心の青あざ (新潮文庫 サ 2-11)

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  • 新潮社 (1975年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102118115

心の青あざ (新潮文庫 サ 2-11)の感想・レビュー・書評

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  • よ、読みにくかった~~~~。。
    サガンの独白がストーリーの合間合間にぐいぐい現れるから混乱する。二つの話を同時に読まされているような感じ。
    しかもこれの前作であるスウェーデンの城未読だっためなおさらでした。
    でも小説よりサガンのシニックな独白のほうが面白かったわ。

  • サガンの独白とともに小説が進んでいく(作られていく)、作者の社会観や思想が綴られている作品。

    精神的近親相姦のようなアラフォー兄妹の、憂いを帯びた優雅で魅力的なパリでの快楽生活。

    小説自体はあまり好きではなかったが、サガンの独白が興味深い。
    ・幼い頃に見たナチス収容所の映画
    →右翼に反対
    ・差別問題は残念ながら無くならない。
    ・女性運動
    →ハックスレーの残酷な真理《恋において、必ずどちらかが愛し、どちらかが愛される立場にある》を認めるならば、性の不平等が真の問題ではない。

    など。

  • 戯曲「スウェーデンの城」の続編。
    小説の合間合間にサガンの独白が混ざり、作者が苦悩しながら小説を作り上げていく様子がそのまま書かれている。(この手法、太宰治の「道化の華」でも使われているよね)
    サガンの苦悩が直に伝わってきて、いつもよりも重く暗い気分で読み終えた。

  • 「そしてこの、見捨てられた燃えるような十月のドーヴィルで、私は、空っぽの海を、海岸沿いのプロムナードの板張道をかすめて乱れ飛ぶカモメを、白い太陽を、そしてヴィスコンティ監督の映画『ヴェニスに死す』から逆光線にとったと思われそうな幾人かの人影を眺めていた。そして、私は、独り、やっと独りになって、狩猟でとれた獲物のようにぶらんと両手をデッキチェアの両脇に垂らしていた、孤独と、夢見る青春期に還って……人はこれらから決して去ってはならない、しかし他の人たち――地獄、天国――が絶えずそれらを見捨てることをあなたに強制するのだ。でもこの時、他の人たちは私と勝利をほこる秋の間をどうすることもできなかった」

    「結局のところ、私に何ができたろう? 私をつねに魅了したこと、それは自分の人生を燃やし、お酒を飲み、くらくらすることだ。それにもしこのとるに足らぬ無償の遊びが私に気に入っているならそれでいいではないか、卑屈で、さもしい、残酷なわれらの時代に、すばらしい偶然によって(私はそれを大いに祝福する)それから逃れる手段を与えてくれたのだとしたら? ああ、ああ!」

    「あなたは知っていますか? みんな誰でも、それがあなたの上司であろうとアパルトマンの管理人であろうと、あるいは、国民全体の責任を担っている気の毒な毛沢東もおそらく、みな、孤独を感じ、あなたと同様――ほとんど死以上に生きることを怖れているのだという――ことを? これらの常套句は、人間関係とよばれているところの関係においていつも忘却されているからこそ、ひどく嫌なものになってしまうのです。人は成功したいか、あるいは単に生き永らえたいのです」

    「私があきらめているように見えるかもしれない、が、そうではないのだ。あきらめているのは他の人たちである。新聞やテレビがあきらめているのである。《お聞きなさい、善人たちよ、よくお聞きなさい。もうじき車の事故で何パーセント、喉頭癌で何パーセント、アルコールで何パーセント、哀れな老いで何パーセントが死にますよ。念を押しますが、雑誌などで事前に充分知らせておいたはずですよ》ただ私にとって、この諺は誤りであり、事前に知らせることは癒すことではないと思う。私はその反対であると思う。《お聞きなさい、善人たちよ、お聞きなさい。私を信じなさい。皆さんのうちの何パーセントが偉大な恋をするでしょう、何パーセントが自分の人生を理解し、何パーセントが他人を救助することができ、何パーセントが死にます(もちろん百パーセントが死ぬのだけれど)、ですが枕もとで誰かの眼ざしと涙に守られて死ぬのはこのうちの何パーセントです》これこそ、現世とこの惨めな人生に生の歓びをもたらしてくれるものなのだ。それは夢の背景に繰り広げられる浜辺でも快適な『地中海クラブ』でもなく友達仲間でもないのだ、それはもろくて貴重な何か、つまり、近頃人びとが故意に破壊するところのもの、キリスト教徒が《魂》とよんでいるものなのだ(無神論者もそうだが、別の言葉で表現している)。そしてこの心は、私たちが用心しなければ、いつか眼前に姿を現した時には、息も絶えだえになっていて、青あざだらけで許しを乞うことになるだろう……。その青あざは、おそらく当然の報いとしてできたものだろう」

  • エッセイと、小説とが交互に綴られる。サガンは神として、セバスチャンやエレオノールを動かそうとするが、結局のところ、サガンは彼らを彼らとして動かすことしかできておらず、彼らは彼らとして自由に動き回っているという印象が与えられる。サガンはサガンで絶望しあれやこれやわめいている。彼女の心情吐露という意味合いにおいてこの一作は非常に価値のある一作であるのだけれども、同時に彼女の頭の悪さのようなものが始終感じられる。というのも、自己正当化と自己弁護のようなもので満たされているからである。サガンはセバスチャンやエレオノールほど純粋ではなかったことがこの一作によって記される。彼女は純粋になりたがっていたけれど純粋にはなれず、けれど、彼女は純粋だったのだと誰かに言われるための一作と言えば非常に穿った見方となってしまうけれども。どうなのだろう。ところどころ理解しにくい表現や描写も多々見受けられたけれども、セバスチャンとエレオノールの魅力と言えば、それはつまるところ、彼らが基本的にも何事にも興味がないからだろう。だから、惹かれる。だが、実のところ彼らは中身のない人間でしかないのだろう。ただそれだけのことだ。とはいえ、登場する人物はみな中身がないのだけれども。個人的にはサガンという人物も同様な気がしてならないのである。彼女はそれを自覚していたし、彼女の周りに集う人物は誰も彼もが中身がなかった。だからこそ、彼らは彼女と一緒にいられたし、彼女は彼らと一緒にいられた。そういう気がしてならない。とはいえ、サガンのこの一節だけは破壊力が凄まじかった。

    「自殺はたいていの場合、自殺者の意図に反して、他者に悲しみも後悔も引き起こさないということである。それを引き起こさせることが彼らの自殺の目的であるのに」という部分は非常に鋭いだろう。サガンはここで悲しみを、「本当の悲しみ」と言いなおしている。それはどういうことかと言えば、表面的ではない真の悲しみのようなものは実は引き起こされないものだ。彼の肉親などは別として、彼が訴えたかった相手には引き起こされない、だから、それを期待して自殺するとは無益である、ということだろうか?実際一抹の罰の悪さを抱かせて終わることだろう。人間とは良くも悪くもそういう仕組みに出来上がっているのだろうから。

  • (1975.06.15読了)(1975.05.31購入)
    *解説目録より*
    大富豪夫人の愛人となったセバスチャン、のんびり読書にふけり気ままな情事に身をまかせる妹エレオノール、二人の前に現れた新進スター、ブリュノ。〝スウェーデンの城〟からパリに戻った背徳的な兄妹がくり拡げる愛の戯れを描く。小説と交互にサガンの独白が綴られており、彼女の人生観、社会観を知るうえに貴重な作品。

    ☆関連図書(既読)
    「一年ののち」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1960.01.15
    「ブラームスはお好き」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1961.05.10
    「すばらしい雲」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1968.03.25
    「熱い恋」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1970.03.10
    「優しい関係」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1971.08.20
    「冷たい水の中の小さな太陽」F.サガン著・朝吹登水子訳、新潮文庫、1972.09.20
    「スウェーデンの城」F.サガン著・安堂信也訳、新潮文庫、1973.05.25
    「幸福を奇数に賭けて」F.サガン著・安堂信也訳、新潮文庫、1974.01.30

  • Como libro de Sagan que había leido antes de este,
    no fue bueno ni interesante.....

  • 物語とエッセーが交互にやってきて、最後にふたつが混じって主人公とサガンが一緒に暮らしたりする。
    その違和感の無さに感動。こういうのすき。
    小説って、書いてる小説家そのままなんだと思った。
    主人公が、とかじゃなくて小説そのものが。
    倦怠、孤独、恋愛。
    サガンの語り口を称して「微かな音楽」は言い得て妙だと思った。

  • (他の作品よりもさらに)独特な感じ。
    ストーリーとサガンのエッセイが交互に入ってる本。

    そのせいかどうかは分からないけど
    「サガンっぽい」世界観がふんだんに入ってる。
    お金、名声、虚無、若さ、老い、社交。

    朝吹さんの日本語訳もすごく綺麗。

  • “スウェーデン城”の続編。サガン自身の独白が入っていて、親近感がわきます。

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