ティファニーで朝食を (新潮文庫)

  • 3586人登録
  • 3.71評価
    • (226)
    • (402)
    • (394)
    • (56)
    • (13)
  • 371レビュー
制作 : Truman Capote  村上 春樹 
  • 新潮社 (2008年11月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (282ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102095089

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
村上 春樹
伊坂 幸太郎
三島 由紀夫
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

ティファニーで朝食を (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 一度も読んだことがなかったんです。話の筋も知らなかったんです。なのでビックリしました。あんまりぶっ飛んだヒロインが出てきたもんで。

    奔放で、男性にとって抗いがたい魅力でいっぱいの、命がけに見えるほど、あさはかに、自由を求め続けるヒロイン。それを語る、ひとりの平凡な男の供述。彼女の人生のなかでほんの一部分を切り取ることができた幸福を語っている、古典的な形式で、きれいな話。

    ティファニーで朝食を、というタイトルは彼女の精神そのもので。そういうことなのねーと初めて知る。うらやましい、こんな女には死んでもなれないわ。
    村上春樹の訳がたぶんすごくうまくできているんだろうな。文に春樹色がつよいから、村上春樹の作品だといわれたら、納得してしまいそうでした…。

    ちなみにオードリーヘップバーンの映画についても、知りませんでした。無知…。若き松田聖子のイメージで読みました。

  • 「夜の樹」以来のカポーティ。原文で読む助けにと、村上春樹訳を読みました。カポーティの文章は洒落ていて、無駄なところも説明不足なところもなく、「完璧」でした。オードリー・ヘップバーンのイメージの対極にあるヒロイン、ホリー・ゴライトリーは、私の中ではミラ・クニスです。村上さんは平易な文章で伝える能力がものすごく高いので、安心感があります。
    原文と訳文、両方読むと読書がもっと楽しくなることがわかりました。

  • オレンジカバーにやられて、また買ってしまいました。

    どなたの訳でも、何度読んでも、「名作」じゃない「ティファニーで朝食を」、「オードリー」じゃないホリーが魅力的。

    ハスッパで不良で、「いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの。」と言うホリーが。

    ちなみにこの部分、龍口訳では、
    「ある晴れた朝、目をさまし、ティファニーで朝食を食べるようになっても、あたし自身というものは失いたくないのね。」
    となっており、幾分硬くはあるけれども、こればかりは「あたし自身というものは失いたくない」の言い方に軍配をあげたい気が。

  • ホリー・ゴライトリーといえば奔放とか天真爛漫とか、個人的にはそれどころじゃない。
    人生の哀愁を自分の憧れに滲ませてこっそりうっとり語る「それはティファニーみたいなところなの」この品位に目頭が熱くなった。

  • 特に面白いってわけでもなく、
    つまらんってわけでもなし。
    淡々と話しは進み、オチもなく話は終わる。

    ハッキリ言ってカポーティの凄さがわからん。

    映画とどんくらい話が違うのか、
    映画が見たくなってしまった。

  • 『ティファニーで朝食を』『花盛りの家』『ダイアモンドのギター』『クリスマスの思い出』全四篇
    カポーティはこれまで読んだことがなく、さらに『ティファニーで朝食を』の映画のイメージが強くて、てっきり恋愛小説作家なのかと思ってたけどそれが全くの誤解だったのだと知った。ラブコメを読むつもりで『ティファニー…』を読んでしまい、ホリーの奔放すぎるキャラクターに途中付いて行けなくなりそうになったけど、そんな彼女自身の含蓄に富んだ発言や、そして何よりカポーティの瑞々しい文章に最後まで読まされた。
    『花盛りの家』を読んだあたりで、成る程カポーティとは、人間のイノセンスと残酷さを描く作家なのだなと少しわかったような気になり、『ダイアモンドのギター』、『クリスマスの思い出』はその文体を噛み締めるようにして読了。
    個人的には『ダイアモンドのギター』が一番好きでした。

  • はあん。各話それぞれ最後が意外な展開!

    村上春樹が訳のせいかもしれないが美しい宝石みたいなお話に仕上がっていた。(勿論カポーティの原作だが)

    いやあ、はあん、ですよ。ヘミングウェイよりいいかもしれんぞよ。

    しかも妙にしんみりしてしまうのはマジックですな

  • とっても良かった
    宝石みたいなお話の集まりだった
    他に何も付け加えられなくていいし、解説とかもいらない
    全部おとぎ話みたいな話で、先が想像できないものだった
    ティファニーで朝食を、は泣いてしまった。ホリーの生き方を読んだら、私もこんな風になりたいって思ってしまうよね。
    花盛りの家はとても心を穏やかにさせてくれる話だった。
    すごく素敵な話の塊で、著者が好きになった、心が浄化されたようでずっとこの話の世界の中にいたいくらい。
    真面目に何かを学ぼうとしなくてもいい、こんなこともあったんだよって、のんびり座りながらお話をきいてるみたいな、でもどこかで自分が変わったような後味をくれる、本当にいい話だった(ボキャ貧)
    他人と比べることなくのんびりと自分の好きなことをして生きていきたい。
    「正直さが大事なの、人を好きにもなろうとしないくらいなら」っていうホリーの言葉が一番胸に残ったかな
    何度でも読みたいと思った

  • 表題作は、めそめそした主人公がいいし、ホリーのイノセンスがセックスと分かち難く結びついているのがまたいい。どもりの女の子は、英語にして想像するとなんとなく印象が変わる。ギターの歌がドクのエピソードにつながったり、首を吊ってニュースになるタイプの女の子だという話がフレッドの死のいざこざに繋がったり。
    あとは、やはり最後の雨の中の別れ。こんなに素晴らしいシーンを他には知らない。
    クリスマスの思い出も、しみじみと好き。耄碌してしまった無邪気なおばあちゃんと主人公の子どもは、イノセンスという共通項でつながっている。そして、ずっと昔から親友だったというけれど、そんなことはないんだ、それは君の夢なんだ、という哀しさ。主人公が全寮制の学校に入ってからも映画代にしてくれと小銭を送ってくるおばあちゃん、もうそんな年齢ではなくなってしまっている主人公。一方は死に、一方はイノセンスを葬って大人になる。
    村上春樹の解説にもあるし、内田樹がどこかで論じていたけど、イノセンスを保持しながら生きていくことはできない。だから私たちは大人になる。そして、イノセンスが描かれた物語を読む。
    そして、自分も大人になったので、誰かのイノセンスが可能な限り長い期間失われないように守ってあげられるのは、イノセンスを捨てた大人だけだということもよくわかっている(フィリップマーロウ!)。

  • 「村会春樹 翻訳ほとんど全仕事」を読む中で、再読したくなり引っ張り出した一冊(のはずが、保有していることをすっかり忘れて二冊目を買ってしまった)。

    「都会のフェアリ・テイル」とも称される表題作は、ホリー・ゴライトリーの奔放な自由さが魅力的であると同時に、その奔放さを生み出すエネルギーとして幼年時代の悲しさが、心を打つ。こうした両面性をこれだけのソリッドな文章の中で描けるカポーティの文章力は、やはり何度読んでも感銘させられる。

    個人的に好きなのは、ラストに収められた「クリスマスの思い出」であり、カポーティの作品で1つ選べ、と言われたらこの短編を選ぶかもしれない。少年期の持つイノセンスさを、彼はなぜここまで結晶化された形で描くことができたのか。カポーティの才能の神髄はこの鋭すぎる感性にあったのだということを改めて実感する。

  • 正直、どこが面白いのか、さっぱり?。主人公ホリーの立ち振る舞いにも、勝手にすれば、としか思えなかった。こんなタイプとかかわりを持ちたくないと思っているからか。それにしても、ホリーの評価も割に高い…。うーん、感受性が鈍磨してるのかなぁ?

  • 社交界での話題を独り占めするほどの若く美しい女性、ホリー。
    そのホリーと出会ってしまった作家志望の主人公。
    主人公目線からのホリーの様子が描かれています。
    映画は観ていませんが、聞いたことはあるので、オードリーヘップバーンをイメージしながら読みました。

    時代が時代だからか、どの人もが希望にあふれていながらも、生きるのに必死、というような人間臭さを感じました。
    ホリーも天真爛漫というよりは破天荒、いや、むしろその言動はむちゃくちゃです。
    でも、当時はこんな女性が魅力的だったのかなぁ。
    日本の豊かな現代にどっぷりつかった私には理解しがたい時代背景と人間模様です。

  • 映画の方は幸いにと言っていいかわからないけど見たことがなかったので、先入観なしに読むことができました。とは言え映画の主演のオードリー・ヘップバーンはあまりにも有名だったので、彼女の面影を思い浮かべることはありましたけど、でも、この小説のホリー・ゴラトリーのイメージとオードリーさんがあまり重ならないのだけど??という困惑も感じました。ホリーの枠にはまらない自由奔放さとオードリーさんの清楚で高貴なイメージが結びつかないからです。多分小説は小説、映画は映画で独立した魅力があるんでしょう。他の短編も含め、心にアカが染みていない輝かしい人生の瞬間を写真に撮り収めるように、美しい文体で書き残した小説、という雰囲気でした。

  • 非常に魅力的な小説だった。映画の方は恥ずかしながら見ていないのだが、こちらは少なくともとても好きな作品だと思った。ホリー・ゴライトリーにヘップバーンはどうなんだろう…… 彼女のように奔放で、芯が強く、しかしどこかとらえどころのない女性が嵐のように通り過ぎていくという話が大好きだ。それからラストシーン、主人公が猫を再び見つけるシーンは心に染み入る良いシーンだと思った。あのシーンで、作品が綺麗に結ばれ、名作だなと思った。

  • 今更ながら、名作をあらためて読んだ。主人公ホリーは、若さと自らの容姿ゆえの、性に対する開放性や無邪気さが、なんとも魅力的。加えて、儚さや脆さもそこにはあり、刹那な美しさと寂しさも描かれている。村上春樹が憧れるカポーティの世界には、やはり村上春樹の作品と似た魅力があると思った。

  • 「ティファニーで朝食を」
    とにかくホリー・ゴライトリーが魅力的。彼女は奔放で野性的、そしてなによりも非常に不安定な女性だ。現実で身近にいたら関わり合いになりたくないと思いつつも魅かれてしまうんだろうなと思う。
    訳者あとがきにもあったが、彼女が「嫌ったらしいアカ」から解放されて安寧を手に入れることはないような気がする。彼女は一生不安定なままで、いつか決定的に転落してしまうのだろう。なんて儚い女性だろう、そしてそれゆえに美しい。
    主人公が安易にホリーと恋愛関係にならないところがいい。主人公は明らかにホリーに魅かれているのだが、あくまでも友人関係で終わる。それだからこそ主人公はホリーという人間の核のようなところを垣間見ることができたのではないかと思う。

    また、本書では「ティファニーで朝食を」以外にも三篇の作品が収録されていて、そちらも面白い。特に「花盛りの家」は結末が好きだ。著者は野性的で奔放な野兎のような女性を描くのが上手いなと思った。

  • 「ティファニーで朝食を」の主人公ホリーと言えばヘップバーンというようにあの有名な映画を思い浮かべます。でも原作はあれとはちょっと違った自由奔放なホリーがいて、確かに映画のオードリーも素敵でしたが、それ以上にかわいらしくて気まぐれで、でもなにかすっと芯が通っているような魅力あふれるホリーがいたのです。こんな女性見たことありません。映画以上に好きになりました

  • 「・・・バーボン(注・アメリカのウィスキー)」には笑った。時代だなあ。

    表題作もいいけど、他の3作がまたいいんだよね、この本。あ、新潮文庫です☆

  • こういう小説らしい小説が読みたかった、と感じた。私が本を読むのは、こういう、言葉ではうまく表せない、小説の形でしか表せない物語を胸一杯に吸い込みたいからだ──ほかの形で表せるなら小説を選ぶ意味がない。
    ティファニーで朝食を、ダイアモンドのギター、クリスマスの思い出、いづれにも漂っている淡いかなしみ。本当は痛烈に悲しいけれど、喪ってしまったものの前では、もう人は何もできないから大きな声をあげないのだ。さながら焼き場から空に漂い出る煙のような閑かさ。

    たしかにオードリー・ヘプバーンのイメージではないかもしれない。別物として見るのがよいのでしょう。

  • 子供のように天真爛漫、その一方で悟ったような聡明さも併せ持つホリー・ゴライトリーに心惹かれました。
    短編も3本収録されていますが、どれも読むとその淡い世界観に魅了されます。私は特に花盛りの家の淡々とした感じが好きでした。

  • 魅力的なホリー。
    本当の自由はないし、ホリーの生き方は、人を損ない、自分を傷つけている。でも、恋をしてしまうのが分かる。自分の範疇を越えて生きている人は魅力的だと思うから。

  • 第二次世界大戦下のニューヨーク。気分屋で天真爛漫、社交界を自在に泳ぐ新人女優ホリー・ゴライトリー。同じアパートメントに住み、そんな階下の住人に近づきたいと願う、駆け出し小説家の「僕」。ある日「僕」の部屋の呼び鈴を押したのは他でもないホリーだった。

    オードリー・ヘップバーン主演の映画はまだ見たことがないが、黒いドレスを纏ったオードリーの姿は小説の中のホリーに自ずと重なってしまう。しかし私が勝手に抱いていたイメージよりも、小説のホリーは子供っぽくて弱い人間のように感じた。夜な夜なセレブ達を招いてパーティを楽しむホリーは隙がなくて艶のある女性だが、時に彼女は「僕」の前で素の姿を見せる。それは「いやったらしいアカ」と彼女が呼ぶ不安感に強く怯える姿である。彼女はその不安感を拭い去ることができる場所―それは静かで全てが整っているティファニーの店内のような場所―をずっと追い求めている。

    自由奔放であるが、「いやったらしいアカ」に常に恐怖を感じるといった弱い面を併せ持っているからこそ、ホリーがより魅力的な人間のように思えた。海外小説は翻訳された日本語が苦手であまり読むことがなかったのだが、村上春樹の秀逸な翻訳のおかげか、ホリーにとても惹きつけられて思わず夢中で読んでしまった。

  • 映画版を見る前にこれを読むことができたのは幸いだった。
    訳者後書きでも話が出ていたが、オードリー・ヘップバーンの顔を浮かべながら読むようなものではなかった。

    「楽園への小道」という(聞くところによると)らしくない作品からカポーティを読み始めたせいもあって、これを読み終えて、この人の著作に対するイメージがかなり変わった。

    「楽園への小道」が人生の小さな起伏を切り取ってユーモラスに描く作品だったのに対して、「ティファニーで朝食を」をはじめここに収められている作品は、もっとアップダウンの激しい話だ。輝きを見つけたり、それを喪失したり。面白いのは、最後は主人公たちがそれに対して微妙な距離をとって終わるところ。その距離感が読後に妙に心にのこった。

  • とても純粋なんだと思った。

  • 久しぶりにカポーティを読んだけれど、ホリー・ゴライトリーのイノセントで奔放で猫みたいな身のこなしの軽さ、それとは対照的な沈鬱な表情、晴れと雨がぐるぐるまわるような不安定な情緒…すごく惹きつけられる。ほんとに彼女はとても魅力的。

    カポーティはほんとに情緒を盛り立てるのがうまい。1950年代にかかれたなんて信じられない!!大好き!!

    村上春樹の翻訳はホリーの口調や話の展開がとても生き生きとリズミカルに感じられてとてもいい。

全371件中 1 - 25件を表示

ティファニーで朝食を (新潮文庫)に関連する談話室の質問

ティファニーで朝食を (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

ティファニーで朝食を (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

ティファニーで朝食を (新潮文庫)の作品紹介

第二次大戦下のニューヨークで、居並びセレブの求愛をさらりとかわし、社交界を自在に泳ぐ新人女優ホリー・ゴライトリー。気まぐれで可憐、そして天真爛漫な階下の住人に近づきたい、駆け出し小説家の僕の部屋の呼び鈴を、夜更けに鳴らしたのは他ならぬホリーだった…。表題作ほか、端正な文体と魅力あふれる人物造形で著者の名声を不動のものにした作品集を、清新な新訳でおくる。

ティファニーで朝食を (新潮文庫)の単行本

ツイートする