移動祝祭日 (新潮文庫)

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制作 : Ernest Hemingway  高見 浩 
  • 新潮社 (2009年1月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102100158

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移動祝祭日 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • アーネスト・ヘミングウェイ22歳。新妻ハドリーを伴い、文学修業のためパリに渡ってからの思い出の日々を綴った青春回想エッセイです。ヘミングウェイの死後、発表されたものとのことです。

    「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリはどこへでもついてくる魂の饗宴=移動祝祭日だからだ。」

    1920年代パリ。第一次世界大戦が終わった後のパリは、次世代の新しい芸術を志す者が集まり、様々な才能が競い合う芸術の都であった!パブロ・ピカソ、ジャン・コクトー、ガートルート・スタイン、ジェイムズ・ジョイス、エズラ・パウンド、フォード・マドックス・フォード、エヴァン・シップマン、スコット・フィッツジェラルド・・・。
    名がまだ売れていない若き日のヘミングウェイは、つましい生活を送りながらも、こうしたパリで文学を志し、文学サロンでの多彩な芸術家たちとの交流、美術館訪問、貸本屋で借りる文豪たちの小説、カフェでの執筆とさまざまな出会いを通して、その文学才能を開花させていった。それに、お腹をすかせながらもパリで興ずるボクシング、競馬、カフェでのワイン、高級でないフランス料理、そして妻との新婚生活!
    まさにヘミングウェイにとっての青年時代の祝祭の日々が、当時を思い出しながらの会話やシニカルな観察眼を踏まえた文章力にて絶妙に再現され、それらに思わず笑みがこぼれます。また、当時に交流していた「自堕落世代」の芸術家たちへのどちらかといえば厳しくあからさまな批評・批判の数々は、読者にはとても面白いのですが、これは当時の文学界に波乱を巻き起こしたのではないかなあ。(笑)特にフィッツジェラルドとの破天荒な会話や2人珍道中は映画になっても面白いかもしれない。いや、それよりもこの『移動祝祭日』自体、映画でも相当面白くなるだろう。
    青年時代の苦くもきれいな思い出に彩られたパリでの生活。解説を読むと、祝祭の記憶をこのような形で封印したかったヘミングウェイの想いが伝わってきて、羨ましくも物悲しい気分にさせられました。
    パリ!そこは一度は暮らしてみたい憧れの都。しかし、祝祭の日々は若い時代に味わうものなんですね・・・。あ~ホントに限りなく羨ましい。魂だけは若返らせ、自分も一度は暮らしてみたい!

  • 1920年代、パリは世界の芸術家にとって誘蛾灯でした。
    1960代にヘミングウェイが芽を出しつつあった当時を書いた、短篇小説集のようなエッセイです。

    ピカソ、ダリ(画家)、フィッツジェラルド(作家)、ジャン・コクト(詩人・作家)、コール・ポーター(作曲家)他多くの芸術家がパリにいました。

    芸術家達が集うガートルード・スタイン(詩人)のサロンへのデビュー、やがて訪れる彼女とのすれ違い。
    フィッツジェラルドとの交友とヘミングウェイが彼を観る目。

    迷いと貧しさの中で暮らし、やがて自信を持ち始めたヘミングウェイの、
    著名人たちとの間で交わす会話や逡巡が、目の前で繰り広げられています。

    一方で、名もない人々もリアルに描かれています。
    本代に困る彼を助ける古本屋女主人、心地よいカフェでの美人との出会い、セーヌ河岸の釣り人、競馬 etc.

    遠い昔の思い出は、喜劇にも悲劇にもできます。
    60代に自ら命を絶つ直前にヘミングウェイに浮かんだパリ時代は?

  • 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らす事ができたなら、その後の人生をどこですごそうと、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」

    という冒頭のエピグラフで有名なヘミングウェイの遺作。以前から気になる本であったのだが、品切れ状態となっていた。新訳で、文庫で出たので早速、読んでみる。

    20年代のパリという伝説的な都市と伝説的な芸術家たち。そして、貧しくも、芸術を志す青年と新婚の夫婦の美しい愛。カフェ、レストラン、リゾートなどなどの風俗の記述。様々な芸術家達の姿の辛口の描写。

    もう、絵に描いたような「修業時代の芸術家の貧しいけど、幸せな日々」の話である。そして、その美しい日々は、作家としての成功とともに、やってきた「リッチな連中」の侵入によって終わる。

    「若くて幸せな日々」を描きながら、61才で自殺した作家の胸中には、どのような思いがよぎっていたのだろうか?

    という作品の背景から必然的にやってくるセンチメンタリズムは抜きにしても、なんだか、とても切ない気持ちにさせる作品である。

  • ヘミングウェイがカラマーゾフの兄弟を読めなかったというのが書いてあって面白かった。ミッドナイトインパリをもう一回観たいな。

  • お決まりぽいですが、『ミッドナイト・イン・パリ』繋がりで読んだら面白すぎて一気読み。ヘミングウェイが辛辣すぎて笑えて仕方ない。文学に真面目でひとを作品で判断するところとかどこかの誰かみたいで、可笑しかった。こういう男が好きだ。1920年代の狂騒の時代といわれたパリにたくさんの作家たちが集ったのは、アメリカがピューリタン色が強かったせいもあると思うけど、パリに行ったらなにかかわるのかもと思わせるものがあるのかも、昔も今も。短編集を読もう。

  • A moveable feast
    ・シェイクスピア書店
    シルビア・ビーチ
    ・セーヌの人々
    ・偽りの春
    レストラン・ミショー
    ジョイス夫妻、ノラは小食ではないが、淑やかに食べる人だった。息子のジョルジョ、ルチア、一家はいつもイタリア語で語り合っていた。

  • パリの空気に耽溺できる本。

  • 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。」
    私も若い頃パリで暮らした経験があるので、この表現にはまったく同感。ヘミングウェイが、パリを離れてかなり経ってから書き残したエッセイ集。同時多発テロに揺れるパリで、本書は再び話題になっているという。フィッツジェラルドの別の一面を垣間見たりできるのが魅力のひとつ。巻末の年表に続く訳者の解説も秀逸。

  • 最初の数編は偏屈なパリの芸術家たちのエピソードとして無類の面白さだが、後半に差し掛かると反省の色が濃く、自尊心の塊に対峙するこちら側の体力が試され、読み進めるのが辛かった。しかしながら、エズラ・パウンドやガートルード・スタインとの会話は面白く、このような簡素な文章に凝縮させる作家の力量に驚かされた。(死後出版ゆえ、文章に他人の手が入っているようですが。)

  • 024

    ウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」が面白かったので、あの情景を違った観点から愉しみたいと想い購入。

    私は小説が苦手(力の入れどころが分からず、読み終わった後に「自分はこの本から何を感じ取ったのか」というやるせなさが残るから)なのだが、このエッセイ集は面白かった。内容どうこうというよりも雰囲気を楽しむ小説なのかも知れない。

  • 池袋ジュンク堂、¥637.

  • 純主観的な透徹した自我による回想録。とくにスコット・フィッツジェラルドに対する言及がどこをとっても素晴らしい。
    「ミッドナイト・イン・パリ」を見たあとで読んだので、目に浮かぶ光景があの映画俳優の顔で再生される。正直かっこいい。

  • 個人的にヘミングウェイのベスト。

  • 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」

    ヘミングウェイの自伝的短編集。
    無名のパリ時代、いつもおなかをすかせてはいたが、カフェで仕事に没頭し、愛する妻と様々な友人たちに囲まれて過ごす日々。それは生き生きとしていてとても幸せそうだ。
    彼が交際していた面々は今となっては驚くほど豪華(フィッツジェラルド、スタイン、ピカソ、ジョイスなど)だけど、描き出されるパリの街はとても親しみやすく、自分もぶらぶら散歩したりカフェでのんびりしたくなる。

  • 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ」という、ヘミングウェイ自身の言葉が題辞として付されている。見慣れないタイトルは、この言葉からとられたらしい。本来はキリスト教の用語で、クリスマスのように日にちが特定されておらず、その年の復活祭の日付に応じて移動する祝日のことだという。

    その言葉通り、祝祭的な喜びに溢れた若い物書きのパリ暮らしが、リリカルに清新の気に満ちて描きだされている。舞台となっているのは、1921年から1926年にかけて。最初の妻ハドリーと共に安アパートで小説家修業をしていた当時を、後に思い出して綴ったものである。発表されたのは、死後であったため遺作とされた。

    作家自身が、フィクションと見なしてもらってかまわないと書いているように、すぐれた短篇小説を読んだあとのような余韻が残るが、おそらくそのほとんどは事実にもとづいていると思われる。もちろん、四半世紀も昔のことである。しかも、老いをむかえて心身ともに下降状態に入っていた作家が、青春時代をすごした異郷での日々を回想したものである。そこに、記憶の美化や、またその逆に劣化がまじりこんだとしても誰がそれを責められよう。

    ガートルード・スタイン女史やスコット・フィッツジェラルドとの交友について書かれた箇所には、その後のいろいろな経緯から見て割り引いて読まねばならぬような部分もあると想像される。概して人の好き嫌いははっきりしているようで、虫の好かない相手にはけんもほろろ。その反対に敬愛する友人や仲間には溢れんばかりの好意を示している。特に、シェイクスピア書店の店主シルヴィア・ビーチ、エズラ・パウンド、それにジェイムズ・ジョイスについて触れた部分からはヘミングウェイの真情がよく伝わってくる。

    なんという華やかな時代だったことだろう。スタイン女史のサロンを介して、ピカソをはじめとする画家やパウンド、エリオットなどの詩人、作家仲間の刺激を受けながら、小説家修業ができるなんて。他の出版社が断ったジョイスの『ユリシーズ』を出版したのが、シェイクスピア書店だった。ヘミングウェイもまた、シルヴィア・ビーチに多くを負っている。ヘミングウェイとフィッツジェラルドのリヨン行きの膝栗毛など、苦い味わいもまじるものの、どこか微笑ましい。ブリクセン男爵やアレイスター・クロウリーといった有名人との出会いも、当時のパリならでは。

    しかし、この作品のよさは、なんといっても徒手空拳の若者が、食うに事欠く日々のなかで、仕事場にしているホテルの寒い部屋や街角のカフェで、ノートを前に鉛筆を握っている姿が、冬枯れのパリの寒々とした佇まいのなかに、或はまた、春を迎えたセーヌの岸辺に、あざやかに浮かび上がってくることに尽きる。事実はここに書かれているほど金に困っていたわけではないらしい。要は、ヘミングウェイが自身に課した生活の掟だったのだろう。一篇の短篇を書き上げた後に口にする一杯の酒の美味そうなこと。

    生涯に何度も離婚再婚を繰り返した作家は、その最晩年に、若き頃パリで共に暮らした最初の妻ハドリーとの愉しい日々を思い出していたのだろう。過去を懐かしむ哀惜の念が思い余って余情たっぷりの叙述を生んだ。次のような文章は、どうだろうか。

    「この街がにわかに哀調を帯びるのは、冬の最初の氷雨が降りはじめる頃だった。道行く者の目にはもはや白く高い家屋の屋根は映らず、ただ濡れた黒い舗道や小さな店舗の閉ざされた戸口しか映らないその道筋には薬草店、文房具店や新聞販売店、それに二流の助産婦の家やヴェルレーヌが息を引きとったホテルなどが並んでおり、そのホテルの最上階の部屋を私は借りて仕事場にしていたのだった。」

    佐伯祐三描... 続きを読む

  • 若き日のパリ。そこに集まる人々。
    名声を確立しても、二度と手に入れることはできない、眩しい思い出。
    それは、時間が経つほど、自分の中でさらに美しくなる。
    少しせつなくなった。

  • パリでのヘミングウェイの日々といった感じ。
    基本的に貧乏なのだろうけど、それに悲嘆する様子もなく、なかなか楽しそう。
    ただ、読みづらい話は読みづらかった。

  • 彼がなぜ、この本を書いて死んだのか、わかる気がした。彼は誰のためでもなく自分の心のひだがもっとも美しく活発だった頃を、不完全であれ目に見える器に写しておきたかったんだ。

  • 人生の最後に過去を思い出して書いた日記のような作品。ヘミングウェイを知らない人にはお勧めできません。しかし、ヘミングウェイのファンにはその人生について考えさせられるものがあります。

  • 恥ずかしながらヘミングウェイの作品を初めてきちんと読んだ。
    The Greatest Authorと呼ぶに相応しい巨匠であり、世界の愛読者がパパ・ヘミングウェイと敬愛する存在なのは読んでいなくても勿論知っていた。その大作家が若く無名な一時期、パリで過ごした時代の回顧物語だ。一読して私が驚いたのは、これほどの大物が貸本屋の会費も払えず、毎日腹を空かせ、パン屋やカフェの食べ物の匂いを避けるためにあえて公園の中をうろついて空腹を紛らわせていた、というようなエピソードだ。

    戸塚真弓さんのパリの街にまつわるエッセイを三冊ばかり読んだうちに、チェルリー公園を歩きながらパリで暮らし小説家を志していたヘミングウェイが、いろいろ苦悩していた想いを偲ぶというくだりがあった。それを読んではいたけれど、先年チェルリー公園を訪れたときどうしてもこの公園とアメリカ文学の巨匠とのイメージが重ならなかった。

    第一次大戦の直後の1920年代、パリにはアメリカ人の音楽家や作家など「パリのアメリカ人」だとか「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれる一群の若者がいた。映画音楽の大家コール・ポーターや『華麗なるギャツビー』のフィッツェラルドで、後に『老人と海』で一世を風靡することになるヘミングウェイもその一人だ。この本と、たまたまほぼ同時に観たウッディー・アレンの映画『ミッド・ナイト・イン・パリ』でそのことを知った。どうして彼らは母国よりパリを活動の場として選んだのだろうか。あるいは逆になぜパリは多くの優れた芸術家を育み送り出しつづけているのだろう。

    ともかく、この物語(あえて物語といいます)の中で自伝的に語られる「貧しく腹を空かした」無名時代の大作家が創作に苦悩する姿は、それだけでも読む者の胸を打つ。貧しい彼から会費を取ろうとせず、終始支援し続けたシェイクスピア書店の女店主(同書店の貸出本で世界古今の読み物を無名時代の彼は仏語圏にありながら母国語で望むだけ読むことができたのだ)。次の大戦末パルチザンの一員としてパリ入城後真っ先に突入し、「ナチスから解放」したのがそのシェイクスピア書店だったというエピソードなど誠に真っ当に感動物語ではある。しかし、巻末に収められた「解説」を読むと、成功物語の感動は複雑な思いに変わっていく。その中では当時一人目の妻であるハドリーと暮らしていたヘミングウェイは、地方紙の特派員としての安定収入を捨て創作に専念しようとしたことは事実だが、妻のハドリーは大資産家の娘であり、そのときすでに相続していた財産の利息収入だけで当時の平均的パリ市民の年収の十倍に匹敵していたと暴露されてしまっている。彼ら夫婦が実際に質素極まる暮らしぶりだったことも事実であるらしいが、それは「強いられた」貧しさではなく「自ら望んだ」ライフスタイルであったことが解説されている。だから、就職氷河期にフリーターやニートか、良くてもワーキングプアたることを運命づけられた現代日本の「ロス・ジェネ」たちと、元祖「ロスト・ジェネレーション」とよばれた1920年代のパリのアメリカ人たちとは、見かけ上自堕落な世代であること、前の世代の権威も価値も心の底から嫌悪していることなどの点においては共通しているかもしれないが、根本のところで全く違うと言えるだろう。

    中学の歴史で「第一次大戦後米国は債務国から債権国に転じた」と教えられたとき、「サイケンコク」って一体なんだ、それがどーしたというんだと思った疑問が、今なら解る。毎月毎月マンションと車のローンを私は払っている。利息を払うためだけに働いているとさえ言える。夢見るのは宝くじで3億とか当てて、その利息だけで生きていけたらどんなにいいだろうということだ。

    ここで債権国から来た資産家の夫ヘミングウェイの話に戻ると、解説では触れら... 続きを読む

  • 若いころの楽しかった、幸福な日々を振り返る、その心情がすごくよくわかる。彼にとって本当に思い出深い時期だったんだろうな。中身も面白かった。

  • 一言でまとめてしまえば、「その昔、ごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である」という最後の一文が当てはまる。有名になる前の、1921年から26年までのパリでの生活を綴った本。実質的な遺作だという。
    当初、ヘミングウェイは文学修行の場としてイタリアを考えていたが、シャーウッド・アンダスンに諭されてパリに住むことになった。書店兼図書室のシェイクスピア書店店主のシルヴィア・ビーチの厚意で、入会費もままならない状態のヘミングウェイは各国の文学作品に接することになる。
    先日読んだ「シェイクスピア&カンパニーの優しき日々」の流れで読んでみようと思ったのだが、後半の三章はパリで出会ったスコット・フィッツジェラルドとゼルダ夫妻に割かれていて、たぶんここがこの本のハイライトなのだろう。
    酒に溺れる生活から抜け出そうとするスコットと、逆に引き戻すゼルダ。世間の風潮にあわせて軽妙にアレンジするスコットと、その俗っぽさを批判するヘミングウェイ。注釈や解説も丁寧で、当時のパリの模様が頭に浮かんでくる。もっとも、「この本はフィクションと見なしてもらってもかまわない」そうだが。

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移動祝祭日 (新潮文庫)の作品紹介

1920年代、パリ。未来の文豪はささやかなアパートメントとカフェを往き来し、執筆に励んでいた。創作の苦楽、副業との訣別、"ロスト・ジェネレーション"と呼ばれる友人たちとの交遊と軋轢、そして愛する妻の失態によって被った打撃。30年余りを経て回想する青春の日々は、痛ましくも麗しい-。死後に発表され、世界中で論議の渦を巻き起こした事実上の遺作、満を持して新訳で復活。

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