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みんなの感想・レビュー・書評
この古典がとてつもない傑作と感じられた。
原文がすごいのか、翻訳がすごいのか、それともその両方か。
読んでいる間、若きウェルテルの悩みを思い出したが、登場人物の感情のひだを描く細やかさはそれ以上といえる。
舞踏会に出席した面々は、みな仮面をかぶりたがっていた。この社会に生きるものとしてのパーソナリティを捨てたがっていたのに、フランソワだけは私は誰にもなりたくない、自分自身でいたいと願ったのだった。
人形劇を観る時、初めは操り糸が気になるが物語に惹き込まれると見えなくなるようにいつしか作者の操り糸が見えなくなっていた。作中にも出て来たが確かにフランス心理小説を継承している。「肉体の悪魔」もよかったがそれ以上だ。二十歳で書いたのは正に早熟の天才だ。三島由紀夫が心酔したのもよくわかる。アンビバレンツなマオはこの後どうするのだろう?夫婦とも無宗教なので悲劇にはならないだろう。 三島由紀夫が書いた「... 続きを読む »
小説の様式は大きく分けて一人称と三人称がある、と言われれば、私は素直に頷くだろう。自分でも全くその通りだと思う。二人称小説や複数一人称小説のような変り種もあるけれども、やっぱり基本は一人称と三人称だと思う。 しかし私は、三人称小説もまた、大きく二つに分かれると思うのだ。 それは、一人称的三人称と、完全三人称だ。この言い方は今私が勝手に作っただけで、本来は別の(正しい)言い方があるのかも知... 続きを読む »
紹介には「最も淫らで最も貞潔な恋愛小説」とある。
タイトルの意が理解できた。
フランソワとマオ。アンヌはうまくつくろえるのか。なにかしらはするのだろうけど。
明確な2人のやりとりを少なからず求めていた自分としては不完全燃焼。あの終わり方もありではあるだろうが。
主要人物の心の動きの書かれ方が特徴的。読み手に心の機微を丁寧に見せる。
「夫以外の男性との恋愛など考えたこともなかった貞淑な女性、ドルジェル伯爵夫人マオは、夫とサーカス見物に出かけたときに知り合った青年フランソワに恋心をいだくようになる。
燃え上がる情念を自制しようと苦悩するマオと青年の一途な慕情のからみあいを、20歳の天才ラディケが、あたかも盤上のチェスの駒を動かすかのような淡麗なる筆致で描きあげた“最も淫らな最も貞潔な恋愛小説”。」(作品紹介より)
マオもフランソワも、知ってか知らずか相手への想いを恋愛とは別の感情と名づけているので、表面上はとても静かで穏やか。
思っていたよりクラシカルな印象の小説でしたが、ドルジェル伯爵を交えた三人の人間模様、心の交錯する様子が、どの場面でもよく描かれていてよかったです。
私を仏文科にいく決心をさせたラディゲ、コクトーが愛したラディゲ。とにかく読んでその完成された心理描写に圧倒されてほしい。
ラディゲは天才の呼び名が高いが、この作品を20歳で書いたのだと考えるとそれも納得がいく。人間心理に対する高い洞察力と、緻密な描写は読んでいて息苦しくなるほどだった。あちこちに散りばめられた人間に関する心理描写は鋭く、警句めいた言葉のいくつかには、はっとさせられて心に残った。 フランソワとマオは互いに心惹かれながら遠ざけたり、一方で物理的距離は遠く離れていながら心近づいたりと、迂遠な道を辿りながら... 続きを読む »
鹿島茂編の「三島由紀夫のフランス文学講座」で、三島が評論を書いている小説を読んでいる。掲題の本は、その中の一冊である。 二十世紀の初頭を飾る心理小説といわれた「ドルジェル伯の舞踏会」は、貞淑であったドルジェル伯爵夫人マオが、知り合った若い青年フランソワ・ド・セリーズに対して恋に落ちる、という話である。 「ドルジェル伯爵がフランソワを他の誰よりも好ましく思っていたのは、この青年が自分の妻... 続きを読む »






