悲しみよこんにちは (新潮文庫)

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制作 : Francoise Sagan  河野 万里子 
  • 新潮社 (2008年12月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102118283

悲しみよこんにちは (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 思わず若さに嫉妬しちゃう。若いって美しいけど、それゆえの残酷さ、高すぎるプライドとか自分との関わりがうまく取れずに狂っているような部分がある。

    昔読んだ時は意味がよく分からなくって、訳も苦手であまり好きじゃなかったけど、セシル父と似たような年齢になった今は、「愛」じゃなくって(愛だと思い込んでいるけど若さへの執着と孤独心の変容したもの)「若さへの嫉妬」していたのだろう、情けないセシル父に反応してしまった。ガーン…自分にショックを受けている。

    昔は「パパしっかりしろよ!」と憤慨していたんだけど、8章あたりから(魅力もなくなり元気もなくなり…のあたり)セシル父やウェップの輪になぜか自分もいたりして…汗が出た。嘘でしょ。笑えた。

    時を置いて読むとこうも変わるんだね。びっくり。それにしても瑞々しくってキラキラして、そしてナイフみたい。タイトルの回収が美しすぎてフルフルきます。最後だけ何度も何度も繰り返して読んだ。ジーンとする。


    今はセシルに目がいく。取り返しのつかない事ってあるんだよね、その悲しみや罪悪を背負って生きていくのが、セシルに出来るであろう罪滅ぼしだと思う。

  • 多くの日本人女流作家に影響を与えたと言われるサガン。
    なのだけど、私は初めて読んだサガン。
    あまりにも有名な「悲しみよこんにちは」の新訳。(朝吹登水子さんに訳に比べたらだいぶ読みやすいらしい)

    残酷な少女性、がテーマのひとつなのだろうか。
    主人公は17歳のセシル。父のレイモンとその愛人のエルザとともにバカンスで向かった南仏での、ひと夏の事件。
    レイモンが呼んだ亡き母の旧友であるアンヌ。そしてセシルが恋に落ちた青年シリル。
    嫉妬と独占欲。そして自由を求める心が、ある事件を引き起こす。

    ってミステリ風に書いてみたけれど、そうではなくて、人の心理が引き起こしたどうしようもない出来事の物語。
    セシルは若くて無知だからこそ身勝手で残酷で、常識的な大人に対する反発心も抱えていて、そういう少女特有の感じが、自分のその時期にも思い当たって痛かった。

    文章はとてもおしゃれ。憧れた人が多い理由もわかる。
    フランス作家の小説って他にはボリス・ヴィアンくらいしか読んだことないけど、何かイメージ的におしゃれだなと思う。バカっぽい感想だけど。笑

    この小説を19歳の時に書いたというのがとても恐ろしい。愛だと思い込んでいたものがただの独占欲だった、とか。結末の人間臭いところとか。

  • 18歳ぶりの再読。はじめてと同じ、周囲の喧噪が嘘のように、この一文がわたしを一瞬にして常夏の南仏へと運んだ。

    「ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、わたしはためらう」。

    「わたし」が過ごしたとある夏の日々の回想を追ううち、知らぬ間にセシルが自分のことのように思てくる。気楽で愛らしい父レイモンドを素朴に慕う娘心、愚かだけれど憎めない父の恋人エルザの傷心に同情する気持ち、年上で色っぽい青年シリルと交わす悩ましい快楽、そして敬愛すると同時に軽蔑するアンヌへの憎悪。「わたし」が感じたすべての感情を、わたしは「わたし」のような放蕩娘ではなかったけれど、やはりどこかで知っている。だからなのか、再読の際は初読とは違った感想を持つことがほとんどなのに、これは違う。一度とならず二度までも、あたったことのない地中海の夜風とともに、わたしをまったく同じ地点に戻した。大人びた計画と、感傷、憂鬱、自らで引き起こした嵐が予期せぬ不幸を呼び、そして人を傷つける。それではじめて、もう戻れないのだと確信した日に。

    時という概念さえ忘れて、わたしはいつともわからない物語の舞台に立っていて、そしてアンヌの事故の知らせに驚愕する。ああ、なんてことをしてしまったのだろう。出ていくアンヌの打ちのめされた表情、大人と思っていた女性の少女のような姿が、わたしの記憶にもこびりついて離れない。わずかに一時間半、そのうちにわたしは一夏を確かに経験した。一生に二度とない「あの日」を何度も読者に想起させる、それがこの作品の凄みであり、これまでもこれからも数多の人々の、かつては少年少女だった人々の「悲しみ」のそばに、鈍い痛みをともなって寄り添いつづけることだろう。

    「石は今も、わたしの手のひらにある。バラ色で、あたたかみを帯びて。そうしてわたしを、泣きたくさせる」。

  • 享楽的で奔放な17歳の少女の堅苦しい義母候補への無邪気で残酷な仕打ちが招いた悲劇、と片付けてしまうには、主人公の少女セシルは自分の本質も周囲の人々の本質も老成しているといっていいほど冷静にわかり過ぎて利用していくし、その反面で、雑多な矛盾に満ちています。

    彼女が唯一誤解していたことがあるとしたら、義母候補のアンヌは決して完璧で観念的な人ではなく、実はとても孤独で脆い人であったということだと思います。

    そして、アンヌの間違いは、正しい行いであれば必ず相手を感化し矯正できる(すべき)とおそらくは無意識に考え、セシルやその父の本質に理解を示して自分からも折り合いをつけることをしなかったことだと思いました。

    ただ、私個人は、アンヌの頑なさよりも、セシルが感じた、性質の違う相手の影響下に置かれる窮屈さと反発から、その憂いを取り除きたいという渇望のほうが、なぜだか手に取るようにわかって共感しました。

    そして、悲劇の後ですら、結局はセシルも彼女の父も、アンヌに感化されていたことも後悔したことも忘れて、自身の本質に忠実な日常に戻ってしまう、というのは真理の一つでもあるとすら思えます。

    少ない登場人物たちのひと夏の思い出にすぎないのに、人の色々な面や二律背反をこれだけ鮮明で流麗な文体で描き出した小説はなかなかな出会えないかもしれません。

  •  あらすじには「少女小説の聖典」とあるのだけれど、少女小説といわれてイメージするような、恋愛至上主義のロマンス小説ではない。むしろ恋愛のむなしさと人間の業に、暗い淵をのぞき込むような思いがした。救われない話だ。怖い話でもある。
     冷静に考えれば、一般的に好感の持てるタイプの主人公とは違う。奔放で享楽的、気まぐれで惚れっぽく、勉強がきらいだけれど頭はよくて、義母になろうとする女性を、ひどく悪辣な方法で陥れようとしている。
     だけど可哀想な子だ。愚かではあるけれど、感受性の豊かな、人の心の機微が手に取るように見えてしまう、さとい少女。読みようによっては、彼女のほうが大人の都合に振り回されているとも思える。父親も、その恋人たちも、恋愛の手管だの諍いだのに、大人げもなく子供を巻き込んでいる。
     筋を追えば非常にドロドロとした、暗く、怖い話なのだけれど、カタルシスがあって、内容にしては不思議なくらい読後感は悪くない。しかし読んだのが十年前の、いまよりもっと面の皮の厚くならないうちだったら、もっと引きずられて傷ついたかもしれない。
     どうでもいいような余談だけど、最初から最後まで惚れた腫れたの愛がどうのという話だったので、「さすがフランス文学……」と思った。

  • 悲しみには諦めと諦めきれなさが同居している。
    こんな悲惨な結末になるとは予想していなかった。冒頭を読んだとき、セシルの体験した悲しみを僕はかなり低く見積もっていた。失恋でもしたんでしょ、くらいに。失恋だって十分な悲しみだと思うが、この物語はそれ以上の悲しみを内包していた。僕はまだ「悲しみ」を本当には知らないのかもしれないと思わされた。

    今回、珍しくかなり主人公に感情移入して読んでいたと思う。アンヌに対する主人公の不満は非常に共感できるところがあり、かなり主人公に肩入れして読んでいた。いいぞセシル、もっと反撃してやれ!と。それなのでこの結末は非常にバツが悪い。確かに彼女は自分の感情にしか目がいっていなかった。相手のことなど何も考えられていなかった。反省しなければならない。でも、自分のリアルな感情以上に大切なものなどあるとはどうしても思えない。直情的に、刹那的に生きることが悪いことだとは思えない。というか僕はそういう生き方に正直なところ強烈に憧れている。セシルのような生き方は「若さ」と片付けられなければいけないのだろうか。大人になるにつれ矯正しなければいけないのだろうか。そうだとしたら、そのことがとても悲しい。

    セシルも父親も、自らが招いたこの悲劇の後でも自分の生き方を変えていない(変えられない)ことが、残酷ではあるが救いだと僕は思う。自分の生き方の軸を持つことは、ときに他人の持つ軸との差異による不協和や悲劇を生じるが、それを理解しながらも自分の生き方はこれだと確信できる生き方を見つけることが本当の幸せではないだろうか。

    (自分で読み返しても随分青くさいレビューになってしまったが……これが今の素直な感想です。)

  • 悲しいことがあった日に、気づいたら手にとっていました。少女小説の聖典と銘打ってあったので、少女というキーワードに弱い私は何も考えずレジまで運んでしまったのです。この話がもし父親の視点から書かれていたら、私はまだ全く共感できなかったでしょう。でも、娘から見た父親というものはよく知っているので、同じ目線で読むことができました。妻が側にいない父親の隣には、ちょっと背のびをした娘が座るのです。この人には私がいないとだめなんだ、という気持ちには身に覚えがありました。それから、理知的で正しいものと動物的で純粋なものという矛盾に板挟みにされ、どちらかを選ぼうとして揺れ、受け入れていくことも、今まさに私が経験していることでした。購入してから読み始めるまでに19歳を迎えてしまいましたが、主人公と同じくらいの年齢で読むことができてよかったと思います。

  • 思春期の少女の心の繊細さと残酷さを鮮やかに描いた作品。
    驚くべきは、この作品がサガンの処女作で、しかも彼女が18歳の時の作品だということ。
    主人公のセシルの一人称で話が進んでいくため、セシルの心理描写の見事さについ目が向いてしまうが、
    まだ人生経験の浅いサガンが、父のレエモンやその恋人のアンヌなど、自分よりもずっと大人の人物を言動だけで描写しきったことこそ、彼女が天才たる所以ではないかと思う。

    前半は、平穏な日常が続いて、ページをめくる手がやや進まない時もあったが(もちろん、この前半があってこその後半なのだが)
    後半はだんだん登場人物たちの関係が変化していき、劇的なクライマックスへとなだれ込む。
    「人間」のアンヌと向き合ってしまった瞬間のセシルの受けた衝撃と動揺は、読んでいる私にもダイレクトに伝わってきて、この部分の描写には鳥肌が立った。

    http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-441.html

  • 読んだことなかったので読んでみたが、こんな話だったんだとちょっと驚き。なんとなく少女の成長譚なんだろうなと思っていたが、最初からなかなか享楽、退廃的な10代でびっくり。この親娘の欲望を抑えられないって気持ちはよく分かるなぁ。あと、プレイボーイのお父さんが、離れた恋人に新しい彼氏ができたときの居ても立っても居られない感じも分かる。
    それはさておき、小池真理子さんが寄せた文章にもあるが、テーマとしてはニーチェ以降、神なき時代の虚無をどう生きるかという葛藤が感じられる作品。親娘は愛、誠実さという指標を見つけ出すが、結局はそれを放棄してしまう。そしてその残滓を思う気持ちが悲しみというわけだ。
    ただし、快楽に対する態度が同じでも親娘で決定的に違うことがあって、それはセックスを知っているかどうかなんだと思う。それを知っている父親は悲しみを知っている。だけど、娘のセシルは最初は知らない。彼女が最後に悲しみを感じるのは、処女じゃなくなったからだ。それは、もうこの世のほとんどを知ってしまった悲しみなのだ。
    シリルと初めて交わったときは、この世のすべてを知ったかのような高揚感が描かれる。その時点では、セシルはこの世の中の美しさ、愛と誠実というものを信じていたはずだ。それが、少しのすれ違いからその魔法が解けてしまう。あとは平坦な日常、快楽しかない退廃しかない。だからこそ、セシルはシリルとすんなり別れるのだ。
    アンヌは死んだことで2人にとって文字通り永遠の象徴になった。それを思い起こすのは悲しみだけど、どこか甘さが感じられる感傷的なものだと思う。

    ヨットの上でのじゃれ合いシーンが、どこか石原慎太郎に通じるものがあったのは気のせいかな。時代的には同年代か。書かれた時代の雰囲気がよく分かる小池さんの解説が素晴らしい。

  • 人間は多様な面(キャラクター)をもっている。けれども他人からはその一面しか普通は見ることはできないし、それでその人を見ようとする。セシルはアンナを超然とした人という面だけでとらえていた。だからこそあんなに残酷な行為ができたのだと思う。きっとセシルはアンナが死ぬなんて思っていなかった。アンナが立ち直れないほどショックを受けるなんて考えもしなかっただろう。だからこそアンナが傷ついて走ってきたとき懸命に謝罪し励まそうとしたのだろう。アンナのそんな姿を想像できなかったからこそ、アンナを傷つけてしまったのだということがそこでわかったのだと思う。

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悲しみよこんにちは (新潮文庫)の作品紹介

セシルはもうすぐ18歳。プレイボーイ肌の父レイモン、その恋人エルザと、南仏の海辺の別荘でヴァカンスを過ごすことになる。そこで大学生のシリルとの恋も芽生えるが、父のもうひとりのガールフレンドであるアンヌが合流。父が彼女との再婚に走りはじめたことを察知したセシルは、葛藤の末にある計画を思い立つ…。20世紀仏文学界が生んだ少女小説の聖典、半世紀を経て新訳成る。

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