ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

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制作 : 野崎 孝 
  • 新潮社 (1974年12月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102057018

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ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • はじめて読んだときから、たぶんしぬまでずっと好き。
    以前読んだとき、意味がよくわからず「????」となり、今回読み直してもまた意味がよくわからなかった。しかし理解しようと内容についてたくさん考えるのが楽しかった。
    どのお話しも印象にのこった。
    「バナナフィッシュにうってつけの日」「コネティカットのひょこひょこおじさん」「笑い男」「エズミに捧ぐ」「テディ」がとても好き。

    「バナナフィッシュにうってつけの日」にてシーモアが話す寓話が昔からお気に入り。最後はびっくりした。
    この短編を読むたびに都合よく記憶が消せたらいいのにと思う。記憶を消して、もう一度はじめて読んだときの衝撃を味わいたい。

  • サリンジャーは本当に意地悪なひとだと思う。かなり、変わっている。
    バナナフィッシュからはじまる一連の物語の不可解さ、不思議さ。なのにでも、どこかひきつけられた暖かい。
    始めは、出来事の順序や時間といった因果関係がつながっているようで壊れていて、困惑した。出来事と行動を結びつけることが拒まれている。なんだこれは。
    テディまで読んでようやくわかった。出来事に因果関係など、はじめから彼は持たせていなかったのだ。彼はことば以前に立ち戻って語ろうとするために、因果関係を拒絶するような飛躍をしているのだ。テディのことばを借りれば、エデンのリンゴを吐き出して、ということだろう。
    どうしても理由や意味をもとめたがってしまう。シーモアはなぜ自殺したのか、とか。今目の前にいる愛らしい口元の目は緑の奴は何者か、とか。なぜコネティカットのひょこひょこおじさんはあんなにも涙したのか、とか。ド・ドーミエ=スミスはあの晩何を見たのか、とか。はっきりいってそういったことを求めるのはナンセンスだと思う。わかるわけないのだ。はじめから意味や理由を持たせていないのだもの。ただ、在るようにしかない。バナナフィッシュはバナナフィッシュであって、それ以上の何者でもない。どんな形でどういう色でとか、海にバナナって何なのか、そんなものない。そうとしか、言えない。そうとしか言えないように、しているのだ。たぶんプラトンへの敬愛が彼にあるんだと思う。
    そうすると、バナナフィッシュになったり、眼鏡を頬にこすり付けて泣いたり、脱腸帯を締めてるマネキンになったりするのだ。こういう意図的にナンセンセンスなものが書けてしまうというところが、ものすごく変わっている。哲学者ではこうはできない。
    そして、そのことを最後に10歳の少年に堂々と語らせて、見事に落ちまでつけて幕引きさせるのだから。まるで今までの8編での取り組みのほどを確認するかのように。相当イケズだと思う。
    解説によると、彼は自分の略歴や作品への解説を許可していないようだ。戦争がどうとか、家庭がどうとか、人物像や彼の表す象徴の解釈を作品に持ち込んでもらいたくないのだ。そんなものなくても、彼の書いたものを自力で理解できなければ、リンゴを吐き出してものを言えない。いや、理解というよりはもはや体感といった方がいいかもしれない。
    彼の作品に登場するのは若いひとだと言うが、年齢というよりは根源的というところなんだと思う。いくら年がいっていても、根源をいつでも見出せるひと、それが若さなんだと。10歳でも何歳でもいいのだ。常に古く、常に新しく、ひとは根源に至ることのできる可能性を持っている。

  • 全体としては先に読んだ『ライ麦畑でつかまえて』の方が好きなのですが、
    その理由は長編と短編の違いと、「君」に向けて書かれた文章か
    普通の小説の文体かどうか、人称の違いなのかなあという気がします。

    長編『ライ麦畑』の場合、いちど作品世界に入っていけたら
    後はすらすらと読めましたが、『ナイン・ストーリーズ』の場合は
    各登場人物・人間関係の把握に時間がかかり、
    のめり込めたかと思うと後半で、すぐ終わってしまう。
    二回目の方が面白いのかもしれません。

    把握するのに時間がかかるので、こちらの方が読み難かった。
    読み終わるまですごく時間がかかりました。
    短編だと、一日一本のつもりで読むのですが、話の途中で諦めて
    次の日に持ち越すことも多く・・・そのせいで『愛らしき口もと目は緑』は
    ちゃんと読解できていませんでした。残念。
    序盤の「深い青」=海の貝殻みたいな目=緑じゃない という描写を
    見逃してしまうと、これは意味がさっぱりわかりませんね。

    そんなわけで全体としては★4ぐらいだけど、
    『エズミに捧ぐ』が突出して大好き・・・これだけ10回は読み返したいぐらい。
    前半後半等、違う話を合体させているパターンも、この短編集ではかなり多いです。
    『笑い男』もそうだし、『テディ』なんかも。
    『エズミに捧ぐ』も、前半と後半・・・参戦前後で違う話。構成がすごい。

    『バナナフィッシュにうってつけの日』はシーモアの話ですが
    『僕は狂ってる』の後の、『ライ麦畑』の原型のような感じ。
    『ナイン・ストーリーズ』全体を通して戦争後遺症、PTSDが影を落としてる。
    PTSDと、サリンジャーは無垢なものに対する憧れ云々と言われますが
    早い話が重度のロリコン・ショタコンなんじゃないかと・・・。
    あまりに純粋なロリコンですよね。
    そこの部分の描写があまりにも巧みすぎます。
    なにかを描写するのに、直接的ではなくて
    周りから細かく描写している。周囲の雰囲気込みで。そしてその観察眼の鋭さ。
    だから、読むのに時間がかかるのかもしれません。

    『笑い男』はそのまま『ダークナイト』の世界観、
    ジョーカーや乱歩の『黄金仮面』のようなイメージ。

    『ド・ドーミエ=スミスの青の時代』も、地味に好きです。
    何かの芸術作品を介在させて、女性に惹かれていく。
    まあそれは文章でも絵でもなんでもよくて、その人のセンス。
    これ、すごくよくわかりますよ。魂の部分で惹かれるところが。
    勝手に妄想するとこは青くさいんだけど(笑)。

    『テディ』で終わるんですけど、また『バナナフィッシュ』に還ってくる、
    アルバムの最後の曲が終わると、また一曲目に戻ってくる
    そんな印象を受けました。
    とにかく『エズミに捧ぐ』が大好き。★100個。


    「あなたもわたしをひどく冷たい女だとお思いになって?」

  • 『完全なる首長竜の日』を読んで、『バナナフィッシュにうってつけの日』とサリンジャー自信がが気になったので読みました。

    解説が無いと今の私には理解不能です。
    物語の構成を理解するのに時間がかかります。



    それでも気に入ったのは

    ・対エスキモー戦争の前夜
    ・愛らしき口元目は緑
    ・テディ

    全体を通して45歳を過ぎた時に再読する事にします。

  • ≪シー・モア・グラース≫

    人生初サリンジャー.
    うん.

    佐藤友哉さんの「鏡家サーガ」が好きで,サリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」をオマージュした「ナイン・ストーリーズ」を読んで,これは本家の「ナイン・ストーリーズ」を読まなきゃと思って….
    だから「ナイン・ストーリーズ」を読んでいたものとしての楽しみ方をした,
    「ナイン・ストーリーズ」のこの辺は共通していて,この辺はオリジナルだったんだぁとか考えたり.
    もちろん「ナイン・ストーリーズ」を知らなくても,奇妙で奇天烈でユーモアに富んで哲学的で含蓄的で意地悪で素っ頓狂で狂ってるなんだかよくわからないお話をなんだかよくわからないままに楽しむこともできます.
    さて,どれがどれだか.

    野崎さんの訳も素敵.
    原文を味わえるほどの語学力があればなぁ.

  • 『ライ麦畑でつかまえて』でおなじみ、J・D・サリンジャーによる9つの物語。

    最も印象的なのは戦争体験で傷ついた青年が自殺する一日を追った『バナナフィッシュにうってつけの日』。主人公が語る、バナナを食べすぎて病気になり死んでしまう魚の物語は、悲劇を見て見ぬふりして目先の快楽や虚栄心を満たすことにあくせくし、感性を麻痺させてしまう私たち自身の寓話です。

    大切な人を失った女性の物語『コネティカットのひょこひょこおじさん』では、悲劇は彼女の娘にまでおよび、胸が痛みます。一兵卒が休暇中に知り合った子どもに癒される『エズミに捧ぐ』は、人間性の回復に希望を感じさせるあたたかい物語。

    戦争にたいするサリンジャーの問題意識を感じさせる短編が多いように思いました。

    1つ目の短編『バナナフィッシュにうってつけの日』ではバナナを食べすぎた魚の寓話が語られ、9つ目の短編『テディ』では頭のなかのものを吐き出す必要性が語られます。9つの短編群はそれぞれ一つの作品として独立していますが、深い部分で共鳴しあっているみたい。

  • サリンジャーと言えば『ライ麦畑でつかまえて』が有名だが、あちらは読む時期を間違えたのか全く心に響かなかった。
    大学時代、周囲の友人らが皆この『ナイン・ストーリーズ』の方を推していて、読んでみたらあっさり嵌ってしまった。以降、何度読み返しても面白いと思う。30歳過ぎても、だ。

    ある神童を中心としたオムニバス小説だが、それぞれが繊細過ぎて、生きることに困難を覚え葛藤したりしている様を淡々と、時にドラマティックに描いている。
    イノセントへの憧れが強かったというサリンジャーの人となりが想像できる気がする。きっとサリンジャー自身が誰よりもイノセントだったのだろう。

    クセのある本なので好き嫌いが分かれるかもしれない。
    私はこの本を好きだという人とは大抵仲良くなる。類は友を呼ぶってやつだね。今、住んでいる異国の地でも、映画や小説の趣味が唯一無二といっていいほどぴったり合う友に出会えたわけだけれど、その人も例に漏れず『ナイン・ストーリーズ』のファンであった。

    特に『バナナフィッシュにうってつけの日』、『エズミに捧ぐ』、『テディ』が好き。

  • 人が救済される瞬間

    何かがきっかけで
    人は簡単に狂ってしまうけど
    その傷は癒えるのでしょうか

    私のあらゆる機能が
    無傷のまま人間に戻る可能性は

    人間に戻れない人がたくさんいた
    サリンジャーをもっと知りたくなる

  • かなり読むのが辛かった。
    今までミステリ等エンタメ系ばかり読んでいた身には、これを楽しむにはまだ修業が必要。

  • これもお気に入りの一冊
    言葉にするのは難しいけれど、サリンジャーの作品はどれも綺麗
    特にコネティカットのひょこひょこおじさんが好きだな
    もう戻ってこない人、日々への喪失感に共感する

  • なにはともあれバナナフィッシュ。

  • サリンジャー2作目。
    夏は意味もなく外国文学が読みたくなるので購入。

    1作目『ライ麦畑』はいまいちピンと来なかった。
    さてこちらはと言うと…

    やっぱりピンと来ない。

    きっとそこかしこに何かの象徴やメタファーが仕込まれてるんだろうけど、どうもね。
    僕はサリンジャー作品と合わないようです。

    内容とは直接関係ないけど、訳がよくない。
    よくないと言うか、古い。 なんか高校生・大学生が和訳した文章みたい。

    更に全然関係ないけど、サリンジャーの描くアメリカの若者ってどうしてああ薄汚い感じがするんだろう。
    20世紀前半の一般的アメリカ青年は、だいたいあんな感じだったのか。

  • 再読。

    やっぱり私、サリンジャーわかんない!(笑)

    外国文学って時々、翻訳で読む意味ってあるのかなぁって思うのね。
    ストーリーを追う話じゃない場合、
    日本の作品でも、日本語が母国語じゃない場合、果たしてこれが理解できるのだろうか
    って思う事、あるじゃないですか。

    あとがきで野崎孝氏の
    「サリンジャーの文学の魅力をうんぬんするということは、
    彼が操るアメリカ口語をその抑揚までも知悉した上に」の一文に、
    あーホラ、やっぱりそうじゃん!翻訳されたもの読んだって、
    「彼が展開する特殊な世界に自由に入って」はいけないんだよ!
    と、名訳者野崎孝氏の解説をもってして、ご本人の顔に泥を塗ってしまうみたいだけど、
    サガンは朝吹登水子、サリンジャーは野崎孝氏の世界を味わう事に
    どうしたってなるわけで、
    そしてやっぱり、非常に悲しいことに、私にはその世界がわからないのです。

    ・バナナフィッシュにうってつけの日
    はやっぱり一番世界が完成されてる気がする。
    海の色、シビルのカナリヤ色のセパレートの水着との対比で
    シーモアに見えてるだろう?ブルーの鮮やかさ!
    その色彩のコントラストがなんといっても印象的。

    『笑い男』と『愛らしき口もと 目は緑』も好き。
    幾分理解出来そうな気もするから(笑)

    ここに収められてる短編はどれも切ないのだけど、
    この二つの切なさが私の好きな切なさなのです。

  • 読みはじめてすぐに、ああ野崎孝訳だな、とわかる名文。語学の天才である。若者言葉(当時の)のなかに、含蓄ゆたかなことばの数々が、鉱脈の宝石のようにつめられているから、驚きである。

    その邦訳名文ぶりの骨頂は「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」にみられる。フランス語と英語という格差言語を、また日本語に訳すという言語間での「品」の揺れ動き、その中にみえる主人公の、自負と矜持の揺れ動きが華麗にも混濁する。

    「バナナフィッシュにうってつけの日」に始まる、つまりシーモアに始まるこの短編集は、「テディ」に終わる。サリンジャーの哲学の骨頂がみられるこの短編では、グラース家の、いやもっと、作家のいう「若い人々」が直面する「インチキ」への対応策というか、生きる指針というか、さながら人生録というものが見つけられるのではなかろうか。人々は、気にしすぎているんだ。かつ、その方法がデタラメに間違っている。最初っから間違っているから、指摘する術もない。

  • 初サリンジャー。最初の「バナナフィッシュ」から最高に面白かった。

  • キャラ立ちにはすさまじいものがあります。愛すべき狂人というような。
    この中で「エズミに捧ぐー愛と汚辱のうちにー」に出てくる美少女が「わたし、汚辱ってものにすごく興味があるの」といって主人公に「汚辱」がお題の短編小説を書くようねだります。このセリフにグッときた人は是非とも読むべきです。

  • この短編集の中にある❝バナナフィッシュにうってつけの日❞が読みたくて高校生の頃に購入!表紙が可愛いのに可愛くない短編が9つ入っています(笑)

  • サリンジャーの9つの短編が発表年代順に並んでいて、彼の変わらない部分と変わっていった部分が感じられておもしろい。後半の作品の方が読みやすいが(特に最後の「エディ」とか)、前半の方が苦い話が多くて好みだ。(最初の「バナナフィッシュ」は端正で読みやすい作品だけれど)。アメリカ中産階級の、若者の、戦争経験者の、それぞれのやるせなさにもがくサリンジャーが浮かび上がってくる。

  • 「バナナフィッシュにうってつけの日」が一番シーモアを近く感じられた、(当たり前だけども)それが凄く嬉しくて心地好かったのだと三作を読んだ今なら思えます

  • 「エズミに捧ぐ」「笑い男」「バナナフィッシュにうってつけの日」が面白かった。
    短編なので比較的読みやすいが、アメリカ口語がどうにもしっくりこなかった。お話はなかなか面白かったけど、しっかり読まないと話がわかりづらく感じた。アメリカ口語的表現に慣れてからまた読みたい。

  • サリンジャーは、カポーティとはまた違った形で孤独を抱えていたんだと思う。彼もかなり繊細な感覚を持っている。
    ラストの「テディ」はおそらくグラース一家のシーモアになるんだろうけど、やっぱり、早熟でなければならない理由が何かしらあった子どもっていうのは、逆にオトナになりきれないのかもしれないと感じた。難しいけれど。

  • グラースサーガの象徴、サリンジャーの象徴である「バナナフィッシュ」を始め、他の短篇も最強揃い。

  • これを好きと言う人とは仲良くなりたい。
    エズミは最高と言うしかない。説明はいらない。

  • サリンジャー自選の短編集(9話)。

    解説なくして解釈しかねる話が多いが「愛らしき口もと目は緑」はシチュエーションがゲスくてナイス。

    ・嫁ジョーニーの浮気を疑っているアーサー
    ・サムから嫁の浮気について電話相談を受けているリー
    ・リーの横には、アーサーの嫁ジョーニー。

    そう、リーの浮気相手はサムの嫁ジョーニーというわけです。
    人生は文春だ!

  • 面白い話もあったけど、短編の楽しみ方が分からない…
    もっと色々読んで、またいつか再読してみたい。

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