林檎の樹 (新潮文庫)

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制作 : 渡辺 万里 
  • 新潮社 (1953年8月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (113ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102088012

林檎の樹 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 初めて読む作家でした。不勉強で知りませんでしたが、ノーベル賞とってる方なんですね。物語の展開は読めてしまうし、ちょっと綺麗にまとまりすぎてて物足りなくはあるが、風景や主人公の心理の描写はとても丁寧で、一気に読ませる力がある。戯曲や長編も読んでみたい。現代の目から見ると、主人公ひどい!とか女性が紋切り型すぎ?とか言いたくなるけど、時代とか階級社会とか考慮すればそこまで不自然ではないのかもしれないし、倫理とか道徳とかではなく、うつくしさとか情感なんかを楽しむ作品だと思う。

  • 2017/02/05 読了

  • ジョン・ゴールズワージー(1867 -1933)による、美しい一幅の絵のような物語である。
    銀婚式を迎える日、初老のフランク・アシャーストは妻を伴い、思い出の地デヴォンシャーを訪れる。
    目的地の手前の美しい田舎の風景に妻が目を留め、スケッチを始めたとき、アシャーストはふと、若き日の恋を思い出す。そう、それはまさにこの地だった。
    林檎の樹の下で、神秘的な美しい少女、ミーガンと、彼は恋をしたのだ。
    ウェールズ出身の農場の娘と、上流階級の前途洋々たる青年。
    およそ身分違いの恋だが、娘の美しさ、純真さ、素朴さに彼はときめいた。林檎の樹の下で交わした甘やかな接吻は、この娘とともにこの先の人生を生きることを、彼に誓わせた。
    だが、その恋はもちろん、成就しなかった。
    隣にいる妻は、ミーガンではないからだ。

    カッコウやヒバリの歌。藍色の闇に浮かぶ月。桃色の蕾の中にたった1つだけ咲いた真っ白い林檎の花。少女のほつれ髪。
    農場の豊かな風景の中、黒い長い睫毛の美少女は異界のもののように美しかった。
    少女もまた、愛のまなざしを注いでくれた。それは天にも昇る心地だった。

    この物語は、ギリシャ神話のオマージュでもある。
    黄金なる林檎の樹
    美しく流るる歌姫の声
    (『エウリピデスのヒッポリュトス』(マーレイ(1866-1957)))

    本作の冒頭に引かれたこの節は、英国古典学者マーレイがギリシャ悲劇『ヒッポリュトス』を意訳した作品から採られている。
    林檎の樹はゼウスの妻ヘラのもので、ヘラは大切なこの樹を遠くの島に植え、3人の歌姫に守らせていた。誰も林檎を取ることはおろか、近寄ることすらできなかった。ある意味、理想郷の象徴である。
    また、『ヒッポリュトス』の中で、主人公の王子ヒッポリュトスは義理の母の邪恋を却け、愛の女神アフロディテの怒りを買っている。これも本作の1つのモチーフになっている。

    ある種、ギリシャ神話の近代への移し替えを試みたような印象である。
    自然の中の生きものや風景、ミーガンの容貌や物腰など、個々の描写は非常に美しく、また悲恋に終わるロマンティックな物語なのだが、どこかちぐはぐな感じが残る。
    それはまるで、泰西名画のざっくりとした複製を思わせる。美しいがどこか作り物めいているのだ。
    美しい娘と愛を誓いながら、その娘を身勝手にも捨ててしまう。
    それ自体は古代でも近代でも現代でもあることだろう。
    しかし「近代的」で「常識的」な「紳士」が、思い出の地を偶然通りかかるまで、そのことをすっかり忘れているなどということがあるものだろうか? 若き日の彼の心の揺れが丁寧に描き込まれているだけに、そこに取って付けたような嘘くささが生まれる。

    ここで引き合いに出すのが適切かどうかはわからないが、『舞姫』を書いた森鴎外は、確かに「エリス」を捨てたのだと思う。身勝手な豊太郎に我が身をなぞらえ、エリスを狂女になったと書いた鴎外は、薄情のそしりは免れないかもしれないが、エリスを忘れはしなかったろう。狂女として描きはしても、自殺したとは書かなかった。これはまったく勝手な想像だが、自らの身勝手さを思えば、嘘でも死んだとは書けなかったのではないか。
    対して、この作品でミーガンは、帰らぬ恋人を待ち、まるで夢のように自死を選んでしまう。キリスト教では自殺は罪である。墓地に葬られることを拒まれた彼女の墓は、十字路の脇にある。哀れな魂が眠る小さな墓。不謹慎な言い方だがロマンティックである。
    これもまた勝手な想像だが、ゴールズワージーは「ミーガン」に会ったことすらなかったのではないか。田舎娘に不実な恋を仕掛け、捨てたことなどもちろんなかった。もし本当にそんなことをしていれば、こんなロマンティックな仕上がりにはならないように思うのだ。だとすればこの娘は麗しい古代そのものの象徴なのか。冷淡な言い方をすれば、何だか都合のよい駒のようだ。

    古代への憧れ。近代の「自我」。それがうまく噛み合っていないように私には感じられた。発表当時の人々はこの物語を楽しんだのだろうか。川端康成はこの物語を愛したのだという。描写の美しさを思うと、そういうものかとも思うが、どうにも据わりが悪い思いが拭いきれずにいる。

  • 情景描写が美しい。叙情的な文体もすばらしい。訳者の功績か?現実を離れて、読者をイギリスの田園風景にいざなってくれる。

    どこかで味わったような感覚だな、と思ったら、そうだ、ストーリーも風景(映像)もまるで海外ドラマのようなのだ。

  • 燃えさかるほどの、無垢で純粋な愛。
    愛を守るため神話の中に生きるのか
    罪悪を背負いながら現実で生きてゆくのか。

    美しいままであった彼女は永遠ともいえる。
    神話の中のような世界への憧れ、のようなものを感じた。
    ただ、所詮キリスト教徒でない私には本当には理解できないのじゃないか、なんて。

  • ひと夏の恋ならぬ、ひと春の恋。初老のアシャーストは銀婚式の日に思い出の地に立ち、若き日を回想する。

    夢と現実とどちらかの選択を迫られた時、多くの人間は現実を選ぶ。たとえその夢がどんなに美しかろうとも、夢の中では生きられないことを知っているからだ。

    イギリスデボンシャーのムーア(荒原地帯)の春が香り立つようだった。恋に落ちる二人と同じくらいに、春を謳歌する植物や生き物に存在感がある。バーネットの「秘密の花園」に似ているなと思ったら、あの物語の舞台もイギリスのムーアなのだ。たしか私がムーアを初めて知ったのは「秘密の花園」の中だった。

    作者のゴールズワージーは1932年にノーベル文学賞を受賞しているとのことで、他の作品も読んでみたい。

  •  P7にこんな描写がある。
    【やがて、家族との団欒のときには、鉄人ぶらないことにしているアシャーストは、だまって公有地の方に歩み去った。そして、とある石垣の下にランチの籠をおき、ステラのために敷物をしいて座を作った――アシャーストはマーレイ訳の『ヒュッポリュトス』をポケットから取りだした。がすぐ『サイプリアンとその復讐』の章を読みおえて、大空に眼をうつした。青空に映える眩いばかりの白雲を見つめながら、彼は今日、この銀婚式ともあろう日に、ふと、なにか切ない憧れにかられた――が、それが何にであるか解らなかった。】

     こういう描写、どこかで見たことがないだろうか。「が」の多用。「――」の使いっぷり。本から眼をうつす感じ。ここなんか「手巾」のまんまだ。そう、芥川龍之介だ。時代としてはほとんど「同時代作家」と言えるのだろう。外国で刊行された本著を、芥川が書店から取り寄せて購入できたのかどうかとかはわからない。というか、どっかのPDFデータに、芥川の蔵書全部載っているのがあったような気がするのだが……思い出せない。澤西祐典が洋書データを作っていると思うのだが、入手はネットでは無理そうだ。

     さて、物語は、都会のイングランドからやってきた好青年主人公が、田舎のウェールズの娘の純朴さに恋に落ちて、よっしゃ都会にこの女を持って帰って、すげー良い暮らしするぞーと燃えて、お互いの愛を精神的に確かめるまでいたけれども、都会に戻って、「やっぱ田舎の子やし、都会で暮らすの無理やろ」と不安になってるところに、都会の美人姉妹にすっかりオとされてしまい、田舎の子をそっとしておいたまま都会の美人姉妹の一人と結婚してしまうというもの。そして銀婚式にその田舎に行ったら、その子は自分のせいの失恋で自殺していて、主人公はうつぶせで号泣する話である。
     正直、別にどうでもいい。
     それよりも、なぜか印象に残っているのはジプシーに関連するところだ。主人公の友人が、田舎のこの家族をジプシー扱いするところで、田舎の家族も激怒するのだが、この辺りの描写……結構ヨーロッパの深い問題なのではないか。「愛を読むひと」にも通じるような。
     ジプシーはドラキュラの手下にもされるくらい、いつも小説ではひどい扱いなのだ。
    「林檎の樹 ジプシー」で検索してもたいして何もでてこない。別に差別を糾弾するつもりで、わたしは書いているのではなくて、この家族、ほんとはジプシーなんじゃないか。踊ってるし、床をばんばん叩いてステップしてはいないか。だが、ジプシーと言われて激怒している。これはどういうことか。
     ちなみに、芥川も、初期の恋愛は美人の不良少女や教養ある女中に惚れて、身分の違いにより、家族の手で引き剥がされている。

  • 妻との旅行で立ち寄ったとある田舎で、男は若かった頃の恋を思い出す。そのように回想として始まる物語。

    これは…
    なんといっても田舎娘のミーガンが可愛らしい!主人公のシーツをくんかくんかしていた彼女にメロメロです(笑)声を出して笑ってしまいました。
    時に情熱的に、時にいじらしく、
    心を捕らえて話さない彼女の不思議な魅力に惚れてしまいます。都会に出てきて主人公を探す場面の悲壮感、胸がギリギリと痛むようでした。

    ミーガンが素晴らしく愛らしい女性であるだけに、身勝手な主人公にはイライラしてしまいます。彼の気持ちは分かるけど、やっぱり自分本意の言い訳でしかないんですよね。

    全編、主人公の語りではありますが、彼に感情移入するのではなく、ミーガンというひとりの女性の恋物語と捉えると、もしかしたら良かったのかもしれません。

  • 読んだのは集英社版なのですが、見あたらなかったので。主人公は勝手な奴だな、と思いましたが最後に報いを受けた?ので均衡は取れているということなんでしょうかね。なんとなく『夏の葬列』を思い出した。

  • 夏の夜にほろにがい、イギリス発の古典的名作。
    岐阜県図書館のページ
    https://www.library.pref.gifu.lg.jp/cgi-bin/Sopcsvis.sh?p_mode=1&kgrn=0&tso=on&idx=1&g_mode=0&ksno=10711388
    [司書・50代・男性]

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