地の糧 改版 (新潮文庫 赤 45-E)

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著者 : ジッド
制作 : 今 日出海 
  • 新潮社 (1969年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (172ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102045053

地の糧 改版 (新潮文庫 赤 45-E)の感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりのジッド。新潮さんはぜひジッドのこれまでに翻訳した作品を再版してください。全集版を買わないと読めないものが多くなってきました。それに、固有名詞の仮名遣いが大分変わってきているので、よくわからないものが増えているので、その辺もお願いします。
    今までに読んできた作品と違って、ジッドの感覚をフルに用いられて書かれた作品であると感じられる。ランボーが砂漠のようにどこまでも乾いた精神なら、ジッドはどこまでも透明であろうとする、そんな精神であるような気がする。
    彼の目に映るもの、通りすぎる人物、どれにおいても簡単にするりと流れていってしまう。どこにも存在しないということはどこにでも存在しているということの裏返しであるから、彼の透明な精神はこの大地のあらゆるところまで滲み拡がっている。しかと大地を踏みしめるのではなく、大地そのものに溶けこむ。そこから生まれる糧は、果たして彼でないものはあるというのか。
    欲望の解放、そんな風に謳われているが、解放というよりも欲望そのものとして生きている、そういう等身大でいるから、彷徨い、目に映るものすべてが美しくてたまらないのだ。これが、彼の辿りついた無一物というところか。
    もう彼にはすがるべき本も還るべき拠り所もない。どこにでも彼は還ることができるし、すがるべき何ものもこの大地にはないと知ったから。透明という色はないけれど、透明でないものはない。存在の確固たる同時にひどくぼんやりとした境界。ナタナエルとは、そんな自分と共に生きる他者なのか。大地とは、彼にとって存在というものだったのか。
    自由とは与えられるべきものではなく、生きられるものである。生きて何かを求め、彷徨うこと自体が自由の大いなる海に漂っている。

  • 中学生時代に英語の個別指導をしてもらっていた某大学神学部の俳優志望の学生から借りた(戴いた?)本

    まったくなんのこっちゃ分からなかった中学生時代

    転居することになって掃除をしていたら、みつけたその本は、何度読み返しても新たな発見をあたしのなかに刻み込んでいきます。

    なぜ当時、先生はあの本をあたしに渡したのか?
    この本は返さなくていいのか?
    先生とこの本の話、いや、話すことができるのか?
    今の自分は、当時、自分が描いてた理想の姿に完璧に変身はできていないけれど、やっぱりあたしはあたしのままで、ときどき残念な気持ちになる時もあるけれど、でも、それでも、どこかで当時の自分がうらやましがるような世界に立って、先生に語った夢をかなえていけたらいいなって…内容には関係のない本の思ひ出。

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