日はまた昇る (新潮文庫)

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制作 : Ernest Hemingway  高見 浩 
  • 新潮社 (2003年6月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (487ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102100134

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日はまた昇る (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • "a lost generation"
    文学的には第一次世界大戦後の若者たち、「失われた世代」と総括される用語である。
    しかし、実際は仕事をきっちりしないことへの怒りにまかせたガートルード・スタインの発言、「自堕落な世代」「だらしのない世代」が本来の意味であるという。
    確かに仕事もせずに毎晩のように飲み歩き、旅行に興じ、ヒロインのブレットのごとく自由なセックスライフを楽しむ若者たちを描くこの作品では一見そうした歓楽に生きる「世代」をテーマにしているように見える。だが、それぞれの登場人物の個性や心情、そして彼らが興じる舞台を丁寧に丁寧に描くことによって、反対に時代のしがらみから解放され、自由を謳歌し、生命の躍動を感じている彼らに対し、次第に羨望の眼差しをもってしまうのは自分だけではないだろう。
    皮肉も効いている。出だしで紹介が長かったため当初主役かと思ったロバート・コーンが実は一番本書のテーマに相応しくない対極としての人物像であり「自堕落な世代」を引き立てる役であったこと、ブレットの婚約者であり大金持ちの家出身であるにもかかわらず破産しブレットにも奔放に振る舞われいつも酒にだらしなくなっているマイク、性に奔放なブレットが実は一番愛情を欲し彼女なりのの理性を働かせていること、物語の一人称であり視点でもあったジェイクが最も「遊び」に長けており、ブレットとプラトニックな愛を育んでいながらも戦争後遺症として性的不能者であったことなど、世界大戦後という時代の変わり目において自由を謳歌する彼らにもそれなりの傷を持ち、しかし、いやだからこそ、生命の躍動感が溢れる「いま」を真剣に興じているだということがこの皮肉な設定によりひしひしと伝わってくるのである。

    パリのカルチェ・ラタンに集う彼ら仲間たち。事あるごとに飲んでは楽しみ、舞台はスペインのブルゲーテでの鱒釣りへ。そこでも釣りを楽しみ大いに飲んで、舞台はいよいよパンプローナのフィエスタでの闘牛見物へ。ここでも大いに飲んで騒いで闘牛を楽しみ祭りが終わる。最後は喧騒の疲れを癒すかのようにサン・セバスチャン、そして、ブレットの待つマドリードへ。
    パリでの仲間との集い→釣りで心の洗濯をしながらも徐々に高揚→さらにフィエスタで恋のさや当てと闘牛という否応のない生命の躍動と生死を意識する緊張と高揚が最高潮に→祭りが終わりクールダウン→そして心の恋人と心休まるラストへ、というまるでジェットコースターのような上がって下がってという展開が本書の魅力であるともいえよう。
    これも「自堕落な世代」もいづれは落ち着き安寧さを求めるという、ヘミングウェイなりの「だらしのない世代」論に対する反論の一つであったのだろう。たとえそれが叶うことのない虚構であったとしても。

    直接的にはヘミングウェイ青年の世代、第一次世界大戦後の若者世代を描いているが、この時代感覚はいつの時代においても甦ってくる感覚であり、どの「世代」の若者においても共感できるものがあるはずであり、その意味で普遍となった物語だったいえるだろう。
    本作品の背景ともなっているヘミングウェイ自身のパリ時代を描く『移動祝祭日』も併せて再読してみたい。
    そして機会があればパンプローナで酒を飲み闘牛を楽しんでみたいものだ。

  • ヘミングウェイの処女長編。
    パンプローナの祝祭とロストジェネレーション―失われた世代。

    現代の失われた世代である我々からすれば多少の違和感があるのだけれど、それぞれに何かが「欠けている」という思い、その思いを酒やそのほかの享楽で埋めようとするさまは時代を越え我々に訴えかける。

    ああ、祭りのあとの虚しさよ。

  • これまで出会った中で、1番好きな小説。

    主人公ジェイクの絶望感がすげー強烈に伝わってくる。
    ブレットとの、どうすることもできない関係がせつない。

    パリの華やかな喧騒、パリのアメリカ人たち、フィエスタに湧く灼熱のスペイン、祝祭のパンプローナ・・・どれも情景が浮かんでくる。

    まず、冒頭の聖書の言葉にグッときた。

      一代過ぎればまた一代が起こり
      永遠に耐えるのは大地。
      日は昇り、日は沈み
      あえぎ戻り、また昇る。
      風は南に向かい北へ巡り、めぐり巡って吹き
      風はただ巡りつつ、吹き続ける。
      川はみな海に注ぐが海は満ちることなく
      どの川も、繰り返しその道程を流れる。
                コヘレトの言葉(伝道の書) 1.4-7

    「日はまた昇る」という訳は、正確な訳ではないらしく、「日も昇る」ということらしい。
    実際、オレもはじめてこの小説を読んだとき、「日はまた昇る」という日本語の響きから、ポジティヴな、希望を示す言葉として受け止めていたんだけど、この小説をよく読んでみると、それは間違いで、むしろ旧約聖書の言葉のように、希望ではなく、絶望を示している。

    ヘミングウェイは、ジェイクとブレットの、どうすることもできない関係を、そこには何ら希望は無いんだけど、それでもなお、繰り返されてゆく、という意味で使っている。

    投げやりだけど、それでも、人は、生きていく・・・というように。

    この本を読んでから旅にでるようになった。
    あちこちの街で、飲んだくれ、メシ食いまくり、ケンカして、時々祈った。
    旅から帰ってくると、また読みたくなる。
    何度も読み返した。

  • フィエスタ!フィエスタ!フィエスタ!

    劇中の喧騒の感じと、実際に見たパンプローナでの夜の賑わいと、テレビで見た牛追いの様子とが重なって、本を読んでる間少しドキドキした。

    ところどころに出てくる地名やカフェの名前
    パンプローナ
    バイヨンヌ
    サンジャン•ピエ•ド•ポー
    カフェ•イルーニャ
    ボティン

    これらの単語が、特別な響きで私を揺さぶった。
    多分、この話の舞台に実際行ったあとだからこそ読めた。
    あとはThe sun also risesという題名の響きが気に入った。

    それだけ。

    "いい事も悪い事も流されるように過ぎていって、生きてるって感じ"
    誰かの感想にこうあった。
    あ、この感じなるほど、ロストジェネレーションってこういう事?としっくりきた。
    そして自分にそれを重ねてみる。

    2012.11.29

  •  楽しかったー! 全体を通して軽快で読みやすかった。会話の応酬も気安くて取り留めがなくて、喫茶店とかで近くのテーブルの会話盗み聞きしたような、そういう楽しさ。
     人との出会いっていいなぁとか思わされちゃう感じ。ちょい出の人とか沢山いたけど、みんなそれぞれ個性的で、読み終わってから振り返るとまた楽しい。ハリスが特に好き! 別れのシーンのあの寂寥感と言ったら!
     あと闘牛観戦のシーンね! 熱かった! ジェイクの隣で闘牛見たいなーって思いました! 闘牛一度も見たことないし、どういうシステムなのかもこの作品の訳注で初めて知ったくらい興味なかったのだけど、闘牛シーン読んだだけでロメロのマタドールとしての魅力にめろめろですよ! 素敵だったー。
     良いことも悪いことも、流されるように過ぎていって、生きているなぁって感じがしました。

  • 自堕落というか、野放図というか。とにかく憧れは抱けなかった。コーンの酷い扱いも、単純になぜ友達を続けているのか不思議。気分が悪かった。

  • 翻訳小説なのに読みやすい。とってもメランコリック。

  • 軽妙でドライな文体と刹那的な恋。戦争の影。スペインの情熱的な祝祭を舞台に繰り広げられる人間模様は何ともやりきれない思いを残します。戦争も悲恋もお祭りも、何事もなかったようにまた昇る太陽。いかにもヘミングウェイらしい作品です。

  •  『武器よさらば』以来久々のヘミングウェイ。第一次世界大戦後、享楽を求めてさまよう若者の物語。彼らを、一次大戦に遭遇し様々なものが破壊され、従来のモラルや価値観に懐疑的になり、社会の中でさ迷うことになった「失われた世代」等と呼んだりするらしい。

     大戦で性行為ができなくなった男「ジェイク」と、大戦で愛する男性を失ってしまった女「ブレット」。ジェイクはブレットを愛しているといっているが、肉体的な問題から彼女への想いを成就させることは叶わない。
     また、ブレットは誰か男性と一緒にいなくてはいられず、様々な男性と関係を結ぶが、幸福感を得ることはできずに、自分のことも悪女と認識している。周囲にもまっとうではない女と見られているようだ。
     他、ジェイクの友人やブレットに好意を寄せる人物等が出てくるが、誰も彼も充実という言葉とは程遠い、満たされない気持ちを抱えているように思える。

     ジェイクについては、発散することすらできない嫉妬がさぞかし辛いのだろうと想像する。彼は自分の不能を埋め合わせようとしているのか、ブレットに対し「何か、僕にできることでもあるかな?」(p.123)と問いかけるが、答えはそっけないものだ。ブレットが闘牛士に好意を抱いている際も、「何か、おれにやってほしいことでもあるかい?」と同じことを問う。
     彼の行動の真意は、ひとつには彼女の気を惹くことにあるのだろうが、同時に純粋な・・・でもあると思う。でなければ、小説の最後にあんな台詞は吐けないだろう。自分はこの虚無感から逃れることはできないのだ、それならばせめて・・・という気持ちは、惨めにもみえるし彼の矜持にも見える。そんな彼の想いは、一つの誰かの幸せとして実を結ぶ兆しを見せる。

     ブレットについては、彼女が性悪なのかどうかは別として、従来と別の生き方を手に入れることができたように思う。闘牛士「ロメロ」の求愛に対し彼女が身を引くところだ。
     もちろん、それが必ずしも正解だとは思わないし、ロメロの将来がどうなろうがそれは彼の選択であると思う。ブレットが身を引くことで、彼女が不幸になることも大いにありうるのだ。
     それでも、すっきりとした気分になり、「こういう気持って、神様の代わりにあたしたちが持ってるものじゃないかしら」(p.451)と言い放つ。あらゆる価値観から見放された彼女が矜持を得たように思えた。

     この物語をハッピーエンドと捉えるにはあまりにも文学的かもしれないが、とても好きな小説。過度に感情移入しながら読んだところはあり、時代的背景についてもうすこし考えて読んだらもっと楽しめそう。

  • ○あらすじ
    第一次大戦に従軍し、負傷によって性的不能者となってしまった主人公のジェイク。自由奔放で魅力に溢れ、爵位を持つ夫との離婚協議中のブレッド。ブレッドからすでに振られているが、あきらめきれずについて回っているロバート・コーン。離婚協議が成立したらブレッドと結婚することが決まっているマイク。
    パリで自堕落な生活を送っていた彼らは、スペインの闘牛(フィエスタ)を観覧するためにスペイン・パンプローナを訪れる。ジェイクは以前から闘牛に造詣が深く、現地のホテル支配人にも一目置かれている。それまで闘牛を見たことがなかったブレッドも、魅力にすっかり魅了される。特に、若く有望な闘牛しロメロにほれ込み、フィエスタ終了後にブレッドとロメロは駆け落ちする。しばらくたって、ブレッドはロメロと別れ、マイクと結婚することを決意する。
    ○感想
    ヘミングウェイの実際の体験を基に執筆されたこともあり、舞台であるパリ、スペインに実在している店、通りがよく登場する。現在(2017年5月時点)でも営業している店もあるようで、ちょっと行ってみたくなる。
    登場する文物は時代を感じさせるものの、闘牛やフィエスタ中の街の様子が瑞々しく描かれており、古さを感じさせない。
    「日はまた昇る」のタイトルは、それまでと変わらない日常が続いていく虚無感を表しているそうだが、幕切れと相まって何とも言えない読後感(虚無感?)を残している。
    第15章冒頭の「7月6日、日曜日の正午、フィエスタが爆発した。そう表現する以外、形容のしようがない」この文章が一番のお気に入り。

  •  
    ── ヘミングウェイ/高見 浩・訳《日はまた昇る 20030628 新潮文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/410210013X
     
    ── Hemingway《The Sun Also Rises 19261022 America》1957‥‥ 映画化
    ── ヘミングウェイ/高見 浩・訳《日はまた昇る 20030628 新潮文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/410210013X
     
     Hemingway, Ernest Miller 18990721America 19610702 61 /自殺
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A5%D8%A5%DF%A5%F3%A5%B0%A5%A6%A5%A7%A5%A4
     
    (20170418)
     

  • パリの部分は正直長すぎて退屈だと思ったけれど、
    スペイン旅行の部分になるとそこが活きてきて、俄然面白くなる。
    主人公のジェイクが戦争の負傷で、男性として機能しなくなったというわりには暗さ重さがないのが不思議だった。

    でも、解説を読んで納得。
    この物語はヘミングウェイ夫妻と男女の仲間たちでスペインにいったときのことを基にしていて、
    妖艶な女友達をめぐる緊張関係があったそう。
    もちろんヘミングウェイも気持ちがザワつくけれど妻帯者。
    そこで、小説化するときは自分である主人公を去勢して、
    身の潔白を遠まわしに匂わせている…。

    ヘミングウェイ、せこいよ…でもそこが面白い!
    マッチョで行動的なパパ・ヘミングウェイの意外な一面を知ることができた小説。

  • とにかくスペインのパンプローナに行きたくなりました。サン・フェルミンの祭り、フィエスタに行って、牛追いや闘牛を見たくなりました。読んでいるだけでも祭りの熱気が伝わってくるようで、わくわくする作品でした。

    登場人物のブレットは「浮気なたちだけど、人の面倒見がいい(p374)」女で、登場人物の男性陣たちを皆虜にしています。語り手ジェイクもブレットに惚れていながら、「恋人を旅立たせて、ある男と馴染ませる。次いで別の男に彼女を紹介し、そいつと駆け落ちさせる。そのあげくに、彼女をつれもどしにいく。そして電報の署名には、“愛している”と書き添える。そう、これでいいのだ。(p440)」と考えています。物語の中心に、魅力あるブレットがいるように感じました。

  • 何度か読みましたが、こんな話だっけ?って感じです。
    ぜんぜん「 日はまた昇る」って感じじゃないのが、いちばんいただけないです。
    飲んだくれて、旅に出て、男女の仲も乱れて、お金なくて・・・
    まぁ、「それでも、日はまた昇る」ってことなら分かりますが・・・

  • スペインを感じたくて読んでみました。
    パンプローナ

    若者の充実した日々が綴ってありました。
    キラキラしてます。
    釣りのあたりが好きです。

  • 乾いた大地
    照りつける太陽
    繰り広げられる群像劇
    交錯する価値観にわき上がる血肉
    それでも今日もまた陽が昇る

    スペインの祭典を中心に、数人の男女によって展開される群像劇。
    それぞれの人物は決して交わりあうことはない、けれど惹かれあってしまう不思議な組み合わせ。
    傍から見ればものすごく深刻に見える出来事も、当人たちには、ユーモアと喧騒によって溶け出して、数々の酒でかき乱され、あっけないほど簡単に元に戻る。まるですべてが予定調和。これが「許されている」そういうことか。
    ひとが生きる大地。実り豊かな大地。
    人工と自然は対立しない。人工だって自然から生まれ出たのだから。自堕落(lost)というよりかは、天空から堕ち、この大地に根を下ろしたと言うべきか。不思議とこの作品が印象的なのは、大地とひとの調和があるからか。
    揺るがぬ力がしかとひとを支えている。陽が昇れば落ち、落ちれば昇る。始まりが終わりで、終わりが始まり。大地に蒔かれてしまったひとはそこに根を張り這って生きるより他ない。「そう、これでいいのだ」

  • 90年前の作品ながら、都会の生活の倦怠と、旅に対する期待と失望が、活き活きと伝わってきます。

    アメリカ人のジェイクは第一次世界大戦で負傷後、パリで記者をしています。
    友人と連れだって、あるいは友人の姿を求めてカフェをわたり歩く暮らしは、何かを模索しながらも、好景気と平和の安堵感に後押しされた刹那的で快楽的な日々です。

    ジェイクは、友人の作家ビルとユダヤ人作家ロバートとスペインのフィエスタ(祝祭)に向かいます。
    美貌の持ち主ブレッドと裕福な婚約者マイクも合流予定。

    フィエスタの牛追いと闘牛は格好の刺激です。
    怠い快楽、刺々しい倦怠、知的で無意味な言葉の応酬。
    非日常を求めた旅なのに、彼らは旅先にまで日常を持ち込んでしまいます。

    若き闘牛士ペドロ・ロメロの究極的技量と精神は、彼らとは好対照です。

    規則正しく働く暮らしをする私は、90年前のゴールデン・エイジの非生産的日々に惹かれます。
    刹那的な暮らしはいつの時代も、安全地帯にとどまる者の憧れです。

  • 古い翻訳で一度読んだことがあったけど、イマイチしっくりこなかったので再読。正直物語に大きな盛り上がりもなく面白い作品かと言われるとそうでもない。ただ物語の舞台となっている、パリ、バイヨンヌ、ビアリッツ、サン・ジャン・ド・リュズ、ブルゲーテ、パンプローナ等いずれも滞在したことがあり、90年前の小説なのに古臭さを感じないのが魅力になっているのかもしれない。

  • 闘牛好きなインポテンツ退役軍人の話。特に何がどうという話でもないけれど、とにかくテンポと情景描写が素敵。

  • ロストジェネレーションの虚無感とフィエスタの熱狂が対比的である。
    主人公ジェイクとブレットの微妙な関係が、恋人のようでも、兄妹のようでも、友人のようでもある。でも、少しカッコよすぎだと思ってしまう。
    登場人物(パリのアメリカ人)たちは、いつもカフェやバー、レストランなどで、飲んだり食べたりしてて、当時のドルの強さをまざまざと見せつけられる。

  • 「ロスト・ジェネレーション=失われた世代」というのが今までよくわからなかったんだけど、この本では「ロスト・ジェネレーション=自堕落な世代」と訳していて、なるほどと思った。
    確かにこの本に出てくる人たちはみな自堕落。カフェに行き、酒を飲み、女でもめて、闘牛見て騒いで…およそ建設的なことは何ひとつしない。そんな彼らの様子を淡々と書いているので、ストーリー的に面白いとは言えないんだけど、そんな中でもたまに主人公がこんな科白を吐くのだ。
    『昼間なら、何につけ無感動(ハード・ボイルド)をきめこむのは造作もないことだ。が、夜になると、そうはいかなかった。』
    こういうところで思わず、ぐっときてしまう。

  • 禁酒法時代のアメリカの時代背景をもっと勉強していれば、もっとこの本が理解できた気がする。ヘミングウェイはどうしても女子より男子向けだよなぁ…。闘牛のシーンは怖くてぱーっと読んじゃった…。2010/111

  • しっかりした太宰治ってかんじ。
    からっぽなひとびと。

  • なんとも言えないさわやかな読後感。

    若干のもやもや感は残っており
    もう一度時間をおいていつか再読してみたい。

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禁酒法時代のアメリカを去り、男たちはパリで"きょうだけ"を生きていた-。戦傷で性行為不能となったジェイクは、新進作家たちや奔放な女友だちのブレットとともに灼熱のスペインへと繰り出す。祝祭に沸くパンプローナ。濃密な情熱と血のにおいに包まれて、男たちと女は虚無感に抗いながら、新たな享楽を求めつづける…。若き日の著者が世に示した"自堕落な世代"の矜持。

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