狭き門 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (250ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102045039

感想・レビュー・書評

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  • 祖母の家にあったので読んでみました。
    フランス文学だけあって難しかったですが
    アリサの
    「死ぬってものはかえって近づけてくれるものだと思う。生きているうちに離れていたものを近づけてくれるもの」
    その文章に惚れました。
    この文章から彼女は心底ジェロームを愛してたのだなと感じました。
    彼女は母親の不倫などで徳を積むことばかりを考え妹の幸せすら願った。けれど本心はジェロームへの恋のために徳を積もうとしてたかもしれない。
    最後の日記には彼に当ててる文章が多く神ではなくジェロームを求めてることがわかり胸が痛くなりました。
    彼女は狭き門ですら彼と行こうとも考えてもいました。
    亡くなった彼女は離れていたものを近づけようとするものを彼に与えれたかもしれない。それはジェロームだけが知ることなのでしょう。

  • 自己犠牲愛の物語。
    救いはあるのか。。。

    愛の成就を望むジェローム、手に入る愛を捨て、狭き門に入ろうとするアリサ。幸福を求めない。自己犠牲の美徳?にもひたらない。

    現代の恋愛とは乖離してる。
    でも時代背景とか、宗教とかを考えるに、そういう恋愛もまたありか??

  • アリサは、母リュシルが駆け落ちしたことにより、母の生き方のアンチテーゼとして、霊的なものを追い求めるようになる。また、プロテスタンティズムなどの影響により純粋志向に陥る。そして、アリサはジェロームとの幸福を犠牲にし、完徳への道を歩み始める。しかし、その後ジェロームへの愛ゆえに神を見失う危機に直面する。
    また、アリサは対象とのへだての中での愛を追求する。それは、アリサが自らの愛の情熱を永遠に、より激しく燃え上がらせたいという願いを持っているからである。愛の情熱は愛する相手を所有することによって薄れ、対象の不在によって美化される。それにより、アリサは他者の実像ではなく虚像を愛することになるのである。
    さらに、アリサは結果よりも過程を重視する傾向がある。アリサの様々な発言からも分かるように、救い自体よりもそこへ至る努力に重きが置かれているのである。それは、アリサが神との融合ではなく、神に向かっての無限接近を好むことにもつながる。その過程では、神への愛とジェロームへの愛は相容れず、一方が他方の妨げになってしまう。そして、アリサは宗教的幸福(神)と人間的幸福(ジェローム)の間で、つまり、宗教と愛の間で煩悶することとなるのである。
    私は、神とジェロームの間でアリサが苦しんでいるように、宗教と愛とが対立するものだとは考えられない。どちらも選び、両立していく道があったのではないだろうか。しかし、もしアリサが両方を共に選択するという行動をとった場合、この物語はただの通俗的なハッピーエンドのおとぎ話になってしまい、文学的には面白さが半減してしまうような気もする。やはり、アリサは物語の構造上、宗教と愛を両立させるという道に進むことはできず、孤独の中で死ぬという結末を免れざるを得なかったのではないかと思う。

  • 新境地でした。周りに祝福されてて両思いなのに結ばれない恋愛小説があるなんて・・・。
    アリサの日記を読んでるあたりで泣いてしまいました。
    ジッドは宗教的犠牲を否定したらしいですが、私にとっては宗教心の美しさを教えてくれた大切な作品です。

  • 青山繁晴氏が大切にしている本のひとつということを知り、今更の年齢で読んでみる。ジェロームでもアリサでもないもう1人の主人公に心を寄せると味わいを増す。

  • ジッドは『田園交響曲』以来だったけど、あの牧師に対するのと同じ種類の苛立ちを、アリサに覚える。
    自分が良かれと思っていることで、却って相手を傷つけているという。

    それを悲劇ととれるかどうかで好き嫌いがわかれると思う。
    私には、現実に生きて、かなわぬ恋にも前をむいて決別し、地に足をつけたジュリエットの生きかたのほうがずっと好ましい。

    ただ、ジェロームが最後にジュリエットに語ったアリサへの愛は、確かに美しくて、切なかった。

  • アリサの日記に辿り着くまでに相当な日数と労力を費やしてしまった…。
    地上的な愛ではなく天上の愛を求め苦悩する姿。
    そのような形容で語られれば理性的にはすんなり頭で理解はできる。

    しかし簡単に手に入れてしまっては、手に入れてしまった後の辛さの方も想像してしまうアリサの『徳』と言うものも、人間としてどうしても譲れない想いを現しているのだと思う。

    現にジットは個人思想を守りたい作家だったわけで、そういった意味では現代の作家に通ずる部分がある。

  • 狭き門より入れ


    信仰と愛はよく似ているが、過ぎた信仰は破滅を導く。のかな。
    信仰を理由に愛を拒むアリサの行為は、なんだか試し行為のような気がして。
    本当のところでジェロームを信じることが怖かったのかななんて。それが幼年期の母親の不倫というトラウマティックエピソードに基づくものだとしても。

    愛とは身近な人の中に神を見出すことであって、神に身近な人を通して愛を向けることではないと思うの私は。

  • 中学生の時に読んで以来の再読。私の恋愛観を決定づけた本。母親のことや前半の妹のエピソードなど家庭環境のことは全く覚えてなかった。延々恋愛と宗教とジェロームを理想化して悩む話だと思ってた。背景がなければそういう考えには至らないわけで、中学生の時の読書力の弱さだったのか。加えて宗教面の理解はできてなかったと思う。それでもこのアリサのジェロームを思うが故に追求しようとする純粋な愛の形ー狭き門をくぐることーが私に与えている影響は未だに大きいと思う。それが故に恋愛に失敗してきてもいるけど。

  • フランスのノーベル文学賞受賞者アンドレ・ジッドによる小説である。

    題名の「狭き門」は、新約聖書のマタイ福音書第7章第13節にあらわれる、
    狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし。

    というイエス・キリストの言葉に由来する。すなわち困難であっても多数派に迎合せず、救いにいたる生き方の喩えである。
    物語の語り手であり主人公でもあるジェロームは、2歳年上の従姉であるアリサに恋心を抱く。アリサもまたジェロームを愛しているが、周囲の人々も両者が結ばれることに好意的であるにもかかわらず、結婚をためらう。神の国に憧れを持つ彼女は、最終的に地上での幸福を放棄し、ジェロームとの結婚をあきらめ、ついには命を落とす。

    この作品において、アリサの自己犠牲の精神は美しく描かれている。しかしジッドはこの作品を通して、アリサのような自己犠牲に対する批判を行った。

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