人間ぎらい (新潮文庫)

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著者 : モリエール
制作 : 内藤 濯 
  • 新潮社 (1952年3月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (161ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102059012

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人間ぎらい (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 表では友人へ惜しみない賛美を向け、裏ではその人物がいかに無能かを大いに語る。表では自作の詩を批評してくれと言いながら、裏では詩作の能力を讃えられることを期待している。主人公のアルセストは、そんな欺瞞と虚栄心に満ちた社交界の「人間」たちを心底嫌悪し、その点においては友人であるフィラントをも拒絶します。

    しかし、それほどまでに潔癖だった彼が好きになったのは、彼がもっとも嫌悪するような女性セリメーヌでした。彼はセリメーヌに社交界の慣習からの脱却、具体的には、だれにも好意を向け、その気があるように見せることをやめるように求めるのですが……。

    社交的に振る舞うことを徹底するセリメーヌが、はからずもアルセストの期待に応えるような失態をしでかすというところには、面白さと同時に過酷な社交の世界を垣間見ることができます。そして、それでもなおセリメーヌは「人間」であることを脱することはできない。では、アルセストは「人間」を拒絶する姿勢を貫徹することができるのか。喜劇の裏で繰り広げられる悲劇に、読み手のだれもが複雑な感情を抱くはずです。

  • 鬼のような人間嫌いの主人公アルセスト。

    青年故か、誰にたいても斜に構えて反論のみw

    誰も認めようとしない思考回路がすでに自分をかぶっていてつらいですw

    アルセスト「僕はあらゆる人間を憎む。」

    この発言に集約されるアルセストのキャラがいいです。

    悪い事をしてるやつらは当然憎むし、社交界に染まって媚びまくってるやつらも鬱陶しいから憎むし、人徳のある立派な人物さえも憎む心を持っていないというところがうざいから憎むという徹底ぶりw



    まあこんな男がフランスの社交界でうまく行きていけるわけもないので、アルセストと周りを取り巻く人間との絡みは喜劇そのものです。



    ついでにといっては失礼ですが、主人公の恋が話のメイン。


    めちゃめちゃ人間嫌いやのに恋愛は鬼のようにピュアw


    しかもその相手が主人公が一番嫌いな社交界に染まりまくった女性w



    主人公は恋に真剣そのもので、死ぬほど悩み苦しんでいるんのですが、なぜか滑稽w

    ついでに相手の女性も滑稽w



    社交術をめっちゃディスった内容で、現代の日本社会にもあてはまるものがあります。

  • 人間が好きな人います?絶対嫌いだと思うけど・・・。

  • 尊敬というものはなんらかの選択に基づくものだ。だからだれでもかまわず尊敬するのは、なんの尊敬も払わないことだ。人間の価値になんの差別も設けない漠然とした礼節は、平に御免こうむる。
    そう哲学者ぶって人生を悲観するなんて世間知らずが少々すぎるよ。
    希望こそげにわれらを慰め、一ときはわれらの苦しき胸になごましむ。
    人を攻めれば自分も責められるものですけどね。

  • この喜劇は日本でいうと江戸時代の初期に著されたものだが、たしかに背景や表現こそ古めかしいものの、あらゆる人間を憎む正義漢アルセストのバカバカしさは、今の時代にあっても伝わってくるものはある。

    ただ、バカバカしさはこのアルセストのふるまいだけではなく、とりわけ上流社会におけるしきたり、こびへつらいなどに塗り固められた人間関係など、アルセストが芯から嫌った対象そのものでもある。

    この本が著された17世紀中ごろはまさにブルボン朝の最盛期を迎えようという時代であり、そうした滑稽なふるまいが社会で大手を振って行われていたことについてもモリエールは描こうとしたのかもしれません。

  • 初めて戯曲を読む。過去に頓挫した経験を踏まえ、ページ数が少なく、字の大きいものを選んだ。
    さらに最近、古楽にはまっていることも手伝い、リュリと同年代に活躍したモリエールを手に取った。
    読み慣れないせいかいきなり台詞をしゃべっている人物が変わっていて驚いたが、面白さがほんの少しだけ分かったような気がする。
    美しき未亡人セリメーヌに恋した世間知らずなお坊ちゃまアルセスト。純粋な性格の持ち主だけに裏切り に遭い、俗世を離れていく。
    出てくる人物すべてが、どこかねじれていて面白い。ドタバタ的喜劇ではなけれど、ツボ押しのようなおかしみを感じた。

  • 自分を曲げることができないアルセスト。だけど、恋には逆らうことができない人間らしさに安心した。

    喜劇だけど、悲劇的

  • 本音を言わず建前で人と付き合う

    そんな事が嫌いだ。
    そんな社会はクソだ。
    人間はもっと正直に生きるべきだ。

    そう思った時期って誰しもあると思う。

    主人公アルセストが滑稽でもあり、
    どこかいつかの自分と重ねてしまう。

    これを喜劇として受け止める私たちの社会もまた、悲劇的な喜劇と言えるのかもしれない

  • 喜劇王の作品ということで、気軽に読めて大笑いできる作品かと思いきや、意外にそうでもなかった。もちろん、モリエールは役者でもあったから、さすがに演劇で笑わせる手法をよく心得ている(p.25、p.73~など)。しかし全体としては、むしろ悲劇に近いような印象だった。

    アルセストは自ら「僕はあらゆる人間を憎む」(p.14)と言っていて、確かに劇中プリプリ当り散らしてばかりである。しかし、それは逆にアルセストの人間愛の裏返しでもないだろうか。愛憎は表裏一体というか、人は関心のないものを憎んだりはしない。アルセストは自分の中に「人間とはかくあるべし」という人間性の基準(あるいはイデア)をしっかり持っていて、誰も彼もがそれに一致しないので怒ってばかりなのだ。

    社交界が舞台になっているのだが、そもそも社交術とは人と人の軋轢を緩和して、それぞれが気持ちよく交際できるように、という理念に基づいていたはずだ。しかしそれが高度に発達した結果、逆に人間のまごころと矛盾するようになってしまった。気に入っている人にも、内心軽蔑している人にも同じような笑顔を振りまく貴婦人セリメーヌに、アルセストはいらだつ。「ぼくはそんな風にみんなを大切になさるのが気に入らないんです」(p.50)

    そんな社交術(会)と人間性の対決のクライマックスが、五幕四場のラストシーンである。他人をこき下ろした手紙が露見してみんなに見限られたセリメーヌに、二人で人里離れた田舎へ行こうと誘うアルセスト。言い換えれば彼は、虚飾と欺瞞の世界を去ってまごころに基づいた暮らしをしようと説いているのである。ここに、作者モリエールの描きたかったことが凝縮されているように思う。

    ところで、この作品の魅力というか価値の一つは、やはりアルセストという強烈なキャラクターを生み出したことだろう(バルザックもよく引き合いに出す)。彼は頑固一徹にアレコレ怒りまくっていて、「人間嫌い」の名に恥じない。セネカが『怒りについて』のなかで「相手の罪悪が怒りに値するたびごとに激怒するならば、賢者は余りにも怒り過ぎることになる」と書いているが、アルセストはまさにこれである。ちなみに、常にアルセストをなだめて寛容を説く友人のフィラントは、セネカに通じるストア派だろう。

    いつもイライラして批判ばかりしている友人がいたらさぞかし疲れると思うが、それでもアルセストは不思議に息づいている。それはおそらく、彼の考えていること、言っていることは、誰もがときに心に思うことだからだ。誰もが多かれ少なかれ感じる人づき合いの煩わしさ、嘘っぽさを暴いて、突きつけるているから、ちょっとした爽快感が生まれる。彼の問題は彼の考え・主張ではなくて、それをうまく表す手管がないことだと思う。

    ストーリー的には、男たちを手玉に取っていたセリメーヌが凋落するシーンが納得しにくいが(ただ、劇では演出家の腕の見せ所かもしれない)、人間が好きなのに出会う人間にはみんな我慢がならず、愛したいのに愛されず、才気はあるのに活かす術がないアルセストを生んだことで、『人間嫌い』は不朽の作品になったのである。

  • モリエール!

  • 男女問わず、多かれ少なかれ登場人物の誰もに、自分と似ているところがあって思わず苦笑いしてしまう作品。
    場面設定もしっかりしていて確かに外に存在する物語なのだけど、脳内劇場、という感じがした。
    人間というのは滑稽なものですね。

  • 彼(アルセスト)があまりにも生真面目だからこれは悲劇になるのか、あるいは彼が周りを不真面目と決めつけるから喜劇になるのか、ぼくは読みながらふたつの境目をただよった。何てことはない。悲劇と喜劇は以外に近いのだ。

  • 本心しか言いたくないという潔癖性を持つ主人公が、理性では如何ともしがたい恋愛に熱をあげ、最終的に人間ぎらいになる話。あくまで喜劇である。

  • 客観的に見て、自分とは不釣り合いだがなぜか惹かれる。
    そして、そんな自分の気持ちを抑える事ができず夢中になりながらも、自身を腹立たしく思う。

    恋は盲目というか、わかっていてもやめられないというか、恋愛の中毒性をよく表している。
    この本の感想は読者が男か女かで異なると思う。
    自分は彼の主人公の気持ちがよくわかる。

    読んでいながら夏目漱石の『草枕』の一文、
    「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」
    を思い出した。

    読んでる最中はさらっと進んでいたが、読み終えると少し考えてしまう。
    「喜劇であり、悲劇でもある」というのは言い得て妙。

  • 白鳥が水面下でバタ足をするごとく、平然を装いつつの言い争いが見事。本音と建前に翻弄されて「プチ人間嫌い」になっている人におススメしたい。読者が間違っても主人公・アルセストみたくならないことを願う。友人・フィラントは一見いい人に見えるが、おせっかいを焼くのに深い理由もないようなので、他とそう変わらないと見た。

  • (1966.03.31読了)(1966.03.31購入)
    内容紹介
    主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう――。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる傑作。

    ☆関連図書(既読)
    「女学者・気で病む男」モリエール著・内藤濯訳、新潮文庫、1952.04.10

  • フランスの喜劇。面白かった。

    そりゃ思ったことなんでもかんでも言えばいいってもんじゃないわ。

  • 喜劇しか書けない?らしいモリエールさん。
    なかなか面白い。
    同時代だったらもっと面白いのだろう。
    電車で読むには向かない。

  • モリエールとは一体何者か?モリエール、本名はジャン・バティスト・ポクラン、の家は祖父以来室内業者として直接国王の御用を承ったことから、彼は庶民階級の身であるにも関わらず、上流の子弟と方を並べて、古典の学を修め、哲学の畑にも足を踏み入れました。そしてついに法律学の高い教育を身につけて、弁護士として世で働ける資格までも手に入れました。つまりはここまでの経歴と努力からみても、劇作家とは全くの無縁だったわけです。


    しかし最終的に芸の道を歩むことになったルノアールは後に多くの喜劇を書き上げます。この「人間嫌い」もその1つで1666年6月4日に初公園を迎えました。となると今年で300年はゆうに超えている歴史ある喜劇となります。


    私は正直モリエールはどっかで聞いたことがあるなという思いで買ってしまったので、中身を見てびっくり!なんと第1幕や第1場という劇調で書かれていました!したがってなかなか主人公であるアルセストに共感しにくかったですねw


    どうやらアルセスト役をリュシアン・ギトリイとジャック・コポオという俳優が演じた2つの公演が最高だったようなので、そちらをなんとしても見てみたいと思いました。


    しかし私にはどうやらまだ早かった作品であることは間違いなしw

  • 一見飄々と書き上げたかの作品に見えるが、喜劇と悲劇という対極に位置する両者を苦も無く流麗に調和させる技術は物語の書き手なら誰もが嫉妬を禁じえない喫驚の一言。これぞフランス古典主義の三大作家と言われる力量か。かのゲーテが本作を読んでモリエールに会う事を渇望したというのも頷ける至極の戯曲作品。

  • 何でも率直に自分の感情をぶちまけなければ気がおさまらない一種の中二病患者アルセストの大変残念な恋の物語である。
    しかしこいつときたら良く分からない。
    誠実な人間以外は寄るな触るなとうるさい割に、彼が恋焦がれるのは行き遅れの聖女ではなく、甘い言葉と毒舌とをしっかり使い分ける小悪魔ガール(笑)なのである。
    人間態度の在り方について色々ご高説を垂れつつ、結局ブスは無視して美人の尻を追いかけまわしているのだ。実にしょぼい。その時点で、己の思想を透徹した者に与えられる潔さの魅力もないのである。セリメーヌにあっさりと振られるのもむべなるかな。エリアントをあっさりかっぱらわれるのもむべなるかな。
    自分から人に剣突を食わせておきながら人に裏切られたと嘆くアルセストを見ていると、なんだか己の底を覗き込んでいるようで痛々しい。彼の矛盾は全国津々浦々の中二病患者達の抱えるいかにも残念な矛盾である。

    一方で、アルセストの傍若無人さにもめげずに彼の面倒をみるフィラントのイケメンっぷりが光る。おべっかと誠実さを適度に混ぜて使い分け(好かぬ奴には当たり障りなくおべっかで、友人にはあけすけな誠実さで接するのである)、悪口雑言を浴びせられてもさっぱりめげず、最後に美味しいところをしっかり持ってゆくタフなしっかり者である。
    コミュニケーション能力とは実に大事なものであるなぁ、全部あけすけはさすがに駄目だよね、とフィラントにいたく感じ入る本。

  • モリエール随一の傑作とされる性格喜劇。若気の至りの塊のような青年アルセストが人間嫌いになっていく様を、ユーモアとペーソスたっぷりに描いていてほほえましい。理解してくれる友人がいて君は幸せだよ!

  • 「人間ぎらい」というタイトルに惹かれて手に取りました。

    さすがに17世紀に書かれた古典戯曲を「面白い」という風には僕は感じない。でも、ものすごく普遍的な内容ゆえに、この作品が風刺していることが色褪せていないことは本当に興味深いなと感じました。

    主人公・アルセストは良くも悪くも純粋な青年ですが、良い青年が得をするかというと、今も昔も同じように、そういう側面だけではないようですね。「古き良き時代」という懐古趣味的な言葉もあるけど、昔が良くて今が悪いかというと、決してそんなことはなくて、300年以上前もすでに人間社会は矛盾に満ちていたわけです。

    全体的な内容よりも、アルセストの親友・フィラントが語る口上(P96)が本質を突いていて、それがとにかく印象的でした。

  • モリエールにはまったきっかけ。タイトルに惹かれて手にとってみれば、まあ面白い。高校生のうちに出会えてよかった。数作品読んだ今もモリエールの中では一番好き。

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