情事の終り (新潮文庫)

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制作 : Graham Greene  田中 西二郎 
  • 新潮社 (1959年3月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (380ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102110010

情事の終り (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  •  キリスト教はあまりよくわからないので、絶望の描き方に注目した。漱石の『こころ』を思い出しながら読んだら少し興味深く読めた。

     この二作間に共通するのは、まず一人の女性をめぐる三角関係が描かれていることだ。しかし、この三角関係を構成する三人が、『情事の終り』は一味違う。『こころ』では、先生・K・お嬢さんという、男性2人が同じ女性を好きになるタイプのオーソドックスな三角関係なのだが、『情事の終り』ではモーリス・ヘンリ・サラァ……と見せかけて、モーリスの恋のライバルはサラァの夫ヘンリではなく、神様なのだ。恋のライバルがカミサマですよ。なんかそんな感じのラノベありそうじゃない? ないか。
     仏壇と神棚が両方家にあり、クリスマスにはケーキを食べてお祝いをする典型的無宗教日本人な私としては、ちょっと馴染みがなさすぎてピンと来なかったのだけど、なんとなく、サラァがベンドリクスを愛すれば愛するほど、神への愛をも深めていくのかなあと思った。いや、よくわからん。

     三角関係を構成する一人が死んでしまうのも、『こころ』との共通点だ。『こころ』では恋に敗れたKが自殺し、先生もやがて自殺を選ぶ。『情事の終り』で死ぬのは悪い風邪にかかってしまったサラァで、小説は「永久に私をお見限り下さい」というモーリスの絶望で締めくくられる。人間が自ら死を選ぶときは少なからず人生に絶望しているものだと思うが、先生の絶望は自分の内面へ向かって深く深く突き刺さっていくのに対し、モーリスのそれはサラァのいなくなった世界へ向かい、サラァを連れ去った神へと向かう。わたしなんかは、モーリスがサラァを追い立てなければサラァは悪天の中外出しなかっただろうし、病気をこじらせることもなかったんじゃないかと思ったんだけど、自分のせいでサラァが死んだのだとは思ってもみないのだ。でもそれはモーリスが無責任だからというわけでは少しもない。彼らは神を信じ、愛していて、人間の運命を左右するのは神にだけ可能なことなので、他人の死の責任を自ら負うなど彼らにとってはかえっておこがましい考えなのだろう。

     宗教が生まれたのは、結局のところ人間がこの世に生きる救いを求めたからだと思う。しかしながら、神を愛する人は、この残酷で不公平な世界にあっては同時に神を憎まなければならないのだ。


    ※2012年秋 紀伊国屋書店新宿本店「本のまくらフェア」にて紹介されていた本。
    ※私が読んだ版は表紙が新しくなっていました。

    原題:The End of the Affair

  • 難しかった・・

    あらすじ
    小説家である主人公モーリスには、サラァという人妻の恋人がいた。最後の逢引の日に空襲でモーリスは傷を負った。それからなんとなくよそよそしくなったサラァのことを、何年も忘れられずにいる。彼女を深く愛しながらも、彼女が人妻であることや己の愛の深さゆえに、嫉妬をしたり、わざとこの愛をくだらないものとしたり。そんな屈折した愛を抱きながらも、彼女のよそよそさに深く傷ついていた。
    その彼女に別な恋人ができたらしいと、彼女の夫であるヘンリから相談を受ける。興信所に調査を依頼することをためらうヘンリに、モーリスは自分が彼女の恋人であるふりをして依頼する。そこで、顔にあざのある反カソリックの宗教家であるスマイスのもとに通うサラァを知る。彼はさらに探偵から彼女の日記を入手するのだが、そこには、嫌われたと思っていた彼女が、誰よりも深くモーリスを愛していたことがつづられていた。 (以下略)

    感想
    宗教、カソリックが大きなテーマなのだが、宗教を知らなくても十分に面白い。古い作品であるが、ほんのりと香るエロスがなまめかしい(決して露骨ではないのだが)。彼らの性的な悩みはなまなましく、きれいごとではなく、そこが多くの人に共感をよぶだろう。そして主人公と恋人の心理描写の妙。主人公の恋人への愛と、愛の深さゆえの嫉妬と屈折。美しくはつらつとした彼女が自分を好きでいてくれるはずがないという疑い。そういう悩ましい描写にもひかれる。
    さらに、サラァの、夫ある女性の、愛人への真実の愛と己の欲望への罪悪感。夫に飽きてしまったことへの罪悪感。それでもモーリスがいれば自分は良い妻でいることができるのだ、という。舞台は戦中~戦後間もなく、であるが、まるで現代の不倫小説のようだ。この時代から世の夫婦の多くは複雑であったのだ。
    やがてモーリスは、探偵が入手した日記から彼女がよそよそしくなった理由を知る。それは、空襲の夜思わず神に祈ってしまった誓いの言葉「彼を助けてくれたなら、私はもう彼とは会いません。貞淑な妻になります(大意)」
    神など信じていないはずだったのに、彼女は思わず祈ってしまったのだ。
    神などいない、あの誓いを守る必要はない。そのことを確認するために、サラァは反カソリックであるスマイスのもとに通ったのだ。

    戦争や災害でで引き裂かれた人たちはーが「彼(彼女)が生きていてくれさえすれば、もう会えなくてもいいです」と祈ることもあるだろう。この作品のように不倫であればその祈りはなおさらになまなましく、「これからは貞淑な妻になりますから、どうかあの人を生かしてください」そう祈った人も、いないとはいえない。だが信仰心がない人であれば、そんな祈りのことは一時的なもので、忘れてしまうだろう。人はそんなに大きな存在ではない。どこかの誰かが恋人と引き裂かれようが、貞淑になろうが、そんなことでは災厄はおさまらない。
    だが、ここに信仰が介入するともっと重い問題になるのだ。信仰は気休めの言葉も絶対的なものに変えてしまう。たとえ自分自身が信仰を下らないと思っていても生まれつき信仰が根付いている国や家庭の生まれならば、切り離すことができないのである。
    そして、その言葉が真実ではないことを確かめるためにサラァは生きた。
    神にささげた言葉が空虚であること、無駄な祈りであることを願って。それはやがて神への思いに変わっていった。

    やがてサラァは病がもとで亡くなり、そしてモーリスにとってはサラァこそが神となる。モーリスと奇妙な友情で結ばれることになるサラァの夫・ヘンリにとっても。そして、サラァにキスをされたことで傷が治ったと信じるスマイスも。
    信仰と愛との違いは、もともと信仰のない私にはまったく見当もつかない。はたから違うものであるとしか思えない。どうしてもわからない。神にすべてをささげるということが。
    存在しない、姿かたちもわからないものを、愛せるのかどうか。触れたり、セックスをしたりする可能性が皆無な相手を、愛することができるのか。
    だが、モーリスは彼女を失ったあと、性的不能になる。彼女以外の女を愛することができなくなっている自分に気づく。

    存在しない人物への愛は、神への愛、のようなもの。ということなのだろうか。愛欲を超越して神聖なものになるという・・この辺りがよくわからなくてとくに難解と感じた部分です。

  • 島本理生が好きな本として挙げていたり、江國香識の小説の中に登場したりと、恋愛小説家の支持が高い作品だったので積読リストにいれてました。

    舞台は第二次世界大戦末期のロンドン。
    無人攻撃機による爆破が相次ぐ状況の中、小説家で無神論者の男と高級官吏の人妻の恋愛小説です。

    が、タイトルからイメージするような官能的な香りは全くせず、ひたすら男の心理描写が続いてゆきます。
    しかもその心理が愛ゆえに、ではありますが女への憎悪と嫉妬が大部分なのでげんなりしてしまいました、こういうのかなり苦手です。

    そうでなくてもカトリックについての基礎知識がないと深い理解が出来ず、そういう意味でも読むのに苦労する作品でした。
    神を憎む、ってことは神の存在を認めはじめた、ってことになるんですって、確かに。
    テーマは恋愛ではなく、信仰への開眼、ではないでしょうかね。

  • 遠藤周作が影響を受けていた作家ということで、目を通してみることに。

    愛=神の図式は無神論者には少々とっつきにくい。

    まだ結婚が幾分でも儀礼的な意味合いを持っていた時代。
    真に愛とは何なのかを不倫を通して浮かび上がらせる。

    神を信じない主人公の怒りや嫉妬の行き先が、
    不倫相手や夫、他の姦通相手に届いていたうちはまだ手の打ちようもあった。
    だが、相手が神に変わってしまうと途端に雲行きが怪しくなってしまう。
    神を憎むということは、すなわち神を信じるということと同義だからだ。

    この作品は前半と後半で愛の質が大きく変わる。
    前半の恋愛についての割り切った説明は、これ以上ないくらいに恋愛を分解したものだろう。
    後半は神を相手にする不毛さが、時として愛をも不毛にさせてしまう危うさを感じてしまった。

    私自身は無宗教ですが、
    神はいるのか、いないのか、
    神は残酷なのか、愛なのか、
    といった話が大好きです。

    この主人公が作者かのような設定は
    うろ覚えではあるけれども、
    遠藤周作『スキャンダル』
    に通じてるのかな、と思う。

    自分は
    例え将来的に大きな幸せを得られなくても、
    俗物的な愛だけが欲しいと思ったりして。

  • 表題の「情事」は、affairの訳語として選ばれたのだが、訳者「あとがき」によれば、それは「終りのあるもの」であるらしい。確かに「愛」と言ってしまえば、それは無限の大きさを持つものであろうし、有限ではない。とりわけ「神の愛」という時には。モーリスの愛は逆説的に「憎む」ことにおいてしか確認できないし、サラアの愛もまた徹底して現世的である。この小説は「愛」を語りながら、愛の不毛をこそ示唆するかのごときである。複数のナレーションが駆使されるが、小説が深化するほどに読者たる我々は「愛」を見失いそうになるのである。

  • 2012年12月 読了

  • 「およそ小説には始まりも終わりもない。」

  • 映画でも思ったけどご主人がいいひと過ぎるなあ。

  • 非常に読ませる。映像的な情景描写も見事である。
    不倫の恋と信仰の目覚めを扱いながら、倫理的判断を徹底的に排した視点が見事だと思う。神への信仰によって良心が不倫を咎めるという安易な構図には決して陥らない。
    物憂い、抑制の利いた中年男性の一人称視点も居心地がよい。

  • 図書館の本

    内容(「BOOK」データベースより)
    私たちの愛が尽きたとき、残ったのはあなただけでした。彼にも私にも、そうでした―。中年の作家ベンドリクスと高級官吏の妻サラァの激しい恋が、始めと終りのある“情事”へと変貌したとき、“あなた”は出現した。“あなた”はいったい何者なのか。そして、二人の運命は…。絶妙の手法と構成を駆使して、不可思議な愛のパラドクスを描き、カトリック信仰の本質に迫る著者の代表作。

    初グレアム・グリーン。
    仏教徒のわたしから見ると、キリスト教はとてもバランスを取るのが難しい宗教だと思うの。
    そのバランスの危うさを、信仰心と愛をつかって、とても上手に描いてくれたように思う作品です。
    愛しているから信じられる。愛がないから信じられない。
    とても考えさせられるいい作品だと思います。

    The end of the affair by Graham Greene

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