人間ぎらい (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (161ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102059012

感想・レビュー・書評

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  • 生のどの瞬間も、死への一歩である。コルネイユ

    大きな罪の前には、取るに足らぬ罪がある。ラシーヌ『フェードル』

    金曜日に笑う者は土曜日には泣くだろう。ラシーヌ『訴訟人』

    結婚の契約をしてからでなければ恋をしないというのは、小説を終わりから読み始めるようなものだ。▼満足は富にまさる。モリエール

  • 面白い。
    おべっかや飾り立てた大仰な言葉遣い、本心とは異なる表面上の友情と愛情で満ち満ちた社会を嫌うアルセスト。
    「嘘をつくと蕁麻疹が出る(これは違国日記の高代槙生)」かのような彼は、真実の見えない厚化粧な社交界を嫌う。つまりは「人間嫌い」ということだろう。

    しかしそんな彼も「恋ってやつぁ、理性じゃどうにもならないんでね」と、本来彼が憎む部類の女性に恋をする。その様は、自分の主張を偽らず世間が嫌いだと言って憚らない頑固で一本気な彼らしく、大いに気狂いじみている。

    馬鹿馬鹿しい世間とアルセストの対比というのを基調に、それらをさらに、馬鹿馬鹿しくしかし哀れなほど真剣に恋しているアルセストの様と対比させることで、あるスケールでは喜劇、あるスケールでは悲劇、と深みがでている。

    この舞台、みてみたいなあ

  • 表では友人へ惜しみない賛美を向け、裏ではその人物がいかに無能かを大いに語る。表では自作の詩を批評してくれと言いながら、裏では詩作の能力を讃えられることを期待している。主人公のアルセストは、そんな欺瞞と虚栄心に満ちた社交界の「人間」たちを心底嫌悪し、その点においては友人であるフィラントをも拒絶します。

    しかし、それほどまでに潔癖だった彼が好きになったのは、彼がもっとも嫌悪するような女性セリメーヌでした。彼はセリメーヌに社交界の慣習からの脱却、具体的には、だれにも好意を向け、その気があるように見せることをやめるように求めるのですが……。

    社交的に振る舞うことを徹底するセリメーヌが、はからずもアルセストの期待に応えるような失態をしでかすというところには、面白さと同時に過酷な社交の世界を垣間見ることができます。そして、それでもなおセリメーヌは「人間」であることを脱することはできない。では、アルセストは「人間」を拒絶する姿勢を貫徹することができるのか。喜劇の裏で繰り広げられる悲劇に、読み手のだれもが複雑な感情を抱くはずです。

  • 喜劇王の作品ということで、気軽に読めて大笑いできる作品かと思いきや、意外にそうでもなかった。もちろん、モリエールは役者でもあったから、さすがに演劇で笑わせる手法をよく心得ている(p.25、p.73~など)。しかし全体としては、むしろ悲劇に近いような印象だった。

    アルセストは自ら「僕はあらゆる人間を憎む」(p.14)と言っていて、確かに劇中プリプリ当り散らしてばかりである。しかし、それは逆にアルセストの人間愛の裏返しでもないだろうか。愛憎は表裏一体というか、人は関心のないものを憎んだりはしない。アルセストは自分の中に「人間とはかくあるべし」という人間性の基準(あるいはイデア)をしっかり持っていて、誰も彼もがそれに一致しないので怒ってばかりなのだ。

    社交界が舞台になっているのだが、そもそも社交術とは人と人の軋轢を緩和して、それぞれが気持ちよく交際できるように、という理念に基づいていたはずだ。しかしそれが高度に発達した結果、逆に人間のまごころと矛盾するようになってしまった。気に入っている人にも、内心軽蔑している人にも同じような笑顔を振りまく貴婦人セリメーヌに、アルセストはいらだつ。「ぼくはそんな風にみんなを大切になさるのが気に入らないんです」(p.50)

    そんな社交術(会)と人間性の対決のクライマックスが、五幕四場のラストシーンである。他人をこき下ろした手紙が露見してみんなに見限られたセリメーヌに、二人で人里離れた田舎へ行こうと誘うアルセスト。言い換えれば彼は、虚飾と欺瞞の世界を去ってまごころに基づいた暮らしをしようと説いているのである。ここに、作者モリエールの描きたかったことが凝縮されているように思う。

    ところで、この作品の魅力というか価値の一つは、やはりアルセストという強烈なキャラクターを生み出したことだろう(バルザックもよく引き合いに出す)。彼は頑固一徹にアレコレ怒りまくっていて、「人間嫌い」の名に恥じない。セネカが『怒りについて』のなかで「相手の罪悪が怒りに値するたびごとに激怒するならば、賢者は余りにも怒り過ぎることになる」と書いているが、アルセストはまさにこれである。ちなみに、常にアルセストをなだめて寛容を説く友人のフィラントは、セネカに通じるストア派だろう。

    いつもイライラして批判ばかりしている友人がいたらさぞかし疲れると思うが、それでもアルセストは不思議に息づいている。それはおそらく、彼の考えていること、言っていることは、誰もがときに心に思うことだからだ。誰もが多かれ少なかれ感じる人づき合いの煩わしさ、嘘っぽさを暴いて、突きつけるているから、ちょっとした爽快感が生まれる。彼の問題は彼の考え・主張ではなくて、それをうまく表す手管がないことだと思う。

    ストーリー的には、男たちを手玉に取っていたセリメーヌが凋落するシーンが納得しにくいが(ただ、劇では演出家の腕の見せ所かもしれない)、人間が好きなのに出会う人間にはみんな我慢がならず、愛したいのに愛されず、才気はあるのに活かす術がないアルセストを生んだことで、『人間嫌い』は不朽の作品になったのである。

  • 鬼のような人間嫌いの主人公アルセスト。

    青年故か、誰にたいても斜に構えて反論のみw

    誰も認めようとしない思考回路がすでに自分をかぶっていてつらいですw

    アルセスト「僕はあらゆる人間を憎む。」

    この発言に集約されるアルセストのキャラがいいです。

    悪い事をしてるやつらは当然憎むし、社交界に染まって媚びまくってるやつらも鬱陶しいから憎むし、人徳のある立派な人物さえも憎む心を持っていないというところがうざいから憎むという徹底ぶりw



    まあこんな男がフランスの社交界でうまく行きていけるわけもないので、アルセストと周りを取り巻く人間との絡みは喜劇そのものです。



    ついでにといっては失礼ですが、主人公の恋が話のメイン。


    めちゃめちゃ人間嫌いやのに恋愛は鬼のようにピュアw


    しかもその相手が主人公が一番嫌いな社交界に染まりまくった女性w



    主人公は恋に真剣そのもので、死ぬほど悩み苦しんでいるんのですが、なぜか滑稽w

    ついでに相手の女性も滑稽w



    社交術をめっちゃディスった内容で、現代の日本社会にもあてはまるものがあります。

  • 人間が好きな人います?絶対嫌いだと思うけど・・・。

  • 尊敬というものはなんらかの選択に基づくものだ。だからだれでもかまわず尊敬するのは、なんの尊敬も払わないことだ。人間の価値になんの差別も設けない漠然とした礼節は、平に御免こうむる。
    そう哲学者ぶって人生を悲観するなんて世間知らずが少々すぎるよ。
    希望こそげにわれらを慰め、一ときはわれらの苦しき胸になごましむ。
    人を攻めれば自分も責められるものですけどね。

  • 演劇の脚本である。現物を見た後でないとその場面が頭に浮かばないので興味が持てない。
     現在であればYouTUbeで観た後にこの脚本を見ればいいと思われる。津村の読み直し世界文学の1冊であるが、読み直しても場面が浮かばないのは、日本でそれほど上演されなくなったせいなのかもしれない。

  • 金大生のための読書案内で展示していた図書です。
    ▼先生の推薦文はこちら
    https://library.kanazawa-u.ac.jp/?page_id=18412

    ▼金沢大学附属図書館の所蔵情報
    http://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BB11010936

  • 世間知らずで潔癖なアルセストくんが恋に落ちたことで苦しみまくり人間嫌いになるという「喜劇」。本人からしたら悲劇なのだろうけれど…

  • ほぼ会話で成り立っている
    面白かった

  • 3.44/635
    『人間って醜いよ! 欺瞞に満ちた社交界が許せない青年が、それでも恋に落ちてしまった相手とは……。涙と笑いで描く古典の傑作!
    主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう――。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる傑作。』(「新潮社」サイトより▽)
    https://www.shinchosha.co.jp/book/205901/

    冒頭
    『フィラント おい、どうしたんだ、いったい?
     アルセスト 打っちゃっといてくれたまえよ。』


    原書名:『Le Misanthrope ou L'Atrabilaire Amoureux』(英語版『The Misanthrope』)
    著者:モリエール (Moliere)
    訳者:内藤 濯
    出版社 ‏: ‎新潮社
    文庫 ‏: ‎161ページ

  • 本音と建前を弁え、言葉を並び立てて"良識"のある人間として振る舞う社交界貴族達の言動も、言葉や気遣いで固めた人間の心の醜さに耐えられず、真っ向から反発する青年アルセストの言動も喜劇として見ると滑稽でおかしい。が、それはくすぐられるようなおかしさではなく、痛切な余韻を残すおかしさである。喜劇と悲劇の表裏一体を描いており、これが喜劇の随一とされるゆえんかと感じた。

  • 久しぶりに古典を読んだ。さくっと読めるので良い。とても皮肉のきいた作品。いつの時代も悪口は人間関係を強固にする手段だったのだなあと悲しくなるし、そんなもんかとも思う。

  • ちょいとは人間嫌いの主人公の、肩を持ったれモリエール!

  • 君は人間嫌いだよね、と言われ、この本の話になり、読んだのだが…わし、友人のフィラントに近いんやけど。でも主人公のアルセストの部分も持ち合わせたい。と、思うところが、モリエールの人間悲喜劇なんやろか。

  • モリエールの人間喜劇。
    昔から潔癖はいたのだろう。八方美人に恋をするが、ラストで急展開。主人公はいい友人に恵まれたところが救い。

  • 純心な主人公アルセストが、自分の最も嫌うつくろいの社会の色に染まったセリエーヌにのめり込む。恋に破れ人間嫌いとなって隠遁することを決意する。1640年代の作品だが現代にも通ずる物語。2018.7.7

  • この喜劇は日本でいうと江戸時代の初期に著されたものだが、たしかに背景や表現こそ古めかしいものの、あらゆる人間を憎む正義漢アルセストのバカバカしさは、今の時代にあっても伝わってくるものはある。

    ただ、バカバカしさはこのアルセストのふるまいだけではなく、とりわけ上流社会におけるしきたり、こびへつらいなどに塗り固められた人間関係など、アルセストが芯から嫌った対象そのものでもある。

    この本が著された17世紀中ごろはまさにブルボン朝の最盛期を迎えようという時代であり、そうした滑稽なふるまいが社会で大手を振って行われていたことについてもモリエールは描こうとしたのかもしれません。

  • 初めて戯曲を読む。過去に頓挫した経験を踏まえ、ページ数が少なく、字の大きいものを選んだ。
    さらに最近、古楽にはまっていることも手伝い、リュリと同年代に活躍したモリエールを手に取った。
    読み慣れないせいかいきなり台詞をしゃべっている人物が変わっていて驚いたが、面白さがほんの少しだけ分かったような気がする。
    美しき未亡人セリメーヌに恋した世間知らずなお坊ちゃまアルセスト。純粋な性格の持ち主だけに裏切り に遭い、俗世を離れていく。
    出てくる人物すべてが、どこかねじれていて面白い。ドタバタ的喜劇ではなけれど、ツボ押しのようなおかしみを感じた。

  • 自分を曲げることができないアルセスト。だけど、恋には逆らうことができない人間らしさに安心した。

    喜劇だけど、悲劇的

  • 本音を言わず建前で人と付き合う

    そんな事が嫌いだ。
    そんな社会はクソだ。
    人間はもっと正直に生きるべきだ。

    そう思った時期って誰しもあると思う。

    主人公アルセストが滑稽でもあり、
    どこかいつかの自分と重ねてしまう。

    これを喜劇として受け止める私たちの社会もまた、悲劇的な喜劇と言えるのかもしれない

  • モリエール!

  • 男女問わず、多かれ少なかれ登場人物の誰もに、自分と似ているところがあって思わず苦笑いしてしまう作品。
    場面設定もしっかりしていて確かに外に存在する物語なのだけど、脳内劇場、という感じがした。
    人間というのは滑稽なものですね。

  • 彼(アルセスト)があまりにも生真面目だからこれは悲劇になるのか、あるいは彼が周りを不真面目と決めつけるから喜劇になるのか、ぼくは読みながらふたつの境目をただよった。何てことはない。悲劇と喜劇は以外に近いのだ。

  • 本心しか言いたくないという潔癖性を持つ主人公が、理性では如何ともしがたい恋愛に熱をあげ、最終的に人間ぎらいになる話。あくまで喜劇である。

  • 白鳥が水面下でバタ足をするごとく、平然を装いつつの言い争いが見事。本音と建前に翻弄されて「プチ人間嫌い」になっている人におススメしたい。読者が間違っても主人公・アルセストみたくならないことを願う。友人・フィラントは一見いい人に見えるが、おせっかいを焼くのに深い理由もないようなので、他とそう変わらないと見た。

  • (1966.03.31読了)(1966.03.31購入)
    内容紹介
    主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう――。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる傑作。

    ☆関連図書(既読)
    「女学者・気で病む男」モリエール著・内藤濯訳、新潮文庫、1952.04.10

  • フランスの喜劇。面白かった。

    そりゃ思ったことなんでもかんでも言えばいいってもんじゃないわ。

  • 喜劇しか書けない?らしいモリエールさん。
    なかなか面白い。
    同時代だったらもっと面白いのだろう。
    電車で読むには向かない。

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