- Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
- / ISBN・EAN: 9784102015032
感想・レビュー・書評
-
冒頭「その昔、わたしの曇った眼の前に表れ出たおぼろな姿が、今また揺らめき近づいてくる。」
末尾「ハインリヒ、ハインリヒさん。」
文豪ゲーテの名作『ファウスト』。戯曲というものだったのですね。戯曲初体験。時代が古かったりするけど、セリフつまり話し言葉が多いこともあり、案外読みやすい。
ファウストは世界の根源を極めようという、いわば理性の人。そこに悪魔メフィストーフェレスが出現し、この世で面白い目をみせるかわりに、死んだら魂を貰いたいと申し出る。自分の意思の強さを信じるファウストは悪魔と契約を交わして少女グレートヒェンに恋をする。ガチガチの理性の人が本能や感情の人となってしまい、これからどうなっていくのか楽しみ。本書は獄中のグレートヒェンを連れ出すところで終わっている。
自分も性格的には元のファウストに近い方だと思う(全然能力はないけど)。人として、どっちが良いのかなと考えるヒントを示してくれそう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
文豪ゲーテの代表作とされる長編の戯曲。第一部は1808年、第二部は1833年(ゲーテの死の翌年)に発表された。
15~16世紀にドイツに実在したと言われる高名な錬金術・占星術・魔術師ファウスト博士が、悪魔と契約して最後には魂を奪われ体を四散されたと云う奇怪な伝説をベースにしている。
ゲーテは文人であるとともに、自然科学者、政治家、法律家でもあった万能人で、代表作『ファウスト』においても、その思想・人生観が随所に表現されている。
(382行)ファウスト「世界を奥の奥で統べているもの、それが知りたい、また世界のうちに働く、力と元素のすべてを見極めたい、そうなったら、もう言葉を漁ることも要るまいと思ったからなのだ」
(534行)ファウスト「わが身にしかと納得せずには、人の心は動かせぬ。自分の魂から迸り出て、力強く切々と語るのでなければ、聴く者の心は得られぬわけだ。・・・真に心の底から出たことでなければ、決して人の心には訴えぬものなのだ」
(1224行)ファウスト「「太初に言ありき」と書いてある。ここでもうつかえてしまう。さてどうしたものか。・・・そうだ、うまい言葉を思いついた。こうすればいい、「太初に行ありき」」
(1759行)ファウスト「休みなく活動するのが男というものなのだ。・・・知識欲とは縁を切った己の胸は、今後どんな苦痛をも避けぬつもりだ。己は自分の心で、全人類に課せられたものを、じっくりと味わってみたい。自分の精神で、最高最深のものを攫んでみたい。人類の幸福と苦悩とを己の胸で受けとめてみたい」等
すなわち、『ファウスト』とは、「考える人」ファウストが「行動する人」に変身し、広い世界に出て、いかなることを成しとげたかいう物語と言えるのではあるまいか。
現代においては決して読み易い作品とは言えないが、ゲーテ自身の人生観を示した代表作として、一読する意味はあるように思う。 -
ゲーテの代表作「若きウェルテルの悩み」をはじめとする散文作品とは、まるで雰囲気が異なりますので、最初に読んだときは面喰ってしまいましたが、壮大で遊び心満載の作品です。
「ファウスト」はいくつか版がありまして、集英社(本棚掲載)のほうは優しく読みやすい訳です。おきゃんな挿画もありますので、初めて読まれる方にはお薦めです。また、少し重めの訳が好みの方は、新潮社をお薦めします。詩の表現も美しく、軽さと重みのバランスもほどよい秀逸な訳だと思います。
60年の歳月をかけて完成させたということもあり、作品全体のまとまりやテンポについては、激流のようなギリシャ悲劇やシェイクスピアのそれに比べて少々疑問は残ります。でも、よくよく考えてみれば「ファウスト」は悲劇ではないですし、「神曲」と同様に、名状しがたい結末を迎えるにあたって、作品全体を激流のようなテンポで洗い流してしまうわけにはいかないでしょう。
余談かもしれませんが、ゲーテは「ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代」でもそうですが、さほど関連のない小話をちょこちょこ挟みこんで遊ぶクセがあるようです。小話を挟んで清涼剤にしていたのかしら? そういった遊びクセがあることも、この作品の楽しみのひとつです。
さてファウストの魂の行方は? 素頓狂な旅でファウストが得たものは?
――時よとまれ! おまえは美しい――
愛と美、そして不滅(不死)という壮大なテーマは、ゲーテの哲学や生き様をあらわすものだと感じます。でもそんな小難しいことは傍において、時空を超えたへんな悪魔との冒険は楽しいです(^^♪
「すべて移ろいゆくものは、
永遠なるものの比喩にすぎず。
かつて満たされざりしもの、
今ここに満たされる。
名状すべからざるもの、
ここに遂げられたり。
永遠にして女性的なるもの、
われらを牽(ひ)きて昇らしむ」 -
いつ読んだが覚えていないが、、、ドリアングレイの肖像のような、知ってしまう怖さのような。罪が辛くて第二部が進まない。
数多の作品に引用されるという意味ではマクベスに並ばずとも劣らないメフィストフェレス。これが何者か知っているかいないかで、引用の意味や印象が変わる。 -
この世に絶望した知識人ファウストが悪魔メフェストーフェレスと契約を結び、死後魂を差し出す事を条件に願い事を叶えまくってもらう。
女と縁のなかったファウストが悪魔をパシリにして女を追っかけ回すというドイツ文学の最高傑作との異名とは乖離した内容が大変シュールである。
喜劇と悲劇が交錯する物語の結末はいかに。 -
何度も読めます。
-
主人公ファウスト、悪魔のメフィストフェレス、ファウストの恋した少女グレートフェンの物語。戯曲スタイルでお互いの関係が分かりにくいがメフィストフェレスに操られている感がする。ゲーテ自身の悩みが伝わってくる書だと感じた。
-
言わずと知れたゲーテの超大作。ゲーテが何を伝えたいのか、感じ方は人それぞれだが、、そもそも理解するのが難しい。
-
上巻しか買っていない本
ゲーテ 「 ファウスト 」 上巻は ファウストが世界の真理を知るために悪魔と契約し、信仰を捨て、世界の快楽を知る巻。
命題は 「ファウストは 信仰を取り戻して救われるか、悪魔と化して裁かれるか」
上巻で「刹那に向かって とまれ、お前はあまりにも美しい と言ったら〜喜んで滅んでいく」の結論は出ていないので、ファウストは 悪魔と化していない
序章部分が、献詞→前狂言→天上の序曲の3章を経て、本編の悲劇第一部「夜」が始まる構成。時間と場所(舞台)の違いが明確で、インパクトのある始まり
ストーリーテラー=ファウスト=ゲーテ という構成
中間にある前狂言の章の意味は 何か? 座長→詩人→道化役の構造を ゲーテ→ファウスト→メフィストフェレス(悪魔)の関係性に引き継ぐため?
気になるのは「書斎」「夜」という章タイトルが繰り返されていること。書斎=知性=人間の精神、夜=闇=悪、罪、破滅と捉えた
もっと別の解釈や深読みできる本だと思う。解説や注がもう少しほしい
-
とても美しい文章でおもしろく読めたんだけど、
解説で盛大に第2部のネタバレしてるのはどういうつもりなんだ!