夜間飛行 (新潮文庫)

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  • / ISBN・EAN: 9784102122013

感想・レビュー・書評

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  • 郵便飛行業に命懸けで従事していた男たちの物語。

    当時、夜間飛行は命懸けの仕事だった。一つのミスでも命取りとなってしまう。だからこそ、リヴィエールは部下たちに冷徹で厳格に接しなければならなかった。仕事への使命感がひしひしと伝わってくる。

    家族や恋人など仕事以外に大切な存在がある者。死を怖れる者。気持ちがわかるからこそ、葛藤があり、心が揺れ動く。それでも夜間飛行の任務を遂行する決意をした彼らのことを思うと…

    命懸けの仕事は今でもたくさんあるけれど、当時の夜間飛行はリスクが高すぎて、人の命以上に大切な手紙なんてあるのかな、と思ってしまうくらい。いくら誇りある仕事とはいえ、大切な人がこんなに危険な仕事をやるとしたら自分なら耐えられないかな、とか。

    もちろん登場人物たちも悩み葛藤していた。これは、飛行機の操縦士でもあったサン=テグジュペリ自身の物語でもあったのだろう。それでも飛ぶことを選んだ彼らの誇り高さと決死の覚悟に胸を打たれた。

    • ひろさん
      そういえば1Qさんが一休さんになっててビックリしました!
      ありがとうございます♪またちょくちょく来ます( *ˊᵕˋ)ノ
      そういえば1Qさんが一休さんになっててビックリしました!
      ありがとうございます♪またちょくちょく来ます( *ˊᵕˋ)ノ
      2023/10/07
    • かなさん
      ひろさん、こんにちは!
      ひろさんが頑張っている姿を
      子どもたちがみて
      そこからいろんなことを感じてくれるといいですね(*^-^*)
      ...
      ひろさん、こんにちは!
      ひろさんが頑張っている姿を
      子どもたちがみて
      そこからいろんなことを感じてくれるといいですね(*^-^*)
      急に気温が下がって寒いくらいになりましたので、
      身体に気を付けて、頑張ってくださいネ!
      2023/10/08
    • ひろさん
      かなさん、こんにちは♪
      あたたかいお言葉をありがとうございます(⋆ˊᵕˋ )
      そうですね!本当はもっと子どものために時間を使うべきだよなぁと...
      かなさん、こんにちは♪
      あたたかいお言葉をありがとうございます(⋆ˊᵕˋ )
      そうですね!本当はもっと子どものために時間を使うべきだよなぁと、家族に申し訳ない気持ちもあったのですが、よい影響になってくれたら嬉しいです(*^^*)
      かなさんもお身体大事に過ごしてくださいね!
      2023/10/08
  • 『夜間飛行』飛行士だけが体感する空間…しかも現代のようには技術が発達していない頃の、危険を伴う夜間の飛行。暴風の中での非常に緊迫した飛行の状況と、地上にいて運行の責任を負う支配人の苦悩。リアルに迫ってくる勢いを感じる作品でした。訳は古めかしい日本語だけど雰囲気にぴたりと合って素晴らしいです。
    後半の『南方郵便機』は私には難解でした…。

  • サン=テグジュペリと聞いて、すぐわかる日本人はどのくらいいるのだろう(ブクロガーさんは別ですよ〜)
    でも「星の王子さま」を知らない日本人は少ない
    そう「星の王子さま」の著者サン=テグジュペリの作品である

    サン=テグジュペリ(サンテックス)という人物を知ったうえで、本書及び星の王子さまを読むとまた世界観が変わり、深い感銘を受けることになる
    少し紹介したい

    1900‐1944
    名門貴族の子弟としてフランス・リヨンに生れる
    兵役で航空隊に入り、除隊後は航空会社の路線パイロットとなる
    第2次大戦時、偵察機の搭乗員として困難な出撃を重ね、’44年コルシカ島の基地を発進したまま帰還せず

    このようにサンテックスは飛行機とともに生きた人物だ
    兵役除隊後くらいから執筆活動が始まるのだが、操縦士体験を元に作品が生み出されている

    そしてこの作品を読むにあたり、時代背景が必要であろう
    「夜間飛行」はまだインフラが整っていない時代、夜間(夜間というのがネック)の郵便飛行業が命がけだったころの作品
    文字通り郵便事業に命を懸けた男たち物語だ
    「人間の尊厳と勇気」が主題と言われている

    当然操縦士の活躍は生々しく緊迫感あふれるものなのだが…
    誰よりも会社の全航空路にわたる責任者である支配人リヴィエールの異色な存在がぶっちぎりである
    彼は自分で行動しない
    操縦士の能力を最大限に引き出すことが仕事だ
    完全なる管理
    弱気は認めず、一つのミスも許さない
    規則は絶対で例外はつくらない
    情け容赦は一切なし

    アンドレ・ジッドの解説を引用しつつリヴィエールの人柄がわかる部分を抜粋
    〜人間に向けられたものではなく、人間の持つ欠点に向けられるのであって、人間の欠点を矯正しよう!と言い張る
    人間の幸福は自由の中に存在するのではなく、義務の甘受の中に存在するのだ
    義務と危険な役割に、全身的、献身的に熱中し、それを成就させたうえでのみ、幸福な安息を持ち得られるのだ
    「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ ところが僕は決して同情はしない いや、しないわけではないが、外面に現わさない…
    僕は不測の事変に奉仕している身の上だ…僕は人員を訓練しておかなければならない…」
    「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさず愛したまえ」
    「罰しさえすれば事故は減少する…責任の所在は人間ではないのだ…処罰しなければ罰しえない闇の力のごときものだ」
    毎晩、空中で、劇的な事件が行われているのだ
    わずかな意志のたるみも、惨敗のきっかけになり得るのだ
    全力を注いで戦わなければならないような大事件がもちあがるやもしれないのだ〜

    なかなかのストイックぶりである
    目的のためなら手段を選ばず平気で人を解雇する
    そこまでやる?
    やるのです!

    部下や操縦士に愛情を持っていないわけでなないのだが、思考回路が一般的ではない
    リヴィエールの根本を示すようなひとこと
    「見たまえ、恋愛に二の足を踏ませる彼のあの醜さがなんと美しいことか…」
    面白いんだなこの感性が
    だいぶ歪んでるんだけど、ちっとも憎めない
    もっとも真面目に考えればリヴィエールは“私情を挟まず、すべてを夜間郵便飛行業をいかに成功させるかだけを考え全力で戦っている…”
    となるんだけど、不思議な感性の持ち主がこの人物の魅力になっていて、彼の言動に目が離せない
    いやいや本書に面白いや笑いの要素なんて全くない!と反論されるであろうことを覚悟のうえで…

    彼は自分の孤独さを実感している
    孤独のもつ美しさも知っている
    その美しさは自分だけが理解している…ということか
    よく言えば崇高、そして若干ナルシスト
    リヴィエールは職務を全うするために人生を懸けている
    操縦士と同じように命がけなのだ
    だからと言って血も涙もない…ということもない
    自分の孤独さを知っているし、心の動きも少しある
    感情が奥底に押しやられて、心の震えを気づかないフリをしているうちに頑なな性格も出来上がったのだろう
    そして頭より心が動きそうになる時は自分の使命を自分に言い聞かすのだろう
    わずかに見え隠れする彼の心の揺らぎの描写が素晴らしい!
    そしてある意味不器用なリヴィエールの滑稽さに親しみを持ったり、奥底の秘めた悲しみを感じたり、近くに居たらちょっと苦手なんだけど、最高に気になる存在なのである
    (偏った個人的な読み方だと思うので、一応お伝えしておくと本来は操縦士たちの“緊張感した意志の力によってのみ達成できるあの自己超越の境地”が満載な真剣勝負の本である 方向性の異なるレビューと思ってください)


    「南方飛行機」
    こちらはサンテックスの処女作
    訳者である堀口大學氏も「『南方郵便機』は『夜間飛行』以上に読者に精読を要求する作品だ」と断言していらっしゃるだけあり、深くて掴みづらい内容だ
    “飛行機と恋愛を絡めたストーリー”
    なんて言って欲しくない作品である
    飛行士である主人公
    何かが足りず満足できていない人生
    繊細な感情と不思議な世界観
    哲学を感じるほどの深い話で、正直自分の力では全く紹介できない
    そして1回読んだだけでは、感覚的な部分を触ることしかできない
    なんなんだろうこの本は…
    「星の王子さま」でもわかるように、基本多くを語ってくれないサンテックスであるが、それにしても…
    散文的であり、場面がわかりづらく、一人称なのか二人称なのか、語り手が誰なのか…(途中でいろいろなことに気づいたり、繋がる)
    こういう部分があまり高く評価されていない原因かもだが…
    内容も決して明るいストーリーではないが、個人的に居心地がとても良く、繊細な「美」を感じる
    空を掴むような虚しさと、掴めそうで掴めない蜃気楼のような、掬ったら手のあいだからこぼれ落ちてしまうような…
    素晴らしい書である
    伝える力不足が悲しくなるほど…

    あとがきによると、
    サンテックスは20年来、絶えず危険と紙一重の生活をし、4度死にかけた
    言葉通り命をかけ、常に自分を律し勇気を携え向き合ってきた人間からほとばしる言葉の深さが、人の心を揺さぶるのであろう

    というわけで、
    「人間の土地」を読んで、再度「星の王子さま」を読んで、また本書に戻って理解を深めてみたいものだ

    そして本書を読んで「星の王子さま」の自分のレビューを読み返すと理解の浅さがよくわかる
    サンテックスの書は彼の人生と同じようにとても深いのだ

  • Vol de Nuit(1931年、仏)。
    高みをめざす意志。同胞を愛しながら、その屍を越えて進む人々。歯車であることを受容する。己の存在意義をかけて。個人を超越した、より大きなものへの帰属と奉仕。トップとて例外ではない。ここでは、支配人も操縦士も技師も事務員も、みな等しく奉仕者だ。彼等は自ら、自分の生を差し出す。永遠の生を得るために。人類の到達点を、歴史に刻み込むために。いつかすべてが滅びた後にも、その営みの証が残るように…。プロメテウスの子孫達の、美しく勇壮な物語。

  • 本書には、「夜間飛行」とともに、彼の処女作である「南方郵便機」の2作品が収められていた。

    著者の経歴は本書の「解説」の中で紹介されていた。優秀なパイロットとしての期間を経たのち、サハラ砂漠モーリタニアにある中継基地、キャップ・ジュピーの飛行場長に任じられ、そこでの経験から「南方郵便機」を生み出した。

    その後彼はアフリカから南米へ移り、ブエノス・アイレスへ赴任し、そこで航空会社の支配人に抜擢されるが、その時期に「夜間飛行」が生まれたという背景がある。

    「夜間飛行」は航空会社における一人の支配人の一日を描いた物語だ。
    「夜間飛行」・・・当時、「夜間飛行」というのは危険の代名詞であったと思われる。そもそも著者がパイロットだった頃というのは、第一次大戦で飛行機の性能が飛躍的に高まり、ようやく長距離飛行が現実のものとなり始めた頃だった。航空会社が次々と起り、スピードを競い合っていたのである。

    特に「郵便」輸送の手段として、航空機は、他の輸送手段に比べ、昼間の明るいうちは格段に速いが、夜間は飛べないために、昼せっかく稼いだスピードを夜に失速するという事情があったようだ。そこでこの物語は、一人の航空会社の支配人が、「夜間飛行」を事業として成り立たせるという使命との闘いを描いたものである。

    「夜間飛ばない(飛べない)」というこれまでの常識を覆す夜間飛行のパイロットは、まさに「死」と隣り合わせの命がけの職業と言える。実際に著者自身が、その経験者であるので、その飛行中の自然と格闘する描写は、あるいは平穏に飛べているときに眼下に見える風景の美しさの描写は、誰にもまねることのできない凄さ、素晴らしさが感じられる。さらには、パイロットの心理、支配人の心理、パイロットの家族の心理など、その心理描写がまた凄いのである。

    この主人公の支配人、現代で言うならば強烈なパワハラ支配人である。ルールに従わない社員やパイロットは有無を言わさず罰する。相手に生活があろうと、どんな正当な理由があろうと、規律に反せばクビにする。

    この時代は、これがある意味正しかったと思える。彼は周囲から何と思われようとも、その精神を貫いたが、その行動の裏側には、職場の緊張感が薄れたときに命取りの事故につながるということを肌で知っており、一人ひとりの命を守りたいという思いがそうさせていたのである。あるいは、もっと大きな使命感(「夜間飛行」を常識へと変えたい)に基づいていたかもしれない。そしてまた、この時代の命を懸けるパイロットたちも、その緊張感に、ある種の暗黙の合意ができていたのかもしれない。

    物語そのものは、非常にスリリングで、一気に読めてしまう。

    次の「南方郵便機」は、最初は良さが見えなかった。自分の知らない世界を淡々と語られるときの退屈さみたいなものを感じてしまった。しかし、本書の翻訳者は、この「南方郵便機」は「夜間飛行」よりも精読を要すといい、それによって「夜間飛行」よりも良さが見えてくるという趣旨のことを述べていた。それが、2回目の通読で少し感じられたように思う。

    著者は、根っからのパイロットなのだと思う。その思いをこの小説で主役をなす操縦士=ベルニスの姿を通して表現している。彼は、飛行し、恋愛をし、沙漠の中で命を燃やし尽くす。

    ベルニスにとって、飛んでいるときの空間こそが自分自身を取り戻す我が家なのだ。そして飛行を終えて、この現実の地上に立ったとき、そこに見える風景は、退屈以外の何物でもなく、いつも「きっと帰ってきたら、(この地上の)すべては変わっているだろう」という期待で飛び立ち、戻ってきた瞬間に「何も変わっていない現実」を目の当たりにして、期待が打ち砕かれてしまうのである。そして、また彼は、空の世界へ逃げるように戻り、そこに我が家のような時間と空間を見出すのだ。

    平穏な飛行の中だけでなく、命を懸けた死闘の中にも、生きている自分自身を感じることができるのだ。きっとそんなエキサイティングな時間を感じ続けている彼にとっては、同じことを単調に繰り返す地上の表面的な毎日が退屈でしかたないのだ。

    そのような現実の世界の生活の中で、たった一つ、幼馴染のジュヌヴィエーヴとの恋愛にだけは、自分の心の躍動を感じ、また彼女に我が家に似た安らぎを感じることができたのではないだろうか。

    ベルニスではなくもう一人の幼馴染を夫に選んだジュヌヴィエーヴもまた、夫との生活に安らぎを感じることができず、ベルニスとの恋愛という名の飛行の中に生きている自分自身を感じる。あるいはその世界へ逃亡を図ったのだろう。

    しかし、病弱から死を直前にしたジュヌヴィエーヴと再会を果たしたベルニスは、離れていた期間がジュヌヴィエーヴの心の火を消してしまったことを悟り、彼女を見送った後、自分自身も再びフライトの世界へと入っていく。ベルニスには、もう地上の世界には何も未練がなくなったのではないだろうか。

    そして彼は、自分自身を感じながら、自分自身の我が家・空の空間で命を燃やし尽くしたのではないか。

    著者自身、第二次大戦末期、ナチス戦闘機に撃墜され、地中海上空に散ったという。その彼もまた、「死」という悲壮感などなく、パイロットとしての命を完全燃焼しきったのではないかと思う。

    • ハイジさん
      おはようございます!
      abba-rainbowさんのレビューを読んで、さらに夜間飛行の奥深さを感じました。
      こちらはじっくり何回も読んでみた...
      おはようございます!
      abba-rainbowさんのレビューを読んで、さらに夜間飛行の奥深さを感じました。
      こちらはじっくり何回も読んでみたいと思います。
      パイロット達の静かな情熱が大好きな作品です。
      2022/04/19
    • abba-rainbowさん
      ハイジさん、こんにちは!コメントありがとうございます。たぶんこの本入手したのは、ハイジさんのレビュー拝見したからだと思います。最近、思うよう...
      ハイジさん、こんにちは!コメントありがとうございます。たぶんこの本入手したのは、ハイジさんのレビュー拝見したからだと思います。最近、思うように読めていないのですが、その中でよい本に出会えたなと思えました。

      サン・テグジュペリって、いつも天空から地上界のごちゃごちゃした人間社会を見下ろしてるからなのか、それとも何度も死を超越しているからなのか、人の心の機微を察知する能力がものすごく高いように思えました。心理描写の表現力すげ~なぁと。

      2022/04/19
  • ドキドキして、あっさりとは読み進められなかった。どうやらわたしの知りたかったことがたくさんここに書かれているらしいことが読みながらわかったので。

    支配人、監督、操縦士、機械工。さまざまな登場人物。夜間飛行のうつくしさと、それを遂行していくための冷徹さ、そこに愛のつけいる隙がないこと。愛が必要ないということ。機械的な監督が自分のみじめさに耐えきれなくなり、自分の鞄の中身を部下に見せるシーン。最後にとりだした、小さな石っころ。老人の機械工が、たったひとつのミスで20年をつくした仕事をクビになるシーン。その手のふるえ。その手に刻まれた皺のうつくしさ。夜景の描写のうつくしさと相まって、あまりにもかなしかった。リヴィエールを愛から遠ざけてなお、つきうごかすものとは、いったいどんなうつくしさだったのだろう。

    やりきれないきもちになります。やりきれないきもちになるために、生きているわけではないから、サン=テグジュペリも星の王子さまを書いたのではないだろうか、という気がします。

  • 読む前から、「飛行士の作家」ということで何となく色物だと思っていたが、読んで仰天。『夜間飛行』も『南方郵便機』も正統な骨太の文学作品だった。つまり、現実の日常生活ではなかなか思い至らない人間性や、人生の意味、この世界の深い襞などを見せてくれ、読んだ後もっと生きることに自覚的になれるような作品である。

    『夜間飛行』は特に、人生の意義について考えさせられる作品だ。「神は死んだ」というニーチェの宣告は、人々から人生の意義を奪い、ニヒリズムに引きずり込む。それを克服して「生きる」ためには、誰かが神に成り代わって私たちに人生の目的を示し、その道を歩むように律してくれる必要がある。そんな役を演じるのは簡単ではないだろう。ゆるぎない自信と、ときに非情とも思える厳しさが必要で、それこそ普通の人間の基準を超えた「強さ」が求められる。

    これぞ『夜間飛行』の主役リヴィエールの役割なのだ。会社の支配人として、飛行士たちの命を危険にさらすのを承知で、夜間の郵便飛行を推し進める。人の使い方も、規則の運用も、言い訳を許さない冷徹さで行う。何のために? 「苦悩をも引きずっていく強い生活に向かって彼らを押しやらなければいけないのだ。これだけが意義のある生活だ」(p.40) 原文を確認したわけではないが、"生活" は恐らく "人生" と同じ単語だろう。

    まさに超人なのである(なお、これがニーチェの "超人” と同じなのか今の私には分からないが、サン=テグジュペリはニーチェを愛読していたようだ)。たとえば、部下のロビノーに言う言葉、「部下の者を愛したまえ。ただ、それと彼らに知らさずに愛したまえ」(p.52) 見返りを期待しない無償の愛どころか、気付かれもしない愛。人は愛するとき、無意識にしろ愛され返すことを望むものではないだろうか。それを思うと、リヴィエールの説く愛は、人間の愛を超えた神の視点での愛に近い。

    現実に命を懸けて夜空を駆ける飛行士たちも、神的な性格を帯びている。遥かな高みから大地を見下ろし、自らの操縦で高度や方向を変えられる彼らは、文字通り神の視点に近いものを獲得する。「彼は自家用の宇宙を再建し」(p.21)、「自分はブエノス・アイレスを領有した上で、またそれを放棄する」(p.75)といった表現がそれだ。サン=テグジュペリ自身、飛行士としてこのような感覚を覚えたのであろう。『南方郵便機』にも地上を征服するという言葉がよく出てくる。

    否定的に見れば、リヴィエールは会社の目的を最優先し、人命を軽視する横暴な支配人だ。しかしこの物語での「夜間飛行」は、会社の目的である以上に人間が自然の力に立ち向かって征服すべき目標になっている。誰もがやがて老い、死んでいく。そして死後の生を信じることができない現代人にとって、生きることにどんな意味が見出せるのか。リヴィエールが本当に格闘しているのはこの問題である。「人間の生命には価値はないかもしれない。僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように行為しているが、しからばそれはなんであろうか?」(p.103)と自問するリヴィエールは、「個人的な幸福よりは永続性のある救わるべきものが人生にあるかもしれない」(p.104)という信念のもとに生きている。だからこそリヴィエールは、「人間の死滅に対して戦っている」と描写されるのである(p.123)

    こうした夜間飛行のための戦いを、リヴィエールは人類のための戦いと捉えていて、それは作者サン=テグジュペリも同様だと思う。しかし、この戦いにはやはりどこか男の戦いという面がある。操縦士の妻にとっては「彼女には意味さえもわからない戦い」(p.73)なのだ。しかし、作者は女性の描き方も驚くほどうまい。空と飛行に惹かれて子供のように出かける飛行士を見送る妻の心情。帰らぬ夫を案じて飛行場を訪れた彼女の起こした波紋。それに続くリヴィエールとのやり取り。「男のロマン」的な物語のなかで、彼女を否定せず、それどころか深い同情を寄せているのが伝わってくる。

    命知らずの飛行野郎の世界を哲学的な深度をもって描いたことだけで十分すごいが、操縦士から見た世界の抒情的な描写、細やかな感受性、息づかいを感じさせる登場人物たち、などなど幾つもの魅力にあふれる作品。20世紀を代表する名作と言っていいと思う。

    併録の『南方郵便機』も、負けず劣らず美しく、考えさせられる作品なのだが、構成が複雑(話がよく飛ぶ)でよく咀嚼できていないので、ここでは差し控える。ただ、絶対に読み直したいと思っていて、そのときに何か書くことを誓っておこう。

  • 星の王子様とは、がらっとかわり、少し驚いた。
    昔の夜間飛行はとても危険で命懸けだったんだなと興味深い。

  • 今までになかった価値観、見方を示してくれる珍しい小説だった。
    「夜間飛行」では無駄がとことん省かれた厳しい美、「南方郵便機」ではつかもうとするとふっと消えてしまうような儚いロマンチックなものを感じた。

    「ただ空の星だけが、我らに真の距離を示してくれる。静かな生活、忠実な恋愛、なつかしい恋人、それらのものの在所をいま僕らに示してくれるのは、実にあの北極星だ……。」

    彼らにとっては地の上の建物、人々、生活が全て遠い。常に空と闘い、しかし空のサインだけを頼りに進んでいく。
    読みながら自分の世界が大きく、大きく広がっていく気がした。

  • ライト兄弟が初飛行したのは1903年、それから29年後の1932年に、この本が出版された。
    物語は1920年に始まった郵便飛行に関わる人々のリアリティあふれ、かつ、特有の詩的な表現により、未知なる世界への冒険と非情が描かれている。

    本当の夜は目を開けているのに目を瞑っていると錯覚するほどの闇。
    当時の飛行機は当然GPSも充分な無線機も、脱出用のパラシュートもない。下手をするとコックピットを覆うガラスすらないこともある。

    飛行士ファビアンは空を飛ぶことで解き放たれ、彼とともに空から見る地上の営みは、宙に浮かぶ星々と同化する。
    責任者リヴィエールは自己の信念に基づき、行動する。その影にはやさしさも隠れている。彼により、地上は雨のように流される世情に、石のような堅固さを築く。

    名作『星の王子さま』と双璧をなす代表作、特にリヴィエールの苦悩から迸る名言は、生涯の友となる。

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著者プロフィール

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。1900年6月29日、フランスのリヨン生まれ。
幼少の頃より飛行士に憧れてその職につく。飛行士と兼業して、飛行士の体験をもとに『南方郵便機』、『夜間飛行』などを発表。
第二次世界大戦中、亡命先のニューヨークにて『星の王子さま』を執筆し、1943年に出版。同年軍に復帰し、翌1944年7月31日地中海コルシカ島から偵察飛行に飛び立ったまま、消息を絶つ。
その行方は永らく不明とされていたが、1998年地中海のマルセイユ沖にあるリュウ島近くの海域でサン=テグジュペリのブレスレットが発見される。飛行機の残骸も確認されて2003年に引き上げられ、サン=テグジュペリの搭乗機であると最終確認された。

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