アンナ・カレーニナ〈中〉 (新潮文庫)

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著者 : トルストイ
制作 : 木村 浩 
  • 新潮社 (1998年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (759ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102060025

アンナ・カレーニナ〈中〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 中巻において、著者は小さな所作や何気ない会話を通して、個々の登場人物をじっくりと彫り出し造形していきます。悪く言ってしまえば物語全体の中でも特にチンタラした部分です。読むのに非常に時間がかかり、途中からは細部までの目配りはあきらめて、スピード優先ローディングにしました。

    途中あたりから薄々と感じられていた「護教」的ムードがいよいよ濃厚になり、トルストイの頑固で偏狭なモラリズムのようなものが、いつのまにかストーリー全体の基礎を固めていきます。このあたりはどうみてもキリスト教的で説教じみていて、読者にとっては合う合わないがあるかもしれません。

    わたしはたまたま聖書のお勉強中ということもあって、キリスト教と自己の関係についてのリョーヴィンの内面描写に共感したり、あるいはこれはピンと来ないなとおもったり、それなりに楽しめました。

    特に印象的なところは、たぶん皆さまも忘れてしまっているかもしれない挿話、画家ミハイロフとヴロンスキーのあいだで交わされるなにげない会話です。


    「それはですね、あなたのキリストは神人ではなくて人神だということです。そりゃ、あなたがその点をねらわれたのも、わかりますがね」
    「私は自分の心にもないキリストを、描くことはできなかったのです」ミハイロフは顔をくもらせて答えた。
    (…)「でも、これが芸術に与えられた最大のテーマだとしたらどうでしょう?」(P.578)

    さて、どうでしょう。そんなこともあるのかもしれません。

  • この作品は、誰を軸にして読むかでずいぶんと景色が変わってくるはずです。私はオブロンスキーが好きなので、出てこないと退屈で、出てくればちょっとだけわくわくします。「ちょっとだけ」というところが、オブロンスキーのよさです。軽薄な人物かもしれませんが、オブロンスキーがいなければ物語は流れませんし、こんな人物がいなくては、そもそも社会は成り立ちません。タイトルも、『オブロンスキーの優雅な日々』でもよかったのでは。

  • 第5編、ニコライの死からカレーニンの苦悩までたたみかけるような心理描写が続く。 ニコライをそのまま死なせてあげればいいものを一度快復させるいやらしさ。トルストイはきれい事ではすませない。それでも登場人物に対する優しさが感じられる。醒めた優しさ。

    リョービンの新婚生活の描写、カレーニンの苦悩、どれも自分自身がいつかどこかで感じたような気持が見つけられる。

    この小説、本当にすごい。

  • アンナは夫と幼い一人息子の待つペテルブルクへ帰京するが、ヴロンスキーはアンナを追う。二人の関係は急速に深まるが、それを知ったカレーニンは世間体を気にして離婚に応じない。
    アンナはヴロンスキーの子供を出産後、重態となる。そこへ駆けつけたカレーニンは寛大な態度でアンナを許す。その一連を目の当たりにしたヴロンスキーはアンナを失うことに絶望しピストル自殺を図るが、未遂に終わる。その後ヴロンスキーは退役して、回復したアンナを連れて外国に出奔する。
    リョーヴィンは病気の癒えたキティと結婚し、領地の農村で新婚生活を始める。そして兄を看取ったことをきっかけに人生の意義に悩むようになる。
    (あらすじーウィキペディアより抜粋)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    前巻でキティにフラれて失意のリョーヴィンは、失恋の痛手を忘れようとするかのように仕事(農業;彼は地方の地主貴族なので)に没頭するのだった。時に自ら大鎌を手に取り、小作人の間に立ち慣れない草刈りに精を出す。作業をしている間は無心になれるから。純粋で善良で、頑固なリョーヴィンが哀れでなりません!それでも、キティ(愛する女性)の事を忘れられない彼。なんだか切なくて胸がキュンとしちゃいますね。
    ヴロンスキーに捨てられ(?)こちらも失恋中のキティは外国へ静養に出る。家族でのんびり温泉地で過ごすうちにキティは尊敬すべき女性と会う、彼女との邂逅で人間的に成長したキティはリョーヴィンに再会し、本当に愛すべき人はリョーヴィンであったことを悟る。
    恋しあう2人は不器用ながらもお互いの気持ちを伝えあい、晴れて結ばれることになった。
    なんて牧歌的な、素敵な恋愛物語なんでしょう///照れちゃうよ///

    一方、本作品の主人公であるアンナは…カレーニン伯爵との結婚生活に“愛は無かった”のだと、ヴロンスキーを愛することで虚構の結婚生活に気付き、夫に愛想が尽きてしまう。
    よく世間では、『男性の浮気は大抵遊びだけど女性の浮気は本気のことが多い』といいますが(私比)、愛に目覚めてしまったアンナ。夫に嫌悪感をもつようになり、ついにヴロンスキーと駆け落ちしてしまします。←非常に短慮な女だと思われかねませんが、この結論に至るまでに彼女の中では様々な葛藤があります。愛する息子に会えなくなる苦しみ、社交界での立ち位置はどうなってしまうのか、等々・・・読み手を強く共感させ同情させるトルストイの巧みな技巧^^; 不倫女だけど、アンナは聡明で、快活で、万人に魅力的な女性として映るよう思慮を尽くして描かれています。

    ヴロンスキーの子を産んだアンナは一時容体が急変し、死の瀬戸際に立つ。夫であるカレーニンは彼女の枕辺に駆け寄り、それまで抱いていた憎悪をすべて捨て去り、“2人(アンナとヴロンスキー)を許す”と伝える。

    (日本人には分かりづらいかもしれませんが、キリスト教を信仰する国ではカレーニンのような冷徹な男(彼はポーズとしてのキリスト教徒だった)の中にも本当の神様がいるのだろうと思いました。)

    しかしアンナの容体が回復したところで再びアンナとヴロンスキーは愛の逃避行へ…って、クズだな~!この2人…

    2巻はとにかくイベントが多く息するのも忘れるほどのスピードで読了しました・・・疲れた。

  • 2017/03/29-04/21

  • こんな人いるなぁと身近な誰かを思い浮かべたり、これはまるで自分だと見抜かれたような気持ちになったりする。

    リョーヴィンとキチイのパートは、自分には、へぇ‥と思わされるところが色々あり、一方、アンナやヴロンスキーやカレーニンのパートは、やり切れなさが募るばかりだけれど、そうなってしまうというのが何となく理解できてしまうのです。

    人間にとって不可避である死というものを強烈に感じさせられる。
    それぞれの心の中にも様々に表れてくる。

  • アンナは、夫カレーニンと息子セリョージャから去り、ヴロンスキーのもとへ身を投ずるも心の葛藤が。キティはリョーヴィンと結婚する。リョーヴィンの兄の死際が凄まじかった。2016.11.29

  • アンナ、不倫の果てに出産、そして駆け落ち!!
    (当時のロシアではこんな境遇でもこうして優雅に好きなように暮らせるんだ・・働いてないのに・・と驚いた)
    それにしても夫カレーニンの、妻を許そうとする心。
    心の中でずっと七転八倒していた末に、ここにたどり着いたのは本当にすごい。

    そしてキチイの夫・リョーヴィンも、気骨があっていい人間!
    キチイを幸せにしてくれると思うよ。

    アンナの愛人ヴロンスキーは、少しずつアンナに飽き初めていて、
    アンナもどこか精神のバランスを崩しつつある
    ーーー彼らの破滅を予感させる中巻。

    それにしても子ども二人はかわいそうだなあ。

  • 前半リョーヴィンと知人との会話、「いや・・・」「でも・・・」の連発には面食らったが、愛する人と結ばれてからは相手を受け入れる心情の変化が生まれた様な。

    親が子を愛すること、夫婦でも考えや感じ方が異なること、時代も知識も異なる物語だが、「人として感じる何か」を学んでいるような気がしました。

  • 身をよじるような感情のうねり。絡み合い。

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