クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102060117

作品紹介・あらすじ

嫉妬のため妻を殺した男の告白を通して、惨劇の理由を迫真の筆に描き、性問題に対する社会の堕落を痛烈に批判した『クロイツェル・ソナタ』、実在の事件に自身の過去の苦い経験を交えて懺悔の気持をこめて書いた『悪魔』。性的欲望こそ人間生活のさまざまな悪や不幸、悲劇の源であるとして、性に関するきわめてストイックな考えと絶対的な純潔の理想とを披瀝した中編2作。

感想・レビュー・書評

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  • クロイツェルソナタとは、ベートーベン作曲のバイオリンソナタ第9番イ長調作品47のこと。私は聞いたことがなかったが、動画を検索して聞いてみると、バイオリン1台とピアノ1台が互いに調和しながら進行していく優雅な曲だった。そう、まるで仲睦まじい男女が目配せながら言葉を交わし合うかのように。

    ところで収録2作品のうち「クロイツェル~」のほうは文庫本で173ページ。だが、ある男が列車に乗り合わせた初対面の男性に対し、性欲はすべてに勝るという主張を自分の半生を織り交ぜて語る文体は、サスペンスの要素濃い内容とあいまって、長さを感じさせない。

    内容を見ると、ある男の妻の前に若くて気障なバイオリニストが現れ、妻もピアノでその男と合奏するのが楽しみになっていく。一方で性欲の絶対的存在感を信じる夫は、妻と男との間に音楽の結びつき以上の“何か”を感じるようになり、2人に対する嫉妬が徐々に高まっていく…という話。

    ある日、夫は長期出張しなければならなくなったので、妻と男とに自分が不在の間は絶対に会うなと念押ししたものの、不穏なものを感じて予定を切り上げ帰宅する。列車が遅れて深夜に家に着いた夫が目にしたものは、夜遅くにもかかわらず仲良さげに演奏する2人だった――

    ここで私は、この場面が妻の不貞を夫が証拠としてつかんだ瞬間という一般的評価(と思われる)とは少し違った読後感をもった。
    私にも妻がいるし、女性を聖人化するつもりはまったくないのだけれど、妻と男の2人は、夫が不在の深夜という時間であっても、本当に性的関係を最終目的に逢引していたのだろうか?例えば、夫の想像に反し、実は2人は月が美しい夜だったので純粋に演奏を楽しみたかったのだとは考えられないだろうか?

    トルストイの履歴に照らし、意識的にも無意識にも性欲に支配される男と女が必然的に陥らざるをえない悲劇が描かれたと読むのは簡単。だが、大阪弁でゲスく言うと「愛だの芸術だのって言いながら、結局はアレしかないんかい!」みたいな結末を文豪があえて書いたとは思えない。
    だから私は「クロイツェル~」を、性欲の絶対性とそれに結局負けてしまう人間の悲劇を描きながら、性欲に芸術的欲求が打ち勝つ可能性も微量に含ませていたのでは、と考えるのである。

    でもそんな読み方では三島由紀夫なんて読めないし。私が浅いだけなのだろうか。

  • 描写が見事。展開に引き込まれる。時間の流れ方が柔軟で、しかしそれが自然で効果的。
    原卓也氏が強調する、キリスト教倫理から見た堕落の批判というのはあまり賛成できない。少なくとも、そこに作品の眼目は置けない。
    いつの間にか陥ってしまっている視野狭窄、追い詰められた憎しみ、昂ぶり、抗せない黒い欲望、倫理との葛藤。その生々しさこそ味わうに足る。性欲を中心に、さまざまな欲望や虚栄心が絡み合いがんじがらめにして追い詰める様子をコンパクトに精緻に描き出した、すごく好きな小説。

  • この小説は非常におすすめで5つ星ならぬ6つ星をつけたいくらいです。
    なぜなら、あのトルストイの小説にも関わらず、薄い!短編集です。より詳しく言えば、短編が二つです。これは読みやすい。
    そして、内容が面白い。男の嫉妬を描かせたら、トルストイか漱石かだと私は思います。

    詳しくはこちら http://d.hatena.ne.jp/ha3kaijohon/20120322/1332389523

  • 裏表紙に書いてある通り、ストイックだった。
    もう好きなようにしちゃいなよ。と、言いたくなるほどの苦悩。
    トルストイの小説はなんていうか、すごくロマンチックな男が多いというか、女以上に純粋と言うか…でも不誠実。完璧な誠実寄りの不誠実。そこがすごく人間っぽくてたまらないです。

  • 嫉妬の構造という本で紹介されていたので。
    展開的には、寝取られ好きな自分としては興奮した。
    わたしは性に関してかなりオープンというか貞操を守らない人間だから真逆の考えっておもしろかった。すごい読みやすかったし好き。
    他の作品も読みたいなー

  • 教育の現場において「政治」「宗教」「性」はどれもいまだにタブーだ。中でも「性」は語りにくい。古文の授業で、恋愛の場面を十代の人に詳しく説明するのはやはり憚られる。しかし、芸術や文学において、それは、避けて通れないどころか、むしろ主題とも言うべきものだ。そしてそれが人間にとって普遍的根元的である以上、「性」を抑圧し封印していてはかえって危ない。「性」を自分の中でどのように位置づけるか、常に誰もが問われている。◆トルストイは、十九世紀から二〇世紀はじめを生きたロシアの作家。代表作は、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など。キリスト教的な人間愛と道徳的自己完成を説いた大作家として知られる。若いころの放蕩を経て、「世界三大悪妻」の一人ソフィアとの間に多くの子供を残し、人生の終盤は、自殺願望を抱えつつ創作したが、一時は作家生活を捨て、最後には列車で移動途中の小さな駅でひっそりと亡くなった。◆『クロイツェル・ソナタ』は、実は、ベートーヴェン作曲のヴァイオリン・ソナタ第九番の通称。彼の全十曲のソナタ中でも最も激しい曲。主人公の妻が音楽家との演奏を楽しむこの曲の第一楽章は、「魂を苛立たせ」「自分自身を、自分の真の状態を忘れさせ、自分のではない何か別の状態へと運び去ってくれる」ものとして語られる。そして、それは妻の浮気心を高め、主人公を激しい嫉妬へと駆りたてる。妻に貞節を求めるあまり、主人公は、悲劇的な結末へと突き進んで行く。実際の事件を下敷きにした『悪魔』も、同じく性と倫理の葛藤を描く作品。◆語りにくいからこそ読むべきテーマに、この作品を通じて向き合ってみてほしい。(K)
    紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2014年2月号掲載

  • 「クロイツェル・ソナタ」は夫が妻の不貞を疑う嫉妬劇、「悪魔」は夫が自らの不貞を嘆く嫉妬劇。とかく厳粛な性観念。

  • 読み終えてきてから時間が経っているのでうろ覚えです。

    クロイツェルソナタ
     列車で居合わせた、浮気をした妻を惨殺し実刑を受けた紳士が男女間において愛の存在を証明することはできないと主張を挟みながら凶行に至る経緯を赤裸々に告白する。
     紳士が語ったことはほとんど覚えてないが彼の主張は一見して女性への偏向として受け取れ実際その通りだが、しかし安易に一蹴するのが躊躇われる一般的な見方を内包しており嫌悪感が湧かない。
     妻の浮気相手は若くハンサムで積極性があって人受けも良く妻と共通の話題も持ち出会って早々に紳士は不貞の予感をもったわけだが、そうであるにも関わらずそのことに苦悩しつつも嫉妬や見栄か、彼らを隔離させるどころか我が家に招待し親睦を育むきっかけを与えているのは興味深い。


    悪魔
     若き領主が独身時代に性欲を抑えきれず領地で逢瀬を重ね結婚を機に自然と関係が消滅した豊満な肢体を持つ既婚女性への性的な欲望が祭りの日に一瞥してから再来し理性では抗しがたく、事あるごとに既婚女性との接触を図ろうとし偶然も手伝って未遂に終わる日々が続き彼に献身的な妻への裏切りに対する苦悩と性欲との狭間で遂には欲望の成就を予感しそれから逃れるために自殺に至るまでの軌跡。
     この誘惑は男性からの一方的なものではなく女性からのアプローチや領民の間での既成の事実、それが許される彼の地位といったものもそれを深く根付かせている点が興味深い。あるいは彼を慮って余りある妻の存在が罪の意識の源泉なのかもしれない。

  • こういうテーマを飾り気なくあんな風に描くなんてかえって新鮮でした。当時をしてはエキセントリックな作品だったのかもしれないけど。
    ーーーーー
    だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。――マタイによる福音書第5章28
    妻を殺した男が語る、性の欲望のおそろしさと罪深さ――。嫉妬のため妻を殺した男の告白を通して、惨劇の理由を迫真の筆に描き、性問題に対する社会の堕落を痛烈に批判した『クロイツェル・ソナタ』、実在の事件に自身の過去の苦い経験を交えて懺悔の気持をこめて書いた『悪魔』。性的欲望こそ人間生活のさまざまな悪や不幸、悲劇の源であるとして、性に関するきわめてストイックな考えと絶対的な純潔の理想とを披瀝した中編2作。60歳を越えてトルストイは、性の問題をテーマとした作品を書き続けた。「『クロイツェル・ソナタ』を通して言いたかった5つのこと」として、トルストイは「あとがき」を付している(本書解説参照)。トルストイの性に対する考え方がわかります。

  • 肉欲への軽蔑の意味が込められているのかもしれないが、殊更に描かれているのは、それへの憧憬も入り混じっているとも思う。

    クロイツェルソナタが悲劇を加速させるファンファーレのように作品を生々しく躍動させる。




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著者プロフィール

一八二八年生まれ。一九一〇年没。一九世紀ロシア文学を代表する作家。「戦争と平和」「アンナ=カレーニナ」等の長編小説を発表。道徳的人道主義を説き、日本文学にも武者小路実らを通して多大な影響を与える。

「2004年 『新版 人生論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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