ペスト (新潮文庫)

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著者 : カミュ
制作 : 宮崎 嶺雄 
  • 新潮社 (1969年10月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102114032

ペスト (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 鼠の媒介によってペストが流行し、街全体が閉鎖される中での人々と、医師がペストに立ち向かう姿。ナチスに対抗した人々のレジスタンスの比喩なんかじゃないなと思う。旅先に持ってきた一冊なのだが、飛行機の出発情景が浮かぶ。子供が大泣き大暴れして、親や乗務員が必死に宥めていた。さして大きくもない飛行機で折角の旅立ちに弱った。でも電源を切れと案内されてるのに、ギリギリまで携帯で通話していたオヤジの方がよほど迷惑だった。頑是無い子供にモラルを提示することも出来ない大人。閉じた空間の非日常とは、実は日常にゴロゴロしてる。

    エボラ出血熱やデング熱に右往左往する世相にコミットする。ダニエル・デフォーの同名作品の引用で始まる。鼠の大量死から最初の犠牲者が出てあっという間にパンデミックとなったペスト。ここに至って当局は街を封鎖する。ソドムとゴモラの故事を持ち出すパヌルー神父の説教を真に受けて疫災が通り過ぎるのを待つ人、それでも自分だけは逃げようとする人。風が更に病気を街中に行き渡らせ灼熱酷暑の封鎖された街で懸命に治療に当たるリウー医師は、別の病気での療養の為に妻を転地させたばかり。

    子供の死さえも神の意思と説くパヌルーを、分裂と矛盾のなかに生きてきたタルーは、とことんまでいくつもりなのだと評する。街から脱出しようとしたランベールはリウーやタルーと一緒に懸命に働いた。タルーが発した臨終の言葉は「悪霊」で殺されたキリーロフと同じ。リウーは嘆いたね。コタールは当に鼠男。ペストが蔓延して封鎖された街で典型的人間のダイナミズムを見て、笑ってられるのも怒ってしまうのも僕らは部外者だと安心しているからで、震災や伝染病や戦争と隣り合わせのリスキーな社会で、安穏は未だに許されていない。現代への警笛の書だ。

  • 面白かったです。
    でも私には難しいようなので、また読み直したいです。
    今更ですが、
    ダニエル・デフォーさんの 『ペスト』先読んだ方が良かったですかね。
    ペストって日本に来た事もあるのですね。怖いです。
    この本をについて社会の先生と少し話が出来て楽しかったです。

  • 辺見庸のNHK番組を見ていまさら読み始める。
    まだ序盤だが、ペストに対する人々の反応は、驚くほど原発の状況とシンクロしている。

    ……と書き始めたのは、ペスト禍の下での集団心理の描写が的確だと思ったからだが、小説自体は当然個の内省に迫る内容になっている。

    解説を読んでその言葉自体が存在することをすっかり忘れていたが、本書は「不条理」下の人間の心理・行動をあぶり出すことを目的として、成功していると思う。

    続いて読み始めたユン・チアンの『ワイルド・スワン』が多く人災による不条理なのだとしたら、『ペスト』は天災による不条理劇である。

    人々はペストをはじめ軽視し、楽観的に考えるが、やがて絶望し、身を預けるようになる。今回の原発事故とその点は通じていると思う。

    しかし原発事故の、引き金は天災であっても、人災によって収拾不能に陥り、ペストのごとく不可視の災いとして、われわれに襲いかかってくる。そして直ぐには誰も死なないし、ゆえに責任をとろうとしない人が多い。『ペスト』で発揮される主人公医師・リウ—の良心は、批判すべき、あるいは憎むべき対象の無き中で行われる。

    原発は、東京電力と、政府という明確な対象が存在する。ゆえに人を助けようとする良心がそのまま別の人を傷つける事にもなり得る点で、より複雑である。たとえば福島の野菜を良心から使い客に振る舞うレストランがあるとしたら(実際にあるのだが)、単純に賛美することはできないのだから。

    とはいえ「不条理」にいかに抗い、いかに身を委ねるのか、というヒントは多く含まれている。

  • 2017.09.23 読了

     アルジェリアのオラン市がペスト禍に見舞われた。鼠が日に数匹死んだのを機に、熱病は猛威を振るい、鼠径部に熱を持ったかと思えば、リンパが腫れ痛み出し、熱は引いたと思われる頃、急激に高熱になり、一瞬にして命を奪っていく。 
    医師リウーをはじめ、医療に関わる人々は、何とか感染拡大を防ぐため、隔離したり、予防処置を施したが、毎日のように、何百人単位で亡くなっていく。リウーの妻も、他所の地域で療養していた。

     市が封鎖され、交通や経済にも影響が出た。まして、他国から来た新聞記者は、出入国もままならず、足止めを食らい、最初は、自分の国へ帰りたがった。しかし逃げられないことを知り、この地で病人を助ける事を志願したという。
     
     私は、ペストの熱がどんなだか、全く知らないので、焼けるというより焦げるとイメージなのかわからないが、読んでいて、妙なのだが、熱気が籠もり、澱んだ空気、自分が罹ってはいけない緊張感、というのは、伝わってくるものだ。

     ペストが終息しかけた頃、リウーとタルーが海水浴に行った話は、もう大丈夫と踏んでのことだっただろう。しかし、そこからさほど日を置かず、タルーが罹患して、看病の甲斐なく亡くなったのは、ペストの最後の足掻き?が恐ろしかった。リウーの妻も、気の毒な最期だった。

     重いテーマではあるけれど、受容の大切さを考えさせられた。

     
     




     

  • 北アフリカの街オランでペストが発生し、町全体が外部との交通をシャットアウトされる。
    別に突拍子もないSF的な展開があったりするわけではないので、詳細な内容については読んでいただければいいのが、この状況は今日、西アフリカで流行しているエボラ出血熱と似ているのではないだろうか。そういう意味ではペストに限らず重い感染症が都市部で流行したらどうなるか、街が封鎖されるとともに街の中にも隔離区画が作られたり医師たちが苦闘するあたりなど、感染爆発についての興味深いシミュレーションとして読むことが出来るだろう。昨今の西アフリカの状況を想起させるため、エボラ出血熱について描かれたノンフィクション『ホット・ゾーン』などと併せて興味深いかもしれない。
    また、隔離という人権を考えるに当たって極めて重い措置について考えるにあたり、北条民雄『いのちの初夜』などと併せて読んでいただけるとよいだろう。特に『いのちの初夜』は、病気に対しての誤った知識と誤解に基づいた処置がどのような結果をもたらすか、という意味においても一読の価値があるように思われる。また、病気としては発病後数日で劇的に症状が進行して死に至るペストと数年間掛けて少しずつ体を蝕むハンセン病では絶望の中身が自ずと違ってくるのではないだろうか。などなど文学の観点で病気を見るとどうなるのか、という点は興味が尽きないだろう。
    昨年私は新宿区戸山の国立感染症研究所の一般公開を見学したが、それに併せて一読しておくと面白いかもしれない。毎年10月くらいに公開日があるはずので、その頃になったらもう一度読むことにする。

    ただ、文豪カミュのの本ということでさぞや難しいだろうとお思いかもしれない。戦後70周年という時節柄かナチスオタクが多いのか何なのか知らないが、amazonのレビューにも散見されるのだが、ナチスがどうとかというのはあまり気にしないほうがいいだろう。大体本文にはどこにもナチスなんて単語は出てこないし、この小説は街が病に覆われて苦闘する人たちの記録であり、素直に読めばそれにこそ目が行くだろう。そう考えるとナチスがどうとかという超解釈以前に今、エボラ出血熱などの最前線で人々がどのような苦闘をしているのか、それにこそ思いを馳せるべきだし、文面を素直に読めばそう読めるだろう。私たちは先進国で高度な医療に保護されて暮らしているが、その保護に預かれない人たちは多いのだ。今苦しんでいる人たちに思いを馳せたい。

  • 現在は何でも人間でコントロールできる、と思ってしまいがちだ。コントロール出来ない天災や不条理はあるということを、まず、受け入れるところから難しいような気がする。不条理を受け入れられずに、誰かを非難し続ける人、楽観主義で乗り切ろうとする人、あらゆる手段をとって抵抗し続ける人。不条理を受け入れて、祈り続ける人、チャンスとばかりに自分の利益となるように行動する人、犠牲者と共に在りひたすら職務を全うし続ける人。これまで、不条理がある時には、それを受け入れて、祈り、大きな力に身を任せ、流されることが、最善の対処法かもしれない、と私は考えていた。だが、私は、医師リウーの生き方に感銘をうけた。「ペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです」「僕の場合には、つまり自分の職務を果すことだと心得ています」
    ー 誠実さで戦うということ。
    それは、不条理を受け入れた上で、犠牲者と共にいて、犠牲者にとって今、本当に必要なことを、ひたすら行い続けるということ。それも、戦い、なのだと。

  • 異邦人が面白かったので。ちょっと趣が違うが中々面白かった。
    それにしても最近の本はやはり段落が短くなったものだなと思わざるを得なかった。読者も著者も頭悪くなったんだろか

  • 再読。最初はピンとこなかったが、二回読んでこの乾いた作品がじんと腑に落ちた。書評はおろそかに書いてはいけないわけですね。

  • 全編を通して絶望的な状況に人々はおかれるわけだが、しかしなんともすがすがしい文体。街にいながらにして流刑の状態を味わい、外との時間と隔絶されながらも社会を維持し続けている個人個人の動態を描き出した点ではとても素晴らしい作品だと思う。街にいる彼らは落ち着き払い、「死」という不可避の着地点をただ間近に感じ取るだけで、根底にはいつか終わるという楽観主義さえ感じられる。そういった個々の主体性が物語りを紡ぎだすが、ペスト=災禍というものは一過性のものではなくいつでも避けられない状態であなたの前に発現する可能性があり続けると定義した。第二次対戦終了直後の疲労と喚起の時代の精神がこの作品の登場を求めたのだと感じた。

  • 高致死率の伝染病に見舞われ封鎖された町の様子が、ある人物の目線で淡々と生々しく、しかしどこか幻想的に描かれている。様々な立場や考えをもつ人物が登場するが、この淡々とした視線とのギャップが印象的だった。
    この本を読んだ人に聞きたい。あなたが聖人と思ったのは、豆を数える爺さんですか?恐縮ですのオッサンですか?それとも、別の人物でしょうか。-私はオッサンでした。

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ペスト (新潮文庫)の作品紹介

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

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