです。
    深い心理描写が少ないのは物足りないというより寧ろ救い。



    語り手の青年イワンは病床で過去を振り返り、思い出を書き留めている。
    登場人物は2つのグループに分けられます。
    1) 幼いころ彼を引き取り養育した地方地主イフメーネフ夫妻、一人娘のナターシャ、イフメーネフ氏に領地の管理を委任したワルコフスキー公爵、公爵の息子でありナターシャの恋人のアレクセイ、イワンの旧友マスロボーエフ。
    2) 冒頭でイワンが出会う老人スミス、スミスの娘と孫エレーナ。



    公爵と、将来に可能性のありそうなマスロボーエフを除き、皆虐げられた過去から立ち直れずにその影響を受け続ける。病気、死、公爵の勝利、最後まで救いのないところはあるけど、それでも登場人物のおかげで重く暗い印象は無い。

    登場人物に関して。イワンは主人公であるのに一番つかみ所のない人物で影が薄い。ただ頭が良くてやさしいだけの男性。
    僕はエレーナがかわいくてつい応援してしまったせいで、イワンには批判的ですが、誰と誰の恋を望むかは読者によるかも。

    これも例外ではなくいつも通り、作品をまたいで共通する人間性があるようですが、スヴィドリガイロフは理解したが、スタヴローギンも同系列と見なされるんですか。何かずるいです。
    個人的に、アレクセイという名前は無垢の象徴。


    - - -
    『虐げられた人びと』
    "Униженные и оскорбленные" / "Humiliated and Insulted"
    [1861年出版]

  • ドストエフスキー版ラブコメと勝手に解釈。
    こんなポップなのも書くんだと意外な一面を見た感じ。
    まぁポップとは言っても後の大作群と比べてだが。

    一見、はたから見ると呆れると言うか、現代で繰り広げられたら
    勝手にやってくれといったナターシャとアリョーシャの恋だが、
    ところがどっこい、これはただの味付けであって悲劇はその奥にある。
    大まかな流れ、作品を支えているのはもちろん二人の恋物語。
    しかしそこには、イフメーネフとワルコフスキー公爵の長年にわたる因縁。
    そしてワーニャが出逢うスミス老人の孫娘ネリーが物語の鍵を握る。

    虐げられた人々とはうまく言ったもので、
    ここでいう虐げられた人々と言うのは
    アリョーシャに振り回されるナターシャでも
    勿論ワルコフスキーにハメられたイフメーネフでもなく、
    母親の遺言をその最期まで貫き通したネリーその人なのではないだろうか。
    この物語の一番の悲劇の象徴なのがネリーなのである。
    決して誰かが救われるとかそういった内容でもなく、
    決して悪は最後は淘汰されるといった内容でもない。
    一人の少女がただ悲劇を背負って生まれ、その悲劇を全うして終わる。
    その中で、ただ踊らされている悲恋と謳われるもう一つの物語。
    ただただ、本当に悲しいお話なのである。
    それでもこの少女の悲劇を以て、救われた何かがあると信じたい。

  • ドストエフスキーの作品は『地下室の手記』を境に、その作品の持つ性質が大きく変わると言われており、研究者の間ではそれが通説にもなっている。

    つまり、処女作『貧しき人々』から本作『虐げられた人びと』までの一連の作品群と、『地下室の手記』からドストエフスキー最後の小説『カラマーゾフの兄弟』までの一連の作品群とでは、作品の持つ性質が大きく異なると言うのである。前者は、分かりやすく言えば作者のロマンチックな感情が強く表れた作品群であり、後者は、人間の精神病理をとことんまで追求した、ある種病的な作品群であるというのが、研究者達の間での通説である。

    しかし、ドストエフスキーの作品は駄作がないと言われつつも、この『地下室の手記』以前の作品と以後の作品とでは、評論家の評価の重みが大きく違ってくる。つまり『地下室の手記』以後の作品の方が、それ以前の作品よりも遥かに評価されているのである。

    しかし、個人的な見解では、この通説と研究者達の一連の評価が絶対的に正しいとはどうしても思えない。確かに本作『虐げられた人びと』は、作者ドストエフスキーの人情味に溢れたロマンチックな感情が、物語の序盤から終盤までを覆ってはいる。だが、その一方で作中の登場人物であるイフメーネフ老人やワルコフスキー公爵、少女ネリーやその祖父たちにも、後期作品群に見られる病的な精神の萌芽のようなものが既に見受けられる。つまり、『地下室の手記』以前と以後とで作品を分けて論を展開する手法は、どこか短絡的過ぎはしないだろうかと言うのが、僕の個人的な見解である。

    何よりも一つの作品として本作を眺めて見た時、ストーリー展開の巧みさや、リアリティのある精確な人間描写、深い人間洞察に基づいた心理描写と、どこを取ってもまさに非の打ち所のない、恐ろしいほどの完成度を本作は誇っている。読後感の強烈な憂愁な感覚も、本作でしか味わえない大きな魅力なのかもしれない。

    『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』と言ったタイトルで語られがちなドストエフスキーではあるが、この『虐げられた人びと』も上記のタイトルに決して勝るとも劣らない、素晴らしい作品であると僕は思う。作者ドストエフスキーの人間としての懐の深さが証明された傑作。

    最後になるが、訳者の小笠原さんの訳文もとても分かりやすかった。悪文と評価されがちなドストエフスキーの文章をこれだけスラスラと訳した小笠原さんの力量にも感嘆。

  • 主人公の心理がつかめない。

  • 一つの長大なメロドラマである。小説を読むことの――ここしばらく味わっていたのとは別の種類の――楽しさを、思い起こさせてくれた。これまで読んできたようなロシア文学に特有の退屈さ・冗長さ(地主階級や小役人による殆ど無内容としか思えぬ埒の開かないお喋りの如き)は些かも感じられず、物語が実に力動的に展開する。或る意味で、娯楽小説といえる部分もあるかもしれない(冒頭に於ける老人の死に始まり、少女ネリーの死によって物語は閉じらるが、この少女の物語が小説にミステリ的な趣さえ与えている)。

    アリョーシャは、徹底的に主体性が無く意志薄弱な男として描かれている。更に、彼は自分の思っていることを相手に話さないではいられない。こうした、外面(仮面)と区別される内面がない=自我の分裂がない=裏表がない=幼児的でさえある彼の性質が、ナターシャやカーチャの母性的な愛情を惹きつけるのか・・・?

    一方、マスロボーエフの役回り――俗物的でありながら虐げる側には立たない――は、「解説」にある通り、確かに興味深い。

    そして狡猾な俗物たるワルコフスキー。彼はニヒリズムを通過してしまった人間の一つの雛型であろう。理想や美徳に一切の価値を見出さず、それを信奉する者を徹底して貶め、自らの富・権力・快楽を i.e. 即物的な価値を徹底的に追求するべく、仮面を被り悪を為す――しかも悪に対して確信的な自覚を持って。ここにはニーチェやフロイトの先駆けを見出し得る。

    "すべての人間の美徳の根元にはきわめて深いエゴイズムがある・・・。"

    "なぜならば道徳というやつは、本質的には快適さと同じことであって、つまり、快適な生活のためにのみ発明されたものだからです。"

    "世界のすべてが滅びようとも、われわれだけは決して滅びない。世界が存在し始めたとき以来、われわれはずっと存在し続けてきたのです。・・・つまり自然そのものがわれわれを保護してくれるんです・・・。"

    僕自身は、ニヒリズム後の人間には、「露悪的即物主義」の他にも可能性が在り得るのではないかと思っている。がしかし、ともかくも我々人間はついにニヒリズムを経験してしまっている訳で、時計の針は戻らない。よって、ドストエフスキーがニヒリズムの中の人間を描いたとするならば、彼の作品が今後永遠に読まれ続けるのも、宜なるかな。哲学がニーチェ以前に戻れないように、文学もドストエフスキー以前には帰れないのだろう。

    最後に、ナターシャとワーニャの幸福が暗示されているところが、嬉しい。

  • 面白いが、多作品に比べるとまとまりが今一つに感じる。

    途中の作者の吐露は結局どこに着地させればいいのか。

  • 登場人物が友達に似てるって事で読んだ、確かに似ていた。
    人々が虐げられてたんだけど、途中で変に陽気になってた。
    ロシアクオリティ?

  • 初期ドストエフスキーによる代表的長編。白痴や悪霊といった代表作に備われる背景思想は存在しないが、今まで読んだドストエフスキー作品の中でも最も重厚感のある作品だった。サンクトペテルブルグを舞台に織り成される極限の人間描写…作品背景における無思想だからこそ一つ一つの人間描写が極限なまでに精密にリアルに描かれている。
    純粋にドストエフスキーの筆力を堪能するなら間違いなくこの一書だろう。

  • うーん、先に他の傑作を読んでいたせいか、どうも退屈というか、凡庸というか、そういう感は否めなかったような気がする。
    個人的にはヒューマニズムってあんまり好きじゃない。
    ある哲学者が「ドストエフスキーは哲学的にあまり掘り下げたものでもないから、今では読む気がしない」というようなことを述べていたが、そういう部分は如実に感じた。
    この作品は思想という面ではあっさりしたものなのだが、作中の哲学批判なんかは自分も普通すぎて面白くも何ともなかった。
    ドストエフスキー的・ロシア的なものを平均化して分冊せずに1冊にまとめたような作品だとは思った。
    当時は相当受けが良かったそうだが、それには納得。
    ただ今読むと悪い意味でのまとまっている感は確実にある。


  • 情緒溢れた優しい作品。

    (2009.07.24)

  • 「虐げる」側に回って醜く生きるより、彼らのように誇り高く生きたい.。神様は常に虐げられる側の人々を愛するとわかっていても、報われない現実に心が痛みます。ドストエフスキー初期の長編小説です。

  • 面白い。
    スピーディーな展開と巧みな人物描写。
    読みやすい

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